軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

悪役令嬢の不安。【後編】

ーーー私って、何?

そう問いかけたウェルミィに。

「ウェルミィは、ウェルミィだ」

エイデスは、あっさりそう答えた。

「もうすぐ婚約者になる愛しい恋人だ。そうだろう?」

頬を撫でる、固いペンダコが出来たひんやりとした手に、ウェルミィはそっと自分の手を重ねて目を閉じる。

「エイデスはそう言ってくれるけれど、私は、貴方に何も返せてないのに……」

少しだけ仕事を手伝って、淑女教育を受けて、それ以外は自由。

お義姉様の為に夜会で演技をしたところで、別に大した話でもなく。

そんな生活だってずっと続くわけじゃないって分かっているけれど、本当に何もしていないに等しい。

ただ、エイデスに甘やかされるだけの、そんな日々。

ーーー侯爵夫人だなんて。

エイデスを支えられるほど、自分は優れた人間じゃない。

「ウェルミィ。お前は、私を好いてくれているんじゃないのか?」

エイデスの声は、どこまでも優しいけれど。

「……そんな、の。普通のことだわ」

「普通のことか。そうだろうが、私には嬉しいことだ」

「嬉しい……?」

薄く目を開けると、エイデスの笑みが見える。

ウェルミィが不安がっていることまで、嬉しいとでも言いたげに。

「人を好きになることに、どんな理由が必要だ? 私がウェルミィを愛しいと思うことに、何の理由も必要ではなかった」

添えていた手をするりと頭の後ろに回して、頬を寄せて、エイデスはウェルミィの耳元で囁く。

「ウェルミィは私の、あるいはイオーラの何を好きになった? 金や地位だけが目当てではないだろう?」

「そう、だけど……」

「私も同じだ。お前の持つ容姿や知性だけに惹かれたわけではない。ウェルミィだから好きになった。それだけのことだ」

エイデスの言いたいことは、分かるけれど。

ウェルミィだって、何故一目見てエイデスに惹かれたのかなんて、説明のしようがない。

ただ、好き。

でもそれは、とても頼りないことのように思えて。

「……私より魅力的な人は、この世界にいっぱいいるわ。きっと、私より侯爵夫人に相応しい人も、星の数くらいいる」

頑張っても務まらなくて、エイデスに失望されたら。

そんな事すら、怖いと思ってしまう。

ウェルミィは自分が、こんなに臆病だと思わなかった。

臆病になってしまうと思ってなかった。

失うものなんて、何もないと思っていた頃は、あんなに大胆に振る舞えたのに。

今は、エイデスやお義姉様を失うことが、こんなにも、怖い。

「ウェルミィよりも、魅力溢れる女か。……いるかも知れんな。他の者にとっては、だが」

エイデスは、そっとウェルミィの背中を撫でる。

「だが私が魅力を感じた女は、ウェルミィ、お前ただ一人だけだ」

「何で……?」

「理由など幾らでもつけられる。後からな。だが最初は分からん。イオーラはきっと魅力的なのだろう。惹かれあったレオにとっては代え難いほどに。だが、私はイオーラには惹かれなかった」

そうだろう? とエイデスは問いかける。

事実、彼は一度はお義姉様と婚約を結び、その手を取れる立場にあった。

でも、取らなかった。

エイデスが手を差し出してくれたのは、優れた頭脳と紫の瞳、伯爵家の財産を受け継ぐ資格のあるお義姉様ではなくて、何も持たないウェルミィだった。

「お前がお前だから、私は愛した。それではいけないか?」

「信じて、いいの?」

頬を離して、真剣な瞳が、ウェルミィを見る。

薄く形のいい唇が動く。

「永遠に裏切らないと誓おう。ーーーお前だけだ、ウェルミィ」

ウェルミィは、自分の頬を涙が伝うのを抑えられなかった。

好きなの。

好きだから、これ以上好きになるのが怖いの。

信じたくて。

その信じる気持ちを、形にして……贈れるなら。

「エイデス……」

「何だ?」

「私も、誓うわ。……あのね、ヒルデントライ様と、シゾルダ様に。貰ったものが、あるの」

「ほう」

頬の涙を、エイデスが指先で拭ってくれる。

彼の白く滑らかな肌に両手を伸ばして、ウェルミィは包み込んだ。

「凄く価値があるものなの。それは、私が受け取って良いって」

ーーーエイデス以外の人から。

自分の力だけじゃないと思ったけれど、その行動に価値があるって言ってくれた人たちから、初めて得たもの。

ウェルミィはするりとエイデスの腕を抜け出して、サイドテーブルの引き出しに仕舞っておいたそれを、取り出した。

彼の膝に戻って背中を彼の胸に預けながら箱を開けると、エイデスが感嘆の声を漏らす。

「質の良い魔宝石だ。そうそうお目に掛かれるものではないな」

「そう、そうなの。あのね、エイデス」

ウェルミィは、テーブルに置いた箱の中にある朱色の魔宝石を指差しながら、エイデスの顔を見上げて、微笑む。

「これを、身につけて欲しいの。私の色を。……私も、身に付けたいの。エイデスの色を。受け取って、くれる?」

ウェルミィの問いかけに目を細めた彼は、蕩けるような笑みを浮かべて、静かにうなずいてくれた。

「勿論だとも、ウェルミィ。お前の瞳の輝きによく似た、素晴らしい石だ。身につけるのが勿体ないほどのな」

「それじゃ、イヤなの。いつでも身につけておいて欲しいの」

顔を前に戻して、ウェルミィは首を横に振る。

「そうしたら、わ、私のエイデスだって。皆に分かるでしょう? 誰にも、取られたくない、から……」

顔は、見れなかった。

恥ずかしくて、指先を小さく擦り合わせる。

でも、嘘じゃないから。

独占欲だって、分かってるけれど。

「私も、エイデスのだって、分かって貰うの。だから、だからね……」

言ってる途中で、エイデスがウェルミィの腰に両腕を巻き付けてきた。

「参ったな……」

「エイデス? ……んっ!」

そのままウェルミィの右肩に頭を預けたと思ったら、首元に口付けられた。

こそばゆさにビクリと震えるけれど、彼はそれ以上何もしなくて。

熱い吐息を首に感じる距離で、言葉を吐き出す。

「ーーーお前が可愛すぎて、我慢出来なくなりそうだ」

初めて聞く弱さを含む声音に、首を曲げられないまま横目で見ると。

エイデスの耳が、真っ赤に染まっていた。

ーーーえぇ……?

あのエイデスが。

いつも自信満々で、ウェルミィが何を言っても動じなかったエイデスが?

「ウェルミィ……」

「あの、待って。エイデス。さ、最後まで言わせて欲しい、から!」

エイデスの熱が伝染して、狼狽えながらも、ウェルミィは重ねて告げる。

「石を、アクセサリーにしたらね? あの、ね。一緒に出掛けたりしたいわ。……そ、それに、もっとエイデスの側にいたいし、エイデスに抱き締められるのも好き」

近くにいる。

一緒にいる。

ただ、それだけで良い。

それ以上のワガママは、言わないから。

「……頑張ったご褒美は、そういうのが良いの」

言えた。

黙って聞いてくれたエイデスの腕が、不意に脇の下と足に移動して、また横抱きにされる。

多分、真っ赤な顔をしているだろう、胸元で拳を握りしめているウェルミィは、凄く凄く熱の篭った美しい瞳と視線がばっちり合う。

「ウェルミィ。……ありがとう。自分の意思で、私の側に居ることを選んでくれて」

何だか、少し幼くなったような錯覚を覚えるくらい、柔らかい声と表情で口にしたエイデスが、まるで壊れ物に触るように、頬に口付ける。

そこでウェルミィは、彼の体が少しだけ震えていることに気づいて、頭を優しく抱え込んで。

お返しするように、そっと唇にキスを返した。

初めて一緒に過ごした夜には、出来なかったこと。

今も、すごく恥ずかしいけれど。

ちゃんと笑顔で、目を逸らさないまま、気持ちを伝える。

「お礼を言うのは、私のほうだわ。私を見てくれて……ありがとう、エイデス」

そうして、また深く口付けられた。

貪るように搔き抱かれて、息が詰まって苦しい。

でも、全然嫌じゃなかった。

求められていることが分かって、喜びが胸いっぱいに溢れ出す。

「……はぁ……」

もう立てないくらいに蕩けたウェルミィに、エイデスが切なそうに囁く。

「婚儀まで、我慢しようと思っているんだが。……時折揺らぐ。私をこんな気持ちにさせるのは、お前だけだ、ウェルミィ」

ーーー別にいいのに。

そう思っても、流石に口に出すのは躊躇ってしまう。

怖いのはもちろん、ちょっとだけあるけれど。

でも、ちゃんと大切にしてくれるって、言ってくれるエイデスの気持ちも、嬉しくて。

「ーーー愛している」

何度も、何度も、そう口にしながら、ウェルミィはその晩、耳や首筋をエイデスに食べられて。

すっかり、許容量を超えてしまった辺りで、ようやく解放された。

「……大丈夫か?」

「だいじょぶ、じゃ、ない、けど……いま、すごく、しあわせよ……」

ウェルミィは、自分でもきっとだらしないだろうなぁ、と思う、へにゃりと力の抜けた笑みを浮かべた。

「ーーーわたしの、エイデス……」