軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

彼方より此方へ。

「……?」

その日目覚めたエイデスは、ふと不審な気配を察知して、そちらに意識を向けた。

眠っているウェルミィの側に微弱な【魔王】の瘴気が……おそらくは『向こう』の力を引き入れた時に漏れ落ちたものが……近づいて来て、彼女に入り込もうとしている。

エイデスは、そっと手を伸ばしてそれを自分の中に吸収した。

「どういうことだ?」

大した脅威ではなかったが、何故『それ』が今更ウェルミィを狙ったのかを探る為に知覚を広げると、ライオネル王城の方角で異変が起こっていた。

「……イオーラの力が弱まっている……?」

「ん……どうしたの?」

声を聞いて目覚めたウェルミィの問いかけに、エイデスが口を開こうとしたところで。

「父様! 母様!!」

血相を変えた息子……10歳になる銀髪黒瞳のフェリーテが、寝巻きから着替えもしないまま飛び込んできた。

「ちょっとフェル、着替えくらいしなさいよ! 何でいきなり走り出したの!?」

その後ろから、自分も寝巻き姿のままのスフィーアも姿を見せる。

「それどころじゃない、それどころじゃないんだ! 父様、『反動』だ! イオーラが女の子を妊娠したんだ!! したんだよ!!」

「あら、お義姉様が? おめでたいじゃない」

『語り部』であった頃の記憶を持ち、弱まったものの夢見の力も備えている息子が奇行をするのに慣れているウェルミィが、のんびり答えるが。

「めでたいよ、めでたい! でも、このままじゃ母様が危ない!!」

「落ち着け、フェリーテ。……【魔王】の瘴気のことであれば、今吸収した」

「そうじゃない、そうじゃないんだ!」

フェリーテは泣きそうな顔になりながら、しゃがんだエイデスの体にしがみついてくる。

「〝夢〟を見たんだ! だって、居ないから! 居ないから、母様が危ないんだ!!」

あまり会話が得意ではない息子は、頭が悪いわけではないのだが自分の見たものや聞いたことを人に伝える際に、色々と情報が欠けている。

エイデスは、そんなフェリーテに質問を重ねた。

「……一体、誰がいない? 未来に何か起こるのか?」

フェリーテの夢見の力は、幾多の世界を垣間見る。

その中には、この世界が辿り得る結末を予見するようなものが混ざるのだ。

「違う、違うんだよ! 父様だ! 父様が居ないんだ! 母様には…… もう一人の母様には(・・・・・・・・・) 、【 魔王(・・) 】 の父様が(・・・・) 居ないんだ(・・・・・) !」

フェリーテの絶叫に、エイデスは思わずウェルミィに目を向けた。

彼女もこちらを見ており、表情を引き締めている。

「フェル。……貴方が言っているのは、もう一人の『私』のことなのね?」

「そうだよ! どうしよう、どうしよう!? 父様、母様!」

「お母様? フェルは何を言っているの?」

状況がよく分かっていないスフィーアが首を傾げながら近づいてくるのに、ウェルミィは小さく微笑みながら、彼女の頭を撫でる。

「ちょっと問題が起こっただけよ。フェル? その『反動』っていうのは、具体的に何が起こるの?」

「喰われるんだ! 〝精霊の愛し子〟の力が弱まったら、愛する魂が喰われるんだ! 陛下は剣持ちの騎士だから、喰えないから、だから、だから、母様が!」

ーーー【魔王】の瘴気がウェルミィに入り込もうとしていたのは、それでか。

〝精霊の愛し子〟と【魔王】の関係は、おそらく 陰陽(おんみょう) のようなものなのだろう。

どちらが邪悪というのではなく、どちらかに傾くと均衡が崩れるのだ。

ウェルミィが小さく一度頷くと、さらにフェリーテに問いかける。

「喰われる、というのがどういう状態か分からないけれど、解決策自体はあるの? フェル」

「瘴気を、排除出来れば良い、出来れば。でも、時間がないんだ!」

「【魔王】の私がいない、というのは、そういう意味か」

瘴気は、普通の人間にとっては相容れないものである。

本来であれば、聖なる力によって昇華しなければならないのだ。

もし魂の中に瘴気が入り込んでしまったら、今のエイデスでも除去には骨が折れるだろう。

しかも、相手がウェルミィなのだから。

最愛の相手の魂を崩壊させてしまうかもしれないと思ってなお挑むのなら、平静ではいられない。

「策はあるのね。なら、後は向こうにそれを伝えられれば、どうにかなるわね」

ウェルミィはあっさり言うが、エイデスは疑問を投げかける。

「どうにかなるか?」

「あら、別に【魔王】の力がなくたって、向こうにもお義姉様やエイデスは居るのよ。私が危ないと思ったら、どうにかするでしょう?」

彼女は全くそれを疑っていないようで、目を細めて笑みを浮かべる。

「それに、魂の扱いという意味なら、ズミアーノも居るじゃない。伝える方法はある?」

「……フェリーテの魂は、元々向こうのものだ。私の【魔王】の力も。ウェルミィとの魂の絆が切れた今、私が直接干渉することは出来ないが、〝夢〟を渡り言葉を伝えるくらいならば」

二人で力を合わせれば、どうにかなるだろう。

「フェリーテ。あの世界を、見つけられるか?」

「分かるよ、分かる! 生まれる時に一回行ったし、今も繋がった! でも、でも、誰に? もう、魂の絆はないんだよ!? 誰に伝えるの!?」

「イオーラだ。『語り部』や【魔王】に最も近しい存在だろう」

「でも、向こうの愛し子も、力は弱まってるよ! 繋がれるか分からないよ!」

「そう、不確定だ。故に試してみるまで、答えは分からない。そうだろう?」

エイデスは息子の両肩に手を添えて、瞳を覗き込む。

「力を貸せ、フェリーテ。お前も、オルミラージュの血脈に連なったのならば。ウェルミィを母と呼ぶのなら。……困難を前に膝をつくのではなく、顔を上げて出来ることをやれ。可能性があるのなら、手を伸ばすのだ。かつてお前が、己の命の為に必死に足掻いたように、だ」

そう告げると、フェリーテは大きく目を見開いた。

「向こうのウェルミィを助けたいのだろう? 恩を返す、絶好の機会だぞ」

すると息子は、何度か大きく瞬きした後に、眉根を寄せる。

自信がなさそうに。

「出来る? ……出来るかな? もう一人の母様を、助けられるかな?」

「ああ」

一度大きく息を吸い込んだフェリーテは、唇を噛んでから、目を閉じる。

「なら、行くよ、行く。ついて来て。ちゃんとついて来てよ、父様!」

「誰に言っている」

そうして、フェリーテと共に、エイデスは意識を飛ばす。

遥かな世界の、イオーラの下へと。