作品タイトル不明
ヘーゼルの選択。
ーーー謁見の間での話し合いを終えた後。
ウェルミィは、お義姉様やヘーゼルと共に、王妃宮に向かった。
ミザリは王宮外への外出は禁じられているが、とりあえず期限を定めずに休養を与えられているらしく、今日は朝の仕事を終えたウーヲンと共に庭で土いじりをしているという。
「ミザリ」
「あ〜、終わったの〜?」
いつもの侍女服ではなく、野良作業用のズボンと革エプロン姿のミザリは、軍手をはめた手をブンブンと振りながら近づいて来た。
「体調は良さそうね?」
「うん、何ともないよぉ〜」
どうやら 月魅香(チャームルナ) を栽培しているらしい鉢植えの一角で作業していたウーヲンも、立ち上がって頭を下げている。
「ウーヲンも一緒でいいのだけれど……大事な話があるの。ルトリアノの亡霊や、グリンデル伯爵家に関することで」
それを口にするお義姉様は、少し緊張していた。
ウェルミィも、ジッとそれを言われた時のミザリの反応を観察する。
ーーーまだ数日しか経ってないものね。
ルトリアノの亡霊を目撃して倒れてから、本当にさほど時間が経っていない。
不完全な【賢者の石】やその後のケアで体も精神も安定してはいるそうだが、話題を出した時にどうなるか、と思ったのだ。
「聞いといた方がいい話〜?」
不思議そうな顔をする……かと思ったけれど、軽くまばたきこそしたものの、ミザリは落ち着いていた。
元々彼女は、地頭がいい。
ミザリの無邪気な一面も演技ではないのだろうけれど、立ち回りや飲み込みの速さ、目聡さなどを考え合わせると、何も考えていない訳ではない。
むしろ、思いやりという面で言えば、出会った頃はヘーゼルよりも大人な一面があった。
「無理に、とは言わないわ。けれど、ヘーゼルは聞きたいそうなの。貴女にも関わることだから、同席したいと思うのなら一緒に話をした方がいいかと思って」
「アロイは聞いたほうがいいと思う〜?」
ミザリが首を傾げると、お義姉様は首を横に振った。
「貴女が決めることよ、ミザリ」
「ふ〜ん……」
ミザリは、指先を口元に当てて空を仰ぐ。
「なら、ミザリは聞かな〜い」
その後、こちらに目線を戻して、明るい笑顔で答えを口にした。
「え……?」
その答えを、ウェルミィも意外に思ったけれど、声を漏らしたのはヘーゼル。
ミザリは彼女に目を向けると、小さく首を傾げる。
「だって、ヘーゼルはもうここに居るでしょ〜? だったら別に、ミザリはあの頃のこと、いらないからねぇ〜」
当たり前のようにそう告げた後、今度はニヒヒ、と悪戯っ子のような笑みを浮かべて、後ろに手を組む。
そして腰を少し屈めて、ヘーゼルの顔を下から上目遣いに見上げた。
「それとも〜、ヘーゼルはミザリが一緒じゃないと心細い〜?」
「っな訳ないでしょ!」
「じゃ〜、ミザリは聞かな〜い。ウーヲンと一緒に薬草のお世話してる方が楽しいからねぇ〜。アロイ、もういい〜?」
「ええ」
お義姉様が頷くと、ミザリは『行こぉ〜』とウーヲンの手を取って戻っていく。
「……聞かないんだ……」
戸惑ったようにヘーゼルが呟くのに、ウェルミィはお義姉様と目を見交わす。
ーーー同じ、かしら。
お義姉様も何かを察したような目をしているので、小さく頷いてから、ヘーゼルに声を掛ける。
「知らなくてもいい、というのも選択よ。聞かないでいいなら、ミザリが聞かない方がいい話でもあるわ。行きましょう」
そもそもミザリ自身が選んだことなので、それはそれでいいのだ。
王妃宮に戻ろうと踵を返す前に、ウーヲンの寄り添うミザリを眺めると、彼女も首だけ曲げてこちらを見た。
ふんわりと幸せそうな笑みを浮かべたまま、胸元に手を伸ばして服の中にあるものを握る。
昔は、苦痛から逃れる為に、自分を破壊する魔導具を握りしめる仕草だったのだろう。
けれど今はそこに、ウーヲンから愛の証として貰った【賢者の石】が入っているのだ。
ーーーそうよね。
ウェルミィは、その瞳の色を読み取って、自分の推測を確信に変えた。
吹っ切れた顔をしているから、話を聞く必要がないというのも、ミザリの本心ではあるのだろうけれど。
ーーー皆が心配しているから、よね。
この話を聞くかどうかを問いかけることすら、今のミザリにとっては負担ではないか……と、ウェルミィ達は懸念していた。
ミザリは だから聞かない(・・・・・・・) 選択をしたのだろう。
皆が自分を心配していることを、あの子はきちんと理解しているから。
ウェルミィ達が王妃宮の客間に移動した後、テーブルを挟んで対面に腰掛けたのは、当然ヘーゼル。
その横に座ったのはミザリではなく、シドゥだった。
ヘーゼルが『側にいて』と、歩く最中に声を掛けていたのを聞いている。
なので、彼が座っていることも、二人が手を繋いでいることも、特に咎めなかった。
「いい? ヘーゼル」
「……ええ」
頷いたヘーゼルに、ウェルミィは『真実』を語った。
「元々、グリンデル伯爵家の嫡男がルトリアノ……貴女にとってのトールダムであることは、知っているわよね?」
「あいつが自分で言ってたからね」
「そう。謀殺されかけて瀕死に陥った彼には、妻がいたわ。ウーリィという名の女性で……貴女の、本当の母親よ」
そんなウーリィが、弟夫妻が夫を殺したことを知り、自分の命と引き換えに契約魔術による三つの呪いを掛けたのだ。
ヘーゼルを産み落とすと同時に彼女は死に、禁を破れば死ぬ程の激痛を齎す呪いが弟夫妻に降りかかった。
一つ目は、『弟夫妻が自分の子が近くに置けない』というもの。
二つ目は、『ヘーゼルを慈しみ育てなければならない』というもの。
三つ目は、『その事実を口外できない』というもの。
孤児として引き取られたミザリが、本当は弟夫妻の子であり……その呪いによって、弟自身は死んでいなかったルトリアノに無理やり自白させられ、弟妻はミザリを近くに置かれて、それぞれ絶命したこと。
謀殺されかけたルトリアノは、ウーリィの呪いを知らずに復讐に走った。
そして禁呪によって弟に自白させ、ヘーゼルが自分の娘と知ったと同時に、引き返せなくなったのだ。
そして、ウェルミィが何よりも伝えたくなかったことは、これらの客観的な事実ではなく。
亡くなった弟夫妻がヘーゼルを愛していたのではなく、呪いに縛られて育てていただけ……という部分だった。
それはルトリアノが、娘に恨まれ切る為に復讐を完遂した理由でもあった。
ヘーゼルに、せめて『両親には愛されていた』という記憶を残す為に。
それが偽りだったことを、知らせない為に。
「これが、私が知っている話の全部よ」
ウェルミィが話し終えると、ヘーゼルは黙ったまま、幾度か深く深呼吸をする。
シドゥが心配そうな表情で彼女の横顔を見上げており、ヘーゼルの手は白くなる程、強く握り締められていた。
「……じゃあ、あの伯爵家の遠い親戚が遺したとかいう遺産も、あの男の差し金なの?」
「多分、そうね」
ルトリアノが、自分の死から数年後、ヘーゼルの手元に『生きるのに困らない程度の資産』が渡るよう計らった、という話はエイデスから聞いている。
「……」
ヘーゼルはシドゥの手を握るのと逆の手を上げて、自分の顔に触れた。
〝傷顔〟と呼ばれる理由になった、ヘーゼル自身が深く刻んだ顔の傷。
伯爵令嬢ヘーゼルとの決別の証であり、ルトリアノの呪いによって消すことの出来ない傷だ。
でも、本当は消せる傷でもあった。
あの件の後、クラーテスお父様は『ルトリアノの命を掛けた呪いであろうと、リロウドの解呪に勝るようなものではないよ』と言っていたのだ。
傷を消さなかったのは、ヘーゼル自身の望み故だった。
そしてお父様やエイデスが、傷はともかく呪いそのものを消し去らなかったのも……愚かなルトリアノの望みと真実を、知っていたからだ。
「そんなことの……」
ヘーゼルの内心は、完全には分からない。
けれど彼女の目には、怒りと同時に思い詰めたような色が浮かんでいた。
ヘーゼルはそのままシドゥの手を離すと、横に置いた鞄……主人であるウェルミィが必要な荷物を持って行ったり、逆に貰ったものを入れる為のもの……に手を伸ばし、中にあった巻物を手にして、そのまま顔の前に広げる。
多分必要はなくなっただろうけれど、一応ペソティカ男爵から預かっておいた 家系図(・・・) を。
「「ヘーゼル!?」」
ウェルミィが思わず声を上げると、それにシドゥの声も重なる。
それは、古語を含む文書。
つまりヘーゼルがその内容を目にしたら。
「そんなことの、為に……!」
巻物に阻まれて顔は見えないけれど、彼女の声は、震える程の怒気に満ちていた。
椅子から立ち上がった彼女は、それでも巻物を叩きつけるようなことはせずにテーブルに置いてそのまま振り向く。
そこに、ルトリアノが出現していた。
相変わらずひっそりと、結界にも反応せずに姿を見せた幽体と、こちらに背を向けたヘーゼルが真正面から対峙する。
シドゥがヘーゼルの横で腰を浮かせて、膝横にもたせかけて立てていた剣の柄を握り、引き抜くよりも早く。
ヘーゼルの怒号が、その場に響き渡った。
「あたしや奥さんを言い訳にして、あんたは、 ミザリを(・・・・) あんな目に(・・・・・) 遭わせたの(・・・・・) !?」