軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

6. サージェント侯爵家内にて

この日のサージェント家の夕食は整えられたダイニングではなく、暖かくしたサンルーム付きの部屋に何枚もの絨毯が重ねて敷かれ、屋敷にあるクッションが集められ、まるでピクニックのようにローテーブルにサンドイッチや果物を詰め込んだ籠が置かれている。

中心には毛布に包まれてソファに座る、ベアトリスと家族がいた。

「本当に酷い目に遭ったわね」

「まったくだ。可愛いベアトリスの命を奪おうなんて。

池に入っているのを見た時には、さすがに肝が冷えたよ」

苦笑しながらワイングラスに手を伸ばす父に、母は溜め息を落とす。

「肝が冷えた、じゃありませんわ。

軽い風邪で済んだから良かったものの、これで悪化でもしたら子どもの体力では命の危険もあったのですよ」

母に撫でられながら、ベアトリスはニッコリと笑う。

「バートンの提案で池の手前を浅くしてもらっていたもの。

池に入ったといっても少し足を濡らしたぐらいだし、これなら風邪をひいたとしても酷くならないわ」

そう言ってバートンへと目を向ければ、目を細めながら会釈で返した。

「備えはしておりましたが、お嬢様が無事でなによりでした」

サージェントの者達が喜びに溢れて迎えた大切な妹を、ジョージが殺したのは侍女達から聞いている。

そして彼女達までもがジョージの手にかかって殺されたことも。

だから殺された妹よりも、彼の機嫌一つで殺された彼女達よりも酷い目に遭わせると決めていた。

あの商会を祖父である前侯爵に知らせたのはバートンだ。

正確にはテオドールの父親であるバイヘル辺境伯からバートンを経由し、領地で過ごす祖父へと紹介されたのだが。

祖父が商会の調査結果に顰め面になりながらも胡散臭い商店と関わりを持ってくれたのは、長年の交流がある辺境伯と侯爵家に勤め上げたバートンを信頼したからだ。

あの商会は後三年もしたらベアトリス達の住む国でも景気よく店を増やしていくが、この国では違法と指定されている薬物の原材料とその苗を販売していたことで取り締まられる。

ベアトリスがそのことに詳しいのは、その違法薬物の販売者がサージェント侯爵家だという冤罪を押し付けられたからに他ならない。

そのため、関りを持つ際には商店側に釘を刺している。

あの商会を慎重にさせるのはとても簡単なことだ。まるで商会の中枢に入り込んで情報を得たかのように、この国で違法薬物を販売するのは止めた方がいいとバートンから注意してもらうだけでいい。

それを恩と感じるか、それとも監視されていると感じるかはどうでもいい。

この忠告によって販売を断念するか、それともサージェント侯爵家の目の届かない場所を探して、架空の商会でも作って販売するかになるはず。

どちらにせよ本来の取引相手から指定されたとしても、サージェント侯爵領でいらぬ物品を取り扱うことはないだろう。

以降もバイヘル辺境伯が監視を続けてくれ、何かあればテオドールからの手紙によって知らされることになっている。

勿論、この国での活動はサージェントで調べている。

カップに注がれた人参のポタージュをゆっくり飲みながら、話題の移り変わる大人達の会話を聞きつつもサーモンとキュウリのサンドイッチを摘まむ。

バターだけではなくマスタードも使っているのか、少しだけピリリとした感覚が口の中で広がった。

「最近他家に犬を数匹融通したところでね、暫く先となるが成果が出ると思っているんだ」

「それは楽しみね」

大人達の話は冬を越えてまだ先、秋の狩猟大会にでも移ったのだろうか。気の長い話である。

狩猟は貴族の嗜みではあるものの、ベアトリスは銃の音がやたらと響くことから好きではない。

パンの上に鴨肉のパテと砕いた胡桃を載せ、甘酸っぱいベリーのソースをかけてもらって、口一杯に頬張った。

以前なら王子妃教育ばかりで、こんなことは一切できなかった。

いつだって人の目を気にし、常に注意を受け続け、それなのに婚約者からは蔑ろにされた挙句の暴挙だった。

今回は間違っても婚約者になんてなる気はなかったのだが、やはり断って良かったと思うばかりだ。

当主になるための勉強は難しいが、張り合いがあるとこうも違うものなのかと、いっそ過去の劣悪な環境に感心するばかり。

「サイラスは狩猟が得意だったけれど、今年の狩猟大会には参加しないでしょうね」

サイラスはジョージの父親である。

今回の件で、当分の間はサージェント侯爵家が参加する行事への参加は、デネル子爵と彼の縁者は控えなければならない。

「まだ一年が始まったばかりだからね。秋の狩猟大会への参加は無いだろうと思っているけど、ベアトリスが成人してテオドール君が婿入りするまでデネル子爵家と関係者は、侯爵家の領地とタウンハウスに入ることを禁止とするつもりだよ」

父親の断言に母親がふるりと華奢な肩を震わせて、ベアトリスの体を抱き寄せた。

「ええ、ええ。そうしてくださいな。

勿論あの方達が善良だと知っていますし、なによりイヴリン様は旦那様の妹です。

けれど人の心がどう変わるかなんてわからないもの。ジョージのしたことを許してほしいと言われても、許すことなんて難しいし、逆恨みでベアトリスに何をするかわからないもの。

信頼が崩れた以上、再び新しい架け橋が積み上げられるまでは受け入れられないと思うの」

力の込められた腕から母の不安が伝わる。

「わかっているよ。君の信頼を取り戻せるようになるには彼らの努力が必要だろう。

今回の件は周囲に漏らすことなどしないが、しっかりと線は引いたお付き合いをするよ」

暖炉の近くであることの暖かさと、母の体温で心がゆらりと揺蕩う。

僅かとはいえ冷たい池に入ったのだ。心は高揚していても幼い体は疲れている。

「旦那様、そろそろお嬢様をベッドに向かわせてはいかがでしょう」

すぐに気付いたらしいバートンの声に、ああ、と父が答えてベアトリスの体を抱き上げる。

もう小さいというには難しい年齢になりつつあるのに、父はいつだって娘に甘い。

揺りかごの中にいるような錯覚に陥りながら、ベアトリスはそっと目を閉じて意識を手放した。