軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

完遂された復讐。

ーーー何で、俺が、こんな目に……。

サバリン・エルネスト元伯爵は、牢獄の監視官に両脇を抱えられて、フラフラと薄暗い廊下を歩いていた。

貴人牢から、爵位の剥奪と同時に告げられたのは……死刑宣告だった。

裁判もないのかと喚いたが、そもそもこちらの言い分など聞くつもりがなさそうなほど迅速に、それが決定した。

ーーー何故だ……。

サバリンは、エルネスト家の次男として生まれた。

口うるさい父と、堅物の兄に反発して遊び歩いていた。

そんなサバリンに転機が訪れたのは、父が死に、兄が爵位を継いで、すぐのこと。

兄が視察先で死に、継承権が転がり込んできたのだ。

親戚は皆反対した。

それにイライラしたものだ。

継承権があるのだから、継いで当然で、あんなケチ臭い父や兄などに自分が劣るはずがないのだ。

だから、兄嫁に話を持ちかけた。

兄の『お下がり』だが、親戚から同情を集めている女。

俺を後押しすれば、生まれたお前の子どもに継承権を与えると言ってやってるのに、返事を無駄に待たされたものだ。

ようやく伯爵の椅子に収まり、サバリンは満足した。

しかし、その満足は長く続かない。

兄嫁は、サバリンのものになったくせに、手を出させなかった。

それどころか、既に孕んでいるなどとほざいている。

ふざけやがって、騙された気分だった。

むしゃくしゃして、街を歩いていた、男好きのする体つきの平民を無理やり馬車に連れ込み、別邸で犯してやった。

それがイザベラだ。

最初は泣き喚いていたが、すぐに従順になったので屋敷に住まわせ、可愛がってやった。

領主の仕事は兄嫁に押し付けた。

いくら美人だろうと、サバリンは手も出させない女に興味はない。

こいつを無理やり犯そうにも、親戚連中がうるさい以前に、いつもあいつの側にいるゴルドレイと乳母の婆さんが邪魔だった。

イザベラもすぐに孕んで大して楽しめなかったが、こっちはサバリンの子どもだ。

兄嫁がくたばった後、可愛いイザベラと我が子のウェルミィを家に迎えた。

すると、親戚連中が皆縁を切ると言い出して、使用人もほとんど辞め、残ったのはゴルドレイと乳母の婆さんだけだった。

その婆さんも辞めて、サバリンはようやく、ウェルミィを後継者にするために動き出す。

イオーラなどさっさとくたばればいいものを、兄嫁よりはしぶといようだった。

ーーーあれを言い出したのは、イザベラだ……。

しかし殺そうと躍起になっている内に、イラつきから賭博に金を使いすぎてしまい、イオーラを殺すために購入した魔導具での殺害も上手くいかない。

資金繰りに困った時に、シュナイガー伯爵家が、アーバインという次男坊とイオーラの婚約を条件に融資を申し出て来た。

ーーー好都合だな。

イオーラはどうせその内死ぬのだし、婚約は相手がいなければ解消するしかない。

今は目先の金だ。

領主の仕事は全部、役立たずな上にしぶといイオーラと、ゴルドレイに任せていた。

資金繰りに関しては、もう一つ目処がついていた。

ーーーあれを教えたのは、ゴルドレイなんだ……。

『二重帳簿を作り、税を誤魔化せば、手元に資金が残るかと』と。

あいつが唆したのが悪いんだ。

兄嫁が、サバリンを騙さず大人しく自分のものになっていれば。

イザベラが、浮気などしなければ。

ゴルドレイが唆さなければ。

ーーー全部、あいつらが……。

なのに、なぜサバリンだけが処刑されなければならないのか。

ーーー何でこんなことに。

長い廊下を抜けると、眩しい日差しの中、絞首台が現れる。

サバリンの処刑を見に来た者たちが歓声を上げる。

違うんだ、と口にするが、猿ぐつわを噛まされていて言葉にならない。

身をよじって抵抗しても、監理官からサバリンを引き受けた屈強な兵士が、目隠しをして、引きずるように絞首台に上がらされる。

ーーー俺は、何も、悪く……。

サバリン・エルネストは。

結局己を振り返ることもなく、周りへの怨嗟を撒き散らしながら、足元の床が消える感覚と、グッと首を引っ張る縄の無慈悲な硬さを感じながら、永遠に意識を閉ざした。

※※※

ーーーサバリンが処刑された。

その事実を伝えられたイザベラは、一人、牢獄の中で笑みを浮かべた。

全て終わった。これで。

ーーーイザベラの、目論見通りに。

元々、イザベラは養護院の出身だった。

一生を平民として生きていくのだと思っていた。

ーーークラーテスに、出会うまでは。

彼は紳士だった。

決して、平民だからと相手を侮ることなく平等に接する穏やかな人。

年齢が高く、看護に熱心に立ち働いていたイザベラがよく話すようになり、彼に惹かれるまで時間は掛からなかった。

けれど、イザベラはクラーテスが想いを伝えてくれた時には、迷い、拒否し続けた。

公爵夫人など、自分に務まるわけがない。

クラーテスに迷惑をかけてしまう。

でも、彼は……公爵家を出ると、言った。

それでもイザベラと一緒にいたいと言われて、涙が溢れた。

幸せだった。

幸せだったのに。

クラーテスと結ばれて、共に暮らす家を得る契約をして、街を歩いていた日。

彼が公爵家に話し合いに行くと実家に帰っている間に。

浮かれていたイザベラは、近づいてくる馬車に、気づかなかった。

ーーーそこに乗っていたサバリンに目をつけられ、無理やり犯された。

憎かった。

殺してやろうと思った。

そして怖かった。

汚れた自分が、クラーテスに愛想を尽かされるのが。

借りた家を整える間、ずっと怯えていた。

このまま、何も言わずに過ごせるのかと。

そして。

ーーー月よりの使者が、来なかった。

どうして。

分からなかった。

お腹に宿る命が、クラーテスの子なのか、あのおぞましいサバリンの子なのか。

このまま、クラーテスと暮らして産んだ子が、もし、サバリンの子だったら。

だから、家を出た。

クラーテスが公爵家に最後の離縁のサインに行くその日に、ありったけの自分のお金をかき集めて、逃げたように見せかけて。

その足で、サバリンの元へ行き、愛人として囲われた。

産まれた子どもは……朱色の瞳を、持っていた。

ホッとすると同時に、絶望した。

イザベラの親族に貴族の血が混じっているのだというこちらの言葉を、あの馬鹿なサバリンは疑わなかった。

ウェルミィを不幸にするわけには、いかなかった。

運良くサバリンの嫁が死に、後妻に迎えたいと言われた時に、決意した。

ーーー醜いサバリンの血を、途絶えさせてやる。

イオーラがいなくなり、ウェルミィが継げば、伯爵家の血は途絶える。

ウェルミィが成人して後継者になり、幸せになるのを見届けたら……サバリンと、死ななかったら、イオーラも殺そう、と。

その決意だけで、生きてきた。

ーーーでもイオーラには、少し可哀想なことをしたわね。

あの日聞いた、イオーラが前伯爵の子だという話。

それが事実なら、あの子はサバリンの子ではないのだから。

そうでなければ、あれほどウェルミィが懐いていたあの子を、あそこまで虐げる必要はなかった。

申し訳ないと思いはしたけれど、イザベラにとって大事なのは、クラーテスの血を引く我が子、ウェルミィだけだった。

あの子は魔導卿に見初められた。

イオーラから奪い取ったアーバインを何故か気に入ってはいなかったようだったから、結果的にはそれで良かった。

伯爵家の妻として、魔導卿の今まで成したことを、その高潔な振る舞いを、ウェルミィに伝えたのはイザベラだ。

あの子が何か企んでいることには気づいていたけれど、自分の復讐よりもっと痛快な幕引きを考えていただなんて。

あの日のサバリンの、何もかも失って茫然自失とした顔。

笑って全てぶちまけたい衝動を、抑えるのが大変だった。

ウェルミィは聡明な子だった。

クラーテスによく似ている。

一つ後悔があるとすれば、クラーテスとは二度と会いたくなかった。

イザベラを見て悲しそうにする彼に、辛い思いをさせてしまった。

ただ逃げただけではないことを、知られてしまった。

ーーーでも。

イザベラがどうしようもない女だったと思ってくれているなら、それでもいい。

元々、そう思われる為に逃げたのだし、そんな女に心を砕く必要はないのだから。

だから、自分の想いは全て胸に秘めたままで。

あの日に起こったことなど、誰にも話さなくていい。

これから、イオーラとウェルミィが幸せに……仲の良いあの二人が、幸せに生きるのに。

ーーー愚かな母親は、必要ないのだから。

北の修道院へ送られる、と聞いて、イザベラはうなずいた。

処刑でも良かったのに、何故か連帯責任で絞首台に上がることはなかった。

イザベラが北行きの移送馬車に乗るために牢獄を出ると、ゴルドレイが居た。

見送りは、彼一人だけのようだ。

イオーラを何かと手助けする彼は、目障りだったけれど、同時にサバリンを貶めるためにウェルミィに協力もしていた。

結局、ゴルドレイがどういうつもりだったのかは、分からないけれど。

微笑みかけたイザベラは、口を開いた。

「見送り、ありがとう」

「いえ、奥様。一つ、オルミラージュ侯爵様より伝言がございます」

「何かしら?」

立ち止まって問いかけると、返ってきた言葉に、イザベラは目を見開いた。

「『クラーテスとウェルミィには、黙っておいてやる』ーーーだそうです」

衝撃が去ったイザベラは、涙が滲んでくるのをグッと堪えて、再び足を踏み出す。

「ありがとう、と、伝えてくれるかしら?」

「御意」

二人が後悔しないように、イザベラのことを、黙っていてくれるという意味だろう。

あの魔導卿は、一体、どんな目を持っているのか。

なぜ、イザベラのことまで、分かったのだろう。

ゴルドレイも、知っているようだった。

ーーー二人とも、どうかウェルミィを、よろしくお願いします。

そう心の中で願いながら、馬車に乗り込んだ。

※※※

「……終わったか?」

執務室を訪ねて来た、エルネスト家の老家令に、エイデスは問いかけた。

「はい。ご温情に感謝いたします」

筆を置いたエイデスは、頭を下げるゴルドレイに、笑みと共に問いかける。

「ウェルミィとクラーテスが、自ら真実に気付いた時に、教えてやってもいいぞ」

「……そんな日が、来ないことを願っております。奥様も望まぬでしょう」

その言葉にうなずいたエイデスは、さらに言葉を重ねる。

「それで、ゴルドレイ。一つ尋ねたいことがあるのだが」

「何なりと」

「お前の名字は?」

「……昔は、シュナイガー、と。今はありません」

答えたゴルドレイに、エイデスは『やはりな』と思った。

なぜ、資金繰りに困ったエルネスト伯爵家に、シュナイガー伯爵家が繋がっているのか。

そのせいで余計な疑いを掛けられていた。

ほんの十数年前まで目立たぬ子爵家だったシュナイガー家が、急に成長して伯爵に叙されたのか。

疑問に思っていた。

「シュナイガーの家は、古くからエルネストとの繋がりが?」

「元々は、かの家を支える立場に。エルネスト家の乳母や家令は、代々シュナイガー家において最も優秀な者が選出されます。その際に姓を捨て、シュナイガーを継ぐ者は次に優秀な者と決まっておりました」

「アーバインを認めたのは、主家を捨てたからか」

「……どちらかと言えば、唯一の正統な後継であるイオーラ様が、優秀すぎた故に、ですね」

エイデスは、ククッと喉を鳴らした。

「一女伯や、伯爵夫人に収まる器ではない、か。確かにな」

「サバリン様が、有能であれば。あるいは、後継がイオーラお嬢様でなければ……ウェルミィお嬢様の企みに乗ることはございませんでした」

シュナイガーの家は、エルネスト伯爵家ではなく、その血筋に忠誠を誓っているのだろう。

故にこそ、潰した。

イオーラのさらなる飛躍を考えて。

だから、有能な家令の輩出を止めて、シュナイガー伯爵家を成長させることに決めた。

何かあった時、外からイオーラに手を差し伸べられるように。

それを、決めたのは。

シュナイガーの当主に、その事実を伝えて、決定させられるのは。

「お前こそ真の忠臣だな、ゴルドレイ」

「過分なお言葉を賜り、誠にありがとうございます」

柔和な微笑みの奥に隠された、目立たぬように振る舞う彼の、とてつもない有能さ。

「ゴルドレイ。領地の管理は、シュナイガーに任せるように提言しても?」

「私が口を挟む領分にはございません。どうぞ、御心のままに」

「では、お前の身の振り方はどうする。イオーラを支えるために、王家への口利きは必要か?」

「そうですね……その前に、少々休暇をいただきたい、と思います。最も有能な〝甥の子〟が、己の愚かしさを知ったようなので……」

ーーー直接指導に当たりたい、ということか。

エイデスはそれに頷いた。

「辺境伯に手紙を書こう。どういう立場になるかは分からんが……そうだな、家庭教師くらいの立ち位置はどうだ? 騎士団での訓練以外にも、学ぶ意欲はあるようだ。うちから金を出してもいい」

「望外の申し出にございます」

あくまでも慇懃に、深く頭を下げるゴルドレイに、エイデスはニヤリと笑みを浮かべた。

「隠居しても良いだろうに、腹黒く酔狂な男だな、 貴方(・・) は」

「ようやく、苦行を終えて、面白きことを行えそうですので」

ーーー老後の楽しみにございます。

そう笑みと共に口にするゴルドレイに、エイデスは珍しく、声を立てて笑った。