軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

イオーラとウェルミィ

「……ねぇ、ウェルミィ」

「はい、お義姉様」

嬉しそうに自分の髪を 梳(くしけず) っていたイオーラお義姉様の問いかけに、鏡越しに視線を向ける。

ーーーああ、今日もお美しいわ、お義姉様……!

あの、全てが変わった夜会の断罪劇から、約一ヶ月経って、ようやく再会したお義姉様の姿に、ウェルミィはうっとりする。

お義姉様は一時預かりの女伯として認められた後、生家に帰っていた。

ウェルミィは、お義姉様の侍女であるオレイアと、家令のゴルドレイ以外あの家の使用人を誰も信用していなかった。

それを理由に渋ったが、エイデスが即日二人以外を解雇して、屋敷の使用人を何名かつけてくれた。

さらに、オルミラージュ侯爵家の有能な秘書官が二人と、レオから派遣された信用のおける監督官が、お義姉様の領地経営を補佐してくれるというので、渋々認めたのだが。

「この屋敷での暮らしはどう?」

そうお義姉様に問いかけられて、ウェルミィは思わず頬を染めた。

この一ヶ月、ウェルミィはとんでもなく甘やかされた。

主にエイデスの手によって。

屋敷から出て行くことは『今はまだ時期ではない』と言われて認められなかったが。

仕事の間以外、エイデスは毎朝毎晩ウェルミィを側に置いた。

体を求められたわけではないけれど。

起きる時は、必ず抱き締められて、頭の先から首筋までキスの雨を降らされて目覚め。

朝食やデザートは、エイデスの手ずから『あ〜ん』をされて食べさせられ。

彼が仕事に向かう間に、侍女に体を磨かれ、着飾られ。

そこから少し……いやもしかしたら少しではないのかもしれないけど……高位貴族の淑女教育と、女主人としての家政、領地経営の勉強。

そして昼食の後はお昼寝、目覚めたらお菓子が用意されていて、夕方までは好きに過ごしていいと言われ。

魔導省に出かけていたり、執務室に篭っていたりしたエイデスが仕事を終えると、必ず抱き上げられて、それから膝の上で座らされてスキンシップを取り。

夕食はテーブルマナーを彼自身に教えられながら食して。

またお風呂に入って、寝巻きに着替えたら彼の晩酌に付き合ったり、テーブルゲームをしたり、あるいはただただ愛玩されてから眠りにつく。

ウェルミィに拒否権はなかった。

恥ずかしがったり意地を張ったりするとエイデスは必ず強権を発動して『何でも言うことを聞くんだろう?』と、口癖のように。

ーーーあ、あの楽しそうな顔……!

エイデスの嗜虐的な笑みが頭に浮かんで、ウェルミィはうつむいた。

もしかして愛されているのではなく、弄ばれているのではと思うほどに、恥ずかしいことばかりさせられる。

特に自分からキスをすることを強要されるのは、未だに慣れず、思い出すだけで頬が熱くなった。

最近は、執務室で仕事をする時まで同席させられて、少しずつ仕事を振られたりしていたけれど、その合間にもエイデスは『可愛らしいな』『お前の字は見ているだけで癒される』『意地を張られるのも乙だな。そのままでいろ』『贈った髪留めは、襲いたくなるくらい似合っている』等々等々……。

あのニヤニヤ笑いと共に、隙あれば歯が浮くような褒め言葉を送ってくるのだ。

「き、窮屈よ……!」

「幸せなのね、良かったわ」

うつむいたまま言葉を絞り出すと、お義姉様は何を聞いていたのか、嬉しそうにうなずいた。

「窮屈だって言ってるでしょう!? ちゃんと聞いて!」

「聞いているし、見ているわよ」

上機嫌にまた髪を梳き始めるお義姉様に、ウェルミィは、う〜、と唸った。

ーーーぜ、全部分かってるような顔して!

心の中でそんな悪態をつくものの……それが全然嫌じゃない自覚くらい、ウェルミィにはあった。

恥ずかしいけど。

ものすっごく恥ずかしいけど!

エイデスは、ウェルミィが『嫌だ』と思うようなことは、一切しないから。

幸せすぎて、怖くなるくらい。

今のこの状況もそうだ。

ウェルミィは、今日お義姉様が訪れると聞いてから、恐れながらも楽しみにしていた。

半年も離れていたし、幼い頃と違って何年もまともに話したこともなくて。

でも、お義姉様は変わっていなかった。

昔のまま……手を繋いで遊んでいた頃のまま、控えめでお淑やかで、今も、ウェルミィの世話を嬉しそうに焼いてくれている。

顔を見ると、以前のようにゴルドレイと二人で寝不足になるほど忙しくしていた頃みたいな疲れもなさそうなので、ホッとしていた。

昔みたいに、素直になれてないのはウェルミィの方だ。

「……ねぇ、お義姉様」

「何? ウェルミィ」

先ほどとは逆に、ウェルミィがお義姉様に問いかける。

「その……レオの、どこが好きなの?」

ウェルミィは、エイデスと、それから先ほどお義姉様自身から、レオがどれだけお義姉様のために心を砕いてくれていたか、を聞いていた。

……ウェルミィ自身も、本当はそれに気づいていた。

「どこが好き、って言われると、難しいわね……」

「悩むほど魅力がないのね」

ウェルミィが憎まれ口を叩くと、お義姉様はクスクスと笑う。

「そうじゃないわ。……全部好きなの」

「……」

ウェルミィは面白くなかった。

お義姉様の幸せそうな表情が、少し照れたように染まった頬が、それが事実だと言っていたから。

「あの方は、公平で、一生懸命で、優しくて……たまに少し子供っぽくて、可愛いのよ」

「……可愛い……?」

それは仮にも成人男性に対して少し失礼なんじゃ、とウェルミィは思ったけれど、その次に重ねられた言葉で、ますます眉根に皺が寄ってしまう。

「そうね。そういうところが、ちょっとウェルミィに似てるわね。賢いのに、少し甘えんぼなところとか」

「っ! い、一緒にしないでよね!」

「もちろん、全く一緒ではないわ」

頬を膨らませるウェルミィに、まるで『そういうところよ』とでも言いたげに、お義姉様がつんつんと頬をつついてくる。

公平で、優しい。

でも子供っぽい。

『……なぁ、お前、サロンに来るか? イオーラもいるけど』

学校である日、レオにそんな言葉をかけられたことを、ウェルミィは思い出した。

ものすごく嫌そうな顔で、誘われたのだ。

ちょうど、いつも悲しそうで苦しそうだったお義姉様の雰囲気が変わる、少し前のことだった。

『何で私が?』

『アーバインは誘わねぇぞ』

『……なんで私が、臆病者と気に入らない人がいそうなところに、足を運ばないといけないのよ』

あの時は、そう言って拒絶したけれど。

レオはきっと、お義姉様とウェルミィを触れ合わせようとしたのだ。

ーーー本当はウェルミィとお義姉様の仲が悪くないって、あの人は気づいていた。

どうして気づいていたのか、その先を考えるのはあえて辞めた。

アーバインとお義姉様が鉢合わせする機会は少しでも減らしたかったし。

お義姉様にウェルミィの狙いを気づかれていると、認めるのが怖かった。

恨まれて、憎まれないと、破滅の後にお義姉様が気に病んでしまうから。

本当は、行きたかった。

反目しているウェルミィを……嫌そうな顔をしながらでも……誘ってくれたレオの優しさも、見ないふりをした。

「ウェルミィは、なんでレオが嫌いなの?」

「………………だって」

少し前までのウェルミィなら、多分言わなかった。

でも、エイデスに被っていた猫を強引に一枚一枚剥がされて、甘やかされて。

甘えることを、覚えさせられて。

素直に気持ちを伝えられることが嬉しいことだと知ったから。

ウェルミィは、言った。

「…………お義姉様を取られるの、嫌だったもん…………」

エイデスは、そうじゃなかった。

彼がお義姉様を婚約者にするのなら、そこにはきっと打算がある。

お義姉様の賢さを買う。

でも、レオのお義姉様に対する気持ちは、きっと打算じゃないって知ってた。

きっとあの、人の心にまっすぐ突っ込んでいくような瞳で、名誉も見返りも何も求めない態度で、お義姉様の心を、奪っていくって、分かってたから。

だから嫌だった。

そんなウェルミィの我儘に、お義姉様は目を丸くして……それから微笑みを浮かべて、後ろからウェルミィを抱き締めた。

「ふふ……レオも、同じことを言ってたわ」

「……一緒にしないで」

「『俺じゃ、ウェルミィに勝てないだろ』って。ねぇ、貴方たちは、二人とも本当に、わたくしにとって大切なの。この先もずっとよ」

そう言われて、ウェルミィは手を置いたドレスのスカートを少しだけ握る。

ずっと、尋ねるのが怖かったことを、勇気を出して口にする為に。

「……お義姉様は」

「ええ」

「私と初めて、会った時。……どう、思ったの……?」

その質問は、ウェルミィにとってはずっと、尋ねてはいけないことだった。

だって、お義姉様のお母様が亡くなってすぐに、義母と一緒に家に入り込んできた同い年の姉妹なんて。

父の裏切りの証だ。

何も思わないはずがないって、そう思っていた。

するとお義姉様は、そっと体を離して、困ったように笑うと。

胸元に戻った形見のネックレスを握って、答えてくれた。

「なんて可愛らしい子だろう、って、思ったわ」

「え……?」

「会う前は緊張してた。あの人のお母様への裏切りを知って、悲しいとも思っていたけれど。……ウェルミィは会った時、わたくしを見て、目を輝かせたのよ。覚えていて?」

『わぁ……お姫様みたいに、綺麗ね! あなたが、私のお義姉様なの!?』

そう口にしたと。

「きっと仲良くなれると思ったわ。仲良くなりたいと思った。……ねぇ、ウェルミィ。血が繋がってなくても、貴女はわたくしの、大切な妹よ」

お義姉様の優しい言葉に。

ウェルミィは、目頭が熱くなり、頬を涙が伝うのを感じた。