軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16.

「……やっぱりないわね」

私は公爵夫人室の探索を終え溜息を吐く。

背中が痛いから湿布を貼ろうと思い室内に救急箱が備え付けられてないか探したのだ。

しかし結果は残念な物だった。

「裁縫箱やミニキッチンはあるのに」

私は広い室内を見回し呟いた。

漫画内でもエリカは公爵夫人専用のキッチンでよくお菓子を作っていた。

それを実際に見ることが出来て、そんな場合じゃないと思いながら少しだけ感動した。

でも今必要なのは製菓道具じゃなく湿布だ。

「やっと部屋で寛げたのに誰か捕まえるのも面倒ね」

言いながらサイドテーブルに置かれた呼び鈴を眺める。

これを鳴らせば公爵夫人付きのメイドが来る仕組みになっている。

しかしセラには解雇を言い渡したし、退職についての説明を家令のホルガー辺りに受けている頃だろう。

しつこく鳴らし続ければ他のメイドが来てくれるかもしれない。

でもそれがセラみたいなタイプだったらと考えると対面する前から疲労が押し寄せて来た。

「一輪の花は氷を溶かす」の原作内では公爵家のメイドは騒がしく野次馬気質で噂好きなタイプが多い。

マーベラ夫人をケビンが断罪した時に数人覗いていたし多分この世界でもそうなのだろう。

(ケビンが屋敷内に無関心過ぎるから……)

支配欲が強い暴君気質のケビンは逆らう者に容赦しない。

けれど定期的に業務態度を視察したりもしない。留守も多い。身の回り以外は基本放置だ。

(確かリリーが死亡してからの彼は全てに投げやりで、エリカとの出会いで生きる気力を取り戻すのよね)

最愛の妻を亡くしたケビンの世界は長い事暗闇に包まれていて、けれどエリカという光がその闇を浄化する。

原作内ではそれが事あるごとに強調されていた。

ただの読者だった前世の頃から、ケビンの最愛の人を喪った境遇には同情していたが子持ちなのに生活に対し余りにも無気力で無関心なのはどうかと思っていた。

怪我したり体調不良になる度にリリーに会えるとか言うし、流石に原作のエリカも堪忍袋の緒が切れて「もっと自分を大事にして」と泣きながら引っぱたいていた。

(自分もだけど、まず子供を大事にしなさいよ。リリーがお腹痛めて産んだ子でしょ)

「一輪の花は氷を溶かす」にはやたら惚れっぽいキャラも出て来るけれど、一番の恋愛脳はケビンかもしれない。

確かエリカが来るまではケビンは親戚含め外部との交流をほぼ絶っていた筈だ。

よくそれでアベニウス公爵家を維持できていたと感心する。

滅茶苦茶な勤務態度なのに今までメイドを出来ていたセラといい何らかの補正でもあるのだろうか。

「でもその没交流のせいでレオもロンも親戚づきあい出来ず友達も出来なかった……父親失格だわ」

公爵家の外の人間や考えを知らなかった二人はマーベラ夫人の教育を鵜呑みにして余計歪んだ兄弟関係になった。

(その結果レオとロンの異常な思想が外部に漏れなかったのは皮肉だけれど)

不幸中の幸いとは思わない。だから気付くのが遅れて兄弟関係が拗れた。

でも子供たちが公爵家外の人間と関わらなくても、ケビンが定期的にレオやロンと関わって話を聞いていれば異変に気付いた筈だ。

(せめて私はレオやロンとしっかり会話して二人がどんな考えをしているのか確認しなければ)

そして母親がいないことへのメンタルケアも必要だろう。

家族を失って辛いのはケビンだけでなく、子供たちだって同じなのだから。

特にレオは母を亡くした影響が弟より強い気がする。

「あの二人はちゃんと生きていけるようにしなきゃ! ………いたた」

無意識に背筋を伸ばしたせいで背中の痛みを強く感じる。

そうだ、まずは湿布だ。どうしても子供たちの事を考えるとそちらに思考が向きがちになってしまう。

騒がれる覚悟をしてメイドを呼ぼう。そして湿布を持って来て貰おう。

そんなことを考えてると控えめにノックされた。

「誰?」

「メイドのアイリです、奥様」

静かな声に私は黒髪のメイドを思い出す。

報告にでも来てくれたのだろうか。

「どうぞ、入って」

私は扉に向かいながらそう声をかけた。

「失礼致します」

断りの台詞を言った後アイリは扉を開ける。

当然だがセラは一緒に居なかった。

「セラの引き渡しは完了致しました」

「有難う、あの娘暴れたり逃げ出したりしなかった?」

「現在公爵様が在宅だと伝えたので比較的早く大人しくなりました」

「……多少は暴れたのね」

「そんな態度では紹介状を出すことは出来ないと言い渡されてからはすっかり静かになっております」

それで落ち込むぐらいの感覚はあるのになんでセラはとことんまで墓穴を掘り続けたのだろう。

私は呆れを通して不思議に思った。

「それで家令のホルガーが、奥様と話をしたいと」

「ホルガーが?」

一瞬驚いたが私は彼とまともな会話をしたことが無い。

人形のようなお飾り妻では無く屋敷を取り仕切るつもりを見せたなら、家令のホルガーが対話を願うのは当然だろう。

「ですので奥様の都合の良いお時間を教えて欲しいとのことでした」

「……わかったわ」

こちらへ来いと呼びつけたり、突然突撃して来ないというだけで話したことも無い家令への好感度が上がった。

冷静に考えれば当たり前のことなのだけれど。

「昼食が終わった後は時間が空いているわ。そう伝えて頂戴」

「かしこまりました」

「それと、セラの代わりに昼食と湿布を持って来て欲しいの」

「昼食ですが厨房に確認したところすぐ用意できるようです。そちらを先にお運びしますか?」

私は目を丸くした。

つまり彼女は私の部屋に来る前に厨房で状況を確認してきたということだ。

「そうね。昼食を先に運んで頂戴」

「かしこまりました」

「貴方、担当は清掃だけなの?」

「現在はそうです」

「……変な質問をするけれど、清掃以外の業務をする気はある?」

私はアイリに質問した。

「それが奥様や公爵様のご命令でしたら喜んで従います」

私は彼女の回答に満足し、アイリを送り出した。

まだ本確定では無いが公爵夫人付きのメイド候補に彼女の名前を刻んだ。