軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第3話 エルシャと不遇姉

皆さま、おはようございます。

エルシャ・グリーンフィールズ六歳です。

今朝は早起きして一番乗りで登校しちゃいました。通学用の馬車止めの脇で、さりげなく佇んでいます。

張り込みです! ええ、ちびっ子探偵ですから。

しばらくすると立派な馬車が止まり、ベアトリスさんが元気に飛び降りて来ました。病弱にはとても見えません。

続いてセシリアさん。顔色が悪く、目の下に隈があります。

「明らかに寝不足ですね」

ヘンリーと一緒に向かいます。

「ヘンリー、お二人の手を嗅いでもらえますか? 朝食以外のにおいがしたら教えて」

「わふっ!」

トーマスおじ様から、犬の嗅覚は人間の100万倍以上と教えてもらいました。素晴らしいですが、羨ましくはないです。臭いのも100万倍だと困ります。

「おはようございます」

「おはようございます、エルシャさん。ヘンリーも、おはよう」

セシリアさんと挨拶を交わします。ヘンリーの鼻が、ふんふんと鳴っています。

「朝から近寄らないでよ。犬臭くていやだわ」

ベアトリスさんは、手のひらをパタパタして言い、わたしを無視して行ってしまいました。ヘンリーが揺れた手の残り香を追っています。

「エルシャさん、妹がごめんなさいね」

「セシリアさんが謝る必要はありませんよ。それより今日のランチ、一緒に食べませんか?」

セシリアさんと、二人で話すための約束を取り付けます。

「ええ、いいわね。じゃあ、お昼休みに学校の食堂でね」

セシリアさんは、パタパタとベアトリスさんを追いかけて行きました。

「ヘンリー。手のにおい、嗅げました?」

「わふ、わうっ!」

“もちろん! いやなやつはバターと砂糖のにおい。セシリアちゃんは、糸と鉄、それからインクのにおいがしたよ”

「鉄は“針”ですかね? ベアトリスさんはお菓子のにおいしかしないの? インクのにおいは?」

“美味しそうな匂いしかしない。三日くらいはペンと紙には触ってない”

さすが100万倍。素晴らしい精度です。

「なるほど……。ヘンリー、ご苦労さまです」

週末の課題内容は、あらかじめ調べてあります。ベアトリスさんの学年は刺繍と作文、セシリアさんの学年は刺繍と計算問題。

「……確定、ですね」

嘘は、口より手に残るのです。

* * *

「セシリアさーん!」

昼食どきの食堂で、セシリアさんと落ち合いました。貴族学校の食堂は、メニューも豊富で豪華です。

楽しくお話ししながら食べていましたが、セシリアさん眠そうに目を擦っています。

「セシリアさん、疲れてますか?」

「ちょっと寝不足なの。ごめんなさいね」

「わたしも週末は課題を頑張りました。今夜は早く寝ないとですね」

「……妹がね」

セシリアさんが、こぼれるように口にしました。

「ベアトリスさん?」

「……昨日、また、熱があるって言って」

「今朝は馬車から元気に飛び降りてましたよ」

「あ……」

「……ごめんなさい。いまのは意地悪な言いかたでした」

「いいの。事実だもの」

セシリアさんは、笑いました。諦めたみたいな笑いかたです。

「熱があるって言えば、私が課題をやるから」

「今までも、ずっとそうだったんですか?」

「学校に入学してからずっとなの。小さい頃は、課題も簡単だったけど、高学年になったら量も多いし……」

「ベアトリスさんは“優等生”ってことになっているから、手も抜けないんですね」

「エルシャさんは知っていたのね……。そうなの。その分、自分の課題がおろそかになってしまうの」

「ご両親は知っているんですか?」

「母はあの通りの人だから、『姉なら妹を支えて当たり前だ』って言うの。最近は、なんだか、母の言うことが間違っている気がして……」

「セシリアさん、あなたの言う通りです。お母様が間違っています。課題を代わりにやることは、支えることにはなりません」

「……妹が跡取りなの。私は地味で何の取り柄もないから、『せめて妹の役に立て』って……」

「たとえばの……未来の話をしますね。

このままだとベアトリスさんは、嫌なこと、面倒なことは全てセシリアさんに押し付けて……“名前だけの当主”になります」

セシリアさんが俯いて、ギュッと目を閉じます。まるで痛みに耐えているみたいです。

「当主の仕事は全てセシリアさんがやっているのに、その成果はベアトリスさんの手柄になります。

そして――お母様は、また言います。『姉なんだから、妹を支えるのは当然だ』と」

「……エルシャさん、私こわい。ずっと考えないようにしてきたの……」

怖くて当たり前です。考えたくないのもわかります。でもこのままでは、もっと深みにはまってしまう。

「ベアトリスさんは、ヘンリーのことも欲しがったし……セシリアさんの物も欲しがるんじゃないですか? そういうの、世間では“欲しがり妹”っていうそうですよ」

「……そうなの。ドレスもアクセサリーも、誕生日のプレゼントも……。妹は私のものを何でも欲しがるの。

母も『ベアトリスの方が似合う』って……『姉なんだから我慢しなさい』って言うの……。でも……ふふ」

セシリアさんが小さく笑いました。

「その“欲しがり妹”って、あれでしょう? 流行の恋愛小説に出てくる……」

「えへへ、バレました? でも、ベアトリスさん、あの小説の妹にそっくりですよね」

「あの小説……最後は婚約者まで、欲しがり妹に奪われちゃうのよね……」

セシリアさんの顔色が、また少し悪くなりました。笑えない未来ですからね。

「ねぇ、セシリアさん。わたしは去年の秋ごろまで“ドアマット幼女”だったんです」

「ドアマット幼女?」

「はい。家族から、玄関にある汚れ落としのマットみたいに、踏みつけられていました」

「え……?」

「子供の世界は狭いです。でも、家と学校以外にも、人はたくさんいて、そこでも生きていけるんです。

ドアマット幼女だったわたしが断言します。我慢をやめても、世界は終わりません」

「でも……地味で何の取り柄もない私は、誰も好きになってくれないわ。家族とさえ、上手くやれないんだもの」

「わたしも、“自分が悪い子だから愛してもらえない”って思っていました。

でも違ったんです。だからセシリアさんも、家の外に目を向けて欲しいんです」

「不思議ね……。エルシャさんが私より、ずっと大人みたいに見えるわ」

「ふふ、苦労しましたから。でも今は、普通の幼女ですよ」

今は、普通の……幸せな幼女です。

「セシリアさん、踏みつけられる“ドアマット”のままでいたらダメです。“いつか”なんて、そんな日は来ない。だから、勇気を出して下さい」

「わかった……。先生に相談してみるわ」

そう言ったセシリアさんは、どこか肩の力が抜けたような、柔らかい笑顔を見せてくれました。

さあ、あとは仕上げです。逃しませんよ!