作品タイトル不明
14話 男は度胸と根性と甲斐性と愛嬌!
お嬢さんらが行うのが弱点を無くすためのレベリングなら、但馬さんらが行うのは戦闘要員を増やすためのレベリングだ。
ただし、彼らが想定している”敵”は襲撃を仕掛けてくるかどうか不明な【ギルドナイト】ではなく、あくまでダンジョンに出現する敵、すなわち魔物である。
具体的な目標としては”魔の階層”とされる三五階層を突破して、四〇階層に陣取っているであろう蛟と戦闘ができる程度のレベルになることを挙げている。
よって、目標の達成を最優先とするのであれば、一時的に二五階層から順に攻略しようとしている俺たちと別れて、彼らだけで三五階層に向かうのが最も効率的な案となる。
幸い、お嬢さんもシータさんも魔物との戦闘に腰が引けるようなタイプの人間ではないため、レベリングをしながら進むことは可能のようだし、何より引率者である俺が四〇階層までの道のりを知っている(正確には【ルーム】の中に当時の自分が書いたマップがある)ので、別れたとしてもそれほど時間をかけることなく合流することができるはず、だった。
過去形になっているのは「一度パーティを分けますか?」と提案しようとしたものの、諸般の事情を鑑みて、その提案を却下せざるを得なかったからだ。
その事情とは……ズバリ、 生活水準(QOL) の維持にある。
【アイテムボックス】を使える探索者が犯罪者予備軍として敬遠されている昨今、長期探索に必要な物資は、各々が持つ『アイテムバッグ』に頼らざるを得ない状況となっている。
通常のリュックやポーチとは違い、ある程度の加工を施されたソレは、最低限の水や着替え、寝袋や食料などを入れることはできる。
できるのだが、【アイテムボックス】のように簡易トイレや簡易シャワーを持ち込めるほどのモノではない。
そして今回のメンバーで【アイテムボックス】を持っているのは俺だけだ。
よって、彼らが俺と別れて先行した場合、休憩時などにいろいろと問題が起きる可能性がある。
具体的には、トイレとか、トイレとか、トイレである。
熟練の探索者である但馬さんも西川さんも筧さんも特に気にはしないだろうが、お年頃の少女であり、探索者としても日が浅い奥野と切岸さんが気にしたのである。
実際問題として、レベルが三四前後の但馬さんたちにとって三五階層は適正ぎりぎりのラインである。よって最大戦力の二人と一定以上距離を開けた場合、身の安全が保障されないのだ。
もちろん、安全を求める彼らに対して「絶対の安全が担保されたダンジョン探索などない」と言うのは簡単だ。
しかし、探索者の常識として”使えるモノはなんでも使うべき”というモノがあるし、なにより「エチケットを気にして負傷するのは馬鹿らしい限り」と言われてしまえば、俺とて「その通りですね」と返すしかない。
但馬さんたちとしても、もし自分の部下が奥野らと同じことを主張したら「ここをどこだと思っていやがる! 甘ったれたことを抜かすな!」と叱責し、場合によっては鉄拳を用いた教育を行っていただろう。
拳を用いた教育。
もしもそれが普通の学生や一般社員に対して行われたら、問題しかない事案であるが、力こそ正義な探索者界隈では『若者が暴走する前に教育を施すのは雇い主の義務』みたいなところがあるため、但馬さんが拳を振り上げたところで誰からも文句は出なかっただろう。
当の本人たち以外からは。
なんともアレなことに、レベルは但馬さんたちの方が上だが、その身に宿るステータスはレベル五の頃から指輪を装備してレベリングをしていた奥野や切岸さんの方が圧倒的に上だった。
その差は、レベルにして二〇を優に超える。
故に、注意に対して逆切れされた結果、咄嗟に出たビンタなどに当たってしまったらもう大変。
咄嗟に出たが故に一切の手加減をされていない攻撃なんてくらったら、彼らは原形を留めぬ肉片になってしまうだろう。
冗談抜きで、お互いの間にはそれくらいの差があるのだ。
もちろん、奥野も切岸さんも、ダンジョンでエチケット云々を主張するのは間違っていることくらいは理解している。
他に方法がないなら、羞恥心を飲み込むことも厭わない程度には覚悟をしている。
なので、やや強めに指摘されたところで逆切れまではしない、と思う。
しかし、彼女らが羞恥心を捨てる覚悟を決めるのは、あくまで”他に方法がない場合”であって、今回のように”なんとかなる場合”はその限りではない。
彼女らは知っているのだ。
自分たちの同級生にして上司である松尾篤史少年がそういう系統の準備を怠らないことを。
具体的には、簡易トイレや簡易シャワーどころか、男女が別で休めるよう複数のプレハブ小屋を用意していることまで知っているのだ。
近くにトイレがあるのなら、トイレで用を足したい。
彼女たちがそう思うことが悪いことだろうか?
否、それは衛生面はもちろんのこと、防犯の面からも推奨されるべき考え方である。
また、今の自分たちが置かれている状況、即ちギルド側の戦力から襲撃される可能性が高いことも忘れてはならない。
確かに、【上忍】の仕掛けによって様々な情報が漏洩してしまったことで、ギルドや【ギルドナイト】は肩身の狭い思いをしているだろう。
地方で活動している優秀なクランやパーティーが、最寄りのギルド支部に対して白い眼を向けているのも事実だ。
しかし、逆に”このような機会だからこそ”彼らに接触する探索者もいないわけではない。
どれだけ悪評を垂れ流されようとも、国の出先機関であるギルドが滅ぶことはない、だから今のうちにギルドに接触し、恩を売ろうと考える探索者も少なくないのである。
尤も、ギルドの連中がそうやって接触してきた連中に対し、恩を感じることはない。
むしろ連中は「自分たちの弱みに付け込んできやがった」と恨みを抱くだろう。
そんな内心を上手く隠して、接近してきた連中を上手に活用するのがギルドの十八番と言える。
連中ならば、接近してきた探索者に対し昇格や税の優遇などの特典をぶら下げ、龍星会や鬼神会に嗾けようとする可能性は低くない、否、極めて高いとすら言える。
で、ギルドが抱える最高戦力である【ギルドナイト】はもちろんのこと、それ以外の探索者とて但馬さんらにとっては侮れる相手ではない。
まして【ギルドナイト】は一人か二人で襲撃してくるかもしれないが、それ以外の探索者たちは確実に複数人で編成されたパーティーを組んで襲撃してくるのだ。
今の但馬さんたちのステータスは、同レベル帯の探索者と比べてやや高いものの、無傷で勝利できるほどの差はない。
なので、もしも探索者パーティーから襲撃を受けた場合、但馬さんたちはほぼ確実に殺されてしまうだろうことは想像に難くない。
このような感じで、今の己の実力を正しく理解しているからこそ、但馬さんたちには軽々に奥野や切岸さんと離れるという選択肢はないのである。
で、なんとしてでも常に一定以上の距離に収まっておきたい但馬さんと、状況によっては一定以上の距離を取って欲しい奥野と切岸さんの間で意見の衝突が発生し、奥野や切岸さんが折れなかったため、但馬さんらが折れる形となってしまった。
そんなこんなで、但馬さんらは”先行して三五階層に向かう”という最も効率的な行動を取れないまま、内心の焦りを抑えつつ、俺たち三人と一定の距離を取って追随してくることとなっている。
傍から見ればなんとも間抜けな光景に映るかもしれないが、実のところお互いの生存を第一と考えるのであれば、現状はそれほど悪くはない。
そもそも、俺とて、もしも奥野や切岸さんがただの我儘で三五階層に先行することを拒否したのであれば、遠慮なくしかりつけていただろう。
実際、最初はその心算で呼びつけた。
しかし、彼女らには彼女らの考えがあった。
なんと奥野は、俺に叱られる前にこう言ったのだ。
曰く「普通のクランやパーティーからの襲撃なら問題なく処理できると思いますけど、【ギルドナイト】から襲撃を受けた場合、私たちだけでは彼らを護りきれる自信がありません」と。
こんなことを言われてしまえば、俺としては納得するしかない。
もちろん、両者ともにステータス上では【ギルドナイト】の面々に勝っている。
【鍛冶師】から【上級鍛冶師】になったばかりの切岸さんはまだ危ないところがあるものの、生粋の戦闘職である奥野は、複数の【ギルドナイト】に襲われても返り討ちにできる程度の実力や技術は有している。
なんなら、やりようによっては【剣聖】すら無傷で下せるだろう。
奥野にはそれだけの強さがあるのだ。
なので、本来奥野が【ギルドナイト】を恐れる理由はない。
だが、それらはあくまで連中が正面から奥野に挑んでくれた場合の話である。
そもそも彼らにとって奥野は”Aランククランの探索に同行を赦されている期待の新人”程度の存在であり、邪魔ならば片付けることに否はないが、率先して狙うような存在ではない。
つまり、【ギルドナイト】にせよ、ギルドに従うクランやパーティーにせよ、襲撃目標として真っ先に狙うのは、但馬さんや西川さんや筧さんであって、今のところオマケとしてしか認識されていない奥野や切岸さんではないのだ。
それなりの実力をもつ襲撃者から自分の身を護るのと、他人を護るのは難易度が全然違うことなど、わざわざ語るまでもないだろう。
なればこそ、俺も「自分はともかく、他人を護りきれる自信がない」という彼女らの自己申告を切り捨てることができなかったのである。
最終的に俺は『些か間抜けな行軍となってしまっているが、ここは”犠牲が出ないのが一番”と割り切るべきなのかもしれない』と判断して但馬さんらに説明を行うことにした。
面子を潰すことになるが、それも仕方がない。
力がないということは、選べないということなのだから。
そうこうして、少女たちが訴えた我儘の大本が自分たちの力不足に起因していることを知った彼らは、奥野や切岸さんへの認識を”我儘な小娘”から”探索者としての先達”と改め、彼女たちに追いつくために極めて真剣にレベル上げに励むことになったそうな。
年下の少女に護られてはいられない。
男とはそういう生き物なのだ。