作品タイトル不明
20話 戦う鍛冶師さん
篤史からの命令を受け、駆け出す切岸。
(よし、やるぞ!)
篤史は自分が上司としてきちんとやれているかどうかを本気で心配していたが、彼の部下として今回の探索に参加している若葉は、自分の扱いに対して特段不満を覚えていなかった。
今だって『三〇階層のボスを一人で討伐してこい』という、一般の探索者からすれば死刑宣告のような命令を受けたが、若葉は不安や憤りを抱くことなく「やっと出番がきた!」と奮起したくらいだ。
それはそうだろう。
篤史には、実家の工房を救ってもらった恩がある。
実家が傾いた理由の一つであった父親の負傷を治療するため、貴重なポーションまで融通してもらった恩がある。
今だって、ギルドやらなにやらの横やりを受けないよう、工房ごと傘下に引き入れてもらっているし、個人的に狙われても対処できる程度の強さを得られるよう、鍛えてもらっている――しかも極めて稀少な指輪を無料で貸与してもらっている――のだ。
仕事に対する対価がどうこう言うのであれば、現状は自分の方が一方的に貰いすぎているという自覚がある。
ここまでしてくれている篤史に対して、なんの感情も抱かないほど、切岸若葉という少女は人間性を無くしていない。
そもそも彼女は、父親や実家の工房に勤めている人たちを守るため、色々な覚悟をキめて篤史に接触したのである。
その覚悟の中には、当然自らの体を差し出すことも含まれていた――正確には、それ以外にポーションの対価となるモノを用意できなかった――のだ。
そんな、ある意味で人間としての尊厳を捨てる覚悟さえキめていた若葉に対し、篤史が求めたのは極めて真っ当な”契約”でしかなかった。
真っ当と言っても、それはあくまで『実績がある工房とAランククランを有する企業の間で結ぶなら』という枕詞を必要とする内容であり、間違っても工房主が負傷して、未来が見えない潰れかけの工房と交わすような契約ではなかった。
一応、土地や機材の所有権が担保として登録されることとなったが、それは現代社会で融資を受けるなら当たり前の条件であり、不平や不満が上がるようなモノではなかった。
唯一両親や従業員が難色を示したのが、”若葉の身柄を最低三年間拘束する”というモノだったが、それだって機密保持の観点から見れば妥当な内容だったし、なにより学校に通っている間だけのことと思えば、間違っても理不尽とは言えないだろう。
もちろん、最初に覚悟をキめていたように、篤史から性的に手を出されたとしても、抵抗する気はなかった。
契約を巡るあれこれで見た篤史の真摯な態度に少なからず好感を抱いたこともあるが、それ以上に”手を出して貰えた方が、継続的に実家に仕事を回してもらえるのでは?”という打算があったからだ。
当然、自分から誘惑をするような真似はしなかった。
なぜか?
いつも奥野が近くで目を光らせていたから……ではなく、ハニトラ扱いされて敵視されるのを恐れたことと、そもそも彼女にそこまでの積極性がなかったせいである。
決して奥野は関係ないが、結果だけ見ればその消極さのおかげで篤史から身内判定を受けるに至っているので、若葉の選択に間違いはなかったと言えるだろう。
纏めると、篤史のおかげで実家の工房は助かった。
若葉の身も綺麗なままだ。
仕事も定期的に入ってきているし、なんなら龍星会と鬼神会、ついでに河内連合が提携を結んだこともあって、これから爆発的に増えると見込まれている。
その上、今まで扱えなかった下層や深層の素材が入ってくることが確定しているので、技術屋としてのやりがいも十分以上にある。
工房主である父親にとっても、工房に勤める従業員にとっても、工房を護ろうとした若葉にとっても最良の状況といえるだろう。
それはいい。
文句など一切ない。
問題は『ここまでしてもらって、一切の対価を支払っていないこと』だ。
契約の段階から大きな借りを作り、現在進行形でその借りが膨らみ続ける中、切岸若葉は松尾篤史にナニも返せていないのである。
人によっては「得をしているんならそれで良い。わざわざ指摘して損をするのは馬鹿らしい」と割り切って現状を受け入れることができるのかもしれないが、この状態が真っ当な状態であるとは思っていない若葉にそのような選択はできなかった。
どのような業種であれ、仕事と報酬の天秤が釣り合ってこそ真っ当な契約であり、真っ当な関係だというのに、現状はまったく釣り合いが取れていないのだ。
このまま自分たちが得をするだけの状況を看過していては、近いうちに関係が破綻してしまう。
関係が破綻してしまえば、工房はどうなる? 家族は? 従業員は?
なまじ一度追い込まれた経験があるからこそ、若葉は”あのときと同じ状況になることを”恐れた。
その恐れから、若葉はこれまで何度か篤史に対し「自分たちにナニカできることはないか?」と確認を取ったことがある。
しかし、篤史からは「普通に装備品を造ってくれればそれでいい」としか返ってこなかった。
当然だ。
篤史からすれば彼女らは、ダンジョンを攻略するために選んだ”強い探索者”ではなく、”強い探索者”を強いままダンジョン探索に挑めるよう支援する補助要員なのだから。
それも、斥候役のようにダンジョン内で補助をするのではなく、ダンジョンで得た資材を使って装備品を造る重要な役割を担った補助要員だ。
稀少な素材を用いて造られた強力な装備品が、時に不利を覆す一手となることはもはや常識。
実際、黒鬼刀のような強力な武器があれば、使い手のレベルが低くとも中層に出てくる魔物くらいなら何とかできるので、異論を唱える探索者はいないだろう。
よって古くからダンジョン探索を生業とする探索者界隈ですら、装備品とはレベルやステータスに並ぶほど重要視されている。
しかしながら、下層に挑む探索者が望むレベルの”強力な装備品”を造れる【鍛冶師】は極めて少ない。
それは、単純に【鍛冶師】としてのレベルが足りないのもあるし、【鍛冶師】のスキルを得た探索者に本当の鍛冶仕事の経験や知識が不足しているせいでもある。
武術系スキルと一緒で、基礎ができている【鍛冶師】が造った装備品と、スキル頼りの【鍛冶師】が造った装備品では、同じモノを造っても、その性能に大きな差が出てしまうのである。
素材の質で誤魔化せるのは中層まで。
それ以降は、造り手にもステータスと技術が求められる。
技術だけでも駄目。
ステータスだけでも駄目。
両方揃ってようやく一人前。
これは戦闘職に限った話ではなく、探索者全体にとっての常識だ。
そして【鍛冶師】にはもう一つ常識とされている知識がある。
それは、ダンジョンから得られる各種素材には、界隈で『素材レベル』と言われてるマスクデータのようなモノが存在していることだ。
マスクデータとはいっても中身は非常に単純で、例えば『三〇階層で得られる素材が持つ能力を最大限引き出すためには、レベル三〇相当のステータスが必要になる』といったモノであり、これは【鍛冶師】であれば誰もが感覚的に理解しているので、向上心が強い【鍛冶師】ほどレベルを上げたがる傾向がある。
まぁ、自分の技術に自信がある【鍛冶師】ほど、目に見えて”足りていない”装備品に満足できるはずがない。
現状に満足できないならレベルを上げようとするだろう。
ただし、彼らを管理しているギルドは、職人たちや、高品質の装備品を得た高レベル探索者の反逆を恐れているためか、職人たちがレベルを上げることに非協力的だし、市場に流通させる装備品の質も一定以上のモノにならないよう制限しているのだが。
篤史などからすれば、一度真剣に「お前らは探索を進めてほしいのか、それとも邪魔をしたいのか、どっちなんだ?」と問い糺したくもなるが、聞いたところでまともな答えが返ってくることは絶対にない――そもそも役員どもの間でも意見が纏まっておらず、組織としての方針がブレブレなので、人によって毎回答えが変わる――ので、確認するだけ無駄であることは明記しておく。
「ギルドの連中が使えないのは今に始まったことではねぇだろ」という意見は聞かないものとして。
強力な装備を必要とする探索者ほどレベルが高くて経験も豊富な【鍛冶師】を抱えたがるのだが、ギルドが装備品市場を独占するため率先して経験豊富な職人を抱えている民間の工房を潰して回っている昨今、そんな都合の良い人材が簡単に見つかるはずもなく。
今はまだギルドの嫌がらせに負けずに生き残っている気合の入った民間の工房もあるにはある。
だが、いかに気合があっても戦闘の素人である職人のレベリングが上手くできている例はほとんどないので、将来的にはギルドの傘下に入るか、工房そのものを畳むことになるのは確定的に明らかであった。
事実、篤史の知る一五年後の業界においてAランククランの多くが抱え込んでいた【鍛冶師】は、そのほとんどがギルドの息がかかったスパイであり、彼らによってクランの内部情報がギルド側に流れたり、探索で得た素材の横流し――正確にはクランが得た質の良い素材と、ギルドで保管されている粗悪品を交換する――が常態化していたものだ。
それらの事情を知っているので、ギルドの息がかかっていない――それどころかギルドを敵視している――切岸一家は貴重な存在であり、貴重な補助要員に補助以外のことをさせるのは労力の無駄遣いでしかないとその身を以て学んでいる篤史が、わざわざ彼女らに無駄なことをさせるはずがないのである。
レアなアイテムを使って若葉のレベルを上げているのも、一番の目的は彼女にステータスを上げてもらい、より良い装備品を造ってもらいたいからであって、それ以上でもそれ以下でもないのだ。
事実を言ったところで、生暖かい目を向けられながら「わかってますよ」なんて言われるのが目に見えているのでわざわざ口に出すことはないが。
繰り返すが、篤史が若葉に求めているのは、鍛冶の経験を持つ彼女が【鍛冶師】としてレベルを上げ、レベルに見合った装備品を造ってくれることだけであって、それ以外はすべてオマケ程度でしかない。
よって、若葉が探索の道中に活躍することがなくとも文句は言わないし、戦闘時間が想定よりも長くなっても評価を落とすことはないのだが、それを知っているのは当人だけ。
篤史の本音を知らない若葉が、『この機会に少しでも価値を示さなきゃ!』と奮起するのは、ある意味で当たり前のことであった。
そんな奮起している彼女の戦闘方法は、単純明快。
「見つけた! 行っくぞぉっ!」
「FA?」
まっすぐ行って、殴る。
これだけだ。
正確には”これしかできない”のだが、それを責めるのは酷というもの。
若葉からすれば「ただの【鍛冶師】に華麗な戦闘を求められても困ります」としか言えないし、それを聞かされた周囲の面々とて「それはそう」と頷かざるを得ないほどに、当たり前のことなのだから。
ただし、その速度と威力は自称『ただの【鍛冶師】』に出せるモノではないわけで。
「隙ありッ!」
「!?!?!?!?」
野槌からしたら『少し離れたところに敵がいるのを確認したので、迎え撃とうとしたらいつの間にか懐に入られていた。頭がおかしくなりそうなくらいの超スピードだった』という状態であって、油断や慢心から隙を晒したわけではないのだが……まぁ野槌とて探索者に奇襲を仕掛けて一方的に仕留めることもあるのだから、今回に関しては圧倒的なステータス差が生み出す理不尽の一つとして受け入れるべきだろう。
「くらえっ!」
全身のバネを利用して振り切るように繰り出されたウォーハンマーが向かう先は、もちろん一般に弱点とされる頭部……ではなく、その大きさ故に回避ができない胴体部分。
ドゴンッ!
「BAAAAAAAAAAAAAA!!!」
「うわっ! きたなッ!」
涎のように消化液をまき散らしながらビタンビタンと跳ね回る姿は、まるでノーガードでボディーブローを喰らったボクサーのようで、誰がどう見ても尋常ではないくらいのダメージを与えたことはわかるのだが、それはつまり斃しきれていないということでもある。
「GAAAAAAAAA!!」
「あっ!」
あまりにも激しく動いていたことと、涎のように撒き散らかされる消化液に嫌悪感を抱いてしまい、止めを刺す前に思わず距離を取ってしまった若葉。
この辺の詰めの甘さが、生粋の戦闘職である奥野との決定的な違いともいえるが、この場にそれを指摘する者がいないのは、彼女にとって良いことなのか悪いことなのか。
仕留めるべきときに仕留められない探索者にはそれ相応の末路が待っているものだが、若葉にとっては幸いで、野槌にとっては不幸なことに、彼我の間に存在する力の差は瀕死の野槌が気合でどうこうできるような次元にはなかった。
一撃をくらってそのことを理解した野槌が選んだ行動は、最後の力を振り絞っての反撃ではなく、逃走であった。
「aaaaaaaaa……」
「嘘! 逃げた!?」
消化液が垂れる頭部を無理やり蕾のような形に変え、地面に潜る野槌。
これこそが、大地の化身とされる野槌が得意とする奇襲戦法の前準備であり、一部の探索者から『モンゴリアン・デスワーム』扱いされる理由なのだ。
ただし、若葉との実力差を悟った野槌には、もはや反撃や奇襲攻撃という選択肢はなく。
彼はただひたすらに距離を取るために地面に潜ったのである。
もしもここが、地面の下に潜った相手の軌跡が確認し辛い砂漠などであれば、あるいは彼も助かったかもしれない。
もしくは、彼の敵が逃げる相手を追わないような武士道精神を持った探索者だったら、助かったかもしれない。
「ボスなんだからさぁ、逃げないでよね」
「……!!!」
しかし悲しいかな、ここは野槌が通った跡がしっかりと確認できてしまう、地面が岩盤のように固いダンジョン内部であり、敵は彼を確実に仕留めるよう命令された無慈悲な探索者。
「さっさと諦めて出てこいっての」
「…………!」
見え見えの跡を追い、頭を出したら潰そうとする若葉と、足音からその存在を把握して必死に距離を取ろうとする野槌。
命懸け(尚、命がかかっているのは逃げている方のみとする)の追いかけっこは、焦れた若葉が「もういい。地面ごと潰す!」と呟いた二秒後に終わりを告げることとなる。
「ヨシッ! 終わった! 支部長さんを呼ぼう!」
戦闘開始から終了までに要した時間は三〇分弱。
当人以外のメンバーが、そのほとんどの時間を追いかけっこに費していたことを知るのは、これから数分後のことであった。