作品タイトル不明
舌戦。
「憶測に過ぎない、のでは?」
サンセマ公爵の姿をしたエサノヴァが、小さく首を傾げる。
「確かに、我らが血統であればそうしたことも可能かもしれません。ですが現状において、問題なのは手段ではないでしょう」
彼女は静かに立ち上がると、大きく両手を広げる。
「手段の面で言えば、もしかしたら単純に、警備の穴があったかもしれませんよね。そして証拠と動機の両面を加味すれば……依然、私に疑いを向けているオルミラージュ夫人、貴女ご自身の疑いが一番濃い、という事実に変わりはないのでは?」
ーーーやるわね。
論点のすり替え、という指摘は、この場合意味を為さない。
ウェルミィも同じことをしており、エサノヴァの口にしている論理の方が、現時点では正しいからである。
証拠なら、ハイドラ公爵令息が持つと言う〝朱色の瞳の女〟というものの方が確実。
ウェルミィが疑いを向けた〝土〟の血統固有魔術に関する国際的な問題はあるものの、それが〝水〟の大公ピエトロ・ハイドラ殺害に使われた、というのは周りから見れば、あくまでも推測なのは事実だ。
動機面なら、『大公選定の儀』については別に大公殺害のリスクを犯さずとも、〝土〟は順当に有力候補である為、根回しなどの政治的手段に注力する方が、遥かに有意義。
となると、『オルミラージュ侯爵家の恨み』で殺害されたと考える方が、人々も納得が大きいだろう。
エサノヴァは、狼狽えることなくそうした点を冷静に指摘したのだ。
以前の【オルミラージュ本邸窃盗事件】の際に対峙した時とは、明らかに違う。
こちらが、エサノヴァの本性なのだろう。
「まして、仮に我らが有する魔術を使われたのだとしても……その〝 無貌の殺人鬼(ジェーン・ザ・リッパー) 〟の動向もまた、貴女がたがそう口にしただけで真偽は不明です。拘束したその人物を使い、貴女が殺害したとも取れるのでは?」
間違いなく、彼女はウェルミィにとって強敵だった。
しかも、オルミラージュ本邸の盗難事件で使ったウェルミィの論法をそのまま投げ返してくるという、挑発的なおまけ付きである。
ーーー上等じゃない。
「ふふ。サンセマ公。我々は、大公殺害に際にそれが使われた、という証拠を提示できますわ。そして同時に、私以外が犯人であるということも、証明出来ますのよ」
「なるほど、どのようにして?」
ウェルミィは、あくまでも対立の姿勢を崩さないままに問いかけてくるエサノヴァに、うっすらと笑みを浮かべる。
「私はウェルミィ・ オルミラージュ(・・・・・・・) ですわ。……その意味が、お分かりいただけまして?」
ウェルミィの質問を正確に理解したのは、おそらくこの場の半数。
そう判断しながら、エイデスに目配せした。
軽く右手を差し出したウェルミィの意図を、彼はきちんと読み取り、自分の左手を添えながら言葉を引き継ぐ。
「ウェルミィは、婚姻の際に契約魔術を結んでいます。国際条約に関しても例外ではない。そして〝土〟の魔術を操る逃亡者に関しても、既に我々は サンセマ公爵に(・・・・・・・) 報告済みです」
そう。
オルミラージュ侯爵家は、ライオネル王国筆頭侯爵家。
国際協定の契約魔術に捺印している以上、もし仮に、エイデスやウェルミィが〝土〟の魔術を操る暗殺者の存在を秘匿したり、これを利用したら、既に落命していなければおかしいのだ。
そして。
『サンセマ公爵に……?』
『どういうことだ?』
エイデスの発言の違和感には、多くの人々が気付いた。
〝土〟の血統固有魔術の責任は、大公、並びにサンセマ公爵にある。
『大公選定の儀』を控えたデリケートな時期に、自身が敵対している大公に有利になる情報を渡してはならない、と判断したエイデスは、直接サンセマ公爵に手紙を出していたのだ。
ーーー今、まるで初耳のような反応をした、エサノヴァが姿を借りている男に。
ウェルミィはエイデスに伴われて、広間の中央へと階段を降りて進んで行く。
彼は、冷たい目でエサノヴァを見つめていた。
「何故、貴方がそれを知らず、他家の者たちもそれを知らないのでしょうな? サンセマ公爵」
彼女は、エイデスの冷たい言葉に笑みを深めた。
エサノヴァ……あるいは本物のサンセマ公爵でもいい……が、仮に『影渡り』の魔術が使用された事実を知っていたとしても、ウェルミィ達と違い命を落とすことはない。
何故ならここは、ノーブレン大公国内。
〝土〟の者自身は、誰が血統固有魔術を使えるかを知っていても、仮に『国内』で大公殺害にそれを使うことも命じても、何ら制約は課されないからである。
〝土〟の罪を明らかにするには、条約に違反した証拠、大公を殺害した証拠を揃える必要があった。
その上で、国際会議等で証拠の正当性が過半数承認されれば、そこでようやく契約魔術による刑が執行されるのだ。
「なるほど。つまり、私が故意にその状況を秘匿して、オルミラージュ夫人に罪をなすり付けようとした、と、オルミラージュ侯はそうお考えなのですね?」
「ええ。今のやり取りの中に、もしサンセマ公爵の浅慮であるとすれば……ですが」
こちらと同じように広間の中央に進み出て来たエサノヴァに正面から対峙しながら、ウェルミィは扇の先端を彼女に向ける。
エサノヴァはこちらが報告していた事実を知らなかったのか……あるいは、まだ何か狙いがあって、わざと付け入る隙を与えたのか。
どちらでも構いはしないけれど。
「そもそも、大公殺害の当日……私たちはパーティーに参加して、エイデスが命を狙われ、その場でヒルデントライが傷を負いましたのよ。お忘れかしら?」
ウェルミィは、それをしたのがどちらもエサノヴァである、という確信と共に、事実を突きつけた。