軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

朱の瞳は本質を、紫の瞳は真実を見抜く。【後編】

使用人達に正体を明かした後、少し経って。

「イオーラ」

「まぁ、レオ」

ウェルミィは、エイデスとお義姉様と三人で集まった中庭のお茶会を開いていたが、そこに黒い制服を身につけたレオが姿を見せた。

かなり顔立ちが引き締まったが、同時にやつれた印象が増している。

「遅くなった」

「問題はない。何かあったか?」

「少しな」

魔導省国家治安維持特務課で、特務卿を務めるレオは、エイデスの問いかけに答えて、少し疲れた顔で入れられた茶に手をつけた。

「大丈夫?」

心配そうにレオに目を向けるお義姉様に、苦笑を浮かべて見せる。

「処理しなければいけない仕事が立て込んでいるだけだよ。大丈夫、そろそろ落ち着くだろうから」

「ならいいけれど。無茶はしないでね」

「もちろん」

「では、そろそろこの場を設けた理由の方に移ろう」

エイデスの言葉に、心なしか全員が背筋を正す。

「今回の件の発端は、まもなく行われる大公国での大公選定の時期が迫っていることだ」

その辺りの事情は、ウェルミィも聞き及んでいる。

「ウーヲンの件よね」

「ああ。彼は最初から利用することを目的とした連中のせいで、故意にこちらの国で過ごすよう画策されたのだろう。彼の住んでいた養護院は、ヘーゼル達の実家であるグリンデル伯爵家の寄付によって、悪くない待遇で子ども達が過ごせる場所だったようだ」

そうした施設がいくつかあり、ミザリとウーヲンはそれぞれ別の養護院の出身だったらしい。

多分、最初に寄付が行われたのは、ミザリの為だったのだろう。

伯爵の実子が預けられているのが調べられてどこからかバレたりすると不味いので、カムフラージュの為に複数の養護院に寄付を行っていたものと思われる。

「その内の一つがたまたま、ウーヲン出身の養護院だった……というのなら良かったが、実際は侍女長アロンナの離縁した夫、伯爵家の寄り子として潜入していた男が、寄付先の選定に関わっていた。彼がこの件の黒幕だろう」

「隣国の〝土〟の公爵に関係する連中が、ウーヲンをそんな目に遭わせた元凶ってわけね」

「その通りだ。が、それに関しては、我々の関与するところではない」

仮に彼の両親や〝水〟の公爵側が復讐を望むのなら、大公国内でカタをつけるべき問題だと、エイデスは言う。

エサノヴァとその父親であるという人物は、姿を消した。

レオが追われていたのは、その追跡調査の件だろう。

魔術に関わる犯罪を追うのが、特務課の仕事だからだ。

「俺とエイデスが追っているのは、エサノヴァとその父親だけだ。一度、逃げ込んだ先を特定して踏み込んだが、捕まえられなかった。その後の行方は分からない。……多分、大公国に行ったんだろう」

ウェルミィはそれを聞いて、表面上はいつも通りだけれど、最近沈んでいる様に感じるアロンナが気になった。

『アロンナは忠実だ』

と、エイデスはそう言った。

実際に、彼女は職務を逸脱することなく、娘を捕らえる時でも表情を変えなかったけれど。

ーーーだからって、気に病まない訳じゃないわよね。

どうにか元気付けられないかしら、と考え始めそうになって、頭を横に振る。

今は、エサノヴァの話だ。

「エサノヴァの行方は引き続き追うが、これ以降、大公国内の問題には口を出さない」

「ウーヲンも、それで良いと言ってるのでしょう? お義姉様のところで働くから安全だろうし、なら私たちが口を挟む理由もないわ。ねぇ、お義姉様」

「ええ」

自分の庭師として取り立てる予定だと、お義姉様が言っていたので話を振ると、にこやかに頷いてくれた。

「彼の腕前は、イングレイお爺さんのお墨付きだし、快諾してくれて良かったわ」

「本当にねぇ。……ああでも、エイデス」

「何だ?」

いつもの、どこか皮肉げな笑みを浮かべている彼に、ウェルミィは流し目と共に満面の笑みで告げてやった。

「私、 お義父様(・・・・) には改めて、きちんとご挨拶差し上げたいのだけれど?」

するとエイデスは、一瞬苦虫を噛み潰したように表情を歪めた後、いつものように、クク、と喉を鳴らした。

「やはり、気付いていたか」

「逆になんで気づかないと思ったのよ?」

「あら、やっぱりそうなのね」

ウェルミィがふん、と鼻を鳴らすと、お義姉様も穏やかに微笑む。

すると、後ろでこそこそと話すのが聞こえた。

「……ねぇヘーゼル、何の話だと思う〜?」

「シッ! 黙りなさいよミザリ」

「聞こえてるわよ」

ウェルミィが振り向くと、正式にお付きとして昇格したヘーゼルとミザリが、寄せ合っていた頭を慌てて離す。

彼女達も、ウェルミィとお義姉様の正体を知って、どうにも距離感が掴みかねているようだ。

「ごめ……申し訳ありません」

ヘーゼルが言い直すのに、微妙な距離を感じるけれど、一応当主であるエイデスと王太子のレオがこの場にいるので、あまり気安くしていいとも言えない。

彼女らの横には、澄まし顔のヴィネドとイリィも控えているが、彼女達も口の端が少しピクピクしていた。

笑いを堪えているのだろう。

そんな彼女らをチラリと見やってから、レオも口の端を上げる。

「何の話なのか、は俺も興味があるな。お義父上ということは、前侯爵の話だろう?」

前侯爵は、本来ならエイデスの伯父に当たる人物で、幼い頃に両親を亡くした彼を引き取って後継者にした方だ。

……そしてエイデスが左手の火傷を負った件の時、呪いの魔導具によって、妻と娘を失った人でもある。

レオは、楽しそうに目を見交わすウェルミィとお義姉様に小首を傾げると、エイデスに目を向けた。

「前侯爵をイオーラが お爺さん(・・・・) 呼ばわりなんて、随分親しげじゃないか?」

と、大方察していそうな様子でレオが言うと、エイデスは不機嫌そうに目を細めたが、口の端には笑みが浮かんだまままだ。

「あの人は、悪ふざけが過ぎる。まさか、あれほど親しくしているとは思わなかった」

「あら、良いじゃない。私は認めてもらえて嬉しいわ」

「そうね。エイデス様、何か問題でもあるのですか?」

「……一応、目立たないようにウーヲンを見張る役割を、引き受けて貰っていたはずなんだがな」

すると。

「別に目立っとりゃせんじゃろう。大人しく薬草畑のジジイをしておったわ」

と、話題の当人が姿を見せる。

相変わらず、白銀の髪と髭を持つご老人だけれど、今までとは服装が違った。

エイデス同様、魔導士としての正式な服装である袖口の広いローブとスーツの 間(あい) の子である 魔導礼服(ウィザーズ) を身につけ、青いタイを合わせている。

その上で、シルクハットを被ってステッキを持つお洒落な装いをしていると、薬草畑で見ていた時と違って、どこか威厳が感じられた。

「義父上。盗み聞きして登場タイミングを伺うのは、感心しませんね」

「何をいう。紳士たるもの、己が最も良く見える場面を選択するのは当然のことじゃ」

イングレイ・オルミラージュ前侯爵は、そう言って柔らかく目尻に皺を浮かべる笑みを見せた。

「ところで、ウェルミィ。いつ儂が、この愚息の父親だと気付いたんじゃ?」

「いつっていうか、最初から分かってたわ。だって、似てるもの」

そう。

イングレイとエイデスは、本来なら伯父と甥の関係なのだが、目鼻立ちがよく似ていた。

髭の有無や後退した額、白く染まった髪など、歳や装いによる差異はあるものの、髪質や笑った時の皮肉げな様子がソックリなのである。

「瞳の色も、紫がかった青色でしょう? ここまで似てたら、血縁じゃないと思う方がおかしいわ」

イングレイの瞳に宿る青みの感じが、エイデスの瞳に似た澄んだ冷たい水のような色合いなのだ。

その上、姓すら名乗らずただのイングレイとして自己紹介をするとなれば、もうこれは血縁であるが姓を名乗れない事情があるとしか思えなかった。

「だから後でお義姉様とすり合わせして、お付き合いする事にしたの。遊びだと思ってたんだもの」

まさか、『エサノヴァやローレラルの不自然な動きから、ウーヲンを監視するためにわざわざイングレイ前侯爵本人が薬草管理の庭師に扮している』なんて、あの時点では誰も考えないだろう。

ヘーゼルとミザリは、イングレイ様の正体に最早絶句している。

ウェルミィは立ち上がると、静かに頭を下げた。

「イングレイ・オルミラージュ様。ご挨拶が遅れましたが、先日、エイデス・オルミラージュ侯爵の婚約者となりました、リロウド伯爵家長女、ウェルミィにございます。この度は御目通りが叶いまして、誠に嬉しく思っております」

「そう畏まらずともよい。本邸に寄り付かず、ここまで挨拶が遅れたことを、こちらこそ詫びよう。愚息は相談もせずに決めてしまうからの」

エイデスとイングレイ様は、お互いに憎み合っている訳ではないけれど、仲がギクシャクしているという話を聞いている。

見る限りそこまででもないと思うのだけれど、イングレイ様は多忙なため、エイデスは自分がやさぐれていた為に事件が起こってしまったと思っており、お互いに引け目を感じているのだろう。

「現当主は私ですよ、義父上。決して蔑ろにしている訳でもありません。手紙はお送りしたでしょう?」

「わざわざ通信用の魔導具を使わずに、伝わるのを遅らせた上に、仕事まで言いつけたじゃろうが。全く、領地に来たデスタームの方が早く情報を持ってきおったわい」

新たに用意された椅子に腰掛けたイングレイ様は、ニヤリと口元を歪める。

「じゃが、王太子殿下。吉報を持って来れたこと、この老体は嬉しく思っておりますぞ」

「吉報?」

お義姉様が首を傾げると、レオはエイデスに目を向ける。

「この場で伝えても良いのか?」

「聞かれて困るようなことではない。この場にいる者は皆信頼がおける者ばかりだ」

「では」

んん、とレオが咳払いすると、お義姉様に向き直る。

「イオーラ。イングレイ前侯爵がここに戻ってくるのが遅くなった理由は、俺とイオーラの……ひいては、未来の王家の為なんだ」

「そうなのですか?」

「ああ。君には、女伯の地位を持ったまま結婚してもらう予定だったんだけど、ご存じの通り、情勢が変わってね」

次期大公選定の話題が出たのは、一年ほど前……ちょうど、エイデスが外務卿を引き継ぐことが決定した辺りだった。

「帝国側も少しゴタゴタしていたし、その上で大公国の件も……こんな事態になるとは思わなかったんだけど……ライオネルも巻き込まれてしまった」

「そうね」

次期大公選定は、当初〝水〟が再任するだろうと目されていたらしい。

元々水路海路を掌握する流通や貿易に強い一族は、国際化の流れに伴って富を増し、その権勢を存分に誇っていた。

四公の力関係は決して等分ではなく、〝風〟はその気質から近代化に伴って後塵を拝し、〝火〟が勢いを増しているのだと言う。

〝土〟は大公国の生命線とも言える穀農を担っており、僅かに二番手にいるとされていた。

だから、このタイミングで〝水〟にスキャンダルを起こすことで支持を落とし、次代の大公位を狙ったのだろうと推測されている。

「ライオネル王家は、現大公家である〝水〟との繋がりが一番強い。しかし、もし別の四公家が大公位を継いでしまえば、外交上のパワーバランスが崩れてしまう可能性があるんだ」

「ええ、理解しているわ」

お義姉様は、才媛である。

そうした事情にも勿論精通している。

ウェルミィは、お義姉様ならこの国の宰相すら務められると思っているくらいだ。

「今、〝風〟との関係は改善されているのでしょう? あそこと友好を結んでいる南部辺境伯家は王家の忠臣で、繋がりが強いものね。〝土〟はこの件では敵対したけれど、ホリーロ公爵家との繋がりが強いなら、オルミラージュ侯爵家を通して親睦は深められる……問題は〝火〟かしら?」

「ああ。エイデスを外務卿に据えた時点で、 陛下(父上) はここまでを見越していた。どう転んでも動けるように、宰相とエイデスを交えて協議していたんだ」

その結果、大公国内の動きを見極めて手札を切ることに決めた。

イングレイ様の協力を得て、〝火〟との繋がりも強化することに決めたのだという。

「〝火〟は 魔導機関(エンジン) の発明で、国家間鉄道に技術協力して帝国との繋がりを強めた。……君には、帝国の宰相を務めるウェグムンド侯爵家か、鉄道事業の立役者になったロンダリィズ伯爵家の養子になった上で、俺と結婚して欲しい」

レオの目は真剣だった。

甘さの目立つ学生だった彼が、いつの間にこんな、為政者として強い光を宿す目になったのかと、ウェルミィは驚く。

ーーーレオのくせに。

お義姉様の手を握って見つめ合っているのが非常に気に食わないけれど、お義姉様を預けるのにいつまでも頼りなかったら、それはそれで困るし……などと非常に複雑な心境でモヤモヤする。

「その提案と調整を、イングレイ前侯爵に現地に飛んでもらってお願いしていたんだ。両家とも、話を聞いて契約を結んでくれるそうだ。向こうの人は、イオーラの価値を十分に理解している」

国際魔導研究所で功績を残したお義姉様が、継続して帝国との共同事業の発展に貢献してくれることを条件に、結ばれた契約らしい。

「わたくしとしては、身に余る光栄だけれど……わたくしで、良いのかしら?」

そこまでの価値が自分にあるのか、と戸惑うお義姉様は、相変わらず自信がなさすぎる。

「何を言ってるの!? お義姉様ほどの宝なんてこの世に存在しないわよ!」

「ウェルミィ。少し静かにしろ」

思わず声を上げると、やれやれ、と言いたげな様子でエイデスに肩を掴まれる。

「ずっと言ってるけれど、イオーラには君自身が思うより遥かに価値があるんだ。利用するみたいで申し訳ないけれど、身分偏重で未だに君を侮る国内貴族の反対派も、これで黙らせられる」

「あ、いえ。躊躇っているわけではないのよ。それで問題がないのなら、王太子妃になるこの身を、王国のためになるように利用してくれたらいいわ」

お義姉様は、ふんわりと微笑むと、レオに頷いた。

「お受けするわ、その話」