軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

イースティリア・ウェグムンド侯爵。

「お初お目に掛かります。エイデス・オルミラージュの妻、ウェルミィと申します。バルザム帝国に名高き稀代の宰相閣下、イースティリア・ウェグムンド侯爵閣下、並びにご夫人にお眼通り願えましたこと、誠に喜ばしく思っております」

エイデスから紹介され、恭しく 淑女の礼(カーテシー) の姿勢をとったウェルミィに、帝国宰相ウェグムンド侯爵は静かに頷いた。

「丁寧なご挨拶、痛み入ります、オルミラージュ侯爵夫人。噂に違わぬ可憐な女性であらせられますね。こちらは我が妻、アレリラです」

「ご紹介に与りました、イースティリア・ウェグムンドの妻、アレリラと申します。魔導の発展に多大なる尽力をなさり、また帝国の危難に際し幾度もご助力いただきました偉大なる魔導卿、並びにそのご夫人にご挨拶叶いましたこと、誠に喜ばしく思っております」

アレリラ夫人は、お義姉様に負けず劣らず完璧な所作で頭を下げる。

彼らは帝国語で挨拶をしたウェルミィらに対して、完璧な発音の 大陸南部語(シ・トライヴ) ……ライオネル王国や大公国の公用語で返答してみせた。

高位貴族でも他国語を流暢に操る者は少ないので、二人共に、教養面では突き抜けた人材なのだろう。

彼女の言う危難というのは、帝国飢饉の際のオルブランやオルミラージュの支援、あるいはズミアーノが起こした『精神操作の魔薬』に関する件を指していると思われた。

魔薬に関しては『帝国側が助けられた』というよりも、ズミアーノが迷惑を掛けたのを自作自演に近い形でしれっと恩を売った、という方が正しい気もした。

元々使われていたのは事実だけれど、余計なことをして事を大きくしたのは彼である。

それはそれとして。

銀髪に青い瞳、エイデスとは系統が違うけれど類い稀な美貌を備えた宰相閣下と、黒髪黒目、女性にしては長身でスラリとした美人のアレリラ夫人を眺めて、ウェルミィは思う。

ーーーなんか似てるわね、この二人。

どちらも微笑みを浮かべてはいるのだけれど、心からの微笑みではなく、いわゆる『紳士淑女の微笑み』である。

瞳の色は、読めない。

しかし隠蔽の魔術を使っている様子はなく、この二人は『感情が凪いでいる』のだ。

警戒心が高い時のエイデスも似たような状態になるけれど、理性が感情を完璧にコントロールしている状態を、公的な場では普通の状態にしているのである。

エイデスが『帝国が最有力候補とするのであれば、その勢力が次期大公を取る可能性も高い』と言っていた理由が……まず彼らの動向を探りに来た理由がよく分かった。

深慮遠謀において、ウェグムンド侯爵はエイデスが『同等以上』と認める相手なのだ。

「此度の大公選定、どちらからのお招きで?」

「 火公家(ロキシア) より。将来的に我が帝国の柱となる事業にて、業務提携を結んでおりますので」

「なるほど。我々は 水公家(ハイドラ) の招きを受けました。交易面での繋がりが大きいので」

「存じ上げております」

ーーー何かしら、これ。

エイデスはいつも通りの無表情で、どうにかウェルミィが聞き取れる程度の速さで帝国語を口にしている。

そしてウェグムンド侯爵は、まるで聞き取りに難の無い大陸南部語を使っていた。

逆である。

「宰相閣下は、四花の先行きに関しては、どのようにお考えでしょう?」

エイデスはかなり単刀直入に問いかけた。

二人の間には緊張がありつつも、多少気安い空気も感じられる。

ズミアーノの件で交渉に当たったのはエイデスと彼だったという話なので、筆頭侯爵家同士交流があることや、両家のこれまで実績と合わせて、信頼関係が厚いのかもしれない。

何せお義姉様の後ろ盾候補として、ウェグムンド侯爵家がロンダリィズ伯爵家と並べて提示されたくらいである。

「私は、そうしたことの多くを口に出す立場にはありません。ですが、より良き未来の為の選択をしていただくことを望んでおります」

ウェグムンド侯爵が当たり障りのない返答を口にすると、エイデスがそこで微かに笑みを浮かべた。

「私は、 流れる(・・・) と読んでおりますが」

ーーーちょっと!?

誰の耳があるかも分からない場でのエイデスの危険な発言に、ウェルミィは内心で突っ込むが、ウェグムンド侯爵は狼狽えた様子もなく淡々と返答した。

「ーーー侯が 罪を水に流さぬこと(・・・・・・・・・) をお選びになったのであれば、そのようになるでしょうね」

ーーー!?

ウェルミィは、思わず表情を変えそうになった。

この帝国宰相は、何を知っているのか。

今彼は、エイデスが『〝水〟から他家に覇権が移る』と口にした後に、即座に『エイデスが〝水〟の罪を暴くのならそうなるだろう』と切り返したのである。

アレリラ夫人も、どうやら少々揺らいでいるようだ。

彼女が視線をウェグムンド侯爵に送ったのを、ウェルミィは見逃さなかった。

しかし当の二人は、相も変わらぬ様子で会話を続けている。

「ご存じでしたか」

「不審な動きには、少々聡くあると自負しております。大公国の内情を知る者も、僅かながら帝国には所属しておりますので」

「なるほど……」

「勿論、侯の事情に帝国は関わりがありません。ですが幾つか『伝承』は、我が国にも伝わっておりますので」

二人の間に流れる空気が変質する。

ーーー伝承。

それはおそらく、十二氏族に関する件だろう。

大公国の四公家とオルミラージュ侯爵家が、かつて一つの集団であったこと。

昔、エイデスの身に起こった件はその『伝承』に端を発している、というのは、先程大公に会ったウェルミィの所感とも一致する。

「侯が動かれるのであれば、我々は、その件に関しては不干渉を貫きます。もう少し重大な事態が起こる未来に関して、少々労力を割かなければなりませんので」

「……魔物の強大化について、ですね」

今度はエイデスが切り返すのに、ウェグムンド侯爵は頷く。

魔物の強大化は、魔人王や魔王獣が出現する前兆、と言われている。

その脅威は、各国の伝承や記録によって大量に示唆されているので、どの国も警戒しているのだ。

〝光の騎士〟であるソフォイル、〝桃色の髪と銀の瞳の乙女〟であるテレサロの存在も確認されており、いずれ出現するのは確定している為に、ウェグムンド侯爵はそちらに注力しているのだろう。

「侯の動かれる件に関しては、早急な事態の解決が成されることを、我々も望んでおります。こちらの動いている件に関しては各国一丸となって応じることが重要、と認識しております。故に、解決の助けとなる情報を提供致しましょう」

「助かります。どのようなお話でしょう?」

「一つは、先日の自国での魔薬騒動に関して。最初にそれを作り出したのが、誰の指示であったか……後ほど、証拠となる情報と共に書簡にて」

ウェグムンド侯爵の話し運びから、おそらくその相手は、現大公であるピエトロなのだろう。

呪いの魔導具に、精神操作の魔薬。

狙った相手と、その結果起こる他国内情の撹乱。

使った道具こそ違えど、手法が同じに見える。

ウェグムンド侯爵は、その証拠を掴んだ上で……それを『エイデスに預ける』と口にしたのだ。

ーーーそこまで信頼して良いのかしら?

ウェルミィは少々不審に思った。

二人の間に、どの程度の信頼関係があるのかは分からない。

最近は国同士の関係も悪くないとはいえ、歴史的に見れば敵対していた期間の方が長いのである。

その提案を、エイデスも同様に訝しんだのだろう。

「宜しいのですか?」

エイデスの確認に、ウェグムンド侯爵は目を細める。

口元の笑みは変わらないが、青い瞳に冷徹な色が浮かんだ。

「盤石を期していただければと思います。帝国は、ライオネルに多くの『借り』がありますので。……一つは、もしかしたら『貸し』であるかもしれませんが」

ーーーっ!

ウェルミィは、その瞬間に背筋が怖気立つ。

ウェグムンド侯爵は、ただ人が良いだけの人物ではないのが、その一言で理解出来た。

ーーーズミアーノのことに、気付いてる……!?

表向きは友好的な大公国の……ピエトロの仕掛けに気づいているのと同様に、魔薬の件に関しても、真相を突き止めていたのかもしれない。

『借り』であるならば、その件については情報提供でチャラにする。

『貸し』であるならば、確実にピエトロを仕留めろ。

つまりは、そういう話をウェグムンド侯爵は前提とした上で、情報を提供すると述べているのだ。

エイデスは、その言葉に薄く笑みを浮かべた。

「感謝致します。ご期待に必ずお応えするよう努めましょう」

「ええ。それともう一つ……こちらは『伝承』と侯ご自身に関わる件ですが、言伝てを預かっております」

エイデスの眉が、ピクリと動く。

「言伝てですか」

「ええ……侯の、ご生母に関することです」

「……!」

ーーーエイデスの……。

生まれて間もないエイデスを手放したという、イングレイお義父様の弟嫁であった女性。

彼自身も知らない、彼女の行く末に関して、何故ウェグムンド侯爵が知っているのか。

そもそも、エイデスは登録上はイングレイお義父様の実子となっている。

完全に秘匿されている筈の事情を、何故、他国の侯爵が。

「聞いておられるかは分かりませんが、ご生母は、前侯爵の手によって大公国にお渡りになられた後、既に儚くなっておられるそうです。最初に赴いた先は〝土〟の地であった、と」

「……」

エイデスは黙って目を細めた。

知っていたか知らなかったのかは、その仕草からは読めない。

「何故私がそれを知っているかと言えば、【災厄】に関する話を持って接触してきた『語り部』と呼ばれる者の口から聞いたからです」

『語り部』。

それは、エサノヴァの主人であるという、〝夢見の一族〟の当主だ。

それがまさか、エイデスとも関わりがあるなんて。

次々に与えられるウェグムンド侯爵の情報は、その口から語られるには想定外の事ばかりだった。

なのに、続いた言葉はさらに不可解だった。

「『侯爵位に在るのを望む故に、手放しました。愛していなかった訳ではありません。ーーーウェルミィ・エルネストを頼みます』と、『語り部』は彼女から聞き及んだそうです」

「何で……」

思わず、ウェルミィは呟いていた。

当然、自分はエイデスの母と会ったことなどない。

大体、彼の母が大公国に渡った当時、ウェルミィは生まれてすらいない筈だ。

なのに何故、自分のことを、と……そう思ったのに。

「『語り部』は、未来を見るそうです。数多くある未来を、まるで夢を見るように渡り歩く力がある、と。その内の一つ、数多くある未来の内、最良の未来は、侯がウェルミィ夫人と共に在ることであったそうです。……そして、話には続きがあります」

ウェグムンド侯爵は、そこでこちらに目を向けた。

その瞳に、どこか優しげな色を浮かべて。

「オルミラージュ侯爵のご生母は、お父上よりも10程、年上であったそうです。お父上が惚れ込んで、どうしてもと添い遂げたと。……しばらくの間〝土〟の地にいた彼女は、後にまたライオネルに渡ったそうです」

そして晩年、『語り部』は彼女から、もう一つ書簡を預かったという。

「そちらは、ウェルミィ夫人に宛てたものでーーー『婆やはいつでも、お嬢様方の幸せを願っていますよ』。だそうです」

ーーー婆や。

ウェルミィは、その言葉に思わず口元に手を添える。

「嘘……でしょう……?」

「真偽に関しては、私には分かりません。ですが、言伝ては以上です」

婆やが。

エルネスト伯爵家で、お義姉様のことを守り……ウェルミィを受け入れてくれた、あの人が。

『貴女様が、ウェルミィ様ですか。これはこれは、めんこいお子ですねぇ』

いつでも穏やかで、お義姉様と分け隔てなく接してくれた、あの人が……。

ーーーエイデスの、お母様……?

信じられなかった。

思わず目頭が熱くなり、けれどウェルミィは、涙を堪える。

そうであるとするのなら。

ウェルミィは、どれだけの人から、守られていたのだろう。

エイデスと出会ったことすら……それが運命だったのだと、言われているようで。

あの日、彼を見て『この人だ』と思ったこと。

もしかしたら、それは瞳の力だけではなく……婆やの面影を、彼に感じたからだったのだろうか。

「あなた方の未来に、幸多からんことを。オルミラージュ侯爵。そしてウェルミィ夫人。そして過去の因縁と【災厄】を降し、共に、より良き未来へと歩めることを願っております」

「……感謝致します、宰相閣下。まだ、少々……飲み下すことが難しい話ですが」

エイデスも、どこか複雑そうな顔をしていた。

「ええ。急で申し訳ありませんが、今後、機会が得られるとも限りませんので」

と、ウェグムンド侯爵が告げたところで。

「ご歓談中に失礼。少々、ご挨拶をさせていただいても宜しいですかな?」

と、別の人物が声を掛けてきた。

目を向けると、そこに立っていたのは……〝火〟の公爵家の子息。

赤毛に自信に満ちた表情をしている、現ロキシア公爵の息子、バーンズ・ロキシアだった。