軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12話 教えはどうした

襲撃者側の意見として、敵の弱点を狙うのが当たり前なら、襲撃される側として、弱点をなくそうとするのも当たり前のことである。

今回のケースに当てはめるなら、彼らが狙い、我々がなくそうとしている”弱点”とはお嬢さんとシータさんの二人を指す。

それはそうだろう。

少し生い立ちを調べれば、西川さんらへの人質として利用できることが明白な霧谷のお嬢さんはもちろんのこと、インドネシアからの留学生であるシータさんとて、その実態がインドネシアが派遣してきた諜報員であることくらいは――民間の留学生ならまだしも、国家公認の諜報員であることが世界的な常識となっている大使の関係者としてもぐりこんでいるシータさんが諜報員でないはずがない――理解しているはずだ。

その諜報員が、最近ギルドに対して敵対関係を取っている連中と接触しているのだ。

その邪魔をしようとするのは、彼らの立場からすれば当然のことだろう。

とはいえ、シータさんが対外的に普通の留学生であることもまた事実。

よって彼女が通常の生活の中で不審さが残る事故や事件に巻き込まれて重傷を負うなり死亡するなりした場合、インドネシア大使館がその背景を調査するよう要請を出すのは確実であり、その結果如何では外交問題に発展する可能性もある。

よって万事において責任問題に発展することを恐れる連中が、学生として生活しているシータさんに手を出してくる可能性は極めて低いと言えるだろう。

しかし、インドネシアにとって『不測の事態』が発生するのが、国家の威信が届かぬ治外法権の地であるダンジョンであれば話は別。

『何があっても自己責任』が基本となるダンジョンの中で、 不(・) 慮(・) の(・) 事(・) 故(・) が発生するのは日常茶飯事である。

たまたま同時期に【ギルドナイト】がダンジョンに挑んでいたとしても、それは証拠に成り得ない。

よほど明確な証拠――それこそ【上忍】の配下が流出させたアレコレのようなモノ――が残らない限り、ギルド側は「自分からダンジョンに入ったシータさんの死にギルドは関係ない」と言い切れるし、なんなら”彼女の死の責任”を同行していた俺たちに押し付けることが可能となるのだ。

これの何が厄介かと言えば、見方によれば『俺たちが護り切れないような場所に彼女を連れ込んだ』という形になるため、ギルドの言い分も一概に濡れ衣と言い切れなくなる点だろうか。

また、探索中にシータさんが死ぬような状況とは、逆説的に但馬さんらもそれなり以上の損害を受けている状況に他ならない――そうでなければVIPである彼女が死ぬことはない――ので、ギルドからすれば”自分たちに敵対的なクランにダメージを与えたうえに国外の諜報員を一人減らせた”ということになる。

龍星会とインドネシアの間に亀裂が入ればヨシ。

そうでなくとも戦力を削れたのでヨシ。

この時点で 不(・) 慮(・) の(・) 事(・) 故(・) が起きてもギルドには得しかない。

なんなら事故が起きた方が得と言えるだろう。

また、飛び入り参加のお嬢さんに関しても似たようなことが言える。

と言っても、ある意味で死ぬことも任務の一つと捉えられている諜報員のシータさんと、心身共に健やかであることを望まれているお嬢さんではいろいろと違いはある。

なんなら、当人が死んだ場合に発生する事案を見比べた場合、より被害が大きいのはお嬢さんの方だったりする。

なぜか?

但馬さんと西川さんが同行してる今探索においてお嬢さんが死んでしまった場合、お嬢さんを失った鬼神会が暴走することが確定してしまうからだ。

暴走した彼らが力を向ける先は、当然お嬢さんを護れなかった者たち。

即ち龍星会と河内連合――さすがに後輩であるシータさんに恨みは向かない――だ。

状況的に、お嬢さんが死んでいるようなら、西川さんも無事ではない。

むしろお嬢さんよりも先に死んでいる可能性が高い。

そして、お嬢さんと西川さんを失うような状況であれば、但馬さんや筧さんとて無事ではないだろう。

よって、鬼神会を止める者はおらず、どちらかが全滅するまで戦いは続くこととなる。

それは、ギルドからすれば、敵対している連中同士が勝手に争うだけの話。

彼らはその潰しあいを眺めているだけでいい。

どちらが勝っても今後両者が手を結ぶことはなくなるし、なにより理由はなんであれ同盟を組んだ相手と潰しあうような組織に信用を置くような連中はいないのだから。

元々関東での勢力拡張を狙っていた河内連合はもちろんのこと、ギルド以外の伝手を模索しているインドネシアとて、そんな連中と組もうとは思わないはず。

結果として、ギルドに対抗しようとする勢力が勝手に散り散りになるという寸法だ。

もちろん、龍星会と鬼神会が敵対するのは”両者が一緒にダンジョンを探索している最中にお嬢さんが死んだ場合”に限って生じる事案であるため、学生として生活しているときのお嬢さんが連中に狙われる可能性は極めて低い(皆無ではないところが実にギルド)と思われる。

逆に言えば、お嬢さんが飛び入りで参加した今回の探索こそ、ギルドにとって絶好の機会と言えるわけだ。

さて、ここで問題です。

一手で、それも打てばほぼ勝ちが確定している手を打つことで、敵対する連中の主戦力と企て、さらには組織間の繋がりを潰せる計画があるとしたら、どうするでしょうか?

実行するに決まっているよなぁ?

「現状はこんな感じです。もちろん、向こうの狙いがわかっている以上こちらも抵抗します。抵抗しますが、今のお二人では戦闘の巻き添えで死にかねません。というか、確実に死にます。なので、襲撃を受ける前に最低でもレベルを三〇くらいまで上げたいと思っています。……こんな感じですけど、大丈夫ですか?」

「な、なるほどぉ?」

「なんか、わたしって思ってたより危なかったんだねぇ」

「そうなんです、お二人とも危ないんです。もちろん襲撃云々は自分が勝手に想像していることなので、今回はなにもない可能性もあります。その場合では、まぁレベルは上がっていますから、単純に儲けものだとでも思ってください」

「いや、最低でもレベルを三〇まで上げてもらえるなら、襲撃がなくても文句なんてないですよ」

「しかもこの指輪を付けた状態で、でしょ? そりゃ儲けものだよねぇ」

「そう思ってもらえると助かります」

彼女たちなりに状況を理解してもらえたようで何よりである。

懇切丁寧に説明した甲斐があるというものだ。

レベリングはもちろんのこと、それ以外のことでも、当人にやる気があるのとないのではまったく効率が違うからな。

俺にしても、ナニカをやろうとする度にこと細やかに説明しなくてはならないの億劫だし。

言い争いの前に『襲撃に備えるために多少の無理は飲み込んでくれ』という一言で納得させることができるなら、それが一番良いのである。

「もし襲ってこなかったら儲けものだと思ってくれ」なんて心にもないことを言って彼女らをリラックスさせることができたわけだが、俺は”襲撃してくるのであれば、それは確実に今回だ”と半ば確信している。

なぜなら、俺たちとギルドの間にある共通認識として、一つだけ明確に言えることがあるからだ。

それは、時間は俺たちの味方であること。

こちらとしては、襲撃までの時間が長ければ長いほどレベリングは捗るし、迎撃の準備も整えることができるので、連中からの干渉は遅ければ遅いほど良いのである。

当然、向こうもそれくらいは理解している。

なによりお嬢さんの飛び入りという偶発的に発生したチャンスを逃せば、今後龍星会と鬼神会の仲違いを誘発させる手段が一つなくなってしまうわけで。

目に見えるチャンスに手を伸ばさず、大人しく時期を待つことができるほど、連中は成熟していないのだ。

連中の堪え性のなさと利益への執着、それに自分たちに対抗しようとする者たちへの怒りと保身、そして情報不足と『今なら【ギルドナイト】数人を送り込むだけで処理できる』という油断と慢心。

それらを加味すれば、連中が選ぶ手段は一つしかない。

ギルド本部に召集している【ギルドナイト】全員を投入する?

否。

戦力的には四〇階層も攻略できていない探索者の集まりでしかない俺たちに、【ギルドナイト】を全員差し向けられるほどの重要度はない。

そもそも、連中が本気で警戒しているのは、【上忍】という元最高戦力であって、俺たちではないのだ。

【上忍】は警戒しなくてはならない。

しかし、目の前には自分たちに逆らう連中を潰す絶好の機会がある。

警戒と収穫。

どちらも手放せない連中は『自分たちの護りを固めつつ、余った【ギルドナイト】を一人か二人投入する』という、極めて中途半端な一手を最良の手だと思って打ってくるはずだ。

それが、戦力の逐次投入という戦術的に見て最悪手であることを自覚しないままに、な。

いやはや、偶然とはいえ最初に【上忍】を片付けることができて本当に良かった。

こちらの負け筋は、シータさんとお嬢さんが奇襲や戦闘の巻き添えで死ぬことで、奇襲攻撃を得意とする彼女が生きていたら、一手目でお嬢さんかシータさんが消されていた可能性があったからな。

残った連中の中で、奇襲をしかけてきそうなのは【弓聖】のみ。

しかし、彼女の遠距離攻撃手段は”矢”に限られているため、傍にいれば防ぐことは難しくない。

巻き添えに関しては、レベルを上げることである程度対処できる。

そして肝心要の当人たちも、多少の無理をしてもレベルを上げることに理解を示しているときた。

戦いの前に負け筋を潰す。

負け筋がなくなれば、残るのは勝利のみ。

「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし。……アンタに教わったことだ」

元は江戸時代だかに書かれた剣術書に載っていた文言で、繰り返し【剣聖】が唱えていた教えでもある。

正直な話、あのオヤジから叩き込まれた教えを素直に遂行することに抵抗がないわけではないが、言っていることは正しいと思うし、何より教えに貴賤があるわけでもなし。

ついでに、今世では使えるモノは何でも使うと決めているので、どれだけ嫌いな教えでも使える教えならしっかりと活用させてもらう所存である。