軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

あるいは、魔導卿であった者。

ーーーウェルミィが、屋敷に入り込む少し前のこと。

「少し、確かめなければならないことが出来た」

静かにそう告げたエイデスの様子に、ウェルミィは眉をひそめた。

いつもと違い、少し思い詰めているように感じたからだ。

「確かめないといけないこと?」

「ああ。 ルトリアノ(トールダム) について、少しな」

「……ヘーゼル達に関わること?」

「ああ」

以前話に聞いていた、心と体に傷を負った義理の姉妹。

それを傷付けた張本人だ。

そして、エイデスの旧友でもある男。

「私の考えたことが真実だとすれば……彼女達に、伝えるべきではないことだと思っている。それを確かめに行く」

「あの人、死罪よね?」

「情状酌量を本人が望んでいない上に、人を最低でも直接、三人殺しているからな……事情を明かさないのならば、裁かなければ、むしろ王や法への信頼が揺らぐだろう」

「……友達、だったのよね」

「仕方のないことだ」

そう言って、珍しく自分から所望したらしいお酒に口をつけるエイデスの頬に、ウェルミィはそっと手を添えた。

「ねぇ、エイデス。貴方は私に嘘がつけないから、それも本心なのでしょうけれど。……仕方がなくても、辛いことは辛いって言って。少なくとも、私にだけは」

驚いたように軽く目を開いたエイデスの、青みがかった紫の瞳がこちらを見つめる。

「気づかないと思った? 貴方が私を見ているように、私もエイデスを、ずっと見ているのよ?」

「……まだ、分からないんだ。だが、真実だと知れたなら、きちんと話そう。聞いてくれるか?」

「勿論よ。私は貴方のものなんだから、何でも言うことを聞くわよ」

ウェルミィがふふ、と笑うと、エイデスは黙ってコトリとグラスを置き、ウェルミィを抱き締めた。

※※※

そうして、エイデス・オルミラージュは面会に赴いた。

「ルトリアノ」

トールダムと名乗り、伯爵家を潰した男は、うっすらと笑みを浮かべていた。

「これはこれは、外務卿。この罪人に、今さら何の御用かな?」

そう嘯く彼に、エイデスは取り出した書類を数枚、間に置かれた古ぼけた安い机の上に置く。

「検査の結果が出た。魔力波形検査のな」

エイデスが告げた言葉に、スッと男の表情が消える。

「……余計なことを」

「違和感があった。様々な違和感が。ヘーゼルは、父であるお前の血統に多い黒髪でもなければ、母と呼んだ女のハチミツ色の髪でもない。……鮮やかな、茶色の髪をしている。お前の妻であった、ウーリィの色だ」

彼は、答えなかった。

今の男の顔が、復讐鬼であるトールダムなのか、心優しく快活だったルトリアノの顔なのか、エイデスにも判断がつかなかった。

「知っていたのか、お前は。……全てを」

エイデスは、詳細な調査結果が上がるたびに、僅かずつ違和感を覚え始めていたのだ。

自分を殺し、家督を奪った弟夫妻を殺した。

その子であるヘーゼルを虐げる為に、ミザリという孤児を拾い上げて、魔導具で死の寸前まで追い込んだ。

そして、妻として雇った侍女を毒殺した。

しかし実際に、この中で最も精神的・肉体的に、より強い苦痛を与えられていたのは、弟夫妻か、あるいは、何の関係もない孤児のミザリ。

ヘーゼルではないのだ。

そして、ルトリアノが山道で殺されかけた後に、一緒に行方不明になったとされ、庭に葬られていた妻のウーリィ。

彼女が妊娠していたのは間違いない事実なのに、胎児の姿はどこにもなかった。

やがて、エイデスは学校で一年だけ一緒だった、四つ年上の彼女のことを思い出した。

「ウーリィは、契約魔術に造詣が深かったな」

口を開こうとしない旧友に、エイデスは言葉を重ねる。

「一歩間違えば呪いともなる契約魔術は、魔導紙に署名を行うことで成される。……彼女は、夫を殺した連中に家督を譲る際に、それを行使したのではないのか?」

「……証拠はあるのか?」

顔にうっすらと笑みを戻した男に、頭を横に振る。

「ない。契約魔術の魔導紙は、契約の満了か、契約違反が起こった場合、速やかに定義された罰則を行使して燃え落ちる。……ルトリアノ。お前は意図的に、契約違反を起こさせたのか?」

内容に関しては、推察するしかない。

しかし、ヘーゼルを慈しみ育てていたという弟嫁。

『ヘーゼルだけは』という彼女の嘆き。

そして、魔力波形によって判明した事実。

「ヘーゼルは、ウーリィとお前の。ミザリは、弟夫妻の子であると、魔力波形による調査結果が述べている」

調査結果によって、疑念が、確信に変わった。

死んだウーリィは、おそらく家督を譲るための幾つもの書類に、意図的に契約魔術を記した書類を混ぜ込み、サインをさせた。

復讐すると同時に、ヘーゼルを守る為に。

ミザリは、生まれたばかりの頃に、名前を記した紙と宝石をお包みに入れられて、養護院の前に置かれていたそうだ。

契約魔術は、お互いの代償が大きいほどに強力に契約者を縛る。

「家督と己の死を条件に、ウーリィは呪いをかけたのだろう? おそらくは、我が子を手元に置けない呪いと、ヘーゼルを虐げれば発動する呪いを」

おそらくは、その事実を口外することも、契約魔術によって弟夫妻は禁じられていただろう。

ウーリィの死体は、子どもを産んでいることが判明している。

その直後に亡くなっただろうことも。

ルトリアノがその事実を知ったのは、家督を奪った後に金庫にでも仕舞われていた契約書を見た時か。

その事実を知っても、ルトリアノは止まれなかったのだろう。

その時点で彼はもう、復讐の為に弟を手にかけた殺人犯であり……グリンデル伯爵家にまつわる者達を、破滅させる為に計画を実行し始めていたのだろうから。

「……そんな妄想を語る為に、俺の所に来たのか?」

クク、と男は喉を鳴らした。

そして嘲るような色を浮かべながら、こちらを見上げる。

嘲りは、エイデスに向けられているのか、あるいは、自分に向けられたものだったのか。

「雑談をしに来たのなら、俺も話してやろう。場末で知り合った男が、面白い話をしていたからな」

そう告げて、男は語り始めた。

※※※

場末で知り合ったという彼は、元は高貴な家柄の出だったらしい。

しかし大怪我を負わされて崖から落ちて、回復したが一時的に記憶を失い、取り戻した時にはもう全て手遅れだったのだと。

だから、復讐の為に動いた。

仇である男を破滅させる為に数年間かけて追い詰め、ついに男の身柄を拐うことに成功したそうだ。

しかしどれほど拷問しても、男は口を割らなかった。

最後には『割らないのではない、割れないのだ』と泣き叫んだらしい。

だから、自白の魔術を使った。

それも、頭の中を直接覗き込み、下手をすれば廃人になるほどの苦痛を覗かれた相手に与える代わりに、全てを詳らかにする最悪の自白魔術を。

男は、そうした人の精神に作用する魔術が得意だった。

そしてかつて高貴であった頃には、研究の為に【禁忌の書】と呼ばれるものの閲覧が許されるほどに、優秀だった。

体が弱っていた男の仇は、その魔術に耐えきれずショック死した。

しかし、男は知ってしまった。

妻によって、娘が無事に産み落とされていたこと。

そして、呪われた弟夫妻によって、愛情深く……そうせざるを得ない呪いによって……娘が育てられていること。

非道と感じる行いをすれば、あるいは自分達が産んだ子を手放さなければ、激痛に襲われ続けるという罰のこと。

そして、育てている娘が死ねば、同じように仇夫妻も死ぬ呪いのこと。

男は、絶望には底などないのだと知った。

殺人を犯して、今は死去したと届け出られて平民である自分が、もし家督を奪い返したとしても。

事実が暴かれれば、娘は血みどろの家督争いをした殺人鬼たちの娘として生きることになる。

だから、男は選んだ。

呪われた家からも、貴族の立場からも、娘を解放し、平民として生きることが出来るように。

まずは、自分の存在を消した。

記憶喪失の間に助けられた者、親しくしていた者から、忘却の魔術によって自分の記憶を奪った。

殺されかけ、助けられた男はいなくなり、平民の身分を持つ、誰も知らない男だけが残った。

男は娘に『何も奪っていない』と告げたが、彼は自分の手によって、『生き残った実の父親がいる』という可能性を、奪っていた。

幸い娘は、国の記録上も、仇の娘として籍を置いている。

彼は、『もう一人の仇』である女を脅して婚姻を結ぶと、部屋に監禁して、養護院に預けられていた実の娘を呼び寄せた。

その事によって、女は常に激痛に襲われ続けることになった。

外のことは何も分からない女は、娘が虐げられているのだと思い、懇願した。

だが、彼女は真実を口にすることは出来ない。

やがて気が狂い始める頃合いには、女の目に『何も知らず、自分の娘を虐げているバカな男』という侮蔑の色が、憎悪と共に浮かぶようになった。

だから、『お前の本当の娘を引き取り、使用人棟に放り込んで 教育(・・) している』という真実を教えてやった。

呪いが自分を襲っている本当の理由を知り、唯一の心の支えだった侮蔑すらも出来なくなったからだろう、女はすぐに死んだ。

これで、両親を失った可哀想な娘が出来上がった。

娘に罪はない、と女は言っていた。

別の娘のことだったが、その通りだ。

だが、男には関係なかった。

そうして作った可哀想な娘は、家督相続を許した親戚連中も没落させ切って茶番が終わりに近づいてきたところで、突拍子もない行動に出た。

予想外だったが、時期も良かった。

伯父に全てを奪われた可哀想な娘の作り話をした。

何も知らず、運良く生き残った孤児の娘はどうでも良かったが、協力者であった元侍女の後妻は始末した。

自分が贅沢をするために幼子を嬉々として虐げる精神性を持つ女など、生かしておいてもろくなことはしない。

可哀想な娘は生きる選択をして、苛烈に睨みつけてきた。

妻にそっくりな性格をしていて、好感が持てた。

一人で生きていけることだろう。

男が行方不明になった過去の事件は、闇に葬られている。

妻の死体だけは埋葬し直して欲しかったので場所を明かしたが、今さら掘り返したところで、得をする人間は残っていない。

謎のまま放置されることだろう。

後は、男自身が、復讐に走った罪人として、首を括られれば全て終わる。

同時に、遠い親戚が死に、平民として慎ましく生きるだけなら十分な金が、血筋が残っていないからと、本家の可哀想な娘に相続されるだけだ。

一番僥倖だったのは、もしかしたら捜査している相手が旧友で、冷酷非情の女嫌いなどと呼ばれながら、その実、弱者に優しく、手を差し伸べずにはいられない男だったこと、かもしれない。

残酷な真実を、娘達を傷つける為だけに明かしはしない、旧友は、そんな人間だったから。

※※※

「知り合った男が語った戯言は、以上だ。あの後すぐに捕まったらしい」

「……ルトリアノ」

「俺はトールダムだ、外務卿。ルトリアノという男は、既に何年も前に死んでいる。そうだろう?」

公的な記録に、男の背景や今のような発言は一切記録されていない。

彼がヘーゼルに語った言葉すらも、自殺をはかり、自らの顔に爪を立てた心神喪失状態の少女の報告として証拠能力がなかった。

ただ復讐の為に行動した、大切なものはもう何もない、死刑を望む。

男はそれを言い、取り調べでは全てを黙秘した。

「その書類を、証拠として提出するのか? 何のために?」

目の前の男の語る通り、この真実を暴いたところで得をする者は誰もいない。

ただ、真相を知った少女の心が傷つくだけだろう。

「……ウーリィは、それを喜ぶと思うのか?」

エイデスが問うと、男は片眉を上げた。

「おかしなことを言うものだ。その女が誰かは知らないが、どんな理由であっても、他人を呪った時点で地獄行きだろう。せいぜい仲良くやるさ。どこかの元伯爵夫妻と四人で、じっくりと話し合いだ。幸い、死んだ後なら時間はたっぷりあるだろうからな」

クク、と喉を鳴らした後、男は目を細める。

「可哀想な娘たちは、せいぜい天国へ行けるよう取り計らってくれたまえ、親愛なるエイデス・オルミラージュ侯爵殿。必要のない人間を気にしている暇があるのなら尚更だ」

それきり、男は口をつぐんだ。

「……歯車が狂っていなければ、お前も魔導卿といずれ呼ばれていただろうにな」

金の混ざる、黒い瞳の男。

禁忌の魔術に精通し、後遺症で人々を苦しめるそれらに対処する数々の手法を編み出した、かつての友は、もういない。

彼の手は、罪に塗れた。

そして救われる気すらもないのだ。

ーーー頼むから、もう何も言うな、と。

自分のしたことも何もかもを呑み込んで、彼は目だけで、雄弁にそう語っていた。

エイデスも、それ以上語る言葉は思い浮かばなかった。

心の保ち方を誰よりも知る者は、その壊し方にも、誰よりも精通していた。

数ヶ月後、絞首刑に処された彼は、ひっそりとこの世を去った。