軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

帰国の船で。【後編】

「ごめんなさい、ウェルミィ。お誘いは嬉しいけれど、この状態のレオを放っておけないわ」

イオーラが少し困りながらそう告げると、可愛い義妹はぷくぅ、と幼い子どものように頬を膨らませた。

「起きてても役に立たないんだから、オレイアにでも命じて眠らせておけば良いじゃない!」

「デカイ声、出すな……おぇ……頭に響くだろ……だけど、良い案だな……」

ベッドに座り込んだレオが、今にも死にそうな様子でえづくのに、イオーラは優しく背中を擦る。

「今眠ったら、夜眠れなくなるでしょう」

「ぐ……」

魔術は万能ではないのである。

深く催眠を掛けると、3日3晩寝たきりになってしまったりすると、オレイアは自分の力の危険性を口にしていた。

「あーあ。お義姉様が二人いれば良いのに!」

つまらなそうなウェルミィが、また突拍子もないことを口にするけれど、イオーラは否定しない。

「そうね、ウェルミィが居たみたいに、二人いれ、ば……」

と、不意に何かを思い出した気がして、ふと言葉を途切れさせた。

こんなやり取りを、凄く幼い頃にした気がする。

ーーーいつだったかしら。

そう、あれは。

「『私が二人居れば、お義姉様も旦那様も』……」

「……『ずっと一緒に居て助けられるのに』」

そう言葉を引き継いだのは、ウェルミィだった。

思わず顔を見ると、彼女も何か思い出したような、呆然とした様子を見せている。

イオーラは、ウェルミィと見つめ合う内に、徐々に記憶が鮮明になってきた。

「私がそう言った時……お義姉様も……居た?」

「そうね。確か、婆やが……あれは、何の話だったかしら?」

イオーラが問いかけると、ウェルミィは額を押さえて、まるで目眩を感じているようにふらつく。

「ウェルミィ? どうした?」

その体をエイデス様が支えると、ウェルミィは真剣な目をオレイアに向けた。

「……ねぇ。貴女、『もう一人の私』を判断した時に、何て言ったのか、もう一度教えてくれるかしら?」

するとオレイアは、少し首を傾げる。

「『私とのやり取りをそこまで細かく覚えているのは、ウェルミィ様だけです』と、そのようなことを伝えしたかと」

※※※

ウェルミィは、脳内に響いた幼い自分の声に、打ちひしがれていた。

『私が二人居れば、お義姉様も旦那様も、ずっと一緒に居て助けられるのに!』

ーーー思い出せる筈よ。あの時、私は……婆やと何を。

記憶力には自信がある。

オレイアの話を前に聞いた時には『私にだって覚えていないことくらいあるわよ』と言ったけれど。

違う。

忘れているだけ。

覚えている。

覚えているなら、思い出せる筈だ。

婆やとのやり取りを。

まだ、お義姉様と仲良くしていた頃の記憶を。

「あの日は……」

お義姉様も、何処か遠くを見つめるようにして、記憶を探っておられる様子だった。

「確か……ウェルミィがエルネスト邸に来たばかりで……お作法を、婆やに」

「それだわ!」

お義姉様のお陰で、記憶が甦ってくる。

『ウェルミィお嬢様は、大変賢くあられますねぇ』

『そう?』

『ええ。物覚えも良くて。いかにして振る舞うべきか、大変理解が早うございますよ。演者の才がございますねぇ』

と。

「そうよ、婆やは……だって、〝水〟の」

元々は工作員を率いていた人で。

〝変貌〟の魔術に長けていて。

ウェルミィが出会う前に婆やと入れ替わっても、そつなく振る舞える人で。

エイデスのお父様より、10も歳上で。

なのに、見初められて。

記憶と今が混乱する。

思いついたことを頭の中で束ねる間にも、次々と記憶が蘇ってきた。

『凄いわね、ウェルミィ』

お義姉様も、褒めてくれて。

あの時は、凄く嬉しくて。

『私、お義姉様に負けないくらいの淑女になるわ!』

『ウェルミィお嬢様なら、なれそうですねぇ』

『そうしたら、お義姉様とずーっと一緒にいるの!』

『ようございますねぇ』

エイデスのお母様は、一度大公国に渡って。

その後、エルネストの婆やに。

『ですが、ウェルミィお嬢様も、やがてお嫁に行かれますからねぇ。ずっと一緒は、難しいかもしれませんねぇ』

『そうなの!?』

『ええ。イオーラお嬢様は、エルネストのお家を継がれますから、ずっと居られるかと思いますが』

『だったら、私もずーっとエルネストのお家にいるわ!』

すると婆やは、そう、確か、微笑んで。

『ですが、ウェルミィお嬢様に、イオーラお嬢様と同じくらい好きになれる旦那様が出来たら、どうなさいます?』

『出来ないわ!』

『もし出来たら、ですよ。そんなお気持ちを演じてみては、如何でしょうねぇ。立派な淑女になる練習ですよ』

そんな婆やの言葉に、むむむ、とウェルミィは、考えて。

『困るわ! だって、二人に『一緒に居てほしい』って言われたら、どっちと一緒に居て良いか分からなくなるわ! お義姉様もそう思うでしょう!?』

『そうね。……それは、困るわね?』

『確かに、確かに。ではもし、そうなってしまったら、ウェルミィお嬢様はどうなさいます?』

婆やは、まるでウェルミィを困らせるようにそう言って。

だから、だから。

『一人じゃどうしようもないわ! 私が二人居れば、お義姉様も旦那様も、ずっと一緒に居て助けられるのに!』

ウェルミィは、そう口にしたのだ。

そうしたら、婆やは目を丸くして。

『なるほど。 それは妙案ですね(・・・・・・・・) 』

って。

「……エイデス」

「何だ?」

「貴方のお父様は、どんな方だったか、聞いたことがある?」

ウェルミィの問いかけに、エイデスは目を細める。

「……一度、そう。お前を迎えた後に会った時に 義父(ちち) が、『お前達は本当によく似ている』と、何処か呆れたように言っていたな」

「似てる……のね?」

「ああ。だが、父については、私よりおそらくはヌーアの方が詳しいだろう」

と、彼は船室の前に控えていたヌーアを呼ぶ。

「アルガ様と、ライヴァ様のことにございますか?」

「ええ。分かる限り、教えて欲しいわ。性格や気質なんかを」

「そうですねぇ。あいにく古い記憶にはございますが。アルガ様のご容姿は、瞳の色味以外は御当主様にソックリでしたねぇ。大変ご聡明で、魔術の才も名高く。……ただ、アルガ様より御当主様の方が少々落ち着かれていて、真面目であらせられるでしょうか」

「そうなのか」

「えぇ、えぇ。アルガ様は破天荒な方であらせられました。ライヴァ様は、そうですねぇ……どちらかと言えば、ご出自の関係から、 私側(・・) の物の考え方をなさる方でしたねぇ。少なくとも、私よりは遥かにお優しくあられましたが、やはりご聡明でいらっしゃいました」

ヌーアはどこか懐かしそうに告げて、最後に付け加える。

「多分、御当主様の方が落ち着いておられるのは、ライヴァ様の気質でしょうかねぇ」

エイデスによく似た二人。

そんな二人のことを考え、ヌーアの語る『ライヴァ様』と婆やを重ねながら、ウェルミィは次いで再び影に潜んでいる男に問いかける。

「イズィース。『語り部』の……彼の〝夢見〟は一瞬で終わるような万能なもの?」

『そうではございませんね。何度か〝夢〟の中にご招待いただきましたが、そう、普通よりは流れる時間が早い程度でございました』

影の中から答えたイズィースに、ウェルミィは目を閉じる。

「……『もう一人の私』を連れて来る前くらい、に、長く夢を見ていた?」

『はい。夢の中におられる時間が大半でした。『もう一人のウェルミィ』様を見つけるまでに、数年を要しております』

「その頃の『語り部』は、『私』と会う前より、もっと子どもみたいだったのよね?」

『……左様にございます』

主人の悪口になるからかイズィースは言い淀んだが、必要なことと判断してくれたのだろう。

答えを聞いて、ウェルミィは目を開く。

「婆やが、死んだのは?」

『直接の面識が然程ある訳ではありませんが。あの方が最後に過ごされる場所をご用意したのは、私です』

「『語り部』が、『もう一人の私』を連れてくる前ね?」

『はい』

なら、確定だ。

「そうよ。『語り部』は、幼いのよ……」

未来を垣間見て正確な判断を下せはしても、その性根は幼な子。

自他の区別がついていないような。

そう、きっと。

「人の受け売りであったとしても、それをまるで、 自分の考えの(・・・・・・) ように話す(・・・・・) くらい……」

「そうね」

ウェルミィの呟きにお義姉様は頷いたけれど、エイデスは珍しく話の先が見えていないようだった。

「生母のことと、それに何の関係がある?」

「分からない?」

ウェルミィは、ちょっと怒りを込めてエイデスを睨みつける。

「本当、やられたわ! まさか、婆やがそんな……貴方達オルミラージュの人間は本当に……もう!」

「何を怒っている?」

「怒るわよ! あなた達は本当に、悪戯が好きなんだから!」

そのまま助ければ良いのに、ウェルミィを披露すると、余計な意図を汲んだ上で断罪劇に仕立てたエイデス。

薬草畑を預かる庭師に扮して、自分とお義姉様に接触したイングレイお義父様。

婆やに扮して(・・・・・・) 、ウェルミィ達に出会ってみた、ライヴァお義母様。

「『もう一人の私』の前に『語り部』の 参謀(ブレーン) だったのは、婆やよ! きっと、『もう一人の私』を連れて来るように唆したのもね!」

「なん……だと?」

「元々は〝水〟の『手足』の長を任せられるくらい冷徹で、有能で! 貴方によく似た自信家のお父様に見初められて! 『語り部』に貴方への伝言を預けられるくらい、未来の話を深く知っていたのよ!?」

そんな人が、バカである筈がない。

きっと、全部分かっていて、ウェルミィの顔を……エイデスの未来の妻である自分の顔を見る為に、エルネスト邸に来たのだ。

立板に水と言葉を吐き出した後、エイデスに指を突き付ける。

「そんな婆やが、私にやり込められる程度の『語り部』に、良いように使われてる筈がないでしょう!」

何が『妙案』なのか。

きっとあの時のウェルミィの戯言をわざと真に受けて、こんな仕掛けをしたのだ。

「何でもかんでも、全部私のせいにしようとして! 信じらんないわ!」

これが真実なら『本当にウェルミィのせいである』とでも、生きていたら種明かしをするに違いない。

だって、オルミラージュの人達はそういうことをするから。

ーーーでもこれに関しては、全部、婆やのせいよ! 絶対、私のせいじゃないんだから!

大体、8歳かそこらの幼な子に問いかけるようなことじゃない。

ボカしてはいても、『どうしようもない世界の命運を、どうしたら変えられるか』なんて問いかけは。

「天国に行ったら、貴方の横っ面張り倒したみたいに、ひっぱたいてやるんだから! 本当にもう!」