軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

愛という名の破滅。

披露宴を終えた日の深夜。

というか、結局ウェルミィ達はほぼ出席することなく、ただの夜会となった集まりの後。

ウェルミィは伯爵家へ帰らせてもらえず、それどころかエイデスの屋敷から出ること自体が許されなかった。

そして湯浴みをした後、肌触りのいい夜着……決してネグリジェなどではなく普通の……に着替えさせられた後に、エイデスの私室に放り込まれてしまった。

「来たな」

ニヤリと笑う彼は、寝具から少し離れた場所に置かれている二人掛けのソファに座っていて、酒ではなく果実のジュースを手にしていた。

ーーーまさか、結婚前に夜伽の相手をさせられるのかしら……?

『どんな扱いでも構わないし、何でも言うことを聞く』と約束したウェルミィに拒否権はないけれど、流石に表情は強張る。

「そんなに心配をするな。お前は、自分が惚れた相手をどれだけ無体な男だと思っているんだ? ウェルミィ」

「……残虐非道の魔導爵閣下であると、社交界ではとても有名ですわ、エイデス様」

あえて御令嬢の口調で告げてやると、エイデスはククッと喉を鳴らしてから、テーブルにジュースを置いて、ソファの脇をポンポンと叩く。

こちらに来い、ということだろう。

大人しく移動すると、座る前に腕を引かれて、ウェルミィは彼の腕の中に倒れ込んだ。

すっぽりと抱き締められる形で体を預けた姿勢で、頬に当たったエイデスの胸元の温もりと、ほのかに香る石鹸の匂いに当てられる。

「……無体では?」

「そういうのが好みなようだったから、そのように振る舞っているが」

顔が熱くなっているのを悟られたくない、と思っていると、彼はそれ以上何をするでもなく、ウェルミィの髪に鼻先を寄せる。

「どうした? 人前でも男とベタベタひっつく恥知らずとは思えん反応だが?」

その問いかけに、ウェルミィは答えない。

すると、エイデスは強権を発動した。

「質問に答えるのはお前の義務だぞ、ウェルミィ。どうしてそんな 初心(うぶ) な顔をしているんだ?」

ーーー絶対分かってて楽しんでるでしょ!

胸元に添えた爪を軽く立てて睨み上げるが、全く堪えた様子がない。

「……嫌いなヤツに触られたって、おぞましいだけだわ」

ウェルミィは、当然のことだけれど、アーバインに身の内を暴かれたりはしていない。

ただ、体を撫でられたり、こちらから腕に手を回したり、は、した。

お義姉様のところへ行かせない為なら、何でもするつもりだったから。

「その喋り方でいろ。私しかいない時に仮面を被るのは許さん」

質問に答えたからか、満足げに目を細めるエイデスに「変わった趣味ね」と言い返す。

「ねぇ、私のどこが良くて、そんな楽しそうなの?」

なんだか、お義姉様を逃すためにやった色々なことを評価してくれたような物言いだったけれど。

多分それは、女主人としての手腕がありそうなことを、買っただけだと思う。

エイデスは、女嫌いとまで言われるほどにご令嬢を寄せ付けず、それ以外にも女性に手を出したという噂すら存在しない人だ。

だからこそ信用したし、お義姉様の賢さを買うと思っていた。

今のこの触れ合いは、そうしたものとは違う気がした。

ウェルミィを弄ぶのを……自分の言葉や行動に反応するウェルミィ自身を、愛でて楽しんでいるような。

「そうだな。その質問の答えを言うのは簡単だが……初めて出会った夜会で、見ていたのはお前だけではない、ということだ」

「……貴方が、私を?」

「エイデスだ、ウェルミィ。名前で呼べ」

そう言われて。

ウェルミィは、彼が頻繁に、自分の名前を呼んでいたことに気づく。

敬称もない名前呼びは、親愛の証だ。

「……エイデス。なぜ?」

「興味を惹かれたのは、お前が、私の目だけを見ていたからだ」

エイデスは、顔立ちが整っている。

女嫌いと噂されても、その怜悧な容姿だけで羨望の的になるくらいに。

青みがかった紫の瞳と、夜の静けさを思わせる銀の髪。

「何かを貪欲に探るような、しかしそれを悟らせまいとするような、あの一瞬の切り替え。その目線の中に、数いるご令嬢や夫人がたのような、外面だけを見る好色な気配が一つもなかった」

「それはそうよ。だって私は、お義姉様を預けられる人を探していたんだもの」

エイデスの手が、ウェルミィの髪を撫でる。

「だがお前は、私に惚れただろう? あの一瞬で、瞳の中だけを。私の内面だけを覗き込んでな」

その言葉に、ウェルミィは息を詰めた。

つい、と視線を逸らし、唇を尖らせる。

「そんなわけないじゃない。自信過剰よ」

「ウェルミィ。仮面を被るなと言っただろう? そういうことをされると、夜着ごと引き剥がしたくなってしまうぞ?」

言いながら、しゅるりと胸元のリボンを解かれそうになり、ウェルミィは慌ててその手を掴む。

「まっ……」

「本心を喋る気になったか?」

「……!!」

服を脱がされるのも、本心を喋るのも、どっちにしたって恥ずかしいのに。

う〜、と、何だか理不尽な二択を迫られたウェルミィは、勇気を出して声を上げた。

「…………そうよ…………」

その答えに満足したのか、リボンから手を離してエイデスがどこか嬉しそうにうなずく。

もう、顔どころか耳元や首元まで熱い。

ウェルミィは、確かにあの瞬間にエイデスに好意を抱いていた。

一目惚れというほど衝動的なものではなく、きっと、彼の真摯な態度に……無遠慮にウェルミィの容姿を舐め回し、好色な色を浮かべるアーバインや同級生達とは違うものを、エイデスに感じたのだ。

人の本質を見極めて、どう相手をするかを決める。

それはきっと、ウェルミィの生き方と似ていたから。

確かに、ウェルミィはあの時からエイデスに惹かれていた。

言葉を交わしたこともないのに、調べれば調べるだけ、どんどん惹かれていった。

ーーー認めるわけには、いかなかったけれど。

エイデスは、そんなウェルミィの内心を覗くように、目を細める。

意地悪なくせに。

そんな優しい目をしないでほしい。

「たかが16やそこらのご令嬢が、ひどく好ましい反応をしたら、私とて興味を惹かれる。その横にいる男が何の価値もない凡骨であれば尚更だ」

ウェルミィが見ていたように、エイデスも見ていた。

きっと、同じような目線で。

「だからといって、私はそこから、何かをどうしたということもない。だが、二年経ってお前から贈られた手紙を見て、悟った。これはあの時の女だ、とな」

そして興味を覚えて調査を始め、レポートを取り寄せ、伯爵家の裏取をし始めた辺りで、誰の仕業かを確信したところで、全く同じ二通目の手紙をレオが持ってきたのだと。

詳しく聞いていなかったけれど、その経緯でなぜ、と、ふと浮かんだ疑問を、ウェルミィはエイデスに投げかける。

「レオに聞く前に……? 何で、あの手紙が私のものだと思ったの?」

ウェルミィは匿名で手紙を出した。

レオに手紙を預けたことでバレる可能性が高かったとしても、誰の仕業か分からないように、慎重に振る舞っていたつもりなのだけれど。

頭を傾げると、頭に置かれていたエイデスの手が滑り落ちて、ウェルミィの頬に添えられる。

「そこに気づかないから、詰めが甘く露見したんだ、ウェルミィ。ーーー筆跡は誤魔化せない」

「嘘……だって、私の筆跡は」

「イオーラのものにわざと酷似させていたんだろう? 姉の筆跡を見る機会は多かっただろうしな。だが、どれだけ真似ても個性は出るものだ。イオーラの筆跡は美しく、お前の筆跡は少し丸く可愛らしい」

手紙の筆跡は、過去にイオーラの名で提出されていたレポートと同じだったと。

「……やっぱり、私程度じゃお義姉様の真似は無理だったってことね」

「お前とイオーラの素質は、比べるようなものではない。全く別の方向性の力が、ウェルミィにはある。そして私が求めていたのは、お前のような女だ」

「全然分からないわ」

自分に、お義姉様より優れた点があるなんて、どうしても思えない。

「性格もまるで違うだろう。優しさの見せ方も、恥じらい方も。……あの凡骨に、唇は許したか?」

頬を撫でていた手が止まり、親指がウェルミィの唇に触れる。

「……何度か」

正直に答えた。

どうせ、仮面はすぐにバレる。

アーバインは、そういう触れ合いを求めていた。

あまりに拒絶したり、はぐらかしたりすれば、無駄な不興を買うと思ったから。

嫌そうに顔を歪めたのに気付かれたのか、エイデスは頭を横に振る。

「……失望した?」

「いいや。舞台役者が、演技のために唇を交わしたところで、それを不埒だと思いはしないだろう?」

言いながら、頭を寄せて、エイデスは触れるだけの口づけを落とす。

「仮面を脱いだウェルミィ自身の初めては、全て私のものだ。今奪った唇も」

その口づけは、アーバインとの不愉快なものとは全く違って。

体の内側から熱が湧くような、甘やかなものだった。

言葉の選び方も、声の心地よさも。

全部、その全部が、ウェルミィを惹きつける。

存在そのものが、甘い毒のように、ウェルミィを蝕んでいく。

「嫌だったか?」

「……いいえ」

「そんな顔をするな。じっくり楽しみたいのに、今すぐに全て奪いたくなってしまうからな」

言いながら手を離したエイデスは、ウェルミィの腰に手を回して、要求する。

「次はお前からだ、ウェルミィ」

「っ……そんなの、無理……!!」

恥ずかしい。

恥ずかしい。

ただ抱かれているこの状態だって、心臓が壊れるのじゃないかと思うくらいなのに。

自分からなんて。

なのに。

「何でも言うことを聞くんじゃないのか?」

「っ……ズルい……」

これから先、ずっと。

きっとこうやって、ウェルミィに要求してくる気なのだ、この男は。

「……………目を、閉じて。せめて」

「いいだろう」

紫の瞳が、まっすぐに見抜いてくる目が、まぶたの奥に隠れる。

大きく息を吸い込んで、自分も目を閉じて。

ウェルミィは、口づけを落とした。

彼の額に。

目を開いて不満そうにするエイデスから、ウェルミィは目を逸らす。

「……どこにしろ、とは、言われてないわ」

「良いだろう。次からは場所も指定しよう」

ひょい、とウェルミィを軽く抱き上げて立ち上がったエイデスが、ベッドにウェルミィを運ぶ。

「今日は何もしない。疲れているだろうからな。だが、今日からは毎日、同じベッドで眠る。分かったな?」

「そっ……!」

「拒否権はない。そうだろう? ウェルミィ……」

耳元で、声が響く。

「ーーーお前はもう、私のものだ」

ああ、とウェルミィは思う。

何でこうなったんだろう。

本当に何で。

ーーー破滅だわ、これは。

関われば関わるほど、自分を壊していく毒のようなこの男は、きっともう一生、逃してはくれないんだろう、と。

そんな予感と共に、ウェルミィは思った。