軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

天に至る鍵。

「親族が行方不明、ね……」

その辺りがマイラー・マクスウェルの動機だと、ズミアーノは読んでいるのだろう。

エイデスも横で一つ頷き、話を先に進める。

「詳しい事情は、追々本人に尋ねよう。お前に『ペソティカ男爵家のルーツを辿れ』と告げた理由と、何か関連があると思うか?」

「あるんじゃないかな〜。その辺はマイラーが求めているモノの話になるからさ〜、後はリオノーラに説明して貰った方がいいんじゃない〜?」

と、ズミアーノがリオノーラ夫人に目を向ける。

「少々〜、失礼致しますわね〜」

ふわふわと微笑んでいるリオノーラ夫人が、ゆっくりゆっくり頭に手を伸ばすと、目を閉じて、指先でトントン、とこめかみを叩く。

すると、彼女の様子に劇的な変化が起こった。

目を開くと、明らかに知性の色がそこに宿っており、表情や動く速さまで含めて変化したのだ。

ーーー〝淑女〟のリオノーラ、だったかしら?

お義姉様からの又聞きだけれど、彼女は普段のゆったりとした様子からは想像が出来ない知性を備えていて、今の合図で豹変する、という話だった。

実際目にすると、確かにそれは豹変としか呼べない変化である。

普段からそうではない理由は、この状態を保つと疲れてしまうから、らしかった。

「順を追って説明致しますわ。わたくしは一昨日の夜、飛竜便でこちらに訪れさせていただいたのですけれど……誘拐事件が起こって、皆様への御目通りが叶いませんでしたの」

「そうね」

昨日は本来、ヘーゼルとミザリの意思を確認した上でルトリアノの亡霊を呼び出す予定だった。

リオノーラ夫人はその時に同席するか、終わった後に面会する形を取るつもりだったのだろう。

「ですが延期となったことで、オルミラージュ侯爵が『気になる成果物』を持ってきた、というお話を王妃殿下から伺いまして。今朝、それを拝見させていただきましたわ」

オレイアがスッと動いて、手にしていた筒をリオノーラ夫人に差し出す。

「それは?」

「マイラー・マクスウェルが所持していた地図、です」

誘拐された時にヘーゼルが見せられた、というものだろう。

近づいてきたリオノーラ夫人が取り出したそれを眺めるが、当然ながらウェルミィには読めない。

「こちらは、ペソティカ男爵にも、そしてわたくしにも読めないものでした」

お義姉様やエイデスの顔を見るけれど、二人も首を横に振った。

「皆読めないのね。でも、ヘーゼルとミザリだけは読める……」

「はい。グリンデル伯爵家の二人だけが読める、というのは、わたくしの推察が正しければ、ペソティカ男爵家ではなく、本来はお二人の血筋の方が編者の一族の直系であるからでしょう。そして、お伺いした状況から考えて、既に亡くなられているルトリアノ・グリンデル氏が、編者の『宿命』の持ち主だと考えております」

リオノーラ夫人は澱みなくそこまで言ってから、一度言葉を切る。

「その上で。この地図には幾つか、重要と思われる場所が示されております。そして何らかの数字と書き込み。マイラー・マクスウェルの目的が【賢者の石】であるのなら、この地図はその在処が示されているのでしょう。あるいは、この書き込みは、その製法なのかもしれません」

「あらゆる病気を癒し、不老不死に至る至宝、よね」

「ああ。もし、記されているのが製法ならば、『 世界の書(アカシックレコード) 』に至る手段と同様に既に発見されていたのだろうな。……魔導学の究極の一つに、過去に達した者がいる、か……」

どこか遠い目をして、エイデスが呟く。

魔導士の『魔導の真理に対する想い』というのがどういうものなのか、ウェルミィには分からないけれど。

「複雑そうね」

「作れると分かるのなら、それ自体は喜ばしいと思う。だが、そこに最初に至ったのが自分ではなかったことを惜しむ気持ちも、ある」

「でも、【 聖白金(オリハルコン) 】はお義姉様と貴方が見つけたんでしょ?」

「精錬法を見つけたのは、スロード・ロンダリィズ氏だからな。我々は加工をしたに過ぎず、どちらにせよ大地の龍脈という巨大で不安定な魔力溜まりを利用しなければならない、不完全な精錬法だ」

「ふぅん……あんまりピンと来ないけど、昔からあるって言われてたものなら、元々誰かが見つけてたんじゃないの?」

「仮説と実在と実証は、別のものだ。【 聖白金(オリハルコン) 】に関しても、元々聖剣は存在していた。魔導学において重要なのは『論理に裏打ちされた再現性』であり、それを見つけ出すことだからな」

ウェルミィは少し考える。

多分今の話は、エイデスが呪いの魔導具の解呪法を発見したようなことを指しているのだろう。

元々、リロウドの力を使えば解呪そのものは出来る。

その力と同じようなことを誰でも出来るようにする方法を見つける、というのが、きっと大事なことなのだと思う。

想像でしかないけれど。

静かにこちらのやり取りを聞いていたリオノーラ夫人は、話が途切れたのを見計らったのか、また口を開いた。

「古代文明が滅んだ一因は、この【賢者の石】を巡る争奪戦にある、と提唱する仮説も存在しています。この地図は、それを憂いた誰かが隠して遺したものなのかもしれません。ここからは私の推測になりますが、この地図には『その先』まで示されている、と考えております」

「先……というのは?」

お義姉様が尋ねるのに、リオノーラ夫人は地図を巻いて筒に仕舞いながら微笑みを浮かべた。

「王妃殿下の目的に関すること、ですわ。マイラーの目的は【賢者の石】そのもののようですけれど、わたくしは【賢者の石】が『天に至る鍵』の一つである、と考えておりますの」

「先、というのは、そういうことか」

エイデスが、納得したように頷く。

「 だから出てきた(・・・・・・・) 、と」

「はい」

「いや、そっちで納得しないでくれる?」

ウェルミィが口を挟むと、エイデスが片眉を上げる。

すると、お義姉様が説明してくれた。

「編者の『宿命』の力が必要な状況になったけれど、ヘーゼルとミザリには子がいないから、出てきたのでしょう。『宿命』は、持ち主の死後に生まれ落ちる魂に受け継がれるもので、元々ルトリアノが『宿命』の持ち主なのであれば、まだ引き継ぐ相手がいないのよ」

「そこは分かってるわよ」

ルトリアノが死刑になったのは、ヘーゼルが貴族学校入学前に起こした自殺未遂から捜査の手が入り、やったことが露見したからである。

けれど編者の『宿命』を持つ者でないと読めない文字を読む、その必要性が出てきた。

だからヘーゼルとミザリの前に亡霊が現れて力を貸し与え、代わりを務めさせた。

それは理解出来るのだ。

分からないのは、何年も前に死んだルトリアノが姿を見せた動機である。

「 誰が何で 必要だと(・・・・) 判断したの(・・・・・) ? ルトリアノ自身の意思じゃないでしょう。だって姿を見せなければ、そもそもヘーゼルは危険な目に遭わなかったんだから」

マイラーは、ルトリアノのことを知っているようだった、とヘーゼルは言った。

地図を読める理由まで分かった上で誘拐したのなら、そもそも彼が出てこなければ、誘拐の動機そのものが消えるのである。

「それこそ『神託』とか『宿命』を与えるのと一緒で、女神だか魔神だかの意思が介在してる、みたいな話になるんじゃないの?」

「それは『分かっている』とは言わないのかしら。ウェルミィの言う通りなのよ」

そこで何故か、お義姉様がちょっと目を伏せる。

「必要があると女神様が判断したから、亡霊の姿で『宿命』を持つ彼が現れたのでしょう。……何で、の部分は、きっとわたくしが理由でしょう?」

「……え?」

言われて、ウェルミィは小さく首を傾げた。

お義姉様は、申し訳なさそうな表情を浮かべたまま、ヘーゼルの方を見た後に、こちらに目を戻す。

「 わたくしが求めた(・・・・・・・・) から、必要なことが起こった。そうでしょう?」

お義姉様が、何を『原因』だと思っているのか。

それを理解すると同時に、ウェルミィは口元に手を当てる。

ーーーお義姉様の力を、女神に返すことを求めたから……!?

〝精霊の愛し子〟は、精霊に愛され、女神の寵愛を最も受けている存在である。

だから周りには幸運が齎され、その寵愛が弱まると……力が弱まると、不幸の揺り戻しがあるのだ。

〝精霊の愛し子〟が『幸福であれ』と望む者には幸福が齎される、ということは、言い換えれば『お義姉様の望みが叶う』ということで。

望みを叶えているのは、その望みを叶えていいと判断するのは何者なのか。

思わず、ウェルミィはエイデスを見上げる。

彼は、二人で話している時に言ったのだ。

『ペソティカ男爵家の家系図を調べることは、〝精霊の愛し子〟についての、重要な何かが隠れている可能性がある』と。

その重要な何かが……『読めない古文書』に書かれたことが。

〝精霊の愛し子〟の力を天に返す為に、エイデス達を魔人から人に戻す為に、必要なものなのなら。

【賢者の石】が、リオノーラ夫人の口にした『天に至る鍵』であるのなら。

それをお義姉様が手に入れる必要があるから、ルトリアノが現れた、なら。

ーーー私達の行動が、ヘーゼル達の心の傷を抉ること、に……?

「私達の、せい……?」

「誰も予見し得ないことは、お前たちの責任ではない」

エイデスは、こちらを見ながら即座にそう否定した。

レオも、お義姉様の肩をそっと抱きながら、首を横に振る。

「エイデスの言う通りだ。人は神ではないと、俺をそう諭したのは誰だったかな……覚えてるか? ウェルミィ」

ーーーっ。

ウェルミィは、唇を噛んだ。

それは、ヘーゼル達を救い出した話を聞いた時の話。

『もっと早く気付いていれば』と落ち込んでいるレオに、自分が掛けた言葉、そのものだった。