軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16.

「も、申し訳御座いません。つい、奥様の顔を見たら安心してしまい……!」

「安心?」

焦りながらの謝罪は想定内。しかしその後の言葉に違和感を覚える。

私の顔を見て、この小娘なら下に見て大丈夫と判断したという事だろうか。

確かに原作でもエリカが無礼な商人などに軽んじられる事はそれなりにあった。

彼女のあどけなく可愛らしい顔立ちは度々庇護欲を誘うと漫画内で評された。

つまりそれは幼く格下に見られやすいという事でもある。

そうしてエリカが商人などに軽んじられた次の瞬間にはケビンなどが番犬のように相手へ睨みを利かせる。

そして無礼者は顔を青褪めさせ慌てて謝ってくるのだ。

肝心のエリカは何があったか気づかず不思議そうな顔をする。

ならケビンが居ない時のエリカは無礼な対応にどうしていたのだろうと今更不思議に思った。

(でも馬鹿にされている事にすら気づかなそうね)

前世ではそんな女主人公の事を天然とか良い意味で鈍感だと思っていた。

けれど自分がエリカになり過去の記憶を引き継いで気づく。

悪意に一々反応し怒ったり傷つくのは彼女の心を苦しめるだけなのだと。

伯爵家時代のエリカは嫌だと泣いても怒っても止めてもらえるような環境には居なかったのだから。

そう過去の出来事を思い返し切なくなっていると目の前の男の顔にも見覚えがある気がした。

「その、以前奥様が当店にいらっしゃった時の事をですね、思い出して懐かしくなったのです」

「ああ……」

その台詞で記憶が蘇る。確かにエリカとこの画材商は面識がある。

数年前の事だ。当時異母姉のローズは絵を描くことにはまっていた。

彼女が新しい趣味を見つけて一時的に熱中してすぐ飽きるのはよくある事だった。

今思えば当時入れ込んでいた男性の影響なのだろう。

使用人として使われていたエリカはある日画材店に注文した絵の具を引き取りに行くよう命じられた。

異母姉のローズ本人ではなく彼女に命じられた侍女にだ。

侍女が仕えている家の娘にお使いを命じる。

普通に考えれば異常な事だが伯爵家ではそれが日常だった。

だからエリカは疑問に思う事も無く画材店に向かい事前に注文していた絵の具を代金と引き換えに受け取ろうとした。

その時だった。

「確か貴方は私が受け取ろうとした絵の具を横から奪って行ったわよね」

微笑んでそう告げると中年男は固まった。

正確には横からではない。店番の後ろからひったくるように奪ったのだ。

そして絵の具をまじまじと見て安堵したように息を吐くと店番を引っ張って店の奥に消えた。

エリカはそのまま放置され暫くすると「今の絵の具は別の方が注文したものだ」と告げられた。

更に異母姉ローズが注文した絵の具はまだ届いていないと。

「当時は今のように謝罪すら無かったわ」

代わりに店番をしていた若い青年は申し訳なさそうに謝った。その横でこの男はふんぞり返っていた。

空気を悪くしたくなかったエリカは微笑んで気にしないで下さいと返して帰宅した。

そして異母姉ローズに「何故そこで引き下がった」と激怒され折檻を受けたのだ。

多分この画材商は当時のエリカの押しの弱さだけを覚えていたのだろう。

自分がエリカやオルソン伯爵家にどれだけの無礼を働いたのかは都合良く忘れて。

「そ、それは気が動転していて、ですな……」

当時と違い私は柔和な笑顔を浮かべたりはしない。

そうですかと微笑んで受け入れたりしない。

だからだろうか画材商の顔には焦りと戸惑いがどんどん色濃くなっていった。

「だったら伯爵家まで追いかけて弁明しても良かったのでは? 誰が注文したのか把握していたでしょうし」

よく考えたら伯爵家の注文より優先した相手も少し気になって来た。

この男の小者ぶりを考えると仮令相手が先に注文したとしても伯爵家より格下なら無視したと思う。

つまり昔ローズと同じ絵の具を同時期に欲しがった格上の貴族が居たのだ。

(まあ、どうでもいい事ね)

今考えるべき事は目の前の画材商をどうするかだ。

公爵家が画材を注文する先がこの男の店だという事。

そして近場で一番大きい画材店がこの男の経営だという事を考えて呼んだが、今は不適切な選択に思える。

相手次第で態度をコロコロ変えるような大人を子供たちに関わらせたくない。

特に気が弱いロンには近づけたくない。

目を離した隙にどんな無礼な真似をされるか。考えただけで嫌な気持ちになる。

私が今回の話を打ち切る算段をしていると突然画材商が閃いたように顔を上げた。

まるで難局を抜け出す為の鍵を手に入れたような表情だ。

「じ、実はですね。あの時絵の具を欲しがったのはこちらの家の先代奥様なのです!」

「先代……?」

私は訝し気に画材商の台詞を鸚鵡返しにした。