軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

直接手を下せなくとも

確かにかつては愛した人だった。

誰かに聞かれれば、ミラはきっとそう答えた。

だが、かつてであり今ではない。

今はもう、正直同じ空気を吸うのですら嫌悪するくらいミラ・レゼリスはアンセル・ラックウェルの事を嫌っていた。

今は魅了魔法のせいだったとわかっているけれど、当時は心変わりをしたようにしか思えなかったのだ。

それこそある日突然マレナへの感情が爆発した、みたいにガラリと変わってくれていれば、まだ訝しんだだろう。だがしかし、彼らの仲は多少進展が早くともそれでもおかしいと思う程の勢いがなかったのだ。

どうしたって、アンセルの心がミラからマレナに移ったようにしか思えなかった。

それでも話し合おうと試みた。

けれどもアンセルはそれらを全て切って捨てたのだ。魅了魔法のせいだったとしても、あの頃のミラはそのたび心が傷ついて、やり直そうという気持ちだってどんどん小さくなってしまっていった。

自分と同じ状況に陥っているメリスティアやリナリア、ロゼラインと、それから案じてくれていた友人たち。

彼女たちがいたからこそこうしてミラは彼らと対峙する事もできているけれど、そうじゃなければとっくに心はへし折れて彼らと向き合うなんてできなかったに違いないのだ。

友人とまでは言えない親しくもない周囲は面白おかしく見捨てられかけた哀れな婚約者として笑い話にしていたし、どうせ捨てられるんだから、と酷い態度を取る者だっていた。ミラはまだマシな方だったかもしれないが、メリスティアは王子に見捨てられたらもうこの先の未来はないだろう、くらいに思われてミラ以上に酷い事になっていたのだ。メリスティアは気丈に振舞っていたため、周囲はそう思っていないのかもしれないけれど。

何かの間違いだと思って、どうにか歩み寄ろうとして。けれどそれらが無駄になって。

何度も立ち上がれる程ミラに不屈の精神など宿ってはいなかった。

何度目かで、彼女は見限った。限界が来たのだ。

だからこそ不貞の証拠をたっぷりと集めて両親にあちら有責でと婚約破棄を訴えた。

あと少し。あと少しでそうなっていたはずなのに……!

まさか魅了魔法の効果が解除されるなんて思わなかったから。

もしあのまま魅了されていたのなら、婚約は破棄されていたに違いなかったのに……!

ちなみに余談ではあるが魔法道具を暴走させて一部の魔法を強制解除させてしまった留学生は、魅了魔法を解除した事を加味されても反省文の提出とレポートの再提出から逃れる事はできなかった。

ある意味で、恩人だったのかもしれないがミラは留学生と全く関わりがなかったのもあって、なんてタイミングの悪い……と内心で舌打ちしそうになったくらいだ。淑女なので堪えたけれど。

せめてもっと早くに魔法を解除されていれば。いや、あと少し遅く解除されていれば。

そうすればミラはやり直そうと思ったかもしれないし、婚約破棄がなっていれば気持ちの整理もすっぱりつけられたはずだったのに。

魅了魔法のせいだからと、両親は折角あと少しで破棄できそうだった婚約の話を一度止めてしまった。

そうして、やり直せない……? と聞いてきたのだ。

やり直す、とは……?

いつまでも被害者面するあの男と……?

魅了魔法に関しては確かに被害者かもしれないけれど、ミラとアンセルという二人だけならアンセルはどう足掻いても加害者だ。そのくせ魅了魔法のせいだったからと被害者面して、今までミラに酷い言葉や態度を取っていた事も仕方がなかったと、こちらに赦しを求めてくるような相手とやり直せ……!?

冗談ではなかった。

こちらが許すと決めて水に流すのであればまだしも、向こうからそれを願うのは間違いだとミラは思っている。

大体、こちらが完全に許したわけではない、と態度や言葉から察した時点で彼は間違いなく被害者面をするのだろう。そうなればどうなるか。

使用人あたりが無責任に、赦してさしあげればよいのに……なんて休憩時間にでも噂するのだ。もしくは社交界で無関係の令嬢たちが。

悲劇のアンセル。それを許さない心の狭い女ミラ。

きっと周囲はそう見る。

冗談ではなかった。

こちらばかりが我慢し続ける関係など、冗談ではない。

貴族としての役目を果たせというのならそうするが、それ以上の事はもう望まないでほしかった。

それでいいなら、それがやり直しだというのならそれで良かったが、しかし周囲が望むのはアンセルが魅了魔法にかかる以前の頃の関係だ。

無理に決まっている。

いくら魅了されていて本人の意思ではなかったと言われても、それでも彼の口から出た言葉は彼のものだし、酷い態度だってそうだ。彼が命じた誰かに酷い目に遭わされた、などであればまだ心の持ち方も違ったかもしれないが、かつて愛した人の辛辣な態度だったのだ。

何度だって夢に見た。

悪夢だと魘された。

そうして起きて、夢だったと安心して、しかし直後にだが現実でもあるのだと、改めて突き付けられて何度涙を流した事か。

自分の何が悪かったのかと悩んだ事もあった。

眠るのが怖くなった日だってあった。

いっそもう消えてしまいたい……!

そんな風に願った事だってあったのだ。

それは、同じ立場の友人たちと、信じて寄り添ってくれた友人たちによって実行はしなかったけれど。

そこまで追い詰めておきながら、魅了魔法にかかっていた間の事は許して、以前のようによろしくね、なんて。

ふざけるなという話である。

こちらがどれだけ心を痛めてきたかも知らないで軽率にやり直せない? なんて聞いてきた親もまた、ミラにとって許せなかった。

だからこそ、そんなふざけた事を言った両親にミラは告げたのだ。

「やり直して、アンセル様と結婚しろというのなら。

その後の事は好きにさせてもらいます。構いませんね?」

――と。

両親は精々愛人でも作るつもりなのかと思ったらしいが、しかしミラはそんな事を考えたわけではない。

「きっと、アンセル様は今回の事を負い目として思い続ける事でしょう。

ですから、私の愛を得る事ができるのならどんな事もしてくれると思うの。

えぇ、私、アンセル様の家に嫁いだならきっと、きっとこの家を滅亡に導いてみせますわ。あぁそうだ、お母様の実家の子爵家も勿論潰さなくてはね。

人の気持ちも知らないで簡単にやり直せなんて言う人でなしとの縁を物理的に断ち切ろうと思いますの。

どんな手段を使っても! 嫁いだならその瞬間から貴方たちは敵となるのです! 一族郎党皆殺しにしてみせますわ!!」

普段大人しい者がブチ切れるととんでもなく恐ろしいとはよく言ったもので。

ミラも勿論例外ではなかった。

普段の愛らしい声はどこへ行ったのかと言わんばかりに、地獄の底から響くような怨嗟の声に、両親は負けた。

その迫力に、圧倒されたのだ。

冗談で言っているのではない、とも察してしまった。

やる。

間違いなく娘は実行する。

今までだって口先だけで済ませるような事をしない娘だ。

こうまで強く宣言した以上、本当に実行するのだろう。

彼女が、嫁げば。

負い目を利用しアンセルを操り、そうしてレゼリスの家とミラの母の生家でもある子爵家までをも……いや、一門全てがなくなるまで、きっとミラは止まらない。

他の家が介入しようともお構いなしに破滅への道をひた走るのだろう。

国が荒れるとわかり切っていて、それでもなおアンセルとやり直せ、とは言えなかった。

言えば自分たちも死ぬかもしれないのだ。

実の娘に殺してやると言われたも同然なミラの両親は、そこまでか……と嘆いて。

そうしてやり直せとはこれ以上言わなかった。

故に、こうしてこの度無理難題を吹っ掛けてやり直しのチャンスとする、という限りなく成功率ゼロのイベントを、ミラの両親は虚無の表情で眺めるしかなかったのである。

ついでにアンセルの両親に、諦めた方がいい、とそっとハンドサインを送っておいた。

あちらも復縁は絶望的と察しているのか、神妙に頷いて同じように虚無の表情で息子――アンセルを見る。

直接害するような事は駄目だと陛下が事前に言ったので、まさかナイフを手渡してそれで首掻っ切って下さい、とか心臓一突きにしなさい、とは言わないとわかっているものの、しかしミラが一体何をするつもりなのかまでは聞かされていない。

あくまでもこの機会は、婚約者同士のものであって、他人が手助けをするのは認められていない。

というか、下手に手を貸した事で達成できても、その場合手助けをした人の功績とされて令嬢がではそちらとの婚姻を、なんて泥沼にしないとも限らないので。手助けしたのが女性ならば、そちらと新たに縁を結べば、とかこじつける可能性もある。どちらにしても彼らにとって望まぬ展開になるだろう事は容易く想像できる。

他者の手助けを借りた時点で、令嬢たちも認めないだろう事は明らかで。

それ故に、彼らは自力で乗り越えなければならないのだ。無茶振りを。

むしろその上で達成できれば、令嬢たちとて文句は言えまい。

ミラはこの場に小さな鞄を持ち込んでいた。

恐らくその中にある何かが、今回の試練とやらに必要な物なのだろう。

アンセルはその鞄に目を留めて考える。

一体どんな無理難題が飛び出てくるのかと。

「私からアンセル様に出すチャンスはこちらです」

言って、ミラは鞄からある物を取り出した。

鞄から出たそれは、無骨な見た目でミラのような少女が持つとやたらとアンバランスさが際立った。

「これは……」

「ご存じですよね。そうです、隷属の首輪ですわ」

――隷属の首輪。

この場にいる者なら知らない者はいないだろう。

基本的に奴隷や、犯罪を犯した者、その中でも凶悪犯につけられる事がある物だ。

アンセルも存在を知ってはいる。ただ、直接間近で見る機会は今の今までなかったが。

「隷属の首輪……これを、つけろと言うのかな?」

それ以外に使い道など考え付かない。

まさか目の前で素手で破壊してみせろ、とか言うわけでもないだろう。

アンセルの腕力でそれができるか、と言われるとまぁ普通に無理なので言われた場合確かに無茶振りだとしか言えないのだけれど。

もし素手でぶち壊せと言われたら達成できないのは明らかなので、言われた時点で終了である。

「私がアンセル様にこの隷属の首輪をつけるというわけではありません。

アンセル様がご自身で決めて下さい。

この首輪を自らつけるか、もしくは――私につけるか」

素手でぶち壊せ、と言われなかったので内心で安堵しかけたが、しかし直後に言われたミラの言葉に、危うく「は?」と空気が抜けたみたいな声を出すところだった。

隷属の首輪を、自分か、ミラか。

どちらかにつけろ、と言われてそれが彼女の出したチャンスなのかと訝しんだのもある。

自分につけた場合、ミラが自分にこれから先奴隷の主人であるかのように命令し、生殺与奪すら握るのだろう、とは理解できる。

殿下に大丈夫だなんて言われて軽率にアミュレットを外し、魅了魔法の餌食になった時点でミラのアンセルに対する信頼なんて地の底に落ちたも同然なので、今後関係を続けるのならそれくらいしてみろ、と言われたならば理解できなくはない。

だが、ミラにつけるという選択肢を出された事が疑問だった。

だって、そうしたら――

「ちなみに、私につけた場合そうまでしないとこの関係を続ける事が出来なかったのだ、と周囲は見るでしょうね。そうまでしてこの婚約を結び、結婚にこぎつけたいのかときっと周囲は嘲るでしょう。

確かにアンセル様たちは魅了魔法の被害者で、そういう意味では哀れなものです。

迂闊で考えなしの間抜け。表向き同情していても内心でそう思う者もありましょう。

故に、この婚約が破棄、或いは解消された時点でアンセル様の次のお相手は絶望的。

結婚どころか、家を継ぐ事すらも。

だから、自分の立場を守るためにはなんとしても私とやり直さないといけない」

「確かに今自分の立場がとても危うい事は理解しているけれど、そうじゃない。君を、愛しているんだ」

「愛した者の前ですらアミュレットを外した事がないのに?」

「そ、れは……」

そこを突かれると何も言えない。

ミラの前でアミュレットを外すような流れにそもそもなった事もなかったが、ミラよりも付き合いの浅いマレナの前で外したことは言い逃れできない事実なので。

「周囲はどう思うでしょうね。私たちが婚約を解消したいと望み願っていた事を周囲は既に知っています。

その上で私に隷属の首輪をつけて関係を続行させれば……社交界では一体どんな噂が広がるのでしょう」

普通に考えて捨てられるのがわかりきっている相手がそれでもなお無理矢理、となるだろう事は簡単に想像がつく。

そうまでしてミラを己の元に縛り付けるとなれば、周囲は今はまだアンセルたちの事を魅了魔法の哀れな被害者として見ている部分もあるが、そんな事をすれば魅了魔法のせいで婚約者に冷たい態度をとっていながら、挙句関係を修復できなかったからと無理矢理隷属の首輪をつけてまで……となるだろう。愛する女性だと言っておきながら、しかし隷属の首輪をつけた時点でその扱いは奴隷も同然。

そうなれば、アンセルの言う愛を周囲は認めようとはしないだろう。彼の愛が正当性を持つとされてしまえば、愛というものを尊いなどとは誰も思わなくなるだろうから。

「では、アンセル様ご自身がつけたとしましょう。

そうなれば周囲はきっと、魅了魔法の件があったから、次はもう誰からも惑わされないために、戒めのためにそうしたのだ、と思うかもしれません。

えぇ、周囲の目はきっとこちらの方がまだ優しいかもしれませんね。

魅了魔法のせいとは言え、私は貴方に酷い言葉を言われて、酷い態度をとられてきた。

もう貴方の事を素直に信用できないからこそ、信じるために隷属の首輪をつけた……周囲はきっとそう考えるでしょう。そうする事でしか関係を修復できなかったのだ、と思うかもしれません。

いずれ時間が解決してくれるかもしれないから、いつか、その首輪が外される日がくるかもしれない。そう考える者もきっといる」

ミラの言葉に、確かにそうなるだろうな、とは思う。

それならば、ミラにつけてこの婚約をなかったことにしないでほしいと命ずるより、自分につけてこれから先ミラの言う事に従う事を選んだ方が賢明ではないか……?

アンセルは他に何か別の選択肢がないかを考えつつも、しかしすぐに思い浮かぶものではない。

そうでなくとも、ミラとの関係が終わるか続くかの瀬戸際だ。

追い詰められた状態、ゆっくり考えている時間はほとんどない状況で、最善かつ最良の選択を出せ、というのは難しかった。チャンスは一度だけ。

失敗した時点で終わる。

そのプレッシャーがアンセルにゆっくり物事を考える、という事を許してくれなかった。

「ですが」

自分に、と言おうとしたところで、それを遮るようにミラが言葉を続けた。

「もしご自身につけるというのなら、その時は私が貴方に何を命じるか、わかっていますね?」

「――っ!?」

言おうとしていた言葉をアンセルは直前で飲み込んだ。

「直接害するような事はできません。ですから、仮に貴方が自分で隷属の首輪をつけたとして、自害せよ、とは言えません。けれどそれ以外の事は言えるのです」

真っ先に自害という言葉が出る時点でアンセルはそこまで……と声を漏らした。

てっきり別れを了承させるとか、そういう事を言うんじゃないかと遅れてから思い浮かんだのに、そうではなく自害と言われた事で、ようやく、と言うべきか今更と言うべきか。

死が二人を別つまで……確かに結婚式ではそう言われるけれど、ミラがそうまでして自分と別れたいなんて……

「自害もダメだと言うのなら……そうですね。

きっと私、その時はアンセル様にこう命じると思うのです。

霊峰アルメルフに咲くグラスフラワーを採ってきて下さい……と」

「それは……言外に死ねと言っているようなものじゃないか」

「えぇ」

「えぇ!? 直接害するのはダメだって陛下も」

「でも、死なないかもしれないでしょう? 私は私のために美しい花を貴方自身の手で採って捧げてほしいと願っただけ。ただ場所がちょっと危険で、運が悪ければ怪我をしたり、命を落とす事になるかもしれない。

けれど、準備を万全にして臨めば、案外なんて事もなく達成できるかもしれません。

達成できた暁には、次のおねだりが待っているだけですけれど」

直接首を吊れとか、切れとか、心臓を一突きにしろとか毒を飲めだとか。

そういうやれば確実に死ぬであろう命令ではない。

恋人である女性が男性に綺麗な花を贈ってほしいとねだるのはよくある話だ。

けれど、霊峰アルメルフはそもそも簡単に足を踏み入れて良い場所ではないし、そこに咲くグラスフラワーも確かに美しくはあるけれど、取り扱いには細心の注意が必要となる。

手折ったところですぐに萎れるので保存するためには専用のケースが必要になるし、そうでなくともその花弁は繊細ですぐに壊れる。そして壊れるとガラスの破片のように粉々になってしまうのだ。

たった一輪だけでも持ち帰るのに相当な苦労が必要となるのである。

しかも霊峰アルメルフには凶暴な魔獣が数種類棲息している事が判明している。

もう一度言うが軽率に足を踏み入れて良い場所ではなかった。

仮にアンセルがその願いを達成できたとしても、次なるおねだりが待っている、と言われてしまえば命がいくつあっても足りない。

直接死を望むような命令ではない。

けれど、彼女のおねだりによって足を運ぶ先は間違いなく危険な場所であろう事が、嫌でも理解できてしまった。

生きて帰れるかもしれない。

でも、不幸にも命を落としてしまうかもしれない。

その時は、悲しい事故でしたわ……でミラはきっと済ませるのだろう。

そしてその後の事は言うまでもない。

自分を想い続け喪に服すなんて事はしないだろう。

喪が明けた後、さっさと縁を切って実家に帰るか、それとももう俗世はうんざりと修道院へ行くか。

どちらにしても、アンセルの事など嫌な思い出としてさっさと忘れるように自分の存在を少しでも感じさせるような場所から遠ざかって、そうしてミラはミラのためだけに生きていくのだろう事が、容易に想像できてしまった。

ミラに首輪をつければ、アンセルの身が危険に陥る事はない。けれど、関係を続けたくないのに無理矢理そうさせられていると周囲に思われる事になるのは間違いなくて。

そうでなくとも、ミラはこの婚約をなかったことにしたいと言っているのだ。

実際無理矢理というのは嘘にもならない。

自分につければミラはあの手この手で自分を死に追いやるだろう。

仮に穏便な生活をするとしても、そんなものは僅かな期間。結婚したとしても離縁を命じ、その後は二度と関わらないようにとするに違いないのだ。

その頃になって首輪が外れる事になったとしても、もう一度復縁を願うのは無理だとわかる。

事故に見せかけて死ぬように、と望まれながらの夫婦生活。

愛する人と別れる事だけは回避できても、それは果たして幸せと言えるのだろうか。

「さぁ、ご決断を」

隷属の首輪を差し出すようにして、ミラが言う。

何か、この方法を上手く回避してどうにかできる手段はないだろうか……!?

そんな風に考えても、ミラはこれ以上時間を与えるつもりはないようで、一歩、アンセルへと踏み出して首輪をずいと近づけてくる。

考えて、考えて、考えた結果。

「……できない……

僕には……選べない……」

隷属の首輪によってたとえ結婚しても妻から常に死を望まれる生活も、愛する者に首輪をつけて無理に留める結婚生活も。どちらを選んだところでどちらも幸せになれない。なれるはずがない。

結局、アンセルは選べなかった。

「そう。それが、貴方の出した答えですのね」

「……あぁ、そうだ」

「そうですか。では、貴方に与えたチャンスはこれでおしまい。さようなら、もう貴方と同じ道を歩む事はないでしょう」

言って、ミラは踵を返した。アンセルに背を向けて、メリスティアの元へと歩いて、そうして彼女の後ろで立ち止まる。その手に隷属の首輪を持ったまま。

チャンスを、と望んだものの、アンセルはそのチャンスをモノにできなかった。

どちらも選べなかった。どうしようもなかった。

選べない、という結論を出すしかなかった。

そしてチャンスを駄目にした。

改めてその事実を認識して、アンセルはその場に崩れ落ちる。

そんなアンセルを、セルシオたちは痛ましいものを見るだけで、声は、かけられなかった。