作品タイトル不明
32.
レインは一応私の言い分を信じてはくれるようだ。
完全な信頼は得ていないがそれは仕方ない。
私はそんな彼女に要望するべく口を開いた。
「そういえば私、自分専用の薬箱が欲しいのです」
話が変わったと思ったのかレインが不思議そうな顔をしつつ返した。
「薬箱? それは私が用意すればいいのかな」
「ええ、お願いできればですけれど」
「構わないよ。どんな薬が欲しいんだい?」
医師の顔に戻り質問してくる彼女に私はリクエストをする。
「そうですね。湿布や傷薬、痛み止め。可能なら睡眠薬や安定剤も頂きたいです」
「湿布と傷薬や痛み止めは用意するけれど……睡眠薬と安定剤まで常備したいのかい?」
「安心してください、常用は致しません。ただ自分の立場を考えれば……精神が乱れる夜もあると思うのです」
私がそう告げるとレインは少し考えこんだ後に、わかったと静かに答えた。
彼女が予想よりずっと協力的な事に私は内心喜ぶ。
やはり最初にケビンも私も互いへの好意が皆無であることを告げておいて良かった。
今のところ懸念していたセクハラもしてこない。ずっと真面目な話をしているからだろうか。
真意は不明だが次の頼みをする為には今の空気は有難い。私は本題をレインに告げた。
「有難う御座います。それと避妊薬も準備して頂きたいのです」
「何、だって?」
「避妊薬です。私はケビン様との間に子供を持ちたくないので」
レインの緑色の瞳を見つめながら言う。
彼女を出来るだけ刺激しないよう言葉を選ぶ必要がある。
「ケビン様はリリー様だけを今も愛されている。なので私としては性交渉自体なるべく避けたいのですが……」
「それは……ケビンと話し合って」
「ケビン様の言葉と行動は時に矛盾しています。はしたない言い方をすれば肉欲に負ける時がある」
私は自分の肩にそっと触れた。肩を掴まれ壁に叩きつけられたばかりだ。
その前には無理やり唇を奪われている。
今のところリリーを盾にしたりケビンのプライドを煽ってギリギリ避けているが、万が一の時だってある。
念には念を入れておきたかった。
「きっと私が孕んだなら、一番後悔するのはケビン様でしょうね」
そして子供が生まれても決して愛さないし、それどころか疎ましがるに違いない。
子供は嫌いではない。血の繋がっていない子供だって余程の事が無ければ可愛がれる。
前世で持った三人の子供の内一人は養子だった。全員我が子だと今でも思っている。
でも愛していない男との間に将来辛い思いをするとわかっている子供を産むつもりは無かった。
「リリー様の産んだ子供二人さえ疎ましく思っていらっしゃいますし」
「えっ……それはレオとロンのことかい」
「御存知なかったのですか。二人の教育を家庭教師に丸投げした結果とんでもないことになっていたというのに」
私は簡単にマーベラ夫人が兄弟に行っていたことを説明した。レインの顔が強張る。
「それは……確かにそのまま成長したら不味いことになるな。健康診断で二人の体調は確認していたけれど、精神状態については怠っていた」
自分は医師失格だ。そう悔やむレインの爪の垢をケビンに飲ませたいと思った。
「マーベラ夫人はリリー様を侮辱した結果解雇されるので今後子供たちの学習状況は改善されると思います」
「それは……結果としては良いことだと思うよ」
「そうですね。ケビン様が子供たちの為に怒って頂ければ一番良かったのですけれど」
私の言葉にレインは沈黙する。私はそんな彼女に重ねて頼んだ。
「避妊薬……用意して頂けますよね?」
「……わかった。但し多用はしないように。使用した時は手紙でも良いから報告して欲しい」
「有難う御座います。使う機会が来ないことを心から祈ります」
「うん……でも君はよく私が避妊薬を調合できると知っていたね?」
レインは不思議そうに訊く。私は一瞬目を丸くした。
彼女が避妊薬を準備出来ると私が知っていた理由、それは。
「異母姉のローズが伯爵家のかかりつけ医によく頼んでいたから、お医者様なら誰でも用意できると思っただけですわ」
本当は、原作のレインがエリカに飲ませようとしたからだなんて口に出せる訳がない。
それがきっかけでケビンに断罪されることもだ。
(どうせなら彼女をそこまで追い詰めた人物も断罪すれば良かったのに……)
そんなことを考えていると、あることに気付いた。
レインを追い詰めて凶行に走らせた人物と、彼女と最終回で仲良く寄り添っていた男は多分同一人物だ。