作品タイトル不明
76.
エミリエとの打ち合わせを終えた私はアイリの淹れてくれた紅茶を味わう。
明日リーネが非番だったのは都合がいい。
彼女の姿が見えなくてもマレーナが不審に思わないだろう。
リーネは先日退職させたメイドと同室だった為現在は一人で部屋を使っている。
それも好都合だった。
紅茶を飲みながら悪巧みを考えていると先程別の使用人に呼ばれて部屋を出たアイリが戻って来る。
彼女は二通の封筒を丁寧な手つきで持っていた。
「奥様、お手紙が届きました」
「有難う」
成程、それを受け取りに呼ばれたのか。
今この屋敷には家令職が誰も居ない。
ホルガーは元家令だがベッドから動けないしカーヴェルも同じ。
ブライアンは私の命令で外出中。
なので公爵夫人付き侍女のアイリがこうやって呼ばれては受け取ると言う訳だ。
私は封筒を開けると中の便箋に目を通す。それを二回繰り返すと自然と笑みが浮かんだ。
ババ抜きで中々揃わなかったカードの相方が一気に来たような気分だ。
「アイリ、外出するから馬車の手配をして頂戴」
「かしこまりました」
私の指示を受けアイリは部屋から出て行く。私はその間に手紙の返事を書いた。
服はこのままで良いだろう。化粧と髪は少し直す必要がある。
私は外出する旨を伝える為公爵夫人室を出る。
レインに与えた部屋に行くと彼女は一人だった。
「レイン先生、私これから手紙を届けに外出します。ブライアンも不在な為留守をお伝えしに来ました」
「ああ、そうなんだ。まあ何もできないけど適当に見回りしておくよ」
使用人が困っていたら声がけが出来るように。そう言いながらレインはウィンクをした。
ケビンの代わりにレインを公爵家当主にしたら色々上手くおさまるのではないだろうか。
「しかしこの屋敷も人手不足だね」
「ええ、しかも明日以降もっと減りますわ」
「……ということは明日ケリをつけるつもりなんだ」
私は微笑む。そして彼女に先程受け取った手紙を見せた。
「でも人材の補充にそこまで悩まないで済みそうだわ。レイン先生のお陰ね」
砕けた口調で言う私に彼女は軽く笑う。
「ということは承諾して貰えたんだね。私は紹介しただけだからエリカ嬢の人柄だよ」
私は黙って微笑み返した。
笑ってばかりなのは多少浮かれているからだろう。
こういう時こそ気を引き締めなければいけない。
「そういえばレオだけれど、あまりケビンと似ていないね」
急に話題が変わり、自然と笑みが引っ込む。私の様子に気付いたのかレインは慌てたように付け足した。
「いや、良い意味でだよ。ケビンと違って柔軟性があるしわかりやすい」
「柔軟性……ですか?」
「そうだよ。ケビンは昔から良く言えば意志が、悪く言えば思い込みが強くて決して曲がらない性格なんだ」
「それは……」
「自分が信じたい物だけを信じて、もっと極端に言えば自分しか信じないようだった。だから凄く支配的で嫉妬深いんだ」
レインが溜息を吐きながら言う。その目がどこか熱っぽくて色気を感じることには見ないふりをした。
「それでも今のケビンは大分穏やかになったみたいだけれどね」
「あれで?」
思わず突っ込みを入れる。レインは苦笑いを浮かべた。
「昔の彼ならカーヴェルを家令になんてしなかった筈さ。リリーがもう屋敷に居なくても昔カーヴェルに嫉妬した記憶はあるだろうから」
愛する人を喪ってそういった覇気が薄らいだのかな。
そう結論付けるレインはどこか物足りなそうで、いっそ彼女がケビンの後妻になれば良いのではと思うなどした。
私とレインが会話していると扉が叩かれる。アイリだった。
「ブライアンが手紙を破り捨てて戻ってきました」
「早いわね」
「馬車で移動中に破り捨てて暴れたのでその時点でクレイグに拘束されたようです」
流石に後先考えな過ぎる。私は絶句した。
証拠隠滅というより、嫌な物をすぐに目の前から消してしまいたいという幼児のような衝動でそれを行ったのだろう。
確かに思考能力を奪う為に家令代行を数日させて疲弊させてはいたが、効き目が有り過ぎる。
「どうしようかしら」
「なら手紙の配達は私が請け負うよ。彼女とは私も知り合いだからね」
そう言うとレインは私の手から封筒を優しく奪った。
少し考えて彼女の申し出に甘えることにする。
「アイリ、ブライアンを地下牢に連れていくようにクレイグに伝えて」
「ブライアンが暴れないように気絶させておきますか?」
さらりと確認してくるアイリに私は首を振った。
「構わないわ、騒いで貰った方が使用人にも何かあったとわかりやすいし」
「かしこまりました」
アイリは承諾するとクレイグに指示を伝えに出て行った。