軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16話 今更?

「着いた、か」

階段を降りた先には、これまであった自然に造られた鍾乳洞を思わせるような空間はなく、どこか人工的に造られたような雰囲気を醸し出している不自然で不可思議な空間が広がっていた。

「ほ、本当に一日でここまで来られた……」

「おぉ~。ここが三〇階層! 凄いねぇ! 雰囲気あるねぇ!」

そう。

我々が足を踏み入れたこの階層こそ、Aランククランの皆さんが主戦場としている戦場にして、探索者たちの間で廃鉱山エリアなんて呼ばれている下層エリアの入口である三〇階層だ。

地道にコツコツとシータさんとお嬢さんのレベルを上げながらダンジョンを進むこと数時間。

我々は、ようやく元々スタートラインに設定していた三〇階層へと到達することができたのだ。

予定がずれたことに思うところがないわけではないが、それでもこの数時間、ほとんど休憩も取らずに戦い、歩き続けた二人には素直に賞賛の言葉を送りたい。

「いや、なんかやり切った感出してるところ悪いが、一日に五レベル上げるのを”地道”とは言わねぇよ」

「せやな。今のところお嬢が喜んどるからなんも言わんけど、こんなん普通に虐待やで」

「インドネシアから訴えられないとえぇね」

階段を降りてきた但馬さんたちが何やら呟いているようだが、何を言っているのやら。

この世の中は、結果が全て。

余裕がありそうなお嬢さんはもちろんのこと、疲労困憊なシータさんとて無傷でしっかりと強くなっているのだから、問題になんてなるはずがなかろうに。

見るからに疲弊しているシータさんに対し、お嬢さんはそれほど疲労していないように見える。

このことから、道中シータさんだけが重労働をこなしてきたように見えなくもないが、実のところ出会った魔物のほとんどを魔法で溺死させてきたお嬢さんの方が”魔物退治”という重労働をこなしているので、使った労力は同じくらいか、むしろお嬢さんの方が多いかもしれない。

それでもお嬢さんの方に余裕があるように見えるのは、彼女が持つ元々の気質に加え、単純にレベルアップによって大幅にVIT(体力)とMEN(精神力)が向上したおかげだろう。

ちなみに、探索者が把握できるステータスの中には、ゲームにありがちなHPやMP的なモノはない。

またステータスには、STR(攻撃力)とDEF(防御力)、もしくはMAG(魔法攻撃力)とREG(魔法防御力)のように明確に数値化されているモノもあるが、これは探索者の身に宿る魔力的なナニカの最大値を表したモノであり、攻撃した際にダメージが通るか否か、ダメージが通るならどれくらいの効果があるのかを知る指針のようなモノでしかない、らしい。

そういう意味では”頭”や”腕”といった感じで、各部位ごとにHPのようなモノが設定されている可能性も皆無とは言わないが、一五年後であってもそれを確認できた人間はいないので、個人的にはHPという概念は存在しない――もしくは存在していても数値化はされない――と思っている。

対してMPだが、こちらはスキルや魔法を使った際にナニカが抜けるような感覚に襲われることから、”明確に数値化はされていないものの、似たようなモノは存在している”とされている。

そのため、すべてを手探りでやっていた黎明期には、それぞれのスキルや魔法ごとにレベルや既定の数値を定め、その使用可能回数を数えることで魔力的なナニカの量を測定する方法が考えられたらしいが、同じスキルや魔法でも使用する状況や使用者のステータスとコンディション、または意欲などによって消費する魔力的なナニカが大きく増減することが判明したため、この案は『基準とするには曖昧過ぎる』とされてボツにされたそうな。

ただし『共通の数値化は無理でも、魔力的なナニカの量を把握する目安としては十分』という観点から、道場や教育現場では『【スラッシュ】や【マジックアロー】のような基本技を何回使えるか』を一つの基準にしているところが多い。

この魔力的なナニカの最大保有量はステータスに比例し、時間の経過で自然に回復する量は最大保有量に比例するので、ステータスが上がれば上がるほど最大保有量と自然回復量が増えていくことが分かっている。

ちなみに現時点の俺が内包している魔力的なナニカの量は、魔法の第一人者である【大魔導士】が【極大魔法】と銘打った極めて高い威力を持つ魔法を六回放てる程度で、これを【マジックアロー】に換算すると大体一二〇〇回分くらいになる。

対してお嬢さんは元々【マジックアロー】だと一〇〇回分くらいで、水属性を加えた【ウォーターアロー】なら六〇回分くらいはあったと思われる。

それらを踏まえて今回彼女が使用した回数は以下の通り。

二五階層で六回

二六階層で五回

二七階層で六回

二八階層で七回

二九階層で七回

合計三一回。

おわかりいただけただろうか。

なんと、お嬢さんが使用した魔力的なナニカは、元々の限界にすら届いていないのだ。

これにレベルアップによる最大保有量の増加と、自然に回復する分が加わるので、現時点でお嬢さんが有している魔力的なナニカは探索前よりも増えている可能性がある。

そりゃ元気だわな。

対してシータさんは、元々【魔法使い】であるお嬢さんと比べて魔力的なナニカの保有量が少ないことに加えて、常に一から二くらいの魔力的なナニカを放出しながら索敵や探知を行っているので、肉体的にも精神的にも疲労が溜まっている状態だ。

そりゃ疲れるわな。

あまりの疲労度合いを見かねたのか、筧さんが「緊張しすぎやね。適度に力を抜けばそんなに疲れへんよ」とアドバイスを送っていたが、これに関しては俺も同意見だ。

移動をしている最中はもちろんのこと、魔物の細かい位置や数などを探るのも身体を休めながら行うことができるので、【斥候】としてより効率的に探索するのであれば、その辺を学んで欲しいところである。

ただ、俺らの意見はあまり一般的ではないらしく、但馬さんから「いや、自分らよりもレベルが高い魔物が闊歩するような場所で、斥候役が手を抜いたら駄目だろ」なんてツッコミを貰ってしまったし、西川さんからも「その緊張はパーティー全員の命を握っとることからくるモンや。それを捨てるなんてとんでもないことやで」と窘められてしまったが。

うーむ。

俺や筧さんが推奨しているのは”適度に力を抜く”ことであって、間違っても”手抜き”を推奨しているわけではないのだが、微妙なニュアンスの違いを伝えるのは難しいものだ。

まぁ、俺たちなりに助言はしたので、あとは本人が感覚を掴むか、彼女が所属する【ベスティア】の人らが教えてくれればいいと思う。

簡単に死なないよう鍛えはするし、将来的にはダンジョンの最深部まで付き合ってもらう予定ではあるが、現時点の彼女はあくまで”協力者”であって、俺の部下でも弟子でもないのだからして。

シータさんの扱いに関しては、後ほど各方面と話し合ってから決めることとして。

まずは彼女たちに探索者としてやるべきことを教えよう。

「日本のダンジョンにおいて、探索者が三〇階層に到達したら真っ先にやるべきことがあります。それは何かわかりますか? はい、シータさん」

「え? えっと、キャンプ地を造る、ですか?」

ほう、休憩地点の構築か。

最善の結果を出すために、効率良く休む。

確かに大事なことだ。

だが違う。

「それも重要ではありますが、最優先事項ではありません」

真っ先に休憩を思い浮かぶのは、彼女が軍人として教育を受けてきたからだろう。

もしくは、インドネシアのダンジョンと日本のダンジョンが違う可能性もある。

……休憩が欲しいっていうサインではないと思いたい。

「では間違えたシータさんに代わって、お嬢さん。答えはわかりますか?」

「その前にさ、いい加減お嬢さんって呼ぶの止めない? なんか疎外感あるんだけど」

「あ~」

……そう来たか。

正直なところ「どうでもいい」としか言えないんだが。

それよりも、今はこっちが質問をしているんだから「まずは質問に答えろぉぉぉぉ!」と迫るべきではなかろうか?

いや、それをやったらお嬢さんにも西川さんにも嫌われるな。

別に、個人的には嫌われても構わないが、どうでも良いことで霧谷組や鬼神会と敵対するのはよろしくないわな。

仕方ない、少し真面目に答えるか。

「実際のところ、話しかけるたびに『霧谷のお嬢さん』と呼ぶのは手間だとは思っていますし、貴女に対しても失礼だとは思っているんですよ。でもね? 実際に貴女って、俺が所属している会社と提携を結んでいる会社を経営している社長さんのご令嬢さんじゃないですか。まともに話すのも今日が初めてですし。そういうのや、適度な距離を保つって意味でも『お嬢さん』呼びは妥当だと思うんです」

親しき仲にも礼儀あり。

仲の良い相手にも一定の礼儀を払う必要があるなら、それほど親しくない相手に対しては過剰なほど礼儀を払うのは、社会人として当たり前のこと。

そう、俺が配慮しているのは、目の前にいる『霧谷のお嬢さん』ではない。

彼女の父親、取引先の社長さんに配慮しているのだ。

まず、親からすれば、ダンジョンなんて閉鎖空間で男が近づくだけでも嫌だろう。

ましてそれが、それなりに人となりを知っている但馬さんや、立場上妙な真似ができない筧さんのような大人ではなく、どこの誰とも知らない同年代の男となれば尚更だ。

下手に機嫌を損ねて、藤本興業との間に溝ができては困る。

だからこそ、俺は彼女と適度な距離感を保つ必要があるのだ。

「言いたいことはわからないでもないけど、ここはダンジョンだよ? こっちが教わる立場なんだし、少しくらい砕けてもよくない?」

「ふむ」

なるほど、一理ある。

それなら今回の探索の最中に限って砕けた態度を取らせてもらいます……なんて言うと思ったか?

騙されんぞ。

俺は知っているのだ。

酒の席などで『無礼講』なんて言葉があるが、アレはあくまで『必要以上に遜る必要はない』と言っているのであって『最低限の礼儀まで無視して良い』とは言っていないということを。

実際に彼女も言っているではないか。

”少しくらい砕けてもいい”と。

この場合、まったく態度を変えないのは無礼となるが、砕けすぎても無礼となる。

赦されているのはあくまで”少しだけ”なのだから。

では、この場合の”少し”とはどこまでの範囲を指しているのか?

もちろん、彼女が求めている『呼び方の変更だけ』だ。

これ以上は、彼女が想定している”少し”から逸脱することになる。

ただし、呼び方とはそれそのものが少しでも距離感を間違えると無礼に直結する地雷のようなモノである。

よって俺は”ある程度砕けた上で失礼にならないような呼び方”を考えなくてはならない。

人間関係に乏しい俺にとって、極めて難しい問題であると言えよう。

まぁ今回に限っては、近くに見本があったので、なんとかなると思っているが。

「では『先輩』とお呼びするのはどうでしょう?」

「先輩?」

「えぇ。『霧谷さん』だと切岸さんと少し被って緊急時に混乱の元になりそうなので今回はなし。お名前で呼ぶのも当然なし。なら『先輩』が妥当かな、と。学年も俺の方が下ですから」

「先輩、先輩かぁ」

悪くない感じだ。

まぁシータさんは『あや先輩』って呼んでるし、前の探索のとき彼女らは同行してきた秋口さんのことを『秋先輩』って呼んでいたことからも、彼女たちの界隈では『先輩』呼びは失礼ではないことがわかっていたからな。

傍から聞いても、一定の距離感を保っている呼び方だから馴れ馴れしいとは思われないはず。

大丈夫だと確信はしているものの、一応「却下、他のにして」と言われたときのことを考えつつ、うんうんと呟きながら左右に揺れる彼女の様子をうかがうこと数秒。

「ん。とりあえずはそれでいいかな。私は『支部長さん』のままでいい? せらちゃんと若葉ちゃんがそう呼んでるみたいだから、私もそれでいいよね?」

勝った。

第三部、完!

「もちろんです。よろしくお願いします」

ここ数日で最大の危機を乗り越えた俺は、心の中で(俺の呼び方なんてどうでもいいです)と呟きながら『先輩』に頭を下げるのであった。

「で、質問の答えってなに?」

「……それが本題でしたね」

うん、最優先でやるべきことをすっかり忘れてたわ。

但馬さんたちがなにやら生暖かい視線を向けてきている気がするが、きっと気のせいだよな。