軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第27話 ドアマット幼女と冬の訪れ

皆さま、お久しぶりでございます。

エルシャ・グリーンウッド六歳です。

ダグラスさんが王都へ帰ってしまって、牧場の朝が静かになりました。風の音ばかりが耳に残ります。

不思議ですね。ダグラスさんはあんなにも寡黙な人なのに。

お山の白いケープの裾が、だんだんと長く伸びて来て、強い風が吹き下ろして来るようになりました。雪の季節まで、あともう少しです。

果樹園の木々は葉を落として、なんだか寂しい様子です。

一方で、牧場は慌ただしいです。

雪が降る前に、動物たちの冬支度を整えなくてはなりません。防寒のため、それぞれの小屋に薪ストーブが運び込まれました。薪小屋にもどんどん薪が積み上がります。

うちの牧場は半分隠居老人の道楽なので、薪も動物たちの飼料も外注です。手伝いの人も来てくれて、テキパキと準備を整えてくれます。

寝床用の藁と、飼料はまた別物なのだそうです。よく考えればお布団とパンが同じなはずはありませんよね。

わたしは一応この牧場の跡取りなので、少しずつでも勉強しなければいけません。今回は、手伝いの皆さんにお茶とお菓子の差し入れをするくらいしか出来ませんでした。

ソフィアさんがわたし用の作業着を仕立ててくれたので、格好だけは一人前だったんですけどね。

ヘンリー(犬)とは、ずいぶんと打ち解けました。

走馬灯の知識を頼りに“ふりすびー”という犬が好きなオモチャを、厚紙と皮で作って毎日一緒に遊んでいます。

ヒュンと投げるとヒュルルルーと飛んで行きます。必ずヘンリーが拾って来てくれるので、何度も何度も投げます。

遊んであげているつもりだったのに、いつの間にかわたしの方が楽しんでいました。

途中で、『あれ? これって逆じゃない?』って気づいたのですが、パクッと飛びついてもらうまでは、諦める訳にはいきません。

あと、呼ぶと返事をしてくれるようになりました。本当ですよ! 『ヘンリー』と呼ぶと『わふっ』っていいます。

そんな、ある日のことです。

「お嬢様、お勉強ですか?」

おじい様の書斎で植物図鑑を見ていたら、ベックさんに声をかけられました。

「はい。身体に良い薬草があったらと思って」

「奥様はお嬢様がいらしてから、とてもお幸せそうです。その前はずっと塞ぎ込んでおられましたから」

王都の取り調べ官エバンスさんから、手紙が届いた頃の話でしょうか。

「心配かけてしまったんですね……」

「お嬢様は、何も悪くありませんよ」

二人とも、同時に言葉に詰まってしまいました。今は、グリーンウッド邸の話はしたくないのです。

「あっ、ベックさん! これ良いんじゃないですか? ほら、冬の初めに収穫出来るって書いてあります!」

気分を変えたくて、わざと弾んだ声で言いました。

「ああ、初雪草ですか。これは山に入らないと見つからないんですよ。根っこがとても滋養があって、病人が飛び起きて走り出すなんて言われとります」

「えっ、本当ですか! すごい……魔法みたい!」

「あっ、いえ、あの、大袈裟な例え話です! ですが、滋養があるのは本当です」

【初雪草】

下草のない乾燥した土を好み、雪が降ると地下茎以外は枯れてしまうため見つからなくなる。そのため、『初雪までに見つけろ』という意味で“初雪草”と呼ばれるようになった。

地下茎部分に、特に滋養を蓄えている。葉や茎も食べられる。

「すごく……良さそう。これ、手に入りませんか?」

「市場には出回らないんですよ。狩人など山に慣れた者を雇って、探してもらう形ですな。明日か明後日、村に行って来ますよ」

「お願いします。他にも良い薬草がないか、探してみますね」

ベックさんにお願いしてから、また植物図鑑に目を戻します。カラフルで繊細な絵のついた図鑑です。

「“地下茎”ってなんですかね? “滋養”もわかりませんね……」

いくら走馬灯の知識があっても、大人用の図鑑は幼女には難しいです。でも大丈夫! そんな時のために辞書があるのです。

「ち、ち、……、ちかけい、……」

地面の下の 茎(くき) だそうです。茎が地面の下に……? えっ、お芋は地下茎なんですね。えっと、根っこと地下茎の違いは……。

知らないことを調べるのは好きです。学校にも行ってみたいのですが、王都の貴族学校にはエミリーがいるので嫌です。

「このあたりの子供たちは、どこで勉強しているのですか?」

ベックさんに聞いてみました。

「教会の日曜学校ですな。お嬢様も行ってみますか? お友だちが出来ますよ」

お友だち……。新鮮な響きです……! 半軟禁状態だったドアマット幼女には、縁がありませんでした。

後ろから、クゥーンと声が聞こえました。わたしが背もたれにしていたヘンリーです。そうですね、ヘンリーはもう、お友だちです。

「ヘンリーが、いますから……」

人間のお友だちが、嫌なわけではないんです。ただ……。

うまく言葉に出来ませんが、子供の集団を想像するだけで疲れてしまうのです。わたしの知っている子供は、エミリーだけなので……。

ヘンリーがピクッと耳をそば立てて、窓辺に向かって歩いて行きます。それに釣られるようにして窓の外を見ると、白いものがチラチラと舞っていました。

「ベックさん、雪……?」

「えっ、ああ、あれは“雪虫”ですよ。初雪が近くなると飛ぶと言われとります。冬の風物詩ですなぁ」

雪虫は日差しを受けてきらきらと、風に流れていきました。もしかして雪雲を迎えにいったのかも知れませんね。

冬支度を急かすように、季節が早足で進んでゆきます。