軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

かつて選ばれなかった男。②

そして、夕食後。

アーバインはレイデンにこう言われた。

「少し教えておくことがある」

「何ですか?」

「魔力を使って、体調を整える修練法だ」

現時点でのアーバインには、本当に体力がないので今のままでは体を壊す、とレイデンは懸念しているようだ。

「精神的に負担は増すが、短時間の睡眠や休息でもある程度回復が見込める。滋養強壮の薬草や魔力回復薬も併用するといい」

「高くて手が出ませんが」

「辺境伯や副団長と相談する。訓練内容によっては支給が認められる類いのものだからな」

「でも、俺なんかの為に騎士団に迷惑をかけるわけには」

と言ったアーバインに、レイデンは真っ直ぐに目を向けた。

驚いて言葉を呑み込むと、彼はキッパリと告げる。

「まず、自分を卑下するのをやめ、現状を受け入れることだ。俺は貴殿に素質があろうとなかろうと、指導に手を抜くつもりはない」

「アーバイン様。ご厚意は受け取った方がよろしいですよ。レイデン様は、必要であると判断したことをなさる方だとお見受けします。……遠慮していたら、天界への門が開くかと」

ゴルドレイの言葉に、アーバインは血の気が引いた。

そしてゴクリと息を呑み、頭を下げる。

「分かりました。……よろしくお願いします」

ゴルドレイとレイデンは、すぐに意気投合したようで、とんでもなく厳しい二人の教師によって、アーバインは猛烈なしごきを受けた。

正直、レイデンが掛け合って辺境騎士団から、滋養強壮の薬草と 魔力回復薬(マジックポーション) を支給されていなければ。

あるいは、最初にレイデンに、魔力による体力回復の修練法を教えられていなければ。

―――ゴルドレイに忠告された通り、天界への門が開いていただろう。

そうして基礎体力や基礎技術が身について、ようやく騎士団や二人による訓練についていけるようになった頃に、アーバインはレイデンからさらに過酷な命令を受けた。

―――常時、身体能力を向上させる魔術を展開し続けること。

それは、とんでもなく困難な訓練だった。

普通の騎士が戦闘時に展開する恒常型の身体強化魔術と違い、アーバインが貴族学校で習ったそれは、一時的にだが爆発的に自分の能力を跳ね上げるものだ。

それを常時展開するなど、普通に考えれば正気の沙汰ではない。

『だが出来なければ、いつまでも俺とまともに打ち合えるようにならない』

そう告げるレイデンの言葉もまた、事実だった。

アーバインが未だ敵わないゴルドレイ相手でさえ、レイデンは『本気』では打ち合っていない。

その上、現役である辺境騎士団の副団長でも互角以上に試合えないレイデンの剣に、アーバインがついていける訳がなかった。

少しだけ得意な火の魔術の使用許可を貰ってさえ、未だ一つも勝ちが拾えないのだ。

しかし、あまりにも魔術展開は無茶だった。

負担が大き過ぎて、何度か倒れた程に。

ゴルドレイの持ってきた『魔力消費を抑える』というイオーラの論文から作られた試作の腕輪や薬草を併用し。

また術式を工夫して、全力で底上げするのではなく、ある程度能力の向上を抑えるようにアレンジしながら徐々に展開時間を伸ばし、どうにか丸一日展開出来るようになった頃。

参加を許され始めた魔獣狩りの場で、アーバインは自分の意外な才能を知ることになった。

※※※

『……参ったな』

アーバインは、ポツリと呟いた。

目の前にいるのは、さほど強くない魔物だ。

ツノを一本持つ猫のような姿で、アーバインの膝丈程度の体躯である。

子供でも倒せることがある、弱く小さな魔獣。

それが毛を立てている姿が……何故か、ウェルミィに重なったのだ。

あの夜会で見た、自分よりも明らかに格上である魔導卿相手に、正面から立ち向かう姿。

何の後ろ盾もないのに、イオーラのためにと破滅覚悟で権力に抗った彼女が思い浮かんで、その魔獣が倒せなくなった。

だから、周りに人がいないのを確認して……こっそり、意思疎通の魔術を使った。

『逃げろ。襲わない』

そう告げると、猫に似た魔獣に意思が通じ、それはぴょん、と跳ねて草原の奥へと逃げていった。

が、見られていないと思っていたのは自分だけだったようだ。

気配を消してついてきていたらしいレイデンから、副団長に報告が行った。

―――懲罰、か?

ビビりながら待っていると、副団長は難しい顔をしながら、辺境伯に報告を上げると言い、それまで謹慎を言いつけられた。

逆らわなかった。

やがて、辺境伯に呼び出されるのだろう。

クビか、と自分のダメさ加減にうんざりしていたが、再度呼び出しを受けた時に言われたのは、意外な言葉だった。

『今後、魔獣討伐には参加せんでいい。その代わり、飛竜の竜舎に行け!』

『は。……は?』

『少し訳ありの飛竜がいてな! 魔獣と意思疎通が可能なのだろう?』

『はい。一方的に話しかけただけですが』

『対話して来い! ダメで元々だ、期待はしていない!』

辺境伯に言われたのはそれが全てで、何か釈然としないまま場を辞すると、そこに、口は悪いが面倒見のいい副団長が、ボリボリと頭を掻きながら近づいてきて、こう告げた。

『なぁ、アーバイン。お前に、ちょっと話しとくことがある』

副団長によると、辺境伯の言う飛竜と言うのは、どうやら辺境伯の弟君の騎竜だったらしい。

しかし彼が、数年前に魔獣討伐に赴いた際、仲間を逃がす為に犠牲になった後、誰も背に乗せようとせずあまり食事も取らなくなっているのだと。

どうやら、その飛竜自体も、辺境伯家にとっては大切な存在であるようだった。

『強い魔獣が話を聞くかは分かりませんよ?』と念押しした上で、アーバインは竜舎に向かった。

そして、今。

案内された先に居たのは、真っ白な飛竜だった。

寝藁が敷き詰められた中に寝そべっているのは一匹だけで、南部辺境騎士団が所有する数匹の飛竜は、全て同様の扱いらしい。

竜舎の高い位置に幾つかの開き窓があり、柔らかく日差しが差し込んでいた。

部屋の隅には水の魔導具によって清潔な水が貯められており、逆側には雑食である飛竜の食事用なのだろう、小麦が盛られた木枠が備えられている。

そして、清潔だった。

飛竜はかなり高い知性を備えている為、奥にある深い縦穴が肥溜めなのだろう。

ジメジメとしている訳でもなく、竜から発せられる獣臭が強い訳でもない。

世話をしている者が、飛竜が過ごしやすいように気を配っていることが感じられる場所だった。

「居心地良さそうだな、ここ」

とりあえず、意思疎通の魔術を発動して話しかけてみると、目を閉じていた飛竜がうっすらと目を開く。

エメラルドのように輝く瞳が覗き、確かな知性が感じられた。

「名前を教えてくれないか?」

アーバインが続けて問いかけると、飛竜はしばらくこちらを眺めた後、興味がなさそうに目を閉じる。

―――まぁ、そう簡単にはいかねーよなぁ。

意思は通じたようなので、一安心だ。

飛竜は選ぶ側の生き物だ。

気に沿わなければ、竜舎の中で大人しくしているような存在ではない。

強く、賢い。

ここでもどうやら、アーバインは『選ばれる』側だ。

―――ま、いいさ。

別に選ぶ側の人間になりたい訳じゃない。

騎士団訓練も今日は休んでいいことだし、と、アーバインはとりあえず竜舎の端に座り込んで魔力を練り始めた。

基礎訓練の重要性を、レイデンとゴルドレイに骨の髄まで叩き込まれているので、何かしていないと鈍りそうで落ち着かないのだ。

ここ最近は謹慎していたので、体力も十分に回復している。

飛竜は眠ってしまったのか、呼吸に合わせて、穏やかに胸を上下させている。

飛翔する魔獣は、飛竜を含めてあまり一般的ではない。

人が飼い慣らせる魔獣種は幾つか存在するが、どの種も繁殖や扱いが難しく、乗りこなせる者が少ないのである。

その中でも、飛竜は特に自らが主人と認めた者の言うことにしか従わず、気性も荒いとされていた。

その代わり戦力としては強力で、長射程の 息吹(ブレス) を吐き、飛翔可能であることは戦場では圧倒的に有利なのである。

じっくり眺めると、鱗と毛並みが繊細に入り混じる美しい飛竜だったが、確かに痩せているようだった。

あまり話しかけるのもどうかと思いつつぼんやり座っていると、誰かが竜舎の中に入ってきた。

「そこで何してるの?」

棘のある口調に目を向けると、帽子を被り、汚れたツギハギの服にベスト、ブーツ姿の小柄な人物がそこに立っていた。

髪はすっぽりと帽子の中に収めているようだが生え際は黒く、瞳が赤い。

手にバケツとモップを持っており、一見少年のように見えるが。

「……女の 竜丁(たってい) ? 珍しいな」

細い腕と、服装に合わない滑らかで白い肌は、明らかに女性のものだった。

騎獣の世話は、基本的に兵士本人か、貴族なら、雇われた世話役がやるものだ。

彼女は兵士には見えないので世話役だろうが、基本的に女性が就く仕事では無い。

「竜丁じゃ無いわよ」

「……なら、 魔匠(テイマー) か?」

さらにあり得ないことだと思うが、それなら納得できる。

魔獣と心を通わせる特殊な能力を持つ魔匠なら、性別に関係なく採用されることがあるからだ。

しかし、少女は眉根を寄せて腰に手を当てる。

「それ、貴方の方じゃないの? 聞いたわよ、魔獣と話せる人がいるからハクアと話をさせる、って。そうでしょ?」

言われて、アーバインは納得した。

なるほど確かに、人から見れば自分にもその能力があると思われているのだろう。

ゴルドレイに聞いたが、普通、意思疎通の魔術で会話が出来るのは人間同士だけなのだという。

真面目に授業を受けていなかったことが露呈して、貴族学校の基礎魔術教本を改めて復習させられると言う薮蛇なことが起こってしまった。

「今から掃除するから、ちょっとどっか行っててくれる?」

「良いが、竜丁じゃないのに、お前がそんなことすんのか?」

立ち上がりながら問いかけると、少女は眉をしかめた。

「お父様の騎竜だったハクアの世話を、他に出来る人がいないのよ。この子が嫌がるから」

―――お父様?

その言葉に、アーバインは思わず固まる。

「え、じゃあ、おま……君は、辺境伯の……?」

「姪のクレシオラよ」

「あ〜……失礼しました」

一応、貴族としての立場的には同程度だが、今のアーバインは南部辺境騎士団の一兵士である。

敬語で謝罪すると、クレシオラはふん、と鼻を鳴らした。

「別にかしこまらなくて良いから、さっさと出ていって」

「あ、ああ……分かった」

アーバインがいることは許してくれたみたいなのに、ハクアと言うらしいあの飛竜はやはり気難しいのだろうか。

そんな疑問を覚えながら、その場を後にした。

※※※

「終わったけど。貴方、これからどうするの?」

竜舎の入り口からぼんやりと、手際良く掃除をするクレシオラを見ていたアーバインに、近づいてきた彼女が声を掛けてきた。

「ハクア、だったか? この飛竜と話すのが、一応今日の仕事らしいからな……」

「そう。話は出来たの?」

クレシオラが、どこか複雑そうな顔をしているのを不思議に思いながら、アーバインは答えた。

「一応、声を掛けたら目は向けてくれたけどな」

「反応したの!?」

すると少女が顔を輝かせて近づいて来たので、思わず面食らって少しだけ体を引く。

「あ……ごめん、臭かった?」

「いや、そういうのじゃない。ちょっと驚いただけだ」

クレシオラがバツが悪そうに身を引くので、アーバインは慌ててそう口にした。

「でも、そう。ハクアは、貴方とは話すのね……」

「いや、顔を上げただけだよ。すぐに興味なさそうにまた寝ちまったしな」

彼女が悔しそうな顔をしているのは、多分ハクアが自分には反応しないからなのだろう。

丁寧に竜舎を掃除しながら笑顔で話しかけていたのも、体を洗って丁寧に拭き取っていたのも、アーバインは見ていた。

クレシオラが、あの飛竜を大切に思っているのは間違いない。

なのに、ハクアの方は全く反応を見せなかった。

先ほどの複雑そうな顔や悔しそうな顔は、それが理由なのだろう。

初対面のアーバインには反応するのに、おそらくずっと世話をしているのだろうクレシオラには一向に反応しないのだから。

「あ〜……なんか気にしてるみたいだけど、貴女には体を拭かせたりするんだろ? 単に言葉が分からないだけかもしれないから……」

「……分かってるのよ。飛竜と意思疎通するには、生まれた時から一緒にいるか、特別な才能が必要だってことは。でも、せめて反応してくれたら……ハクア、ほとんど寝てるから……体の下の方が爛れてるの。薬を塗りたいのだけど、動いている時は危険だから近づくなって、 伯父様(辺境伯) に言われてるのよ」

そんなクレシオラに、アーバインは指先で頬を掻きながら告げる。

「……上手くいくか分からないが、もしハクアが俺の話を聞いてくれるようなら、薬のこと、伝えとくか?」

「本当に!?」

またクレシオラが身を乗り出してきたので、アーバインはそれを手で制しながら頷いた。

「ああ。多分辺境伯様も、ハクアの様子を心配してるんだろ。そういうのも含めて仕事しろってことだと、思う」

一応、クレシオラから薬を預かり、塗り方などを教わって、その日は彼女と別れた。

「よろしくね、アーバイン!」

「ああ。クレシオラ嬢も」

手を振りながら去っていくその背中を見送ってから、アーバインは息を吐く。

「……なんだろな。こういうの、欲しかった筈なのにな……」

期待を掛けられることや、頼られることが増えた気がする。

ゴルドレイやレイデン、クレシオラのことだけではなく、騎士団の連中も最近は仲間と認めてくれたようで、何かと話しかけてくれることも多くなった。

だが、同時に焦る気持ちも覚えてしまう。

ーーーこんな俺に、そんな風に皆に思ってもらえる価値があるのか?

レイデンやゴルドレイに比べれば、凡才も良いところのアーバインだ。

期待されるだけの価値が自分にあるとは思えなくて、振り向いた先で眠るハクアを見つめる。

「……主人を失った、飛竜か」

自分で騎士を選ぶ飛竜にとって、自分と一緒にいる半身のような相手だろう。

それを失い、共に飛ぶことが出来なくなったこの飛竜は、立ち上がる気力を失っているのかもしれない。

「選ぶ側、だと思ってたけど。お前、もしかして俺と似てるのかもな」

本来なら守るべき相手を守らなくて燻る自分。

守れなかった後悔を抱えるハクア。

「……一体、どっちがマシだろうな。後悔の深さは、確実にお前の方が上だろうけどな」

そう言いながら、また元の位置に腰を下ろす。

結局その日、ハクアは一度も目覚めなかった。