作品タイトル不明
『悪役』の矜持。
ーーー大公邸、客間の一つ。
「大公国に残る?」
ウェルミィがイズィースにおうむ返しすると、彼は柔和な笑顔のまま頷いた。
「ええ。『拘束されてエサノヴァに成り代わられた〝土〟の公爵』……罰を引き受けるフェリーテ・サンセマが、必要でしょう。何せ、『大公選定の儀』を乱した主犯ですし、お館様が旅立たれた以上、これまでサンセマ領運営の補佐をしていた私が、引き継ぎをせねばなりません」
ウェルミィは、呆れて思わず天井を仰いでしまった。
「……あなた達って、何でそう後ろ向きなのかしら……」
「と、仰いますと?」
「『語り部』が消えたんだから、そのまま『フェリーテ』も死んだことにすれば良いでしょう」
「は?」
色々話を聞くと、『語り部』の頭の出来はともかく、情緒は完全に赤子である。
行き当たりばったりで自分のことばかり、〝夢〟を渡る力で人を揃えたり情勢を見極めたりは出来ただろうけれど、マトモに政務を行えたとは思えない。
多分、【魔王】の力をどうにかして今後生まれなくすることだって、『もう一人のウェルミィ』がいなければ考えなかったに違いない。
それを手助けしていたのは、イズィースと他の〝土〟の者らだろう。
「〝土〟の運営は、有能な人材が揃ってるんじゃないの? 貴方が外に出ている間も、特に問題が起こらなかったんでしょう? 残るのは残るで良いけれど、ロキシア新大公に頼んで新しい身分を用意して貰いなさいよ」
貴族であることに拘らないのなら、平民の中には元々家系すらまともに分からない人々も多いのである。
そんな一人に、イズィースもなるだけのことだ。
「ですが、それで宜しいのですか?」
「逆に何がダメなの? やらかしたのは『語り部』とピエトロでしょう。そして大公殺害は『ウェルミィ・リロウド』の罪よ。ヒルデのことは彼女との合意があった。残る貴方の罪は、ウーヲンの件とライオネルでの身分詐称。それを問うのは大公国ではなく、国王陛下やレオよ」
そしてウーヲンの身元以外の『事件そのもの』はオルミラージュ本邸での事件であり、エイデスとウェルミィの裁量の内。
一番大きなウーヲンの件はとっくに解決済み。
『呪いの魔導具』も『精神操作の魔薬』も、ピエトロ主導で、『語り部』による見逃しはあってもイズィースの関与はない。
「貴方が罰を受ける、どんな理由があるの?」
「……そう言われると、返す言葉がないのですが」
彼は苦笑しつつ、さらに言葉を重ねる。
「では、私はどうすれば?」
「だから好きにしなさいって言ってるじゃない。エサノヴァにも言ったけれど、あなた達を縛るものは、今何もないのよ」
「困りましたね……自分の意思で何かをする、というのが、お館様のこと以外、今までなかったものですから」
本当に困っている様子のイズィースに、ウェルミィはため息を吐く。
「アロンナのことは、貴方の意思ではないの?」
『愛していた』とレオに伝えたのが、ただアロンナの気を休める為の言葉であったとしても、その優しさの理由は何なのか。
彼はそれを自覚していないのだろうか。
すると、イズィースはそこで初めて、生真面目さではなく真剣さを見せた。
「どのような理由があろうと、裏切りは裏切りでは」
「どのような理由であろうと、許すか許さないかを決めるのはアロンナでしょう」
返す言葉で告げると、彼は心底感心した様子で頷いた。
「なるほど、それは、そうですね」
「ええ。だから貴方の気持ちが大事だと言っているのよ。謝らないならそれでも良いし、謝っても良い。アロンナが受け入れるかどうかは関係ないわ」
するとイズィースは、少し考え込み。
「……やり直す、というのは烏滸がましいでしょう。ですが、そうですね。顔を見て謝罪するくらいは、私の責任ですね。エサノヴァのこともありますから。その後、やはり一度大公国に戻ろうと思います。〝土〟の領地が落ち着くまで、見守りたい。『後を頼む』と、お館様の残されたものですから」
「それで良いわ」
ウェルミィは彼の言葉を聞いて、満足した。
「なら、密出国よ。大公国を混乱に陥れた犯罪者〝 無貌の殺人鬼(ジェーン・ザ・リッパー) 〟は行方不明になり、事件は闇の中……新たな大公と共に、この国は生まれ変わるでしょう」
そして誰も、不幸にはならない。
『悪役令嬢』たる矜持をもって事を成した者の事件には、相応しい幕引きだ。
ーーーねぇ、貴女もそう思うでしょう? 『ウェルミィ』。
※※※
ノーブレン大公国を揺るがした世紀の大事件は、こうして幕を閉じた。
〝 無貌の殺人鬼(ジェーン・ザ・リッパー) 〟の行ったたった一つの殺人は、犯罪史に『最も大きな謎を秘めた事件』として名を残すことになる。
大公を殺害しながら、その動機を含めて全てが不明。
正体までをもウェルミィ・オルミラージュ夫人の『解呪』によって確認されながら、〝 万象の知恵(ソロモン) の魔導卿〟と万全の警備の手すら潜り抜け、逃げ仰せたとてつもない大犯罪者。
実際には、その後に起こった常ならぬ【災厄】への対処で、捜査が行われなかったとも言われる。
何らかの理由(・・・・・・) によって一時期世界各国で増大した瘴気のせいで、これまでにない数と強さの魔人王や魔王獣が出現。
北はバルザム帝国の上にあるバーランド王国から、南はライオネルやアトランテ大島まで、大規模な『 魔獣大侵攻(スタンピード) 』が発生したのだ。
だが歴史上、その被害は最小限であったという。
最も増大した瘴気の影響が強かったバルザム帝国中心部は、ロキシア領やロンダリィズ領、ペフェルティ領の 魔導機関開発技術者(エンジニア) らが共同開発した浄化装置、あるいは【 生命の雫(エリクサー) 】【 復活の雫(フィロソラピドロ) 】という伝説の薬草の量産によって被害が抑えられた。
さらに、帝国属国であり、聖テレサルノ教会総本山である聖王国にて。
〝桃色の髪と銀の瞳の乙女〟に並び立つとされる〝神の司祭〟……『神爵』タイグリム・ライオネルが覚醒したことによって、残存した瘴気の影響も完全に浄化。
各国の被害が抑えられた一因には、ライオネルや国際魔導研究機構による聖剣の複製、同時に量産された【魔銀(ミスリル】装備を身につけた『〝光の騎士〟直属部隊』や『帝国中央師団』、〝火〟の大公バーンズ・ロキシア率いる『四公合同軍』の存在があった。
独立独歩の機運を持つアトランテには、金環の紫瞳を持つベルベリーチェ上妃陛下を筆頭とする『王族』と国を覆う防御結界の存在があり。
こちらに関しては、海洋魔獣の『 魔獣大進行(スタンピード) 』による人的被害が『0』と報告されている。
また〝光の騎士〟や〝桃色の髪と銀の瞳の乙女〟に関しては、国を超えて各国に赴き、魔人王や魔王獣の討伐に、精力的に、また迅速に対処。
輸送と彼らの警護には、ライオネル王国や南部辺境領の竜騎士隊が貢献したとされており、〝騎竜〟アーバイン・シュナイガーが総隊長として影の立役者となった。
そうした諸々の後に、太平の世となった世界の娯楽として、大公国の事件が取り沙汰されるようになったのだ。
後年、〝 無貌の殺人鬼(ジェーン・ザ・リッパー) 〟を題材とした数多くの物語や考察本が出版され、〝水〟の大公が行った犯罪やそれに関連する手記が徐々に広まり、認知されるにつれ。
やがては、まるで英雄のように讃えたり、様々な解釈をした創作まで現れる。
時には、〝水〟の大公の隠し子の復讐物語として。
時には、圧政に苦しんだ平民が超常の力を得てことを成した、影の英雄譚として。
あるいは、超常の存在であり、大公国の裏の支配者であった吸血鬼として。
もしくは、国家の秘宝を狙った怪盗として。
あらゆる創作の中で、様々な『本当の正体』を持つ〝 無貌の殺人鬼(ジェーン・ザ・リッパー) 〟は、最後に正体を確認された時に美しい令嬢の姿をしていたことから、こうも呼ばれるようになる。
ーーー『千変万化の悪役令嬢』と。
その裏にあった本当の物語……ただ、最愛の人々の為だけに動き、【魔王】の脅威すら制して見せた『二人のウェルミィ』の真実は、誰も知らないままに。