軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

お義姉様と二人きり。

「ミザリのところにまで……?」

お義姉様の話を聞いて、ウェルミィは不審に思った。

ーーー何が目的なの?

誰かが見せている幻影だったとしても、ルトリアノ本人の魂だったとしても、意図がよく分からないのである。

エイデスも表向き気にしない様子を見せていたけれど、自滅のような死に方をした旧友の再来に、内心穏やかではないだろう。

ルトリアノを救えなかった時に彼が見せた涙を、ウェルミィは忘れていなかった。

ーーー私の大切な人達に、本当に余計な心労を……!

ふつふつと怒りが増してきたので、少し発散する為に扇で手のひらを何度か叩き、気持ちを落ち着かせる。

そして、改めてお義姉様に問いかけた。

「事情は分かったわ。だからミザリにフラッシュバックが起こってるのね」

「そうよ。そこで倒れてしまったから部屋に運んで、様子を観察しながら検査をしたの。体は悪化しているわけではないし、一度落ち着いて、意識がはっきりしている間は大丈夫だったのだけれど……眠れなくなったの」

就寝のタイミングで、また叫び声が聞こえたらしい。

どうやら意識が薄れかけるとダメらしく、それ以降も呻き声を上げたり、『許して』とうわ言を繰り返してから目覚める、というような状態になってしまったと。

「オレイアと交代で見ていたけれど、フラッシュバックが起こる前に、必ず胸元を探るような仕草を見せていたわ。改善する気配がなかったから、最後は申し訳ないけれど、治癒士を呼んで眠りの魔術で一気に深く眠らせたの。疲弊すると、症状がより悪化する可能性があったから」

その言葉に、ヘーゼルがギリッと歯を軋らせた。

「あの野郎のせいで、また……!」

「口が悪いわよ」

一応そう言ったが、ウェルミィ的にも全く同感である。

ミザリの仕草の意味を考えると、心が痛む。

彼女を壊した呪具はペンダント型であり、ヘッドの宝玉を握ると安心感や多幸感を得るようなものらしい。

それは無理やり意識を体から切り離すような代物だったけれど、ミザリはどれ程辛い目に遭っても『笑え』と命じられており、笑みを浮かべさせる為にルトリアノが使ったのがそのペンダントだった。

辛い記憶が蘇るたびに、逃れる手段だったペンダントを無意識に求めているのだろう。

あの子の心の傷は、体のものよりも深い。

それこそ、かさぶた以上に治ることはないくらいに。

しかも、そのペンダントを与えられた当時のミザリは、丁度、娘のスフィーアと同じくらいの年頃だったのだ。

一番多感で繊細な時期に、一番辛い記憶を植え付けられているのである。

「……やっぱり、会いに行くわ。私はまだしも、ヘーゼルが会うのは絶対に大事でしょう」

ミザリの最後の一線を繋いだのは、ヘーゼルの存在。

ウェルミィの魂をお義姉様達との絆が繋いだのと同じくらい、ミザリにとってのヘーゼルとの絆は強い筈だから。

「本当に、ウェルミィは元気なのね?」

「当たり前でしょう。そんなの、私を助けたお義姉様が一番知ってるじゃないの」

魔術について通り一遍のことしか知らないウェルミィより、大規模複合魔導陣の主術者として治癒を成功させたお義姉様の方が、体のことについてはよく知っている筈だ。

なのに大人しくしていろと言うから、不満に思っていたのである。

「すぐに行きましょう。早い方がいいんでしょう?」

※※※

そうして、今日は正式な訪問なので、ウェルミィはお義姉様が乗ってきた王家の馬車に乗った。

オレイアとヘーゼルはオルミラージュ侯爵家の馬車に乗せて、王宮に向かう道すがら。

「ミザリのことが心配で後回しになったけど、ペソティカ男爵家? とかの家系図にグリンデル姓が記載されていたのよね?」

ウェルミィが尋ねると、お義姉様は頷いた。

「ええ。それも古語の代に」

「で、それを頼んだのがズミアーノなのね」

「一度、あの方にも会っておく必要があるわね」

「エイデスに頼みましょう。外交で帝国にも行くし、ズミアーノは随伴させるって言ってたから、会う機会も多いでしょうし」

どういう理由で動いていたのか次第ではあるけれど、また妙なことを企んでいるのかもしれないし、真意は確かめておかないといけない。

「一応、グリンデルについては、家系を辿って貰うようにペソティカ男爵にお願いはしているのだけれど、もしかしたら無理かもしれないわ」

「グリンデル伯爵家が断絶してるから?」

「そう。10年前のことだし、ある程度の資料は残っているでしょうけれど、グリンデルの家にあった蔵書も散逸しているし、処分もされているもの」

まさかヘーゼルの実家が、そんな代から存続している古い家だとは思わなかった。

けれどそれを言うのなら、オレイアの実家も、下手するとゴルドレイやアーバインの実家であるシュナイガー家も『サバト』主家の遠縁……十二氏族の代から存在している家かもしれないので、意外と知らないだけで多いのかもしれない。

「後は家系で言うなら、お母様の出自も辿れるなら辿ろうと思うわ」

お義姉様の微笑みに、ウェルミィは、あ、と口を開いた。

「そうね……〝精霊の愛し子〟のことだものね」

お義姉様のお母様……ローラ様の実家との縁は切れている、としか聞いていない。

「でも、そっちの家のことが分かるの?」

「旧姓くらいは知っているわ。ただ、関わりもなかったし、母方の祖父母もわたくしが生まれる前に亡くなっていると言っていたから……どの情報も求めているものが辿れるか分からないから、手がかりになりそうなことは少しでも多い方がいいでしょうし」

「そうね」

ウェルミィは、顎に指先を当てて考えを口にする。

「エイデスはリオノーラ夫人に、助力を頼んでくれたの。だから彼女が来てくれたら、オルミラージュ侯爵家の蔵書についての調査は少し進む、と思うけれど」

「……それなら、一緒にお願いしたいことがあるわ。ペソティカ男爵が、アバッカム公爵家とリロウド公爵家にも、王家より古い記録がある、と言っていたの。リロウドの分の調査を、ウェルミィ達にお願い出来ないかしら」

「公爵家のほう……ね」

「ええ。。王家の要請だけだと、目的を隠して蔵書の閲覧を頼むには弱いかもしれないけれど、オルミラージュ侯爵家とクラーテス様の口添えをいただければ、どうかしら」

ウェルミィは、ちょっと眉根を寄せた。

確かにお父様の実家だし、お義姉様達と皆で挙げた結婚式の際に向こうのお顔も拝見はしているけれど、公爵家関係は少々事情が複雑なのだ。

ナーヴェラ・リロウド先代公爵は、ウェルミィの祖父である。

テレサロの聖女の資質を見出した人物で、優しい方と彼女は言っていた。

けれどお父様は、お母様に結婚を申し込んだ際に、公爵家の継承権を放棄して平民になるという『やらかし』をしている。

しかも、家を出た理由であるお母様に、側から見たら『逃げられて』いるのだ。

それでもお父様がそこできちんと解呪師としての地盤を築いたら、家で抱えていた伯爵位を譲渡している……のなら、親として気には掛けていたのだろうし、関係自体は多少改善されているのは伺えるけれど。

「現在の公爵……叔父様との関係性次第、かしら」

弟の立場から見れば、『才能も資質もあるのに女に騙されて公爵家を捨てた兄』である。

自分が爵位を継いだことに対してどう思っているのか、は分からないけれど、少なくともウェルミィが同じ立場なら兄に対していい感情を抱いていないのではないだろうか。

「難しいかしら。あそこが一番、〝精霊の愛し子〟関係だと手がかりになりそうな気がするのだけれど」

「長の一族だものね。……お父様ご自身に尋ねてみないことには、何とも言えないけど、話は通してみるわね」

「お願い」

「アバッカム公爵家の方はどうするの?」

あの家のトップはマレフィデント様とダリステア様なので、リロウドよりも遥かに話は通りやすいだろう。

「基本的にはダリステア様にお願い出来ないかしら、と思っているわ。タウンハウスの蔵書については一緒に調べようと思うけれど、前王家時代のものがどれくらい残っているか分からないし、近いとはいえわたくしが東部のアバッカム公爵領に行くのは許可されないと思うから……」

「それはそうね」

多分今、お義姉様は、王宮から出ることすら難色を示されている筈だ。

今回はミザリのことだし、あの事件はレオの特務卿としての初仕事でもあった。

あの時のレオは凄惨さに対するショックも大きそうだったし、基本的に公務に関わらなければあの人も他人に甘いので、特別に許可された外出だと思われた。

「じゃ、基本方針はそのくらいね。この件は時間掛かるし、一旦置いておきましょう、今はミザリとヘーゼル、ルトリアノの件をどうにかしたいわ」

「……そうね」

お義姉様が複雑そうな顔をしたので、ウェルミィは首を傾げる。

「何かまだ、心配なことがある?」

「いいえ。考えているのは……グリンデルの事件の『真実』をあの二人に伝えるかどうか、よ」

言われて、ウェルミィは即座に否定した。

「必要ないわ」

「何故そう思うの?」

「知ったところで、何かが改善すると思う?」

ルトリアノがヘーゼルの本当の父親であり、あれを画策したのが、最終的にはヘーゼルの幸せを願ってのことだった、と言われたところで。

「やった罪の重さと、二人が受けた心の傷が余計に浮き彫りになるだけよ。下手をするとヘーゼルが『全部自分のせい』と思ってしまうかもしれないし。……イザベラお母様と違って、ルトリアノはもう死んでいるのよ」

真実を知ったところで、ウェルミィのように、二人は怒りをぶつけることすら出来ないのだ。

お母様はウェルミィだけを可愛がり、お義姉様から物を奪い、使用人のように扱った。

けれど離れに押し込めた後に手を出すことはなかったし、体を傷つけたのはウェルミィが川に落ちた時に頬を張った時くらいである。

ルトリアノは、守るべきヘーゼルを……実の娘を使用人のように扱い、ミザリすら、可愛がるフリをしながら心が壊れる寸前まで追い込んだ。

例え置かれた状況が違ったとしても、どう転んでもヘーゼルが傷つくことになったのだとしても、やっていることが最後の一線を超えてしまっている。

「知らずに済むなら、知らない方がいいわ」

「……そう、かしら」

窓の外に見えてきた王宮の城壁に目を向けたお義姉様には、お義姉様自身の考えがあるのだろう。

納得出来ていないようだけれど、ウェルミィははっきりと意見を伝える。

「もし話すとしたら、それは二人が自分で気づいて『真実』を求めた時だけよ。そうでしょう?」

「ええ。確かに、そうかもしれないわね」

お義姉様は小さく頷くと、こちらに目を戻してポツリと続ける。

「二人には、もう一つ共通する謎があるわね。わたくしは、そちらも引っかかっているの。貴族学校で習ったわけでもないのに、古語が読めたことよ」

「そうね。何でなのかしら」

しかも、 大陸南部文字(シ・トライヴァル) に見えた、とヘーゼルは言っていたのだ。

「……ペソティカ男爵家と血筋が繋がっていることと、何か関係があるのかしら……」

お義姉様が、独り言なのか返答なのか曖昧な呟きを口にしたところで、馬車が王族専用の通用門の前に止まり、しばらくしてゆっくりと、門が開き始めた。