軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

宝玉の中の鏡像。

ーーー『語り部』の一件から、明けて二日。

ウェルミィは、ヒルデを伴ってエサノヴァの留め置かれた部屋を訪れていた。

「初めまして、なのかしら? それとも、お会いしたことがある?」

そう問いかけると、テーブルを挟んで椅子に腰掛けたエサノヴァは、少し緊張した表情で答える。

「こちらのウェルミィ様とは、お言葉を交わしたことはございません。ですが、侍女として本邸に勤めていた時に、お顔を拝見したことは幾度かございます」

彼女は、今は茶色の髪に同色の瞳をしている。

あの朱の瞳は、表に『ウェルミィ』が現れている時に顕現するものらしい。

隠していた方法は、ウェルミィ達と変わらないようだった。

もう一人の協力者であるブラードから与えられた【変化の腕輪】の力だったと。

「いつも、あっちの私が表に出ていた訳ではないのね」

「はい。その……ご自身のことなのでお分かりかとは思いますが。ウェルミィ様は侍女仕事の内の幾つかと……あの、刺繍が大変苦手であらせられた、ので……」

そこで、後ろに立っていたヒルデが噴き出すような気配を見せたので、ウェルミィは眉根を寄せる。

「も、申し訳ございません!」

「いえ、良いのよ。別に貴女に怒っているわけじゃないわ」

刺繍が壊滅的に苦手なのは、事実なので仕方がない。

すると、エサノヴァがおずおずと口を開いた。

「あの、ウェルミィ様はお優しかったので……本当に必要な時以外は、私の体をお使いになることはありませんでした」

ローレラルと一緒にいる時や、レオに接触した時。

あるいは本邸での一連の件や、大公国に出奔する際など。

今回の件では出続けていたが、本当に表に出ている時間はわずかだったと、彼女は言う。

「そう……いえ、責めている訳ではないのよ。けれど、一つだけどうしても気に掛かることがあるの」

「はい。何なりとお答え致します」

『ウェルミィ』が入っていないエサノヴァは……年相応よりは落ち着いていると思うけれど、雰囲気に鋭さがなく、本当に優しい少女なのだろうと思う。

ーーー私って、『演技』をしている時はあんな風に見えてるのね。

思い返してみれば、本邸で対峙した時も、大公国で対峙した時も、言葉遣いから仕草まで、確かに『自分』だったと、ウェルミィは思う。

人の神経を逆撫でするような言動も。

愚かを演じて口を滑らせたと見せて、良いように相手の言動や意識を誘導することも。

情報を出す順番を操って、望む結末に持っていく手法も。

それは、ウェルミィが断罪の夜会や、婚約披露パーティー、あるいは本邸でローレラル達を追い詰めた方法、そのままだったのだから。

だからこそ。

「……何故、ピエトロを殺し、ヒルデを刺したの」

それだけが、引っ掛かっていたのだ。

自分であれば、あれがエイデスの仇であったとしても、自らの手で人を害する選択はしなかっただろうと、思ったのだ。

法の裁きに依らない排除は、エイデスの最も望まない選択だろうと思ったから。

だから、どんな事情があれば自分がああした行動をするのかを、知りたかった。

エサノヴァは、チラリとヒルデに目を向けてから、小さく呟く。

「……ウェルミィ様と、御当主様を、お守りする為に必要だったから……そう、伺いました」

※※※

エサノヴァは、イズィースとアロンナの娘として、子爵家に生まれた。

特段優れたところもなく、ただ、父様の血を継いでいる為に〝土〟の血統魔術を使える素養はあった。

父様は、誰にも、母様にも明かしてはいけないと言い、自分の出自を教えてくれた。

『語り部』に仕えるために、出自を秘匿された〝土〟の直系一族なのだと。

だから、父様が頻繁に大公国に出かける際には幾度か一緒に連れられて、お館様にお会いしたこともあった。

『私は、未来とお館様の為に、様々なことをしなければならない。けれど……君の運命は君が決めるべきだと、ウェルミィ様は仰った』

そう言って、エサノヴァがウェルミィ様と出会ったのは、8歳の頃だった。

彼女は、〝 太古の紫魔晶(ロストヴァイオレット) 〟を通して話すことが出来る、姿の見えない人だった。

『初めまして、貴女がエサノヴァ? 私はウェルミィ・リロウド。お館様の、そうね、お友達かしら』

様々なことを、彼女に教わった。

そうして、二年が過ぎた頃に、彼女は言ったのだ。

『そろそろ、動かなければならないの。だからその為に、貴女の体を借りても良いかしら。もし無理なら、別の人を探すし、無理にとは言わないわ』

エサノヴァはウェルミィ様の指導のお陰で、同年代の子どもに比べれば少しは物事が理解出来た。

ウェルミィ様は、決して何も隠さなかった。

問えば教えてくれて、何故それをしなければいけないか、その為にどんなことをするのか、全て教えてくれた上で、問いかけられたのだ。

だから、エサノヴァは了承した。

『世界の為に、必要なのですか?』

『ええ。でもそれは、貴女が自分を犠牲にしなければいけない理由にはならないわ』

『では、何故ウェルミィ様は、私を選んだのですか?』

『気に入ったからよ。だから私は、貴女が嫌なら、無理強いをしたくないの。大切なお友達だもの』

そう言われて、エサノヴァは嬉しかった。

確かに自分は幼いのに、ウェルミィ様は決して子ども扱いはしなかった。

真っ直ぐに、誠実に、そう接してくれていることが分かったから、エサノヴァは頷いたのだ。

『私も、ウェルミィ様を大切なお友達だと、思います。だから、ウェルミィ様が大切な人を守りたいなら、手助けをして差し上げたいです』

『……ありがとう、エサノヴァ』

そうして、エサノヴァはウェルミィ様と運命共同体になった。

契約魔術で魂を繋いで、 太古の紫魔晶(ロストヴァイオレット) 〟を手放して、父様がもう一人のウェルミィ様のところに届くように計らった。

幾度もそんな話し合いをして、その度にエサノヴァは了承し……けれどあの日は、様子が違ったのだ。

『ーーーピエトロを、殺すわ』

ウェルミィ様は、そう仰った。

『暗殺……ですか』

『ええ。これまでとは違う、明確な罪を犯すことになるわ。もしかしたら、それ以外にも人を刺すことになるかもしれない』

言われて、エサノヴァは考えた。

実際は、自分と父様の存在そのものが、表沙汰になれば大問題だけれど、直接手を汚すことは初めてだから、躊躇いを覚えてしまった。

『他の方法は……ないのですか?』

『『語り部』の計画を実行するには、私が殺されるのは回避しないといけないの。けれど、起こる物事を動かすことは、出来ないのよね……』

お館様の見る『先行き』では。

『大公選定の儀』の場で御当主様かウェルミィ様のどちらかが、絶対に刺されるのだという。

『万一が起こることも、『語り部』は嫌がったわ。けれどピエトロが生きていると、必ず刺客が放たれる。そして、どちらにせよピエトロは法の裁きは受けない。……残りの三公家によって、謀殺されるから』

だから、とウェルミィ様は言った。

『私は、覚悟を決めたの。ピエトロを殺し、事件は起こす。……けれどその時に、もう一人だけ、協力者が必要になるわ』

御当主様ともう一人のウェルミィ様の代わりに、刺される誰かが必要だと。

『万全の体制は整えることが出来たわ。今回の『大公選定の儀』には、オレイアも、テレサロもいるから、助かる筈よ。でも、その協力者には事情を明かさないといけないわね』

事件を起こし、けれどきちんと助けられるよう、ピエトロを先に排除して自分が刺客に扮すると。

『エサノヴァ。貴女の体を使わなければならないわ。でも貴女が嫌なら、無理にとは言わない。……申し訳ないけれど、イズィースに頼むことになるわね』

その頃にはもう、エサノヴァはウェルミィ様のことを知っていた。

どうしても、何かをしなければならないのなら。

それをやるのは自分の役目だと……人に押し付けることを極力したくないのだというウェルミィ様のことを、理解していた。

『……お貸しします。いえ、私がやります』

それでも、ウェルミィ様は手を汚してはいけないと、エサノヴァは思った。

『刺した後は、体をお貸しします。ですがそこだけは、私に』

『ダメよ、エサノヴァ……私の決めたことよ!』

『それでも、です。ウェルミィ様。もし彼が御当主様の仇であったとしても、きっとウェルミィ様がそれをなさることを、御当主様は望まないでしょう』

エサノヴァは、デスタームの娘であり、サンセマの娘。

どちらにおいても、当主夫妻の為に働く存在なのだ。

『私たちの仕事です。どうしても成さねばならないことなのであれば、……害となる者を排するのは、〝影〟である私たちの仕事です』

『エサノヴァ……』

『協力者がどなたか分かりませんが、その方が助かるのであれば、そちらはウェルミィ様にお任せ致します。でなければ、協力しません』

『……ごめんなさい』

『いいえ。ウェルミィ様の手助けが出来ることを、私は誇りに思っております』

※※※

「そうして、私たちは計画を実行しました。ですから、ウェルミィ様。大公殺しの罪は、私にあります」

「……別に、罪に問う為に話をしに来た訳じゃないわ」

ウェルミィは、こめかみに指先を添える。

ーーーエイデスの仇を取る為じゃ、なかったのね。

必要だったから、と聞いて、腑に落ちる。

そう、必要であれば、ウェルミィはやるのだ。

どんな汚い手を使ってでも、お義姉様とエイデスを救う為であるのならば。

そして、もう一つの謎も解ける。

エイデスかウェルミィが刺される筈の状況に、介入してきた彼女が、癒された後に見せた申し訳なさそうな表情の意味を、悟った。

「ヒルデ……貴女も、そっち側だったのね」

後ろに立つヒルデに目を向けると、彼女は。

少し困ったような顔で、口元に笑みを浮かべた。

「そうだよ。もう一人の君の、お願いだったからね」