軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

悪役令嬢の籠絡。

ーーーあまりにも、目に余りますわ。

ウェルミィ・エルネスト改めウェルミィ・リロウド伯爵令嬢が、貴族学校時代と変わらぬ奔放さで夜会を騒がせているのを、ダリステア・アバッカム公爵令嬢は苦々しい思いで眺めていた。

学生時代に彼女自身と関わりはなかったけれど、その噂はよく耳にしていた。

勿論、悪い噂が大半。

それも当然のことで、何せウェルミィは義姉イオーラの婚約者に侍って、淑女として少々礼節に欠ける振る舞いをしていたから。

生徒会役員として、風紀の乱れを是正する立場にあったダリステアは幾度も直接抗議しようとしたけれど、その度にレオニール王太子殿下に止められていた。

ダリステアは、彼の幼馴染みだった。

恋愛感情こそなかったものの、レオニール様の婚約者候補として、長い期間を親しく過ごして来ていた。

ーーーだからこそ、今のウェルミィの振る舞いは看過できなかった。

彼女はしばらくの間、社交界から姿を消していたけれど、やがてエイデス魔導卿に伴われてまた夜会に姿を見せるようになった。

聞くところによると、なんと社交を再開した当初には義姉のイオーラと共に、王妃陛下の私的なお茶会に招かれたらしい。

ここしばらく誘われていないダリステアは内心、複雑な心境だった。

何せ、ウェルミィがエイデス魔導卿に見初められた噂の影に隠れていたものの、エルネスト女伯となったイオーラがレオニール様と婚約を結ぶのでは、という話も聞こえて来ていたから。

その噂を耳に入れるご婦人やご令嬢方は、決まってダリステアに意味ありげな視線を向けて来ていた。

もちろん相手にはしなかったけれど、当然、気分が良いものではなくて。

だからこそ余計に、社交に姿を見せないイオーラの妹であるウェルミィが目についた。

最初は、王家主催の夜会。

それはまことしやかに、レオニール様の婚約相手を見繕うためのものと言われていた。

あろうことかその場で、ウェルミィは魔導卿を差し置いて、レオニール様とファーストダンスを踊ったのだ。

イオーラは、姿を見せなかった。

何故、と夜会全体がざわめいたのも無理はない。

エスコートしたエイデス魔導卿は何も言わず、聞くと未だ正式な婚約は結んでいないらしい。

さらに、注目を集めていた彼女は、レオニール様が気にかけていた男爵令嬢に罵声を浴びせた後、彼女を伴って庭に出て行った。

魔導の家系にも珍しい、強い治癒の力を秘める銀の瞳を持ち、教会から聖女にと所望されていた少女だ。

その子は泣きながら一人で戻ってきて、その後に何事もなかったかのように歩いて来たウェルミィは、レオニール様にべったりと張り付いて談笑していた。

ウェルミィの立ち居振る舞いは、そこからさらに酷くなった。

基本的に彼女をエスコートするのは、王太子殿下かエイデス魔導卿。

そしてファーストダンスをどちらかと踊った後は、夜会に参加するたびに毎回違う令息に声をかけ、テラスや庭の暗がりへ消える。

するとその後、何故か彼らは王太子や魔導卿と共に、彼女の近くにべったりと張り付くようになる。

ある時などは、休憩室から出てくるウェルミィと他の御令息を見たという話まであった。

婚約者がいる者もいて、なのにお相手のご令嬢が苦言を呈しても、令息たちは意に解さない。

そんなある日、ダリステアはウェルミィによって、ドレスにワインをかけられた。

「あら、申し訳ございません、アバッカム様。手が滑りましたわ。レオ様、シミになっては大変ですから裏にご案内して差し上げて」

「ああ」

目を三日月のように細め、どう考えてもわざとそれをしたのだろう素振りで、レオニール様にこれ見よがしに命じるウェルミィに、ダリステアは憤慨した。

ーーー王家の方を顎で使うなどと!

「結構ですわ!」

思わず声を荒らげて、背を向けて会場を出ようとすると、レオニール様の弟君である第二王子……ダリステアたちの三つ下で今貴族学校二年生のタイグリム様がお声がけをしてくれた。

「ダリステア嬢。こちらへ」

そうして、別室で使用人にワインの染み抜きを命じて下さったタイグリム様に、感謝と不満を述べた。

すると彼は深く考えた後に、そのレオニール様によく似た、しかし銀の瞳を持つ少し雰囲気の違う顔を真剣なものにして、こう言って下さった。

「確かに、リロウド伯爵令嬢の振る舞いは目に余る。私の方から、兄上にそれとなくお伝えしておきます」

「よろしくお願いいたしますわ」

その頃になると、ダリステア以外の人々からもチラホラとウェルミィを非難する声が高まっていた。

しかし周りにいるレオニール様や令息たちが高貴な身分であることや、基本的に彼らとばかりいるせいで、直接諫言できるタイミングがない。

同時に、不穏な噂も流れ始めていた。

ーーーどうも、精神に干渉する魔薬や呪いの魔導具が出回っているらしい……。

まさか、とダリステアは思う。

たった二ヶ月で、不自然なほどに様々な殿方に取り入ったウェルミィ。

ーーーまさか、ウェルミィが……?

疑念が確信に近いものに変わったのは、それからすぐの事だった。

レオニール様にウェルミィに関する苦言を伝えると言っていた、タイグリム様までもが……ウェルミィの側に、侍るようになってしまったのだ。

何かがおかしい。

ダリステアは、タイグリム様が一人になるタイミングを慎重に見計って、近づいた。

「……タイグリム様」

「ああ、ダリステア嬢か。何か?」

何故かとても冷たい目をしてこちらを見ているタイグリム様に、ダリステアは息が詰まる。

彼はダリステアが何も言えずにいる間に、失礼、と言ってその場から離れてしまった。

呆然としていると、そこに声をかけてくる人がいた。

「大丈夫ですか? ダリステア嬢」

ツルギス・デルトラーテ侯爵令息……ウェルミィと交友のない令息の一人で、最初にウェルミィに泣かされていた男爵令嬢と夜会でよく一緒にいて、恋仲と噂されている方だ。

嫡男である彼とは、身分が違いすぎて結ばれることはないだろうけれど、そういう話は嫌われるのと同じくらい、悲恋としてご令嬢がたの噂にも上る。

彼からは、ふわりと、嗅いだことのない花のような香水の匂いがした。

優しく声をかけられて、何故かダリステアは泣きそうになった。

壁側に移動して、ぽつりぽつりと立ち話をする。

「……貴女は、精神を操るという呪いの魔導具の噂を知っておられますか?」

やがて、ウェルミィを睨みつけながら、ツルギスが口にした言葉に、息を呑んだ。

「もしや、ツルギス様も……」

自分と同じ疑念を抱いているのか、と暗に問いかけると、彼は厳しい表情でうなずいた。

何らかの悪意がそこにあるのなら、それを暴かなければならない、と口にするツルギスに、ダリステアはうなずいた。

「ウェルミィは、魔導具の分野において稀代の頭脳を持つと囁かれていました。実際は、義姉のエルネスト女伯の方だったとも聞いたこともありますが。……どちらかが、そうしたものを開発して、令息たちを意のままに操ろうとしていてもおかしくない……」

ツルギスの言葉は、ダリステアの疑惑を裏付けるに十分な話だ。

やはり、どう考えてもおかしいのだと。

自分以外にもそう考えて、動こうとしている方がいることに、ダリステアは勇気を貰った。

「……わたくしは、何をすれば?」

声をかけて来たということは、何かがあるのだろう。

でなければ、今まで繋がりのなかった自分に、こんな話を持ちかけてくるはずがない。

「……これを、ウェルミィに。国で自白を引き出す時に使われる、意識を朦朧とさせる魔導具で、質問に対して嘘がつけなくなるものです」

渡されたのは、宝玉の埋まったネックレスだった。

すぐにバッグの中に隠したそれを使って『人を操る魔導具を使用しているか』をウェルミィに問い掛ければ、答えが出る、と。

「彼女は御令嬢は操らないようだが、私が近づけば、操られてしまう危険があるので」

ツルギスは、それを預ける理由を口にした。

決行の場所は、近く、王太子殿下の婚約者が発表されると言われる、王城での夜会。

そこには、全貴族と、国王陛下ご夫妻もご列席なさる。

ダリステアに打診が来ていないことから、自分はレオニール様の婚約者候補から脱落しているはずだ。

そして今、最も有力な相手は、ウェルミィ・リロウド。

もしかしたら、噂に聞くエイデス・オルミラージュ魔導卿との婚約披露すらも、この為の布石だったのかもしれない。

あの、女嫌いで有名な魔導卿が、いきなり一人の少女に心を寄せるというのもおかしな話だと、ツルギスは語った。

ダリステアも、その通りだと思った。

すると、そこで王太子殿下がこちらに足を運んでくるのを見て、するりとツルギスが離れる。

何を話していたのか、と問われて、たわいもないお話を、とダリステアはごまかした。

彼はウェルミィに操られている。

ダリステアが拒否しているのが伝わったのかどうか、レオニール様はそれ以上追求はしてこなかった。

「……ウェルミィに手を出すな、ダリステア嬢」

まるで警告するようにそう言われて、むしろ決意を固める。

この国の次代を担う者たちを操り、根幹から揺るがそうとするウェルミィの罪を暴く。

そうして時を待ち、ネックレスをつけて王城へと赴いたダリステアは。

国王陛下の開会の宣言を聞いて、陛下と妃陛下のファーストダンスを見届けた後に、ウェルミィへと近づいた。

「ウェルミィ・リロウド伯爵令嬢」

周りを固める令息がたが、さりげなく遮るように前に出るが、もう魔術は届く距離だった。

ネックレスの魔術を発動し、ウェルミィに術を掛けたダリステアは問いかける。

「お答え下さいな。貴女は、人を操る魔導具をお使いになっておられて?」

どこか焦点の合わない目になったウェルミィが、問いかけに対して短く答える。

「ーーーはい」

その返答に、周りで話を聞いていた方々が、ざわり、とざわめいた。

やっぱり、何かがおかしいと思っていた、という囁きの間に、心から湧く怒りをウェルミィに叩きつけようとしたところで……ウェルミィを、ふわりと誰かのマントが抱き込む。

そこに立っていたのは、エイデス・オルミラージュ魔導卿だった。

「クラーテス!」

彼が鋭く名前を呼ぶと、一級解呪師であるリロウド伯爵が、素早く進み出て娘であるウェルミィの目元に触れる。

すると、パチパチと気がついたように瞬きをした後に、ウェルミィは微笑んだ。

「ーーー敵が、尻尾を出したわね?」

彼女の言葉にうなずいたエイデスは、感情の浮かばない瞳でダリステアを見下ろす。

「答えてもらおう、ダリステア・アバッカム公爵令嬢。……その魔導具を、誰から預かったのか」

ーーーバレていた? 何故?

いえ、でもウェルミィは、魔導具の質問に、はいと答えた。

なら、それを訴えれば。

ダリステアが、ぐっとお腹に力を込めると、その肩に誰かが手を置く。

見上げると、そこには見慣れた顔があった。

「お兄様……」

ダリステアを今日エスコートしてくれた、兄、マレフィデント・アバッカム特務卿。

金髪金眼、長身で柔らかな微笑みを絶やさない彼は、まっすぐにエイデスを見ていた。

国家治安維持特務課ーーー主に他国の諜報員や、大逆を企む政治犯、魔薬や魔導具の密売に関係する特殊犯を取り締まる部署の、長であり。

ライオネル王家擁立の際に、前王家に連なる家系でありながら義を尊び、オルミラージュ侯爵家と並んで王国に反旗を翻し、唯一罪を免れた血筋であるアバッカム家の嫡男。

そしてーーーエイデスと並び魔導の分野で多大な功績を上げた、もう一人の魔導卿。

「これは、何の騒ぎかな?」

微笑みを浮かべたマレフィデントの言葉に、対照的なまでに無表情のエイデスが答える。

「ーーー王太子殿下の信頼を失墜させる為に、婚約者候補を陥れようとした者が、この中にいる」