軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12話 虎がなぜ怖いか知っているか?

「多分ですけど、今、奥に走っていった人が人事担当の方、ですよね?」

「は、はい。そうなんですけど……」

「俺はどうしたらいいんですかね?」

「ははは。……どうしましょう?」

なんか受付の人も困っているが、俺は悪くないぞ。

今俺たちが置かれている状況を簡単に説明しよう。

藤本興業のオフィスにお邪魔して、受け付けの人に「この春に探索者になった者なんですが、御社に入社したいと思って来ました。募集を見たら『いつでも歓迎』って書かれていたんで連絡をしないまま来たんですけど、試験って受けられますか?」と尋ねたら、受付の人から「人事担当の人がきますので少々お待ちください」と言われて五分ほど待ったところ小柄で眼鏡をかけた探索者が来て、こちらを一瞥したと同時に目を見開いて固まった……かと思ったらいきなり奥に駆け込んでいった。←いまここ。

……どういうことなの?

いや、正確にはわかっているけど。

一般的に探索者を抱える企業には、探索者専用の人事担当というのが存在する。

これは探索者でない人間では探索者の実力を量るための試験が行えないことと、短気な探索者が癇癪を起した際にそれを鎮めることができないためである。

それとは別の話として、探索者というのは荒事に従事することが多いため、どうしても彼我の戦力差に敏感になってしまう。

重ねて、所謂 破落戸(ゴロツキ) だのチンピラだのと言われる不良たちは、その差が生死に関わると理解しているためかそのアンテナが強い傾向がある。

ちなみに一般の学生――探索者でも不良ではない生徒――は”自分が安全なところにいる”と錯覚しているためか、その辺が緩いやつも少なくない。

報復を恐れる程度の小物でしかない俺からすればそういった連中は『想像力が足りない未熟者』なのだが、そういう輩に限って妙に偉そうにしたり、他人を下に見て虐めたりするのだから不思議なものである。

想像力の欠如と探索者としての資質についてはさておくとして。

……ここまで言えばもうお分かりいただけただろう。

件の男性は、一目見て俺との戦力差を把握し、本能的に逃げだしたのである。

そりゃ(レベル二〇台と思わしき探索者が、不意打ちで実力的にレベル五〇台に届きそうな探索者を目の当たりにしたら)そう(緊張で固まるか咄嗟に逃げるか)するよ。

それを考えると、一瞬固まったものの即座に俺の間合いの外に逃げ出すことに成功した眼鏡さんはなかなか優秀な 探索者(チンピラ) であるといえるかもしれない。

……人事担当としてはどうかと思うけどな。

「お、お待たせしました!」

結局、人事担当の男性が背の高い男性を連れて戻ってきたのは、受付さんと何とも言えない空気を共有すること一〇分ほど経過してからのことであった。

―――

「お待たせしました!」

開口一番謝罪から入った美浦を見て但馬は「入社希望の新人に対して腰が低すぎねぇか?」と思わないでもなかったが、件の『若いヤツ』を見て即座にその考えを改めた。否、改めざるを得なかった。

(こいつはッ!)

見た感じは”どこにでもいそうな学生”であった。

街ですれ違っても特に違和感を覚えなかったかもしれない。

だが、それはあくまで目の前にいる少年がそう見せているだけだ。

一人の探索者として向き合えば分かる。分かってしまう。

(桁が違う! もしこいつの用事がカチコミだったら、俺たちはもう死んでいるっ!)

実際に”やる”か”やらない”かが問題なのではない。

相手に”それができる”のが問題なのだ。

(危なかった。本当に危なかった)

最初は軽い気持ちだった。

あまりにも美浦が慌てるものだから、どんなヤツが来たのかと確認しようとしただけだった。

それはある意味で正解だった。

もし彼を門前払いしていたら自分たちはどうなっていたことか……。

想像しただけで但馬の背中に冷たい汗が流れる。

(なんとか最悪の事態は免れたか。いやまて!)

安堵したのもつかの間。

但馬は気付いてしまった。

件の人物が受付の前で立ったままだということに。

美浦の謝罪の内容が「お待たせしました」であったことに。

(おいおいまさか、この人を放置した……ってコトォ!?)

思わず叫びそうになる但馬。

わざわざ来てくれた入社希望者――それも隔絶した実力を備えた探索者――を受付に放置するなど、あってはならないことだ。

(せめて奥に通すなり、受付にお茶を出すよう指示を出すなりしろよ!)

人事担当としてはもちろんアウト。

先達の探索者として見てもアウト。

会社としてもアウト。

開幕からクライマックスどころか、いきなりスリーアウト。

一発と言わず何度か殴られても文句を言えないほどの大失態である。

救いがあるとすれば、件の少年に怒りの感情が見えないことだろうか。

(いや、そういうヤツが一番怖ぇんだ)

怒りに任せて暴れられたのであれば官憲に訴え出ることもできるが、内心で怒りを滾らせているだけならどうこうすることはできない。

まして怒らせたのはこちらである。

周囲に危機を訴えたところで「いや、謝罪しろよ」と言われて終わるだろう。

(なんとかこの場を凌いで……いや、それじゃ駄目だ!)

誤魔化しでこの場を凌げたところで、少年の怒りが鎮まっていなければ意味がない。

藤本興業は土建屋である。

当然いくつもの作業現場を抱えているし、その現場で自分たちが担当していることを隠していない。

そこに襲撃を仕掛けられたらどうなる? 大損害だ。

さらに探索者クラン龍星会に所属しているメンバーを闇討ちされたらどうなる? 大損害だ。

(ただでさえ先細りしている中、完全に止めを刺されっちまう!)

目の前の少年にはそれができるだけの力がある。

それがわかっているからこそ、但馬は恐怖を覚えていた。

美浦が謝罪している横で、顔面を蒼白にする但馬。

顔を合わせてからわずか数秒でそれなりに長い期間探索者として活躍してきた美浦と但馬に絶大な胃痛と心労を与えた少年は、まさか相手がそんな物騒なことを考えているとは露とも知らず。

「すいやせん! すいやせん! このケジメはどうか俺だけで勘弁してください!」

「いや、別にそこまで怒っていませんから」

「やっぱり怒ってるんですね! すいやせん!」

「いや、ですから……」

受付の人やお客さんらしき人たちが見ている中で大仰に謝罪を続ける眼鏡の男性をどうやって宥めようかと、ただひたすらに困惑していた。