軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

姉妹達の邂逅。

ーーーあたしは、幸せになるのよ。

〝傷顔〟のヘーゼルは、ただその一心で、オルミラージュ侯爵家本邸で黙々と働いていた。

だけど、この家は腐っている。

正確には、この家の使用人を仕切る連中が。

特に侍女頭はダメだ。

ーーーアロンナ・デスターム。

彼女は、どうやら元は侯爵家の寄子になっているデスターム伯爵家の出身らしい。

結婚して家を出た後は、なんとヘーゼルの実家であるグリンデル伯爵家と懇意にしていた子爵家で、夫人をしていたそうだ。

しかし元から実家のコネが強かったアロンナは、結婚してからも長く侯爵家で上級侍女として仕え、婚家の没落を機に離縁して姓を戻し、侍女長に収まったらしい。

彼女は実家の、というか義父のトールダムに手を切られて没落したことでヘーゼルと、同じく保護されたミザリを恨んでいるらしい。

当たりは強く、数多くの仕事を押し付けられた。

でも、それで良かった。

この家を出るのはいつでも出来るし、別にヘーゼルは貴族家で今後も雇われたいなどと微塵も思っていなかったから。

この顔だ。

働くことも知らず技術もない手では、生き抜くことは出来ないと思ったから、多くの仕事をこなせるのは重要なことだった。

昔手習いした刺繍も、ピアノも、教養も、多分幼児相手には役に立つだろう。

でも、貴族学校にすら通っていないヘーゼルは、それだけで 家庭教師(ガヴァネス) として身を立てることは多分出来ない。

だから、修道院の下働きでも商家でも、何でもいいから、拾って貰えたところできちんと働けるように、すこしでも多くの仕事を覚えたかった。

幸い、給金はきちんと出る。

抜き打ちで、当主様から遣わされたという査察官が、下働きにまできちんと給金が行き渡っているかを、口頭で確認するからだ。

訳ありの貴族夫人や令嬢を多く雇っているため、万一にも中抜きが出来ないようにという処置だという。

だから、お金はある。

当主様は顔を見たことはないけれど、きっと良い人だ。

ただ、先代様と同じように滅多に本邸には帰ってこないから、内情が侍女長や家令のやりたい放題なだけで。

でも当主様が帰って来たくない理由も、分かる。

身の程知らずな愛人狙いがいっぱいいるからだろう、と、ヘーゼルは思っていた。

ーーーそろそろ、出ていけるかな。

そんな風に思っていたある日、この本邸に転機が訪れた。

ーーー下級侍女や下働きの人数が、一気に増えたのだ。

元々、女主人の不在と、保護された貴族夫人令嬢ばかりで、屋敷の規模に対して人数がさほど多くなかった、というのもあるけれど。

聞くところによると、当主様の婚約者であるウェルミィ・リロウド伯爵令嬢が本邸に入る為、本格的に人を増やしたようだ。

それに合わせて当主様もお戻りになるかと、新しい侍女達が色めき立っていた。

ーーーあんたたちなんか、相手にされる訳ないじゃないの。

当主様は、冷酷非情の魔導卿と呼ばれている。

女性の影の一つもない、と、ウェルミィ嬢を婚約者にするまでは社交界で噂されていたと、没落貴族の令嬢から話をされてヘーゼルは知っていた。

そんな人が愛人をとる訳ないし、まして今の婚約者を捨てて別の女性と婚約するなんてもっと想像もつかない。

だって、使用人にまで優しい当主様なのだから。

ヘーゼルは、他にも噂を聞いた。

なんでも婚約者が本邸に入ると同時に、集めた侍女候補の中から王太子妃宮に仕える侍女を選出する為、というのもあるそうで、だから数多く雇い入れているそうだ。

元から居た使用人にもチャンスがあるらしいけれど、ヘーゼルは全く期待していない。

ーーーこの顔だしね。

ヘーゼルの顔の傷は、トールダムの呪いによって消えない傷痕になった。

どうしても消したいと思えば、時間をかけて解呪は可能だろうと言われたけれど、膨大なお金が掛かるらしい。

それがなくても、消すつもりなんかなかったけれど。

傷つけたのは自分自身だし、手首を切り、顔を傷つけ、それでようやく伯爵令嬢のヘーゼルは死んだのだ。

今のヘーゼルは、この傷があるからただのヘーゼルになれた。

だから。

「傷顔〜! アナタは王太子妃宮侍女の話、受けないの〜?」

「受けるわけないでしょうが。この顔で受かると思ってるの? 馬鹿じゃない?」

そう言って、ニコニコと話しかけてくるミザリに、鬱陶しい気持ちを隠そうともせず、ヘーゼルは洗濯の手を止めずに答えた。

この屋敷の洗濯は、楽らしい。

なんでも、魔導師協会とやらが試作したという、洗濯板のような形をした洗濯用魔導具のお陰で汚れが落ちやすいのだそうだ。

ーーー〝笑顔〟のミザリ。

彼女は、ヘーゼルの代わりにグリンデル伯爵家で甘やかされていた孤児である。

どういう神経をしているのか知らないが、コイツはまるで何もなかったかのように話しかけてくるし、ベタベタしてきて鬱陶しい。

だけど、ヘーゼルの話を根気強く聞いてくれた黒髪の男……特務卿とかいう偉そうな肩書きだった……によると、ミザリは『笑顔』以外の表情を失くしたらしい。

『……君の家に入れられていた間、彼女はずっと、幸せそうに笑うことを強要されていたのだそうだ。守らなければ折檻されていたらしい。外から見えないところが、青あざだらけだった、と』

その話を聞いて、同情した訳ではなかった。

死を望むほどの怨恨が、それで晴れる事などない。

でも、そんなことに 拘(かかずら) っている暇もないから、放っておいた。

ミザリがヘーゼルと同じ境遇だったと分かったから、ではない。

ヘーゼルは幸せになって、地獄に堕ちている予定のトールダムの鼻を明かさなければならないからだ。

顔に傷があっても。

平民になったとしても。

自分が幸せだと思えるように生きるのに、恨みをぶつける相手なんか必要じゃないし、そんなことに時間を割くくらいなら、幸せになる努力をする方がよほど重要だった。

だから、同じように仕事を押し付けられている筈なのに、呑気なミザリが横に座って、さらに話しかけてくるのにも、構わなかった。

「ワタシは受けるよ〜。だって王宮とか凄くない〜?」

「あんたは顔が良いから、頑張ったらいけるかもね。礼儀作法はもうちょっとどうにかした方が良いと思うけど」

と、ヘーゼルが適当に答えると、ミザリがニッコニコで指を2本立てる。

「それならヘーキ! 最近下働きで入ってきた子達が所作が綺麗でさ〜、下働きの仕事教える代わりに作法を教えてくれるって言うんだ〜! 今日もその子達が手伝ってくれて早く終わったから、傷顔に紹介しようと思って!」

「は?」

「ほら、こっちこっち!」

後ろを振り向いたミザリが手招きすると、二人の、新しい下働きの服を着た少女達が近づいてくる。

二人とも茶色の髪と瞳で、片方は長いストレートの髪を三つ編みに縛って丸め、片方はウェーブがかった髪をシニヨンに纏め上げている。

ストレートの方は、穏やかそうな優しげな顔立ちをしていて、もう片方は猫を彷彿とさせる吊り目の勝気な顔立ち。

どちらもぱっと見はそこまででもないけれど、よくよく見ると整った美貌の持ち主だ。

礼儀作法をミザリに教える約束をしていると言うだけあって、立ち姿は洗練されている。

二人は、揃いの腕輪を身につけていた。

「貴女がヘーゼルさん? わたくしはアロイと申します」

「私はミィっていうの。お義姉様とは姉妹なのよ! よろしくね!」

ーーー似てないな。

それが、彼女たちに自己紹介されたヘーゼルの感想だった。

色以外、髪質も顔立ちも全然違う。

でも、本人達が姉妹だというのなら、そうなんだろう。

ミザリとヘーゼルだって、似ていない。

血が繋がってないんだから当たり前だけれど、二人にもそんな事情があるんだろう。

ここに来る貴族には『訳あり』が多いのだから。

「あたしはヘーゼル。よろしく」

そのまま、夕方になって押し付けられた洗濯に戻る。

乾かすのは、下級侍女の中に熱に関する魔術が得意な子がいて、その子に決まったお金を払うとやってくれる。

明日の朝になったら、押し付けられたとか関係なく、ヘーゼルがアロンナ侍女長に叱責を喰らうのが目に見えているからだ。

罰としてご飯まで抜かれたら堪らないので、ご飯代一回分だと思えば安いものである。

すると、三人がヘーゼルの洗濯を手伝い始めたので、ちょっと驚いて彼女達を見た。

「何してんの?」

「皆でやったら、早く終わるでしょう? ご飯の時間になってしまうし」

アロイが当然のように言うのに、眉根を寄せて答える。

「……金は払わないし、恩にも着ないよ」

「それで良いわよ。それより、貴女も一緒にやらない?」

なんか知らないけどワクワクした顔で、ミィがこちらを見ていた。

「貴女、王宮侍女の試験受けないで、平民として街に降りるって聞いたけど。仕事も出来るらしいし、それなら、礼儀作法、学んでて損はないんじゃない? 私達も、早く下働きの仕事に慣れたいし」

ーーーミザリ。余計なこと喋ってんじゃないわよ。

ヘーゼルは、初対面の相手に対して勝手に自分の事情をバラされて、不機嫌になったが……ミィの提案には、頷いた。

「交換条件なら、良いよ」

状況はともかく、申し出自体はすごくありがたい。

ずっと使用人以下の生活をしている間に、口調も含めてすっかりそんなモノは抜け落ちているし、条件の良いところに雇われたいと思ったら、必要なものでもある。

「でも、人に教えられるくらいマトモな作法身につけてるあんたたちが、何で下働きなんかしてんの?」

下級侍女にならなれるだろうに。

そう思っていたら、二人は目を見かわしてクスクスと笑う。

その後、ミィが言った。

「あんまり、試験とか出世とかに興味がないのよ」

「王宮とか高位貴族の侍女って、堅苦しそうじゃない?」

アロイも言い、そんな二人の物言いには好感を覚えた。

でも、笑顔は見せずにそっけなく頷く。

「あたしも同感」

その時は、こう言っていたのに。

ヘーゼルは、後になってこの二人の正体を知った時に腰を抜かしそうになり、同時に仲良くなったことを後悔することになる。

ーーー騙しやがって。

そう思ったと、ヘーゼルは後に笑いながら言った。