軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第18話 ドアマット幼女と港町事件簿 その参

皆さま、おはようございます。

エルシャ・グリーンウッド六歳です。

港の倉庫街を舞台とした大捕物から、一夜明けたちょっと遅めの朝です。宿屋の食堂で、ダグラスさんとブランチ中です。

ふわふわのスクランブルエッグは良いのですが、バゲットがちょっと硬くて苦戦中です。なぜかと言うと前歯が2本、ぐらぐらしているのです。エルシャ六歳、乳歯が抜けるお年頃です。

2本とも抜けてしまったら不便だし、その……間抜けなお顔になる気がして……。

ダグラスさんは『エルシャ、乳歯が抜けたら大人の歯が生えてくるんだぞ! 成長のあかしだ』と喜んでいましたが、恥ずかしいものは恥ずかしいのです。きっとダグラスさんは、あまりにも昔の事過ぎて覚えていないんでしょうね!

さて、それはともかく、です!

宿屋の店先に、人だかりが出来ているのです。宿屋の 女将(おかみ) さんに聞いてみたら、ダグラスさんを見に来ているんですって!

皆さん『確かに強そうだねぇ』とか、『なかなかの男前じゃないかい?』とか『王都の隊長は背も高いんだな!』なんて言っているんです。

昨夜、警ら隊の笛が鳴り響いていたことで、皆さん『何か事件があったんだな』というのは気づいていたらしくて。

早朝から 耳敏(みみさと) い方たちが情報収集に走っていたとか、いないとか……。そうして『どうやら王都の警ら隊長が大活躍したらしい』『港近くの宿屋に泊まってるらしいぞ』という噂が港町を駆け巡ったようなのです。

ダグラスさんが、苦虫を噛み潰したみたいな顔でコーヒーを飲んでいます。お砂糖、三つも入れたのに。

「機密情報がダダ漏れじゃねぇか……」

ぼそっとボヤきましたよ。わたしには聞こえちゃいました!

ダグラスさんはわたしに、詳しいことは教えてくれなかったのです。へぇー、大活躍しちゃったんだ! えへへ、なぜでしょう、なんだかとても気分が良いです。

そして。

――あの女の子は娘さんなのか?

――あら、全然似てないけど、可愛らしいわね!

なんて声も聞こえて来たのです。

だから、だから……!

ここで歯抜けになるわけにはいかないのです!

――そう思ってバゲットにかぶりついた、その瞬間。

背筋がぞくりとするような視線を感じました。他の野次馬の皆さんとは、はっきりと違う。

穏やかな食堂の喧騒が、すうっと遠ざかった気がします。

それはドアマット幼女であるわたしだけが感じられる、悪意のこもった視線でした。

いいえ。もしかしたら、犯罪の気配を嗅ぎつけられるダグラスさんも気づいていたかも知れません。

でもお互いに、それを口に出すことはしませんでした。ただ、何か起きた時のためにと……準備を念入りに整えたのです。

わたしは宿屋の女将さんに頼んで、チリパウダーの小袋をひとつ、譲ってもらいました。ダグラスさんは、警棒をトランクではなく手荷物の中に入れています。

そうして、港町を出発したわたしたちを待っていたのは、山道に差し掛かった途端の襲撃でした。

* * *

ガタン、と大きく揺れて、馬車が石畳の道を離れました。どうやら山道に入ったようです。

ガタガタ道の上り坂です。振動がすごいです!

「エルシャ、酔い止めは飲んだか?」

馬車に乗る前に飲みました。だけど、こんなに揺れると舌を噛んでしまいそうなので、うなずくだけの返事にしました。

自然と口数が少なくなりますね。他の乗客の方たちも静かに外を眺めたりしています。

乗客は多くはありません。わたしたちを含めて五人。旅芸人だという若いご夫婦と、初老の男性です。

人の手の全く入っていない山々の景色は圧巻です。見上げるほどの大きな木が、色とりどりに終わりの近い秋を彩っています。

「わぁ……」

わたしの感嘆の声に返って来たのは、ダグラスさんの鋭い声でした。

「伏せろ!」

突然の声に反応出来る人はいませんでした。

「エルシャ!」

ダグラスさんがわたしを引き寄せ、身体を覆うようにして伏せました。視界が横に倒れます。

『パン!』

乾いた炸裂音が空気を裂きます。同時に『カン!』という金属音。馬車の金具に当たったのか、火花が一瞬、目の端をかすめました。

「ヒヒィーン!」

馬が悲鳴をあげて暴れます。車体が跳ね上がって、頭がぶつかりそうになりました。

『パン!』『パン!』『パン!』

続けざまに銃声が響きます。

馬車の中も外からも悲鳴と叫び声が上がり、旅商人のご夫婦が互いを抱きしめるように伏せています。初老の男性は祈るように頭を下げています。

ダグラスさんがチッと、小さく舌を打ちました。

「エルシャ、座席の後ろに隠れて」

手荷物から警棒を取り出しています。

襲撃はやはり起きてしまいました。あの視線の主は、諦めてはくれなかったようです。

「皆さんも座席の後ろへ。決して馬車を降りないで下さい」

そう言って、馬車の窓からヒラリと身を踊らせてゆきました。

行かないでと、言いかけてしまいました。けれど、伸ばしかけた手を引っ込めて、口を押さえて身を伏せます。

縋るのも、引き止めるのも違う。ダグラスさんは、ダグラスさんの仕事をする。

だからわたしも、わたしの仕事をするのです。