軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

侯爵夫人の悪戦苦闘。

「まっったく分からないわ……!」

オルミラージュ侯爵家の蔵書に当たっていたウェルミィは、苛立ちまじりにパン! と音を立てて、テーブルに手のひらを叩きつけた。

「……物に当たるのはやめたら?」

「拳で叩いたわけじゃないんだから、いいでしょう!」

「いいわけないじゃない」

呆れた顔で苦言を呈してきたのは、側付き侍女のヘーゼルである。

元々気安い仲である為、人目のないところでは主従の壁は特にない相手だ。

「やっぱり、先代様に助力をお願いする方がいいんじゃないの?」

「ご高齢のイングレイお義父様に、これ以上無理させるわけにはいかないでしょ!」

それでなくとも、最近は部屋からもあまり出られないくらい体調が思わしくないのである。

でも、ウェルミィ一人では流石にどうにもならなかったから、今机の上にある蔵書も、お義父様にある程度、関係ありそうな書物の名前を書き出して貰って集めたのだ。

この上解読まで手伝っていただくなど、負担が大き過ぎる。

オルミラージュ侯爵家の歴史はライオネル王家より古い。

その為、蔵書量も半端ではなく、あまりに古いものはイングレイお義父様やエイデスでも、全ては解読出来ていないのだ。

『アルガが生きておればのう』とお義父様は言っていたが、ないものねだりをしていても仕方がない。

「なら、せめて御当主様や他の博識な方に頼むとか」

「今、あんまり手を煩わせるわけにはいかないのよ。あの人も他の皆も忙しいんだから」

〝精霊の愛し子〟に関する調査は、別に緊急の要件ではないのだ。

助けてくれそうで、かつ知識がありそうなのは、ダリステア様やクラーテスお父様、そしてヒルデ辺り。

けれどダリステア様も、ウェルミィを助ける間に滞った自家の仕事もあるだろうし。

クラーテスお父様に頼めるとしても、同様に解呪師の仕事を片付けた後に時間買い上げで依頼することになるし。

ヒルデは乳飲み子含む三人の子を抱えた宰相夫人で、無理もさせたみたいなので気が引ける。

ズミアーノも今回については頼れないし、そうなるとニニーナ夫人も無理。

ーーー可能なら、お義姉様のお腹の子が生まれるまでにケリをつけておきたい話ではあるけれど。

現状はエイデスや、他の頼れない人たちがやっている『仕事』の方が、早急に準備を終えなければならないものである。

皆がお義姉様やレオと共に連日詰めているのは、『国家として』諸外国へどう赴くかという日程の取り決めと、その際に行う外交の内容だった。

本来ならウェルミィも参加しておいた方がいいし、そう伝えたのだけれど、皆口を揃えて『病み上がりはおとなしくしていろ』と言うので、家にいるのだ。

ーーーめちゃくちゃ元気なのに。

お義姉様の前でちょっと泣いちゃったけれど、それはそれ。

体は、むしろ若返ったせいで調子がいいくらいなのである。

産後、スフィーアの成長と重さに合わせて蓄積され、最近まで悩まされていた肩こりや腰痛も今はない。

ーーーなのに、皆、過保護過ぎなのよ!

結果、ウェルミィは蚊帳の外なのである。

なのに、代わりに始めた〝精霊の愛し子〟調査もさっぱり進まない。

ままならない状況に、ウェルミィがちょっと不貞腐れていると、ヘーゼルがため息を吐いて首を横に振る。

「御当主様達が忙しいと思ってるなら尚更、心配かけないように大人しくしてたら……?」

「してるじゃない。家にいるんだから」

「ベッドで寝てろって言ってるんだけど!?」

語気を強めて一歩腕踏み出してくるヘーゼルに、ウェルミィも椅子から立ち上がって言い返す。

「嫌よ! 元気なのに!」

「確かに有り余ってそうではあるけど、御当主様方が心配するのとはまた別の話でしょう!?」

「本当に寝といて欲しいなら、エイデスがちゃんと命じればいいのよ! でも『家にいろ』としか言われてないわ!」

ウェルミィは、婚約を申し込まれた時に交わした『何でも言うことを聞く』という約束を、今でもちゃんと守っているのだ。

エイデスはもういいって言ってたけど、約束は約束である。

だから『ベッドで寝ていろ』って命令なら大人しく従ったけど、そうじゃなかったんなら、ちゃんと言わないエイデスが悪いのだ。

「ねぇ、ミィ。屁理屈って知ってる?」

「屁理屈でも理屈は理屈よ!」

ふん、と鼻を鳴らすと、ヘーゼルは諦めたように首を横に振った。

「もういいわよ。帰ってきたら報告だけはするからね」

「ええ。それは貴女の仕事だから構わないわよ」

そう答えてから、ウェルミィは机の書物に目を落として、ちょっと情けない気持ちになる。

「……旅行に出る前に、何とか手がかりだけでも掴んでおきたいんだけど……」

正直、折れそうである。

何せオルミラージュ侯爵家の蔵書、それも古いものは基本的に古代魔導文字で描かれているのだ。

貴族学校の魔術語学で習うのは、大半は現代魔導文字について。

古代魔導文字は、基礎の簡単なものと、既に現代語訳されている魔導書の古語を習う程度で、オルミラージュの蔵書、それも古書クラスの高度なものになると、まず読み方を調べるところから始まるのだ。

30分で1ページどころか数行も進まないので、今、ウェルミィは図面や挿絵を中心に調べていた。

『精霊』『愛しい』『子』の文字だけは覚えて、それに何か引っ掛かるような図像はないか、と、蔵書に向き合っていたのである。

なのに、さっき見つけた新しい図像は。

「何なのよ、この地図! 内海のない中央大陸なんて、どう考えても適当に書いてるでしょ!」

ウェルミィは開いた古書のページに載っているそれを見て、『これ偽書じゃないの?』と思って、萎えたのだ。

「地図?」

ヘーゼルが興味を持ったようなので、ウェルミィは指先でそれを示す。

「ええ。地図よ。大公国に旅行に行った時に通った内海がなくて、代わりになんか色々書かれてるの」

内海の形の中が、明らかに陸地として書かれているのだ。

道が伸びていて、村らしきものが点在し、丁度、内海の真ん中くらいに城のような印があった。

そこに古語で名前が書かれているが、調べる気すら起こらないくらいデタラメな地図なのである。

「へー。確かに凄く変ね。昔は陸地があった、なんて記録があるの?」

「ないわよ。内海くらい馬鹿でかい穴が開くような量の陸地が消滅してたら、周りの大陸に住んでる人たちが全滅しててもおかしくないし」

「そうなの?」

「レオが全力で大規模破壊魔術を使っても、こんな範囲の陸地は消滅させられないわよ」

魔導省の魔導士部隊が、大規模魔導陣を暴走させて爆発を引き起こすよりも威力が高い、というそれでも不可能なので、あり得ないのである。

もし仮に別の可能性、『海面の水位が上がってこの部分が水底に沈んだ』のだとしても、今度は『周りの陸地が沈んでいないのにどうやって海水が出現したのか』という疑問が生まれてしまう。

「ふ〜ん……じゃ、この『バルア皇都』っていうのも、嘘っぱちの名前なのね」

「ええ、そう……ね……?」

と、ヘーゼルが何気なく指差した先にある文字列を見て、ウェルミィは同意しかけてから、バッと彼女の顔に目を向けた。

「ヘーゼル……貴女、読めるの!?」

「え? 普通に読めるけど……?」

彼女が指差したのは、現実で内海のど真ん中に当たる位置にある『城のマークの名前』だった。

古代魔導文字で(・・・・・・・) 書かれたもの(・・・・・・) である。

「ミィは読めないの?」

「だってこれ……古代魔導文字よ?」

「からかってる? どう見ても普通の字だよ、これ」

ーーーどういうこと?

ヘーゼルが当たり前のようにそう言ってきたので、ウェルミィは数秒、彼女と見つめ合った。

すると、向こうもこっちが嘘をついているわけではない、と気づいたようだった。

「えっと……じゃ、どう見えるか、他の人にでも聞いて……」

と、振り向いて書庫の入り口に目を向けたヘーゼルが、そのままふっつりと言葉を途切れさせた。

「ヘーゼル? どうしたの?」

みるみる青ざめていく彼女の顔を見て、ウェルミィも後ろを振り向き……彼女と同様に、『それ』を見た。