軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

59.

清々しい表情になったカーヴェルを送り出し室内に戻る。

紅茶のお代わりを淹れようとしたアイリに、既に数杯飲んでいるからとやんわりと断った。

食器などが片付けられたテーブルに視線を向けながら頭では別の事を考える。

カーヴェルの仕事着の事や、レオ付きメイドたちの処遇、公爵家の財政状態への不安など幾らでも悩みはあった。

ここまで使用人が好き放題しているなら横領の一つや二つやそれ以上されていてもおかしくない。

(図書室にやたら若い女性向けの本があったのが気になるわね)

ケビンの次に身分が高いレオやロン向けの児童書や絵本などは驚くほど少なく、あったとしても大分古い物だった。

レオの子供部屋に立ち入った時さりげなく本棚を確認したが立派な作りの割に数冊程度しか本は収納されていなかった。

女性の使用人が多い職場のようなので、女性が過ごしやすい空間を作るのはいいと思う。

だが優先順位を間違えているような気持ち悪さがこの屋敷にはずっとあるのだ。

モヤモヤを抱えながら今後の方針を考えていると喉の渇きを感じる。

断ったがやはり紅茶のお代わりを貰おう。もう夜だしカフェインの摂り過ぎは心配だが一息吐きたい。

そう思いアイリの方に視線を移すと彼女の瞳がこちらを見ていることに気付いた。

別にその事自体は珍しくは無い。ただその黒い瞳に僅かだが感情の揺らぎを感じる。

まだ短い付き合いではあるがそのような不安定な表情をアイリがするのは珍しいと思った。

「どうしたの?」

私は彼女に問いかける。アイリは優秀だ、気の付いたことがあるならどんどん口にして欲しい。

そういう意図での質問だったが彼女は私の予想外の返事をした。

「奥様は、誰からも愛されるような方だと思いました」

「……は?」

今まで何を見てきたのだと言いそうになったがギリギリで堪える。

マーベラ夫人やケビンとのあれこれは知らないにしてもセラに噛みつかれたりレオに文句を言われたりしているのは目撃している筈だ。

もしかしたらアイリにとっての愛は私の考えるものとは違うかもしれない。

「……どうしてそう思ったの?」

「奥様は誰にでも強気で、嫌われることを全く恐れず、人の心を良く分かる方だからです」

やっぱり良く分からない。最後の部分以外は傲岸不遜の類で愛されから遠い人物に思える。

確かに前世の社長業でもワンマンや怖いもの知らずとは言われがちで、本当の独裁状態にならないよう気を使い続けていたけれど。

当時のことを考えて、言われた嫌味を思い出す。

「それは……私が誰からも愛されると思い込んでいるから嫌われることを考えず行動してると思っているのかしら?」

親御さんや周囲の人によく可愛がられたから怖いものなしなんですね。

そう含みのある笑顔で告げて来たのは顔も思い出せない誰かだ。自分が何と返したかは忘れた。

多分私の事だから嫌味返しはしただろう。

アイリは特にそんな笑顔は浮かべず、淡々と肯定した。

「奥様は美しいですし常に正しいからそうなのだと思っておりました」

「……褒めてくれるのは嬉しいけれど、私は常に正しい訳では無いし誰からも愛される訳ではないわ」

アイリの直球過ぎる賛辞に戸惑いを覚えつつ答える。外見はヒロインであるエリカそのものだから美しいのは合っている。

「強気に見えるのはそう見せるのが必要だからだし、嫌われてもしなければいけないことがあるからしているだけ」

前世でも転生後でも私と親との関係は上手くいっていない。だから前世で言われた嫌味は刺さるどころか滑稽でしかなかった。

「それに誰からも愛され何をしても肯定される人間なんていない。私はそれを知っているだけよ」

評判は気にするべきだが振り回されるものではない。それを私は前の人生でよく知っている。

それでも気を抜けば振り回されかねないのが人の心の厄介なところだ。

「アイリは私が美しくて正しい存在に見えたから侍女になってくれたの?」

「そうかもしれません」

「素直ね」

私はそうコメントする。

よく気の付く侍女だとは思っていたがそこまで私の事を内心で持ち上げているとは考えていなかった。

「奥様はこの淀みきった屋敷に突然現れた突風に見えました」

「んん?」

アイリの言葉に私は戸惑う。突風とかまるで私が災害のようだ。

確かに屋敷内を好きに暴れまわっているように見えるかもしれないが。私の葛藤を知らないアイリは言葉を続けた。

「セラは以前から盗み食いなど好き放題にしていましたが何故か叱られる程度で決して解雇されることはありませんでした」

「それは……」

原作ではエリカの親友兼腹心みたいになっていたメイドのセラだ。

なので主人公が登場する前に公爵邸を解雇されるということは無いだろう。

そんな推測をしたが当然アイリに説明できる筈が無い。

「なので誰も注意をしなくなり、寧ろ一々彼女の行為を上に報告する私が間違っているような状況になりつつありました。

私がセラと同じ部署から清掃担当に配置変更されたのもそれが原因だと思います」

アイリの言葉に私は複雑な気分になる。

「……その辞令を出した人間には私から理由を聞いておくわ」

「いいえ、もう構わないのです。私は今の立場になれたことが本当に嬉しいので」

そう言うとアイリはにこりと笑う。

彼女の笑顔を見たのはこれが初めてだ。

普段のクールなイメージを裏切る、控えめだがとても可愛らしい笑みだった。