軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5.

マーベラ夫人は「一輪の花は氷を溶かす」の序盤に出てくる嫌われ役だ。

家庭教師という立場でありながら寧ろ孫を溺愛する祖母のようにレオを甘やかしていた。

そしてエリカを公爵夫人としてもレオの新しい母親としても相応しくないと排除しようとする。

レオがエリカに敵意を剥き出しにしていたのも家庭教師である彼女があることない事吹き込んだからだ。

簡単に言うとマーベラ夫人は嫁を追い出そうとする姑みたいな立ち位置だった。

しかしレオがエリカのお菓子に懐柔され懐き始めると彼女の立場は揺らぎ始める。

心優しく純真無垢なエリカと話すことによって彼女がマーベラ夫人が言うような悪女でないと気付き始めるのだ。

結果レオはマーベラ夫人が正しい存在なのか疑い始め、初めて彼女に反発する。

溺愛していたレオの反抗にショックを受けたマーベラ夫人は彼の頬を叩く。

その光景を目撃したエリカはマーベラ夫人を激しく怒り、レオは自分の為に怒ってくれたエリカを母親だと認める。

益々立場が危うくなったマーベラ夫人はエリカを階段から突き落とし殺そうとする。

だがケビンがエリカを救い、マーベラ夫人に冷たく解雇を言い渡すのだ。

これが漫画の中の彼女の登場と退場までの内容。

彼女は作中でずっとレオにべったりだったからロンの家庭教師も担当しているなんて知らなかった。

そしてレオをあれだけ溺愛していたのに弟のロンに対してこんなに酷い扱いをしていたことも衝撃だった。

(……確かに二人を並べてエリカの悪口を吹き込んでいたシーンはあったけれど)

そしてレオを次期当主だとちやほやし、自分はアベニウス公爵家代々の当主の家庭教師役だと威張っていたことも覚えている。

代々と言ってもケビンの代からだからそこまでの実績ではない。そういう針小棒大な発言をする見栄っ張りなキャラなのだ。

私は前世の雑誌で見たことがある長男教という単語を思い出した。

雑に言えば長男を殿様扱いし、他の兄弟のことは格下扱いし差をつけることである。

前世でもそういう思想の人物はいた。

この国の王族貴族は大体が長男が家督相続し実権を持つから、長男とそれ以外に差をつける思想は寧ろ普通だ。

ただ程度があるだろう。

それに私はその思想自体が好きではない。

長男だからという理由だけで甘やかし、長男ではないという理由だけで雑な扱いをするのはおかしい。区別と差別は違うのだ。

まして長男は王様で弟が奴隷なんてありえない。

私はロンがマーベラ夫人に連れていかれないようその肩を両手で掴んだ。

「まあ、そんな目で私を睨みつけるなんて恐ろしい女だこと。やはり悪女という噂は本当のようね」

私の敵意に気付いたのかマーベラ夫人が呆れたように言う。恐ろしいと言いながらエリカを舐めているのが見え見えだ。

エリカを悪女呼ばわりしつつ立場の弱い小娘だと馬鹿にしているのが丸分かりだった。

私は下卑た笑みを浮かべる彼女に言葉を返す。

「自分が睨まれただけで悪女呼ばわりなんて、教師を名乗る方がそんな単純な思考で宜しいのかしら」

「なっ!」

「先程から不出来とか悪女とか他人を見下すのがお好きなようですけれど、自己紹介にしか見えないわ」

にっこりと微笑んで告げる。

実際マーベラ夫人は家庭教師として不出来だし原作ではエリカを突き落として殺そうとした悪女である。

私のように原作と性格が違う可能性もあったが、マーベラ夫人はそのままだろう。寧ろもっと悪くなっている。

いや元々こういう性格だったけれど漫画内では描かれていなかっただけか。彼女がロンと関わるシーンなんて殆ど無かった。

二人を集めてエリカへの悪印象を植え付けていた以外はひたすらレオにだけ笑顔を向け話しかけていた。

それはロンの存在自体をマーベラ夫人がいないものとして軽んじていたということだ。今ならはっきりとわかる。

「だまらっしゃい、メイドの腹から生まれた不出来な小娘が!」

マーベラ夫人のヒステリックな怒鳴り声が庭に響き渡る。

怯えたように目をつぶったロンは、次の瞬間驚いたように私を見上げた。

「えっ、メイドって……」

「ロン坊ちゃま、この女はメイドがオルソン伯爵家当主を誘惑して産まれたのですよ!」

「違うわ」

「何が違うと言うのです」

私が言い返すとマーベラ夫人は聞き返す。ニヤニヤとした笑みが扇で隠しきれていない。

怒りが腹からわいてくるのを感じた。

エリカの母親は若く美しいメイドだった。だからオルソン伯爵家当主に無理やり手籠めにされた。

彼に強引に愛人にされた後も恵まれた暮らしなんて出来ず流行り病であっけなく世を去った。ろくな治療もされなかった。

「幼い子供がいるこの場では言えない。私は貴方と違って良識があるから」

「妾の娘の癖にアベニウス公爵家家庭教師の私に何て口を!」

「……家庭教師だから何?」

私は怒る程心が冷えて真顔になるタイプだ。目の前のマーベラ夫人は逆らしい。

顔を真っ赤にして怒り狂っている彼女は言って良い事と悪いことの区別もついていない。いやそれは元からか。

何より、肩書きや身分を印籠にして威張り散らすなら相手を間違えている。

「今の私はアベニウス公爵夫人。誰にそんな口をきいているの、雇われ家庭教師のマーベラ」

エリカの母親がメイドだからどうした。

それを知っていてケビンは私を妻に迎えた。愛人としてでなく正妻として。

愛しているからではないのはわかっている。

でも私が公爵夫人であることは事実だ。離縁されるまで私はアベニウス公爵家で一番身分の高い女なのだ。

私は女王然と振舞っていたマーベラ夫人を冷え切った目で見つめた。