作品タイトル不明
13話 授業参観は恥ずかしい
「もう少し前方、あの曲がったところに敵がいます。大きさはそこそこで二足歩行をしている感じなので、多分、オニだと思います。数は一」
「オニが一体か。それなら魔法の方が効くかな? それなら最初はシータちゃんに牽制してもらって、敵の注意が逸れたら私の魔法をぶつける感じで。もし魔力に反応して私に注意が向いたら、シータちゃんが処理してくれる?」
「おぉ、日本に伝わる”隙を生じぬ二段構えの戦法”ですね! わかりました」
「ん? よくわかんないけど、まぁ、そうかも。……とりあえず、よろしく!」
「ハイ!」
この、なんともふわっとした会話が、まさか自分たちよりもレベルが高い魔物を敵を前にした女子高校生たちが交わしているモノだと理解できる人間がどれだけいることやら。
余裕があるのは良いことだが、危機感が無いのは頂けない。
「あちらを立てればこちらが立たず、か。中々上手くいかないもんだ」
元々ここでの戦闘で格上との戦闘や余裕のない状態での戦闘を経験してもらう予定だったんだがなぁ。
やはり、懇切丁寧に説明をしてしまったのが悪かったか。
西川さんらを納得させるために必要だったとはいえ、そのせいで彼女らにも余裕ができてしまったのは痛恨の極み。
「ヤァァァァッ!!」
俺が彼女らへ施す心算だった諸々の予定が最初から躓きつつあることに後悔の念を募らせている中、あえて裂帛の気合いが篭った掛け声を上げながら敵の前に躍り出るシータさん。
あれだけ目立つ行動をされてしまえば、理性無き魔物とて彼女に注意を向けずにはいられない。
「オォォォォォォォ!」
突如として目の前に現れた小柄な者を自らを害す存在と認識し、即座に潰さんとして金棒を持った両腕を上にかざすオニ。
その様子は、まるで二メートルを超える筋骨隆々のマッチョマンが少女に向けて金棒を振り下ろそうとしているようにしか見えないし、実際にその通りなのだが……現在命を失うほどの危機が迫っているのは、小柄な少女ではなく、金棒を構えたマッチョマンの方である。
「今! うぉーたーあろーっ!」
「オ、オォォォ!?」
少女こと霧谷あやが放った魔法は狙いを過たず、両手を持ち上げていたが故に無防備となっていたオニの顔面に命中した。
「……?」
確かに命中したのだが、鬼は斃れない。
それどころか、思った以上に衝撃がなかったことに首を傾げる始末。
「あ~、やっぱり仕留められないか」
そんな鬼の様子を見て、半ば諦めるような声色で呟いたのは、魔法を放った霧谷あやその人であった。
もしも放った魔法が火属性のファイヤーアローだったら、今頃オニの顔面は焼けただれていただろう。
風属性のウインドアローなら、真空波で顔を刻んでいただろうし、土属性のアースアローならそのまま顔を吹っ飛ばせていたかもしれない。
霧谷の魔法攻撃力があれば、そのくらいのことはできたはずだ。
しかし、霧谷が放ったのは水属性のウォーターアロー。
矢を形どった水を、高速で相手にぶつけるだけの魔法だった。
もう少し細かく言えば、ウォーターアローとは、基礎魔法であるマジックアローに水属性を上乗せして放つ魔法であり、水属性に適性がある魔法使いが最初に覚える属性攻撃魔法である。
属性攻撃魔法と言われれば、なにやら高度な魔法と勘違いされがちだが、実のところこの魔法は、あまり使い勝手がよくないことで知られている。
なにせ、わざわざ付与した水が衝撃を吸収してしまうため、純粋な攻撃力だけなら無属性のマジックアローの方が高いのだ。
もちろん水属性が弱点である鬼火のような火属性の魔物には大ダメージを与えられるが、それ以外の魔物には効果がイマイチなので、好んで使う探索者はあまりいない。
ちなみに、水属性の攻撃魔法はウォーターアローに限らず全体的にこのような感じなので、水属性は純粋な火力を欲している【魔法使い】からは、あまり好まれていない属性とされている。
では、なぜ霧谷はあまり好まれていないはずの、攻撃力に乏しい水属性魔法を放ったのか。
手を抜いた?
違う。
後輩であるシータに花を持たせようとした?
違う。
単純に、彼女が得意とする魔法の属性が水属性だったからウォーターアローを放った。
ただそれだけの、極めて単純な話であった。
「こればっかりはねぇ」
己が放った殺傷能力に乏しい魔法を見て、なんとも微妙な表情を浮かべる霧谷。
水属性は彼女が望んで得たわけではなく、探索者となった瞬間に与えられたモノだ。
一般的に属性は性格や性根に影響されるとされているため、基本的におおらかな性格をしている彼女が殺傷能力の低い水属性を得たことに違和感や不満を覚える者はいなかった。
西川などは「その優しさこそがお嬢の長所や!」などと囃し立てたくらいだし、彼女の父親もまた、満足げに頷くことはあっても、不満そうな様子を見せたことは一度もなかった。
霧谷あや本人としても、周囲が喜んでくれたことは純粋に嬉しかった。
もちろん、水属性が攻撃力に乏しいことは知っていたが、元々探索者として大成する気がなかったこともあって、特に気にすることもなかった。
そんな特段己の属性に不満も不安も抱いていなかった彼女とて、自分の命が狙われる可能性が高いことを自覚してしまえば『別に火力が足りなくてもいい』なんて気の抜けたことは言っていられなかった。
己を護れる力が必要だと思った。
襲ってくる敵を斃すための力が必要だと思った。
だから、まずはレベルを上げて基礎能力を向上させようと思った。
戦える方法を学ぼうと思った。
決意を固めた彼女にとって幸運だったのは、とある経験から魔法の使い方に一家言ある松尾少年と知己を得て、色々と教わる機会を得たことだろう。
彼は言った。
「水系の魔法は攻撃力に劣る。それは事実です。でも決して殺傷力が無いわけではありません」と。
「……ッ!」
直接的な威力がなかったから気を抜いていたのだろう。
魔法でできた水など、すぐに消えると思っていたのだろう。
確かに、普通のウォーターアローならそうだ。
着弾して少ししたら跡形もなく消滅する。
魔法とはそういうモノだ。
だが、それはあくまで何の工夫もしない場合に限った話。
人類が【魔法】を使えるようになって約五〇年が経過した。
この間、人類は【魔法】というスキルを研究し続けた。
その研究成果の一つに『【魔法】で生み出されたモノは、術者が込めた魔力が消えない限りその場に残り続ける』というモノがあった。
それ自体は感覚で知っていた【魔法使い】にとって当たり前のこと過ぎていたため、発表をした当初は「いまさら何を言っているんだ?」と嘲笑の的になったらしいが、この発見が齎す意味は決して小さなモノではない。
魔力を込め続ければ火は燃え続けるし、風は止まない。
土で造った壁は崩れず、水はその場に残り続けるのだ。
それを踏まえたうえで、だ。
頭部を囲う水が、いつまでも消えなければどうなる?
「ゴボッ! ゴボッ!」
当然、溺れる。
そう、彼は魔法の使い方を教えてくれた。
顔面に水を纏わせて、呼吸を止める。
それだけで、呼吸を必要とする存在の大半を仕留めることができるのだ、と教えてくれた。
「~~~ッ!!」
声にならない声を上げて暴れまわるオニ。
それは覚悟を決めて放たれた無呼吸の攻撃などではなく、ただ溺れて、藻掻いているだけ。
「最初から覚悟を決めて息を止めていれば、反撃できたかもね」
溺れるオニを見て嗤う霧谷。
苦しそうだと思う、哀れだと思う、いっそ止めを刺した方がいいかな? とも思う。
しかし、後悔はない。
魔法を解除してあげる心算なんて一切ない。
どれだけ哀れに見えても、魔物が人類の敵であることに違いはない。
その程度の割り切りができていない人間が、探索者などやれるはずがないのだから。
「……ァ……ァ……!」
最期にため込まれていた息をゴボッと吐いて斃れるオニ。
その様子を見ていた霧谷は、もちろん魔法を解除……しない。
「死んだふり、とは少し違うけど、似たようなモノだよね?」
ごく一部の例外を除き、魔物は死体を遺さない。
彼らが遺すのは、魔石とドロップアイテムだけ。
逆に言えば、斃れているだけのオニはまだ死んでいないということだ。
「正解です。もしも気を抜いて魔法を解除していたら、正座をさせた上でお説教していましたよ」
「アハハ……それは勘弁かな。魔法使って疲れてるし」
頭部に水を纏わりつかせて斃れ臥し、今もビクンビクンと痙攣するオニを前に嗤う二人を見て、「探索者としては正しいが、人間としてはどうなんだ?」などと無粋な突っ込みを入れる者はいない。
せいぜいが、両手に握った短剣を振りながら「トドメを刺してあげた方がいい?」と首を傾げる少女がいるくらいだ。
結局、それから数秒後にオニはその姿を消した。
死因はもちろん、溺死。
止めを刺されることなく命を散らした彼を悼む者はいない。
なんなら少し離れたところに。
「お嬢~! かっこよかったでぇ!」
と喝采を上げるオッサンが居たくらいだ。
「先に行ってればいいのに……」
「でも、センパイのことを思ってのことですよね?」
「そうですね。それに、事情が事情ですから……」
「わかってるけどさぁ、あるじゃん! 気分とか、雰囲気とか、その他にも色々とさぁ!」
「……えっと」
「……ご愁傷さまです」
「フォローになってなーい!」
気恥ずかしさからか、微妙に鋭さを交えた視線を飛ばす霧谷と、それを諫めるシータと篤史。
彼女らの探索はまだ始まったばかりである。