作品タイトル不明
ウェルミィの目覚め。
ウェルミィが目を開けると、ぼんやりした視界に最初に目に入ったのはベッドの天蓋だった。
「お母様!!」
「目を覚まされました!!」
聞こえたのは、愛娘のスフィーアと専属侍女であるヘーゼルの声。
同時に、予想以上に多い歓喜がワッと上がり、ウェルミィは面食らった。
「……どういう状況……?」
言いながら目を動かすと、右手を握っているお義姉様と、左手を握っているスフィーアの顔が目に映る。
「お母様〜〜〜ッッ!! 良かったです〜〜!!」
ボロボロ泣き出したスフィーアが覆い被さるように抱きついてくるのに、一瞬息が詰まった。
「ちょっと、重いわよ?」
10歳になった娘は発育が良く、小柄なウェルミィとさほど変わらないくらいの大きさになっているのである。
とりあえず頭を撫でておいた。
「もう、もう目覚めないかと思いました!!」
「もう? ……え、私どのくらい寝てたの?」
「意識を失われてから、本日で10日目です」
「10日!?」
スフィーアの横に立ったヘーゼルも泣きそうな声で答えるのに、ウェルミィは目を丸くした。
体調そのものは、ぐっすり寝て目が覚めたくらいに快調である。
そんなに寝込んでいたのなら、もっと体が重だるい感じになると思うのだけれど。
体を起こそうとしたら、お義姉様に押し留められる。
「まだ横になっていて。……テレサロ、ウェルミィはどう?」
「し、瘴気の影響は完全に消えましたぁ〜!! お姉様が助かって、よ、良かったですぅ〜!!」
「本当に、一体何がどうなってるの?」
魂が瘴気に侵されて昏睡していた、ということ自体は夢の中で聞いているけれど、テレサロまで出てくるほど大事だったのだろうか。
起き上がるなと言われているので、ウェルミィが仕方なく首だけ曲げると、夢の中で会った、お父様やお母様、カーラ、アーバインにレオ、ゴルドレイの姿も見える。
さらに、ボロボロ泣いているテレサロだけでなく、何故か聖教会総本山にいる筈のレオの弟、タイグリムの姿まで見えた。
それ以外にも色々いるようだけれど、一番気になったのはエイデスとズミアーノ。
「……あなた達、何、その目」
ズミアーノの白目と黒目の色が反転しており、エイデスも片目が同じ状態になっている。
しかも、夢の中で襲ってきた瘴気と同じ、ちょっと禍々しい気配がした。
「……少しな。 追々(おいおい) 説明しよう」
「少し、じゃないでしょ、その顔」
エイデスはいつも通りにしているつもりなのだろうけれど、もう10年を超える付き合いなのである。
ちょっと後ろめたさを感じている様子なのが、手に取るように分かった。
ーーーなんか、私が怒りそうなことをしたのね。
「ごめんなさい、ウェルミィ……こうしてもらうしかなかったのよ」
「何でお義姉様が謝るの?」
こちらも涙を滲ませて目を伏せ、安堵と後悔が入り混じったような顔をしているお義姉様に、思わず眉根を寄せる。
「ていうか、そんな顔してたら 胎教(たいきょう) に悪いわよ」
ウェルミィが言うと、お義姉様は伏せていた目を上げ、驚いたようにこちらを見つめる。
「……気づいていた、の?」
「図星みたいね。夢の中で何か謝ってたじゃない。お義姉様がそんな顔してるってことは、どうせまた何か、アレ絡みでろくでもないことが起こったんでしょう?」
明言は避けたが、お義姉様のことでウェルミィに何かが起こり、それが瘴気という形なのであれば〝精霊の愛し子〟関連に決まっているのである。
呪いの魔導具が使われた、という可能性もなくはないけれど、それならお義姉様が謝る理由にならない。
記憶にある限り、昏睡する前は普通にエイデスと一緒に眠ったので、お義姉様を庇って何かが起こったわけでもない筈だ。
そしてウェルミィは、〝精霊の愛し子〟に関連して何か不幸が起こりそうな可能性が高いことを、一つ知っていたのである。
周囲の者に幸運をもたらすというその力が 受け継がれる(・・・・・・) 時に、反動があるかもしれない、という話を。
「レオと仲が良くて宜しいことね。女の子でしょう? おめでとう、お義姉様」
「……!」
ちょっと冗談混じりにそう告げると、お義姉様の顔が真っ赤になる。
「ウェ、ウェルミィ……!」
「めでたいことじゃない」
するとレオが、呆れたようにしかめ面で言う。
「デリカシーがないと言われてるんだ。一言余計だ」
「空気を和ませようとしたのよ。それより、もう一個気になることがあるんだけど」
「何だ?」
まだわんわん泣いているスフィーアを、回り込んで優しく抱き起こしたエイデスの顔を見て、ウェルミィは自分の手をかざす。
真っ白で、ふっくらとした自分のその手にも少し違和感を覚えていたのである。
そして、エイデスやズミアーノの明確な変化以外にも、お義姉様の容姿が。
「何で、若返ってるのかしら?」
そう。
ウェルミィは今年、33歳になる。
つまりお義姉様も同い年で、エイデスも43歳なのである。
にも拘わらず、どう見ても明らかに10代20代の容姿にその3人が戻っているのだ。
多分、ウェルミィ自身も。
「これ、まだ夢の中なの?」
「……そうではないな。我々は別の理由だが、お前と主術者であるイオーラに関しては、おそらく術式や干渉の中心に居たからだろう」
「術式?」
「ああ。今、この寝室を中心に最大規模の魔導陣が敷かれている。お前の魂を破壊することなく【魔王】の瘴気の影響を除去する為にな。その際、お前とイオーラには大量の浄化の魔力が流れ込んだ。その影響で、肉体が最盛期に近い形で活性化したのだろうな。恒常的な影響かどうかは不明だ」
「……全然意味が分からないわね。それが若返った理由?」
「おそらくな。詳しくは追々説明すると言っただろう」
エイデスが微笑み、こちらの頬にそっと手を伸ばして来る。
「無事で良かった。本当に」
「ええ。ウェルミィ。具合はどう?」
「おおげさ……でもなさそうで、ちょっと困ってるけど」
何せウェルミィの記憶では、夢の中で記憶を取り戻す前の日々は、ただの日常でしかなかったのである。
でも、歳経るごとに素っ気なくなるどころか、ますます甘くなっていたエイデスとお義姉様がようやく心の底から嬉しそうな顔をしているので、ちゃんと答えた。
「おはよう。おかげさまで、とっても快調よ」