作品タイトル不明
11話 漢たるもの、最悪の事態を想定し、その斜め上を往くべし
少しして、「どうやって西川さん納得させたものか……」と悩んだところ、そもそも別に彼を納得させる必要がないことに気付き「不満があるなら別にいいですよ」と切って捨てようとしたところ、お嬢さん本人が「別に二人っきりってわけじゃないから大丈夫だって」と西川さんを宥めたため、パーティーの組み分けは俺が提案した通りになった。
尚も悩む西川さんに、奥野がなにやらすごい顔を向けていたが、俺が見ていないところで刃傷沙汰を起こさないことを切に祈る次第である。
微妙に冗談では済まない気配を漂わせる奥野を先頭にして、ダンジョンに潜ること数時間。
道中に出てきた魔物を鎧袖一触で蹴散らして、やってきたのは前回の探索でお嬢さんらが挑んだ二〇階層を大きく超える二五階層だ。
「エェェェェ……」
二〇階層を越えたあたりから口数が少なくなっていたシータさんが、なにやら驚きの声を上げているようだが、この程度の踏破速度で驚かれては困るというもの。
そもそも当初の予定では、三〇階層まで有無を言わさずダッシュで進み、そこからレベルが低いシータさんや切岸さんのレベルを上げつつ、今日の夜にはギルドが流した噂によって敬遠されていた三五階層へと向かうつもりだったのだ。
しかし、シータさんと同レベルでありながらもまともな戦闘訓練を受けていないお嬢さんが隊列に加わったため、予定を多少変更してここから始めることにした――探索者レベルと適正階層はイコールなので、本来シータさんとお嬢さんが余裕をもって挑めるダンジョンの階層は二〇階層なのだが、今の二人は装備品の関係でステータスが上昇しているため三〇階層まではいける計算。しかし、シータさんは良いとしてもお嬢さんをぎりぎりの状態に追い込むと西川さんがどう動くかわからなかったので、余裕をもって二五階層にした――のである。
なので、この場にいること自体が時間の無駄というか、予定外のことであり、経験上ダンジョン探索において予定外のことを予定外のままにしておくと碌なことがないと知っている――なんなら最悪のケースが訪れる可能性を考慮に入れている――俺がこの場で取るべき行動は一つ。
「このままレベルを上げつつ一階層ずつ攻略していけば、明日のお昼頃には三五階層まで行けそうだな」
多少の遅れは飲み込みつつも、できるだけ当初の予定通りになるよう動かす。
これだけだ。
「「そうですね!」」
「「「「「……」」」」」
俺の決意表明兼、今後の予定を聞いて元気に返事を返してくれたのは奥野と切岸さんだけで、他の面々は疲れ切っている様子を隠さぬまま、無言で俺に視線を向けてくる。
いや、シータさんとお嬢さんが疲弊しているのはわかるが、但馬さんと西川さんと筧さんがへばっているのはなんでだろう?
レベルは十分に足りているはずなのだが。
「いや、そんな不思議そうな顔をされてもな」
「探索者かてダンジョンの中でマラソンしたら疲れる。そんなん当たり前のことやがな」
「せやね。魔物を気にしないのはまぁえぇとしても、罠とかには気を遣わなあかんし」
確かに、レベルが上がっても、疲れるものは疲れる。
ステータスが高ければそれほどでもないが、レベル五とかの時点で例の指輪を装備していた奥野や切岸さんと違って、レベル三〇近くまで普通の探索をしていた彼らが俺の基準で動いたら疲れるのは当たり前のことだったか。
「なるほどなぁ」
状況は理解した。
これに関しては俺に落ち度があるようだ。
確かに、ダンジョンに潜るに際して、徒にパーティーメンバーを疲弊させる行動は、命を無駄にする暴挙に他ならない。
もしも意図的にそれをやるようなリーダーがいたら、そいつはメンバー全員から恨まれ、排斥されても文句は言えないだろう。
界隈において『排斥されても当然』と言われる程度には、”余裕がない”というのは危険な状況なのである。
よって、彼らの視線に自分たちをこんな状況にした俺に対する不信感が募るのもしょうがないこと……なんて甘えたことを言わせる心算はない。
「皆さんの言いたいことは理解しました。それはそれとして、ここからが本番です。さぁ、シータさんにお嬢さん、魔物と戦いますよ。準備をしてください」
「「えぇ!?」」
「な、なんやと!?」
驚く二人プラス西川さん。
なんだ、ここで休憩をとると思ったか?
甘い。甘すぎる。
「全員がへばっているならまだしも、俺と奥野と切岸さんは問題なく動けますからね。西川さんらを護りながら彼女たちのレベリングをする余裕くらいありますとも」
「いや、それはそうかも知らんけど! 今のお嬢らはまともに動ける状態ちゃうやろ! 少しくらい休ませな……」
「少し? それは何分? それとも何時間を予定していますか?」
「そ、そない細かい時間はわからんけど、呼吸を整えさせる時間くらいはあってもええんちゃうの?」
呼吸、呼吸ねぇ。
「呼吸を整えるなら戦闘をしながらでもできますよね? 大体、ダンジョンで常に万全の態勢を整えられるはずもなし。疲弊している状況での戦闘や探索を経験させるのも、教育のうちだと思っていただきたい」
もちろんそれもこれも、我々という”万が一の際に動ける戦力”があってのものなので、常時こんな訓練をするつもりはないが、まぁ少しくらいは苦労してもらわないとね?
いつまでもお客さん気分でいられては、こっちも困るのだからして。
「……確かに兄さんの言う通りではある。敢えて余裕をなくした上で探索をさせるのも、護衛も兼ねとる兄さんに余裕があるなら無謀とは言えん。むしろお嬢にとっては得難い経験になるやろ」
「えぇ。そう思います」
彼女らには、お客さんでもお嬢さんでもなく、一人の探索者として色々学んでほしいと思っているのは嘘じゃない。
「けど、それだけやないな? あるんやろ? お嬢らに無理をさせてでも、本来の予定に近づけなあかん理由が」
やはり気付いたか。
そう。
西川さんが睨んだ通り、確かに俺には多少彼女らに無理をさせてでも予定通りにことを進めたい理由がある。
しかしそれは、俺の利益に関わることではなく、むしろ俺以外の面々に関わることだ。
「時間が経過すればするほど、皆さんが不利になりそうな気がするんですよね。特に西川さんと筧さんが」
「あぁん?」
「え? 僕も?」
「はい。正直、筧さんが一番影響を受けるのではないかと思ってます」
「……なんやろ?」
自分に話を振られるのが想定外だったのか、珍しく素の反応っぽい感じを見せてきた筧さん。
一瞬(俺が気付けているのに彼が気付かないことなんてあるのか?)なんて考えが頭に浮かんだが、すぐに考え直す。
そうだった、筧さんは【上忍】が死んだことを知らないんだった。
ならば俺と彼の間に齟齬が生じるのは当然のこと。
齟齬が生じない方がおかしい。
そう考え直した俺は、俺が想定している『最悪の事態』について説明することにしたのであった。
―――
「順序だててお話しますか。まず我々がダンジョンに入ったことは、入り口付近にいた職員を通じて必ずギルドの上層部に伝わります」
「……そうやろね」
「では、連中の視点から我々を見た場合、どんな風に見えると思いますか?」
「どんなって、そら……」
「正体不明の子供に脅される大人たち? 違います。Aランククランに昇格した龍星会の但馬さんと、本来は龍星会の昇格を邪魔するはずだった鬼神会の西川さんに、ギルドの威光が効き辛い関西方面からやってきた筧さん。この三人が同じパーティーを組んでダンジョンに潜るんですよ? 一緒にいるのは、少し前にギルドの役員と揉めた子供たちと、ギルドが粉をかけていた工場の娘さん、さらにはインドネシアの関係者と霧谷組にとって明確な弱点である霧谷のお嬢さんを連れています。はい、どうですか?」
お嬢さんがいなければまだ言い訳もできたが、来ちゃったからなぁ。
「うん、敵やね。ついでに、今の連中は色々と情報が拡散されていて満足に動けない状況でもある、か。なるほど、そら連中の目には僕らが対ギルドを見据えた悪だくみ中、って感じに映るかも知らんねぇ」
「そうでしょう?」
もしかしたら、現状ではそこまで危険視されていないかもしれない。
しかし、あの猜疑心と虚栄心の塊のような連中が、ここ数か月の間に何度も自分たちに煮え湯を飲ませてきた――ほとんど連中の自爆だが――俺たちを注視していないはずがないのだ。
「連中は、自分がしたことは忘れても、されたことは絶対に忘れません。何度も面子に泥を塗った俺たちはもちろんのこと。彼らを裏切った西川さんも、そもそも自分たちの言うことを聞く気が無い筧さんも、彼らにとっては明確な敵なんです」
「連中が口にしたのは、あくまで”お願い”であって正式な命令ではなかったけどな。ちゃんとした報酬もなかったし。そのお願いを反故にしたからちゅーて一方的に裏切りモン扱いするんは正直どうかと思うで」
「そんな正論が通じるような連中なら、今頃ギルドはもう少しまともな組織になってますよ」
「違いない」
俺の軽口に対して誰一人として否定する人がいないあたり、あの連中の救いようのなさが窺える。
問題は、まさしくこの部分。
その救いようのない連中が俺らを敵視しているという点にある。
「連中に、敵をそのまま泳がせておくような度量はありません。もちろん社会的な目がある場では多少の我慢はするでしょうが、残念なことに現在我々がいるのはダンジョンの内部です」
「……連中にとっての敵が、社会の目が通らん場所に潜っとる。それも足手纏いを抱えて、か」
「えぇ。おそらく彼らはこう考えるでしょう。『連中は、自分たちのレベルアップに加え、弱点である子供たちを鍛えるつもりだ』と」
「ふむ。三五階層の真相を知った俺たちが三五階層以降に挑み、レベルを上げる、か。もちろんレベルが三五程度なら簡単に処理できるが、三八や三九になれば【ギルドナイト】が相手でも抵抗される可能性が出てくるわな」
「で、彼らにとっての最高戦力が絶対のモノではなくなる、と。そら怖いやろね」
「因果応報。自分たちが今まで好き勝手やってきたことの報いを受けるだけとはいえ、それを甘んじて受け入れるような性格はしていません。そしてそれはギルドの上層部だけではなく、実行犯であった【ギルドナイト】の面々も同じです」
「あぁ、なるほどね。そこで僕が絡んでくるんか」
「はい。現在の状況を見るに、姿を隠している【上忍】本人が出てくることはないでしょう。しかし、他のメンバーであれば話は別です。書類の上でしか知られていない俺らと違って、筧さんは立場上【上忍】以外の【ギルドナイト】とも面識があるでしょう?」
「あるなぁ。うん、あるわ。そんで、確かに優先的に狙われる理由もあるわ」
何を知り、何を知らないか。
何を流し、何を流していないか。
そして【上忍】の居場所と、その狙いは奈辺にあるか。
【上忍】の生死を知らないギルドや【ギルドナイト】にとって、どれをとっても重要な情報であることは想像に難くない。
では、その貴重な情報を持っていそうな存在が、手の届く範囲内にいると知ったら、どうするだろうか?
「当然、僕の身柄を確保しようとするやろねぇ」
「えぇ、そうなると思います」
その際、筧さんの上司である【上忍】が生きているなら、ギルドや他の【ギルドナイト】の行動を掣肘しようとするはずだ。
もちろんそれは”片腕として育てた部下を護る”とかそういうアレではなく、自分の情報の漏洩を危惧してのことだが、それでもなんらかの動きは見せるはずだ。
筧さんもそのつもりで動いていたのだろう。
しかし、残念なことに【上忍】はもうこの世にはいない。
それはつまり、ギルドの連中や【ギルドナイト】の動きを掣肘できる存在がいないということである。
尤も、【上忍】の死を知らないのはギルド側も同じなので、最高戦力たる【ギルドナイト】を全員纏めて差し向けてくることはない。最低限の護りを置いたうえで、刺客を差し向けてくるはずだ。
「もし来るとすれば【剣聖】さんか【弓聖】さんあたりやろか」
「彼らが一緒に潜っている我々をどう捉えるか、でしょう。ギルド上層部の面子を放置して、筧さんだけを狙うなら、どちらか一人。上層部の面子を慮るなら両方来てもおかしくはありません」
「そうなるかぁ」
実のところ狙いが筧さん単独なら、わざわざダンジョンに潜る必要はない。
関西へ帰る道中を襲えば済む話だからだ。
よって、ダンジョンの中にいる彼を狙うのであれば、高確率で二人が乗り込んでくる。
【ギルドナイト】二人による襲撃。
これこそが現時点で俺が想定している”最悪の状況”である。
「なるほどな。だから兄さんは二五階層で足踏みをしている余裕はねぇと考えているわけだ」
「えぇ。もしもの彼らの襲撃に備えるにあたって、一番確実なのが皆さんに強くなってもらうこと、ですから」
「それだとまるで兄さんはなんとでもなりそうな……いや、なんでもあらへん」
うん、まぁね。
正直俺と奥野と切岸さんが本気で戦えば返り討ちにすることもできるとは思う。
しかし、その際に筧さんらが死なないとも限らないわけで。
筧さんが死ねば河内連合との伝手がなくなるし、シータさんが死ねばインドネシアとの伝手がなくなるし、お嬢さんや西川さんが死ねば同盟相手がいなくなってしまう。
もちろん、但馬さんが死ねば藤本興業が空中分解してしまうだろう。
そうなれば俺はどうなる?
生き延びたとしても、返り討ちにしたとしても、これまでコツコツと築いてきた社会的立場を失ってしまうではないか。
それだけは許さない。
許してはならない。
俺は俺の立場を護るために、全身全霊で抗うと決めているのだ。
「頑張ってください。俺もできる限りサポートしますから」
生か死かなんて甘いことは言わない。
こうなった以上、死ぬことすら許さないからな。