軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

使用人に手を出す魔導卿。

「あのね、エイデス? ああいうのは動きづらくなるから、止めて欲しいんだけど!?」

オルミラージュ当主の方針により、他家よりも多く与えられる休息日の一日。

先日起こったことに顔を真っ赤にしながら、ウェルミィは別邸にいるエイデスの執務室に乗り込んだ。

「そんなに顔を赤くして、何だ、あの触れ合いでは物足りなかったのか?」

先日の凹んだ様子が嘘のように、まるで悪びれずいつもの顔を見せた彼に、ツカツカツカと歩み寄って、バン! と執務机に両手を置く。

「違うに決まってるでしょう!?」

「私は寂しかったので、我慢が利かなかった。それに、あんなところで変化を解いていたお前も悪いと思わないか?」

率直にそう言われて、ウェルミィは言葉に詰まった。

ーーー寂しかった。

まさか、エイデスが、そんな悲しそうな目で言うなんて。

「あ、その、あれは……」

しかしウェルミィが目線を逸らして言い訳を始めた直後に、ニヤリと口元を意地悪く歪ませたエイデスは、スルリとこちらの後頭部に手を回して、顔を近づけてくる。

「むぐっ!?」

不意打ちのキス。

それもぬるっと唇を割られる大人のやつ。

頬が熱くなり、ウェルミィはエイデスの両肩を力を込めて押して、体を引き剥がした。

「ま、まだお昼よ!!」

「夜なら良いのか?」

「っ……心配して損したわ!!」

ゴシゴシと口を拭いながら体を離すと、エイデスは楽しそうに笑った。

ーーーあんなことがあった後だから、本気かと思ったのに!

「寂しかったのは本当だとも」

「人の心を読まないでくれる!?」

分かりやすくて悪かったわね、と思いつつ、ウェルミィは頬を膨らませた。

ことは、数日前に起こった。

オルミラージュ本邸の庭で、薬草畑を管理しているお爺さんと仲良くなったウェルミィは、興味があったので空き時間にちょこちょこ寄って、薬草栽培の仕方を教えてもらっていたのだ。

いつもはお義姉様やヘーゼル達と一緒に行くのだけれど、その日はたまたま一人だった。

帰り際、汗を掻いたので、手ぬぐいで腕や首元を拭っている時に、うっかり【変化の腕輪】に当たって、するりと抜け落ちてしまったのである。

茂みの中に転がっていってしまい、慌てて拾い上げたところで、運悪く供を連れたエイデスが、中庭の通路を通りかかったのだ。

近かったので、そのまま頭を下げたのだけれど……ピタリと立ち止まったエイデスは、何を思ったのか近づいてきて、声をかけた。

『顔を上げろ』

そう言われて、恐る恐る顔を上げると、侍従らからは見えないようにエイデスが立っていて、面白そうにウェルミィを見下ろしていた。

『私の婚約者に似た、髪と瞳の色だな? 下働きか?』

はい、と睨みつけながら頷くと、顎に手を添えられて上向かされた挙句、触れるようなキスを唇に落とされた。

ーーー!!!

何を考えてるの!? って言葉すら出てこないほど衝撃を受けている間に、微かに、クク、と笑い声が聞こえて。

『そのまま後ろを向いて、行け。変化するのは、見えなくなってからにしろ』

と、送り出された。

言われなくても、バレる可能性が高いのにエイデスの方になんか向けない。

『失礼しますっ!』と一目散に走り出すと、背中に面白がっている視線と、驚きの視線と、射るような鋭い視線を感じたような気がした。

多分、複数の侍女がついていた侍従の中に混じっていたのだろう。

上級も下級も、貴族令嬢である女性陣は、エイデス狙いの人も多いのだ。

女嫌いの魔導卿が、妻に似ているというだけで興味を示したことだけでも周りは驚きだろうに、その上、手で触れられていると見れば、不快感がない訳が無い。

背中を向けていたとはいえ、下手すると、キスされたことすらバレている可能性がある。

ーーーヤバイのよっ!!

女の嫉妬は、無駄に刺激するとめちゃくちゃ怖いのだ。

下働きごときがと大捜索が始まってしまう、と危惧したら案の定、あの場にいた侍女が主導して、プラチナブロンドに赤系の瞳をした下働きの女を血眼になって探していたらしい。

その頃には、ちゃんと茶色の髪と瞳になっていたので問題ないと思うけれど、目敏い人がいれば、背格好や髪型から推測されてしまうかもしれない。

ので、今日の休息日まで、お義姉様にお願いして、髪を直毛にする魔術をかけてもらって、三つ編みにしていたくらいだ。

ウェルミィは普段、ウェーブのある髪をシニヨンに纏めているけれど、あまり同じ髪型をした人はいないので。

そんな無駄な苦労を強いられたので、今、こうして文句を言いに来たのに。

ーーーこの男は!

「おかげで、無駄な苦労したのよ!? 実際に!」

「婚約者にキスをして何が悪い」

「場所と状況を弁えなさいよ!!」

「あの家の主人は私だが? 誰に文句を言われる筋合いもないな」

「使用人には手を出して良い、なんて、前時代のお貴族様的な考え方やめてくれる!? 最低! 不潔! 冷酷非情の魔導卿!!」

「手を出したのは、使用人ではなく婚約者だ」

「節度!」

「前時代的だな」

「ああもう、ああ言えばこう言う!!」

う〜! と頭に爪を立てると、音もなく近づいてきたエイデスが、優しく両手の手首を握る。

「頭皮が傷つくから、やめておけ」

「誰がさせてるのよ!」

歯を剥いて睨みつけると、八重歯が可愛い、と歯列を舌で舐められた。

ドン引き! 変態! と、罵るのもどこ吹く風で、エイデスはウェルミィをひょい、と抱き上げた。

元から愛されていると思っていたけれど、最近はなんか、愛の種類が違うような気がする。

溺愛というより偏愛なのではなかろうか?

そしてあっという間に二人の寝室に連れ込まれ、いつものソファで膝に乗せられた。

「それで、報告は?」

意地の悪い笑みに、優しげな瞳の色。

安心感のあるいつもの姿勢で頭を撫でられると、拗ねていたはずなのに嬉しくなってしまう自分が恨めしい。

「……えっとね」

ウェルミィは、ヘーゼルとミザリの、仕事を大量に押し付けられるなどの、本邸での扱いや、侍女貸出計画について、侍女たちの噂話の内容、などをエイデスに伝える。

「では、侍女長をクビにするか?」

屋敷のことに関する全件を握る権力者は、ウェルミィの話を聞いてそんな事を口にする。

「うーん、ちょっと待って欲しい、かも。そうね……出来たら、コネは使っても権力を使わないで、なるべく対処してみたいのよね」

「ほう」

「相手が権力を笠に着てこっちが下、なんて状況、今は早々ないけど、外国に足を運ぶようになったりしたら別でしょう? 手駒は使えるだろうけど。そういう状況に、ちょっと慣れておきたいのよね」

ウェルミィは、アロンナ侍女長に端を発しているらしい件や、侍女の選定について、どうするべきか、と考えていた。

例えば、侍女の選考の際に自分の身分を明かして、上から押さえつけるのは簡単である。

下働きとして見聞きしたことを、権力の後ろ盾を持って伝えてしまえば、それで済むからだ。

その決定に、使用人が異を唱えることは基本的に出来ない。

しかし、ウェルミィはあまりにも強力な権力だけでなく、自分が培ってきたコネ、自分の力で得た使用人の信頼などの繋がりによって、同程度の権力を持つ相手にどこまで対抗できるものなのかを、試したかった。

こちらの手勢は、ラウドンやセイファルト、あるいはカーラなど、家は裕福だったり血筋が古かったりするが、自ら爵位を継ぐわけではない人たち。

そして、下働きとして友好を結んでいる、騎士や魔導士、下働きの人たちや、接点のある一部下級侍女。

ダリステア様にも最後はお出まし願うかもしれないが、本当に最後の手段。

家令は公平な人物、ということなので、中立に見守って貰うことにして。

要は、アロンナを筆頭とした上級侍女下級侍女、没落家から来た婚約者に反感を持っている一部の侍従、従僕などを仮想敵として、戦ってみたいと思ったのだ。

勢力争いというものは、力が拮抗しているからこそ、策謀を巡らせて優位に立とうとするものなのだ。

初めから争えない相手とはそもそも戦わない。

社交界の件では存分にエイデスの権力とお金を使ったので、自分一人でヤハンナ様やヴィネド様、イリィ様を落としたとは、ウェルミィは思っていない。

これから外国に出ることになれば、百戦錬磨の猛者たちがウェルミィを待ち受けているのだから、その前にやれるだけのことをやっておきたい。

そういうのを伝えると、エイデスは楽しそうに頷いた。

「勉強熱心だな、ウェルミィ」

「本当に誰かが危なくなったら、権力も容赦なく使うけどね。悪意の矛が向く先が、私自身だとエイデスが怒るだろうし、使用人なら私が怒るもの」

「正しい権力の使い方だな」

「そうでしょ? 見ててよ。女主人として、ちょっと頑張ってみるから」

「最初から、信用しているとも。私のウェルミィ」

エイデスが、鼻先をウェルミィの髪に寄せる。

「お前が望むままに、やりたいことをやるといい」