軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ライオネル王太子妃と、オルミラージュ侯爵夫人。

全てが終わって、晴天の庭。

お色直しを終えたウェルミィ達は、思い思いに人々が散って話をしている中、それぞれに挨拶に回る。

式そのものと違い、もう少し広い交友範囲の面々がいて、カーラやセイファルトなど、友人の姿もあった。

民衆に向けたものではなく、こちらがウェルミィたちにとっては本当の披露宴である。

基本的には立食形式だけれど、ベンチが並べられて座れるようになっている。

エイデスと二人になったタイミングで、ウェルミィは小さく息を吐いた。

「疲れたか?」

「流石にね」

合間に休みは入っているものの、一週間気を張りっぱなしなのである。

今日で全てが終わるけれど、少しだけ気が抜けていたのかもしれない。

式が終わったので、立ち振る舞いを変えなければならないのも、ストレスだった。

元々演技は得意な方だけれど、敬語を使う相手が変わるのだ。

ウェルミィは、筆頭侯爵家オルミラージュ家の夫人となったのである。

この王国でオルミラージュ侯爵家の上に位置するのは、公爵家と王室のみ。

今までリロウド伯爵家の娘として 淑女の礼(カーテシー) を取っていた相手が、今日からは逆に取られる立場になる相手も多いのである。

「少し休んでも構わないぞ」

「そうね……お義姉様とお話出来るかしら?」

二人は王族なので、自ら挨拶には赴かない。

楽団が演奏している横、王族専用席の前に立って列を成している人々と談笑していたが、その列もそろそろ一周して途切れているようだった。

「何?」

エイデスがおかしそうな顔をしたので睨むと、彼は小さく首を横に振った。

「いや。それが一番落ち着くのか?」

「当たり前じゃない! お義姉様の声を聞けば、どん底の疲労も癒されるわよ!」

「そうか」

エイデスに手を引かれ、列の後ろに並ぶと、前の夫妻がそれに気づいて早々に話を切り上げる。

「気を遣わせちゃったかしら?」

「慣れるしかないな」

物心ついた時からその立場にいるエイデスは、少し申し訳なさを感じていたウェルミィにあっさりと言う。

「そうかしらね」

慣れるのは大切かもしれないけれど、だからと言って無神経に傲慢な振る舞いをするようにはなりたくない。

勝手な敵視はどうしようもなくとも、これから先は、自分の振る舞いが直接エイデスやお義姉様の評判を落とすことに繋がってしまうのだから。

二人を守る為に悪役の振る舞いをするのならともかく、その振る舞いが二人の迷惑に繋がる事態は避けるに越したことはないのである。

「お義姉様、疲れてない?」

一応、定型の挨拶を終えてから話しかけると、お義姉様は微笑んだ。

「ええ、ウェルミィは?」

「お義姉様に比べたら、どうってことないわ」

正直、ジッとしているよりも動き回る方が気質に沿っている。

するとそこで丁度、曲の終わり際になって、エイデスが何故か手を上げた。

楽団が音を止めると、彼は静かに近づいて、何事か声を掛けている。

すると、楽団員達が少し顔を見合わせてから、一人がバイオリンを手渡した。

「どうしたの?」

「余興だ。王太子殿下、一つどうだ?」

エイデスが声を掛けると、レオが彼の手にある楽器を見て苦笑する。

「なるほど。練習しておけって、そういうことだったのか」

どうやら、二人の中で何やらやり取りがあったらしい。

レオが承諾すると、彼に楽器を手渡して、エイデス自身はチェロの奏者と入れ替わった。

「面白そうだね。俺も参加しようかな?」

すると、退屈していたらしいズミアーノが、ツルギス達の側からピアノの方に向かう。

そうして、エイデスがこちらを見て笑みを浮かべてから、チェロに弦を滑らせる。

「……何かしら、あの目線の意味は」

ウェルミィが目を細めて口元に扇を当てると、お義姉様が笑みを堪えて僅かに顔を伏せた。

ーーーそれは『毒の少女』と呼ばれる有名な曲だった。

どこか物悲しく妖しいメロディ。

静かに独奏から入ったその曲に、レオとズミアーノが音を合わせると、観衆が徐々に聞き入っていく。

それが終わると、続いてズミアーノが別の曲にそのままスルリと入った。

『愛に夢中』という、片想いの曲だ。

「楽しそうですわね……」

ポツリとダリステア様が呟くのを聞きつけて、ツルギスが手を上げる。

すると彼女の分のバイオリンも用意されて、その場に侍女が持ってきた椅子に彼女は腰掛け、見事な旋律で男連中の三重奏に加わる。

「ソフォイル殿」

ツルギスは、楽器とは別に剣を用意させて人を退けた後、テレサロの横にいるソフォイルに声をかける。

曲に合わせて剣舞を舞い始めたツルギスの意図を察してか、聖剣を引き抜いた〝光の騎士〟はテレサロに何やら耳打ちして、共に舞い始めた。

光と影の騎士が美しく舞いながら、時折呼吸を合わせて剣を重ねるのに、ほぅ、と感嘆の声が漏れる。

そうして、曲と共に剣舞が終わると、今度は緊張した様子のテレサロが歌を口にした。

『祝祭』と呼ばれる、お祭りの時に歌われることの多い民謡で、夜通し踊ろう、という明るく楽しいリズムの曲である。

楽団に合図して、今度は共に奏で始めた主役の内の四人。

その段に至って、黙って見守っていたニニーナがため息を吐いた。

「皆、少しは、落ち着きってものがないのかしら……」

言いながら彼女が腕を振ると、風の魔術で披露宴の始まりに撒かれた花弁を巻き上げて、花吹雪を踊らせ始める。

「私たちも、参加しないといけないかしらね?」

「そうね、楽しそうだわ。……ウェルミィ」

「え?」

お義姉様に手を差し出された。

片手を後ろに回して、軽く腰を曲げたその仕草は、男性のもの。

真紫の瞳に、悪戯な輝きを宿らせたお義姉様が口にした言葉に、ウェルミィは目を丸くした。

「一緒に踊っていただけますか? ーーー私の、可愛いウェルミィ」

問われて。

ウェルミィは、扇を仕舞ってその手を取ると……無理やり澄ました笑みを浮かべて、応えた。

「ええ、喜んで。王太子妃殿下」

そうして、先ほどまでツルギスとソフォイルが剣舞を舞っていた場所まで静々と進み出ながら、同時に吹き出した。

お義姉様の手を取ったまま、ウェルミィは曲に合わせて軽やかにステップを踏み始める。

すると、他の面々も各々に自分のパートナーの手を取って、ウェルミィ達を取り巻くように輪を作りながら、踊り始めた。

華やかな、楽しそうな笑い声に包まれて、ウェルミィは愛しいお義姉様の顔を見上げる。

目が合うと、不敵な笑みを浮かべて見せて、先ほど仕掛けられた悪戯のお返しをした。

「あら、お義姉様……私のような地位の低い者と踊って、恥ずかしくはなくて? せっかく着飾って得た品位が下がりますわよ?」

その言葉を、お義姉様はきちんと覚えていた。

エイデスの主催した婚約者披露の夜会で、ウェルミィが口にした言葉だ。

『あら、お義姉様……そんな地位の低い者たちを従えて、恥ずかしくはなくて? せっかく着飾って得た品位が下がりますわよ?』

それにお義姉様は、こう応じたのだ。

『ウェルミィ……彼らはわたくしの大切な友人ですわ。そんな言い方はしないで』

でも、あの時は悲しげに目を伏せたお義姉様は。

今度は、楽しげに目を細める。

「ウェルミィ……貴女はわたくしの愛おしい妹ですわ。そんな言い方はしないで」

あの時のやり取りの、再現。

でも、もうウェルミィは、お義姉様に憎まれたいとは、思っていなかった。

「幸せね、お義姉様」

「ええ、とても幸せよ、ウェルミィ」

そうして、しばらくの間。

ウェルミィ達は、唐突に始まったダンスの時間を、思う存分楽しんだのだった。