作品タイトル不明
一話 プロローグっぽい話
記憶の中になかった上位職に就いたり、ダンジョンを単独攻略することで隠し部屋が出現することを発見したり、新スキル【結合】の効果を確認したり、何者かの依頼を受けて襲撃を仕掛けてきた上忍を返り討ちにしたり、鍛冶師である切岸さんを取り込むついでに彼女の実家も龍星会に抱え込ませたりと、中々に多忙な日々を送った五月と比べ、六月はダンジョン攻略や切岸さんのレベリング、さらには奥野への技術指導を行っていたらいつの間にか終わっていた。
若い時は時間が過ぎるのが遅く感じるというが、そんなことはなかったよ。
これが学生らしい生活なのかどうかは知らないが、まぁ有無を言わさずギルドナイトの連中に連れられてレベリングやら各種実験やらに付き合わされていた記憶の中の俺と比べれば、好きなことをやれている今の方が随分マシなのではないかと思ったり思わなかったりしている七月中旬のこと。
今日も今日とてダンジョンに潜ろうとしていたのだが、急遽但馬さんから呼び出しがあったので新宿にある龍星会の事務所を訪れたところ、極めて面倒くさそうな表情をしている但馬さんと対面することになった。
探索者としても社会人としても経験豊富な彼が、俺を相手にこうもあからさまな表情を見せるのは極めて珍しいことだったので、てっきり「余程の面倒ごとが発生したのか?」と思って話を聞いてみれば、何のことはない。
五〇年以上前から公明正大な組織を自認しているクソ共からの嫌がらせについて頭を悩ませていただけだった。
その嫌がらせというのも……。
「ダンジョン配信を行うアイドルの護衛依頼、ですか?」
「面倒な依頼なのは百も承知だが、Aランクへ昇格するための条件と言われちゃあ受けざるを得ねぇ」
「なるほど。『貢献度』ですか」
「そう、それだ」
現在、ギルドによって定められているランク制の中で、我らが龍星会はBランクに分類されている。
一般的にBランクからが上位のクランと見做されることもあって、Bランク以上のクランに与えられる社会的な評価はそこそこ高い。
だが、実のところそれらの評価は、あくまで一般人や大きなクランに所属していない探索者からのモノでしかなかったりする。
ではBランクのクランがギルドや、実質的にギルドを運営している国からどう評価されているのかと言えば『そこそこ働いているし、小遣い稼ぎや権力争いに利用できるが、特別扱いをするほどでもない。潰そうと思えばいつでも潰せる程度の組織』としか見られていないのが実情だ。
警戒されていないのは良いことではあるのだが、この場合”警戒されていない”というのは”評価されていない”と同義である。
個人でもそうだが、組織として考えた場合、社会的な信用や評価がどれだけ大事なモノなのかは言うまでもない。
まして龍星会や龍星会の親組織である藤本興業は、構成員に厳つい連中が多いということもあり、堅気の方々からの社会的評価はあまり高くない。というか、部署によっては『ヤのつく方々が営む反社会的勢力のフロント企業』だと思われている節さえある。
当然組織を運営する人間からすれば、こんな善意の第三者からの通報があれば即座に潰されてしまうような状況はよろしくないわけで。
自分たちの危うさを自覚している但馬さんとしては、できるだけ早く国や国の出先機関であるギルドから高い評価を得ることで龍星会の社会的地位を高めると同時に、親会社である藤本興業を世間から『Aランククランを擁する会社』と認識させ、土建屋としての地盤も確固たるものにしたいという思いがあるのだろう。
あと、Aランクになればギルドから回してもらえる素材や情報の質が上がるし、なにより税金の面でも優遇されるので、そういう意味でもさっさと昇格したいのかもしれない。
そういう組織運営に関するあれこれは但馬さんに丸投げすることにしているので、細かいことは知らんけど。
ともかく、現在のところ龍星会はできるだけ早い昇格を望んでいるということが分かればそれでいい。
ここで問題になるのは ギ(・) ル(・) ド(・) 側(・) と(・) し(・) て(・) 見(・) た(・) 場(・) 合(・) 、(・) 昇(・) 格(・) を(・) 望(・) む(・) 龍(・) 星(・) 会(・) が(・) ど(・) う(・) 見(・) え(・) る(・) の(・) か(・) という話だ。
やろうと思えばその日のうちにクランのランクを上げることができるギルドの連中からすれば、ランクの昇格なんてことは文字通りの些事である。
むしろ、書類上の評価を上げるだけで愚かな働き蟻たちが勝手に自尊心を満たし、自分から死地に赴いてくれるのだから、申請を受理しない理由はない。
一応申請したクランに最低限の実力があることを証明する必要がある――Aランクの場合は『定期的に三五階層以降でしか採取できない素材を提供させる』という裏ルールがある――ものの、逆に言えばそれさえ満たしているのであれば、申請と同時にAランクに昇格させることが可能だ。
もちろん最近四〇階層付近をメインに探索を行っている龍星会は上記のルールを満たしているので、申請と同時にランクが昇格していてもなんらおかしなことではない。
むしろAランクに昇格していないとおかしいまである。
だが、現在の龍星会が掲げているクランランクはBのままだ。
何故か?
昇格の申請をしていない?
そんなことはない。
俺が知る限りでは、先月中旬の時点で申請を出していた。
三五階層以降で採取できる素材を売っていない?
それも否。
自分たち用のストックは確保しているものの、売っていないわけではない。
申請も、実力の証明もちゃんとしている。
つまり、昇格の条件は満たしているにも拘わらず、龍星会のクランランクは昇格していないのだ。
それはつまり、ギルドの内部に龍星会の昇格を止めている人物が存在することを意味している。
もちろんAランクへの申請を止めるとなれば、下っ端職員の一存では不可能。
よってそれなりの権力を持った人物が、龍星会からの申請を受理しないよう手を回しているのは確実だろう。
龍星会が一向に昇格しないのを見ていた俺は、そう考えていた。
では何故その上役は龍星会の申請を受理しないのか。
俺は単純に『連中が賄賂を求めているから』だと思っていた。
連中は、ここ数カ月の間に龍星会が、ギルドを経由せずにハイポーションを何本も捌いていることを掴んでいるだろうからな。
そこから『俺たちを通さず何十億もの利益を上げるのはルール違反だ。だから本来俺たちに入るはずだった金を払え。話はそれからだ』なんて考えてもおかしくはない。
だが、一応正義の組織であるギルドの人間が、正面から『昇格したかったら賄賂をよこせ』なんて言えるはずもなく。
よって連中は度々『ギルドに対する貢献度が足りない』という言葉を使う。
ギルド用語で「自分たちからはなにも言わないが、察しろ」というヤツだ。
今回もそのパターンかと思っていたのだが、どうやら今回は風向きが違ったようで……。
「金を要求する代わりに出してきた条件が、アイドルの護衛依頼、ですか」
「あぁ」
「……妙ですね」
「ん?」
「なんでギルドはお抱えのアイドルを龍星会に護衛させるんです?」
今回の依頼を一言で言えば『ギルドが行う広報活動の支援』となるのだろうか。
まず、今回護衛するよう言われている『ダンジョン配信を行うアイドル』とは、ギルドの広報部門と深い繋がりがあるアイドル事務所に所属している探索者たちのことだ。
彼ら彼女らに与えられている任務は、歌や踊りといった娯楽を提供したり、ダンジョンは危険な場所ではあるものの、国家が発展するために必要な場所だと宣伝したり、若者にお気楽な夢と希望を与え、ダンジョンに入り浸ってもらうよう思考誘導することだったりする。
まぁ最後のはギルドの上層部や国の考えであって、彼ら彼女らにその自覚はないだろうが。
それはそれとして。
配信とはいうものの、今も昔も――なんなら一五年経っても――ダンジョンの内部から外部に電波を飛ばす方法は確立されていないため、ダンジョン内部のあれこれに関してはリアルタイムで行われるわけではない。
彼ら彼女らは、ダンジョンの内部で歌とダンスを披露したり、探索者らしく魔物を討伐したりしている映像を記録し、ダンジョンから出てからそれらの映像を確認しつつ探索を振り返るという形を取ることが多い。
なので彼ら彼女らを護衛するということは、ダンジョンで歌ったり踊ったりしたことで呼び寄せられた魔物から彼ら彼女らを護れということとなる。
ここまではいい。問題はこの後だ。
「宣伝要員であるアイドルにナニカがあれば、間違いなく責任問題になります。もちろん護衛を請け負った探索者を切り捨てれば済む話ではありません。ならばギルドは自分たちで抱えている探索者パーティーか、Aランクのクランに依頼するのが普通なのでは?」
尤も、ギルドお抱えの連中は責任問題になりそうなネタに手を突っ込むような真似はしないため、こういった場合は 責任を押し付ける(信頼と実績) ことができる(を鑑みて) Aランクのクランに依頼が行くのが常だったはず。
「あぁ、それな。なんでも本来はAランクのクランに依頼するはずだったらしいが、そのクランから断られたらしい」
「断った?」
なんで?
いやまぁ、命の危険があるダンジョンで、アイドルたちが歌って踊れる環境を維持するなんて依頼は誰だって受けたくないわな。それは理解できる。
だがAランク相当の実力がある探索者なら雑魚がどれだけいても問題はないはず。
護衛される方だって、ギルドのお抱えなら一五レベルはあるだろうし?
そのくらいのレベルなら、安全安心に騒げる階層は一〇階層前後か?
一〇階層程度であれば、どれだけ雑魚が沸いても文字通りかすり傷一つ負わせることなく依頼を成し遂げることが可能だろう?
依頼は簡単に遂行できるうえに、断ったらギルドからの印象が悪くなる。
それなら断らずに受けるべきだと思うのだが、なにか予定でも入ったのだろうか?
「それがな。ギルドの連中、そのアイドルどもを二〇階層まで潜らせるつもりらしい」
「は?」
「最近若い連中の中にダンジョンの配信をする連中が増えてきたようでな。そいつらが安全に騒げる階層が一〇階層前後ってことらしい。そんなわけだから、今更ギルドお抱えのアイドルどもが一〇階層で騒いだところで、目の肥えた視聴者は満足しないんだと」
「だから二〇階層に行く、と?」
自殺志望者か。
確かにショッキングな映像は撮れるだろうが、広報活動としてはどうかと思うぞ。
「だな。で、さすがに二〇階層ともなればAランククランの方でも万が一があるって思ったらしくてな」
「まぁ、そうでしょうね」
つまり、Aランククランは巻き込まれないために依頼を断ったってわけか。
完全に理解した。
もちろんAランククランに所属している優秀な探索者であれば、二〇階層で騒ぐくらいならなんの問題もない。なんならキャンプ感覚で行けるだろう。
だが、今回ダンジョンに潜るのは彼らだけではない。
自分たちが優秀な探索者だという自負はあっても、護衛対象であるアイドルに傷一つ負わせることなく依頼を遂行できるか? と問われれば話は変わる。
で、万が一彼ら彼女らを負傷させてしまった場合、ギルドから課される違約金やら何やらはとんでもないことになるだろう。そういったリスクを考えれば、Aランクのクランが二の足を踏むのも当然だ。
民間の大手に断られてしまえば、残る手段はギルドが抱えている探索者を強制的に動員するか、それなりに実力のあるクランを使うしかないわな。
で、責任を取りたくない連中が、昇格申請をしている龍星会に白羽の矢を立てたのもわからないではない。
「そこまでは理解しました。しかしそれでも連中が龍星会に依頼する理由としては弱い気がするのですが」
だって、なぁ?
アイドルに万が一があった場合、責任を取るのは龍星会だけではないんだぞ?
『龍星会に護衛させよう』と提案した人間や、それを承諾した人間も一緒に責任を取らされるんだぞ?
万が一のことを考えれば、無理を押してでもお抱えの探索者、なんならギルドナイトを動かした方が確実じゃないか。
護衛されるアイドルにとっても、依頼を出すギルドにとっても、な。
それができない理由でもあるのか?
「……これは不確定な情報なんだが」
「ほほう?」
やはりナニカあるのか。
「最近、ギルドナイトの一人が姿を見せていないらしいんだわ。そのせいもあって、ギルドナイトを含めて戦力になる探索者は動かせねぇらしい」
「……ほほう」
ギルドナイトの一人が音信不通、ねぇ。
それってもしかして、上忍って人のことだったりしませんかねぇ?