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『運命の番』はいりません

作者: 雅せんす@5/8 アンソロコミック発売

本文

艶やかな金の髪に、極上のブルーサファイアのような瞳。美しく整ったその顔は、どこか傲岸不遜な笑顔を浮かべていた。

ネガダール国の第二王子、エリクス。

彼を見た瞬間、煌びやかなシャンデリアの光が弾け、舞踏会を彩る貴婦人達のドレスが花のように開いて見えた。

『ああ、私の運命の番だ……』と、体中の細胞が訴え、魂が歓喜で震えた。

私達、鬼族には『運命の番』という魂が求める相手がいた。

出会ったら最後、求めずにはいられない尊い存在で、そばにいるだけで幸福感に包まれ、愛さずにはいられない、それが『運命の番』だった。

とはいえ、そんな運命の相手に出会えるのは稀だ。ほとんどの鬼族は、『運命の番』に出会うことなくその生涯を終えた。

だから、まさかこんな辺境の小さなネガダール国で、マハロ帝国の姫である私、メルローゼが『運命の番』に出会ってしまうなんて、誰も思いもしなかった。

しかも、相手は矮小な人間だ。

鬼族よりずっと脆弱で、魔力すら持たない、ちっぽけな生き物だった。

しかし、『運命の番』は絶対だ。

すぐさまお父様がネガダール国を訪れ、私とエリクス様の婚約が結ばれた。正式な婚姻は、私達二人が学園を卒業する一年後に結婚式を挙げることが決まった。

私は、片時も彼から離れたくなくて、そのままネガダール国に留学した。

鬼族にとって、番と離れるなんてありえないことだった。ましてや、『運命の番』であったら離れたら恋しくて死んでしまう呪いのような想いの深さだ。

私は、護衛のビクターと侍女のコーラル、そして愛犬のヴァルと共に、ネガダール国で過ごすことになった。

「メルローゼ、俺に愛されるなんて思うな。お前のような女など冗談じゃない」

エリクス様からお茶会の誘いを受けて王城を訪れた私は、茶会室に入るや否や残酷な言葉を投げつけられた。

『運命の番』の拒絶の言葉に、私はギリギリと魂を引き絞られたような心地がして脂汗が吹き出た。

彼の周りには、小柄で可愛らしい令嬢達がこれ見よがしに侍り、しなだれかかっている。

今まで、エリクス様は私の『運命の番』であることを喜んでいた。両国の架け橋になれることを誇らしく思うと笑っていたのに……。

「私の何がご不満ですか? あなたに愛していただけるよう努力いたします」

私は、『運命の番』に捨てられるかもしれない恐怖に必死でエリクス様に縋りついた。

しかし、考えてみればエリクス様は人間だ。

私達鬼族のように、『運命の番』を感じることはない。

お互いをよく知らないで性急に婚約することになったのだ。戸惑いが大きいのかもしれないと思った。

「不満? 何もかもが不満しかない。その血のような赤い髪も、不気味な金の目も、大きな体も、全てが醜い!」

エリクス様は、一つずつ指を突きつけていく。

マハロ帝国では、美しい容姿と言われていた。

畝るように波打つ艶やかな真紅の髪に、煌めく金の瞳。その体も長身で手足が長く、胸は大きく腰は細く、抜群のプロポーションであり、真紅の薔薇のような美貌と讃えられていた。

それなのに、『運命の番』に醜いと言われ、私は自分の容姿が惨めな物に思えてしまった。

エリクス様のそばで、小柄で愛らしい令嬢達がクスクスと笑った。

「も、申し訳ございません」

恥いるように体を縮こませながら、謝罪した。

エリクス様は、私が謝るのをフンッと鼻息も荒く無視すると、さらに忌々しげに私のツノを握った。

「お、お止めください。どうか、ツノには触れないで……!」

ツノは鬼族にとって神聖で大切な部分であり急所でもあった。

私は恐怖に青くなって震えた。

「この牛のようなツノ! これが何よりも汚らしい!」

エリクス様は私のツノを乱暴に揺すると、私をそのまま後ろに突き飛ばした。

「メルローゼ様!」

その音に、護衛のビクターが茶会室に飛び込んできた。

倒れている私を見て、彼の瞳がギラリと揺れ、冷たく整った美貌が怒りに染まった。

「ビクター、大丈夫よ。なんでもないわ」

私は、今にも剣を抜きそうな勢いのビクターを慌てて止めた。

エリクス様は、ビクターが飛び込んで来た時はしまったという顔をしたが、彼が私に従って何もできないとわかるとニヤリ笑った。

「いいか! 『運命の番』だなんてわけのわからないものになってやったんだ。感謝して、全部俺の言う通りにしろ」

私を指差すと傲慢に言い放った。

「貴様!」

「ヒッ」

ビクターが再び怒りを膨らませると、エリクス様が小さく悲鳴をあげた。

「ビクター、控えなさい! 私の『運命の番』に無礼は許さないわ」

私は、『運命の番』を怯えさせたビクターを睨んだ。

ビクターは、ただ哀しげに私を見つめた。

「エリクス様、あなたの言う通りにいたしますから、おそばにいさせてください」

「ああ。いいだろう」

エリクス様は愉快そうに笑うと、そのまま令嬢達を引き連れて茶会室から出ていった。

『運命の番』のそばにいられるだけで、私は幸せなのだ。

ビクターの手を借りて離宮の部屋に戻ると、私はヴァルを抱きしめた。

漆黒の艶やかな毛はお日様の匂いがして、その大きな体は包み込むように温かかった。私は泣きたくなるほど安堵した……。

金髪青眼の美貌のエリクス様には、茶会室で見た令嬢達の他にもたくさんの恋人達がいた。

みんな華奢でふわふわとした砂糖菓子のような可愛らしい女性ばかりだった。

すらりとした長身にきつい顔立ちである私は、彼の好みではまったくなかったようだ。

しかし、ネガダール国としては、マハロ帝国との縁組は願ってもないことだった。

マハロ帝国は、ネガダール国と比べ物にならないほど大きく豊かで、何よりも魔法石があった。

魔石に鬼族が魔力を込め魔法石として、他国へ輸出していた。この魔法石のおかげで、夜に光を灯したり、料理の際に楽に火を点けたりと、生活が劇的に楽になった。

どの国もこの魔法石を定期的に仕入れたくて、どうにかマハロ帝国と繋がりを持とうとしていた。

それはネガダール国も同じだった。

私とエリクス様の婚約によって、ネガダール国は魔法石を無料で手に入れ、国民の生活は婚約前と比べ物にならないほど豊かになった。

ただ、エリクス様としては犠牲になったような婚約だった。

学園に通い始めると、私は貴族令息、令嬢達に嫌がらせをされるようになった。

エリクス様がぞんざいに私を扱うのに倣って、みんなも私を下に扱った。

元々、ネガダール国は獣人族を下に見るような風潮があった。ツノのある私は獣人族と同じくくりに見られた。

獣人族は、魔力はないがその運動能力も高く、力も強い。どこに人間が獣人族を下に見る要素があるのかわからないが、家畜や獣と同じように思うようだ。

そして、いつしか平民までもが私を下に見るようになっていった。

「見て。あのみっともない牛のようなツノ。クスクス……」

「嫌だわ。家畜の匂いがすると思ったらメルローゼ様だわ」

「あんなツノの生えた女がこの国の王子殿下の婚約者だなんて、ひどい話だ」

私は心ない言葉を常にぶつけられた。

もちろん、コーラルとビクターが国王に抗議をしたが、エリクス様と婚約させてやっているのだからとまったく取り合おうとはしなかった。

『運命の番』を愛し従う私の姿に、彼らも気遣う必要がないと判断したようだ。

それでも、私は『運命の番』のそばから離れることはできなかった。

どれだけエリクス様に邪険にされても、私は『運命の番』のそばにいられるだけで幸せだった。

――ネガダール国の第二王子エリクスは、生まれた時から美しく愛される存在であった。

王妃譲りの太陽を思わせる金の髪に、天使のように愛らしい顔立ち、その瞳は煌めくような青だった。

年の離れた第一王子は、すでに王太子として決まっていたから、エリクスは可愛がられるだけ可愛がられて育った。

エリクスの思い通りにならないことは、何一つなかった。

世界の中心は自分で、何もかも自分の思い通りになると思っていた。

しかし、初めて自分の思い通りにならないことが起こった。

それが、メルローゼとの婚約だった。

確かに、顔立ちはきついが美人だ。

その豊満な胸も、細い腰から緩やかに流れるラインも艶かしく好ましい。

ただ、頭から生えた黒々としたツノが全てを台無しにしていた。その醜いツノは、まるで牛のツノのような形だった。

汚らしいツノのせいで、赤い髪は血の色のように、金の瞳は得体の知れない不気味な何かに見えて、悍ましく感じた。

そんな女が婚約者だなんて我慢できなかった。

しかし、国王はどんなにエリクスがメルローゼとの婚約を嫌だと言っても許さなかった。

メルローゼは、マハロ帝国の姫だ。

マハロ帝国は、ネガダール国より豊かで強大な国だった。

何より、魔法石はこの国のために必要な資源で、メルローゼと婚約すればそれがただで手に入る契約だった。

そうして、エリクスが嫌がっているというのに婚約は結ばれてしまった。

メルローゼは、『運命の番』のエリクスに従順だった。

大国の姫だというのに、エリクスが『愛さない』と言ったら『なんでも言うことを聞くからそばにいさせて』と言う。

何をしても、何をやっても、メルローゼは『運命の番』のエリクスを愛し、庇い、許してくれた。

それは、エリクスのプライドを気持ちよく満たしてくれた。

そんなメルローゼを、初めは大国の姫として気を遣っていたネガダール国王と王妃、王太子も、段々ぞんざいに扱うようになった。

みんなが、どこか家畜や獣のようにメルローゼを思っていた。

その日、エリクスは朝から機嫌が悪かった。

前の晩、国王である父にこっぴどく怒られたのだ。

欲しい宝剣があったから、ちょっと足りない分を国の予算から借りただけなのに、理不尽なことこの上なかった。

王妃である母からも、そんなガラクタのために国の金を使ってとグチグチ言われ、それをニヤニヤと馬鹿にしたように見ている王太子である兄にも苛立った。

エリクスが大国の姫であるメルローゼと婚約して、それまで盤石だった王太子の座が脅かされて、兄弟の仲は拗れに拗れていた。

さらに登校すると、追い討ちをかけるようにテストの順位が貼り出されていた。

エリクスの順位は、思ったよりもずっと下で腹が立った。

見たらメルローゼは一位だった。

メルローゼが上位なのは、今に始まったことではない。

でも、メルローゼに当たるいい口実だと思った。

「おい、今俺を馬鹿にした目で見たな!?」

エリクスは、もちろんメルローゼがそんな目で見ていないことはわかっていた。

「そんなことはしておりません」

メルローゼは、懇願するように必死で否定した。

そんなメルローゼに愉しい気持ちになった。

「いや、確かに今俺を見て嘲笑った。おい、お前らこいつを押さえろ」

エリクスは、側近に命令した。もっとメルローゼの辛そうな表情が見たかった。

いつもなら、ここまでメルローゼに対してしなかったろう。

しかし、大国の姫であるメルローゼが、跪かされている姿にエリクスはゾクゾクと快感を感じて止まれなくなった。

「メルローゼ、少しでも動いたら婚約を破棄する」

エリクスは、この言葉を言えばメルローゼは従うことを知っていた。

案の定、メルローゼはされるがままに従った。

「ちょうど、試し斬りをしたかったんだ」

怒られる原因となった宝剣は、宝石がたくさん付いた美しいだけの何も切ることができない飾り剣だ。

ただ脅して、メルローゼの恐怖に引き攣る顔を見たかっただけだった。

「お、お止めください」

メルローゼが、本物の剣と勘違いしてカタカタと恐怖に震える姿に興奮した。

「この汚らしいツノが気に食わないんだ。これさえなければ、抱いてやれなくもないのに」

エリクスは、メルローゼの白い首筋から形良い鎖骨、柔らかそうな胸、細い腰からつま先まで視姦するように見つめた。

ツノがあっても別にいいような気がしてきた。

その時だ。

コツリ――と、床で音がした。

そこには、メルローゼのツノが落ちていた。

「ツ、ツノが!」

「エ、エリクス様! さすがにまずいです!」

周囲の悲鳴や、側近達の焦った声に、エリクスは慌てて剣を引いた。

「ち、違う! 俺は、本当に斬るつもりはなかった。勝手にツノが落ちたんだ。おい、メルローゼ、そうだろ!?」

メルローゼだけが頼りだった。

いつものように、庇い助けてくれると思った。

しかし、メルローゼは何も言わない。

メルローゼは落ちたツノを手に、幽鬼のように立ち上がった。

その異様な空気に、口の中がカラカラに乾いた。

「おい、なんで何も答えないんだ!? さっさと自分のせいでツノが落ちただけだと言え! 俺は悪くない!」

それでも、エリクスはこのとんでもない失態をどうにかしようと必死に叫んだ。

やっとメルローゼがエリクスを見た。

それは、今までの熱の籠った金の瞳ではなかった。

冴え冴えと冷たい金の瞳だった。

「ヒッ……!」

エリクスは思わず小さな悲鳴をあげて、尻もちをついた。

メルローゼは、エリクスに背を向けると無言のまま去って行った。

そして、我に返ったエリクスがメルローゼの部屋に行くと、そこはすでにもぬけの殻だった。

エリクスは、さすがに今回はやり過ぎたと反省した。

国王も王妃も、エリクスがマハロ帝国の姫であるメルローゼに危害を加えたことに激怒したが、どこか謝ればなんとかなると甘い気持ちあった。

メルローゼさえ見つかれば、全て元通りだと思っていた。

だって、エリクスは『運命の番』なのだから。

しかし、それがどうにもならないとわかったのは、その三日後のことだった。

マハロ帝国から容赦のない抗議と、婚約破棄の話し合いの書状が届けられた。

メルローゼは、マハロ帝国に帰って療養しているそうだ。

あの状態のメルローゼを、すでにマハロ帝国の王に知られてしまっていたことに、みんなが青褪めた。

唯一の救いは、その話し合いにメルローゼも来ることだった。

メルローゼがいれば、いつものように庇って収めてもらえるはずだと誰もが信じて疑いもしなかった。

どこまでも甘い気持ちで迎えたマハロ帝国との話し合いの日。

ネガダール国王をはじめ当事者のエリクス、宰相と文官達は、マハロ帝国の一同を応接室に出迎えた。

その中に、メルローゼもいた。

目の醒めるような艶やかな金糸の刺繍の入った朱色のドレスに、マハロ帝国の権威を見せつけるように大きな黒曜石と色とりどりのダイヤモンドの散りばめられた燃えるような赤い髪を彩るサークレット。

これまでネガダール国のバルーン型のドレスを着ていたメルローゼだったのに、今はマハロ帝国のデザインの、そのプロポーションの良さが際立つ体の線を強調するようなドレスを着ていた。

それは、エリクスが惚けてしまうほど魅惑的で美しかった。

ただその隣には、まさに鬼といった形相の筋骨隆々のマハロ帝国の国王が立っているので、さすがのエリクスもおとなしくした。

「この度は、ほんの些細な行き違いがあったようで、本当に申し訳なく」

「ああ、謝罪は必要ない」

ネガダール国王が他人事のような謝罪を始めたが、すぐに遮られた。

たとえマハロ帝国の国王だとしても、他国の国王の言葉を遮るなんて無礼なことだ。

しかし、ネガダール国王はそれをメルローゼがうまく言ってくれて、謝罪しなくて済んだと都合よく解釈した。

「そ、それはありがたく」

もちろん、そんなわけがなかった。

「謝罪を受け取る気はない。さっさと、婚約破棄に伴う書類を読んでサインしろ」

マハロ帝国の文官がばさりと宰相に紙の束を渡した。

それを読んだ宰相と文官はみるみるうちに顔を真っ青にした。

「魔法石の永久的取り引きの中止!?」

「なんだ、この慰謝料の金額は!?」

「罪人エリクス王子の身柄の引き渡し!?」

とんでもない書類の内容にネガダール国側は今にも倒れそうになる。

「罪人!? 引き渡し!? い、嫌だ!!」

エリクスは、罪人扱いにされたことにみっともないほど狼狽えた。

そして、あろうことかメルローゼに詰め寄った。

「おい! メルローゼ、なんとかしろ! 俺は『運命の番』なんだろ? 別れることになってもいいのか!?」

エリクスは、この言葉を言えばメルローゼがいつものように庇って助けてくれると思った。

しかし、メルローゼは虫でも見るような目でエリクスを見ると、不快げに扇子を開いた。

「『運命の番』はいりませんわ」

そうしてメルローゼは、鬱陶しい虫を払うように扇子を振った。

「え? だって、俺はお前が愛する『運命の番』……」

エリクスは意味がわからず、阿呆面で口をポカンと開けた。

「もう『運命の番』じゃありませんわ。お陰様で、破棄されましたの。あなたが、自らの手で――」

メルローゼが愉快そうに笑って言った。

――私には、愛する人がいた。

ネガダール国の訪問が終わったら、すぐに結婚するはずだったのだ。

まさか、辺境のちっぽけなネガダール国で『運命の番』に会うなんて思いもしなかった。

あの日、『運命の番』に会った瞬間、私の胸に広がったのは絶望だった。

大好きな彼との思い出が、愛しい想いが、その全てが、悍ましい甘美な喜びに塗り替えられていく恐怖が想像できるだろうか。

それからは、私が私ではないように感じた。

愛する人の記憶は塗り潰され、クソみたいな『運命の番』を乞い求めるのだ。

その日々を支えてくれたのは、私を諦めないでそばにいてくれた彼だった。

獣人国王太子ヴァルディアン・ローデン。

私の愛するただ一人の恋人。

ヴァルは狼獣人で、宵闇のような漆黒の黒髪にピョコンと狼耳の生えた、可愛いと格好いいが共存した奇跡の存在だ。フサフサの尻尾もセクシーで愛らしく、その広い胸板も割れた腹筋も悶えるほど美しい。

切れ長の鋭い灰褐色の瞳も、通った鼻筋も、見た目と違って柔らかく温かな唇も、狼獣人らしく一途なところも、全てが私の好みのど真ん中、パーフェクトな男性だった。

彼は、私が『運命の番』に出会ってヴァルのことを忘れてしまっても、それでもずっとそばにいたいと、狼の姿でついてきてくれた。

王太子の座すら捨てて、もしこのまま私が思い出せないままでも、気持ちは変わらないと、そばにいてくれたのだ。

私はヴァルのことは、愛犬として認識していた。

それでも、いつも抱きしめ、その匂いをスンスン嗅いでいたのは、やはり心のどこかで彼を求めて愛していたのだろう。

あの愚かなエリクスに宝剣をツノに当てられた時、やっと本来の私が覚醒した。

何かと重なるように『運命の番』をいらないと思った。

気づいたら、コツンと私のツノは落ちていた。

徐々に周りの音が鮮明に聞こえ、私は耳障りに騒ぐ『元運命の番』に視線をやった。

あれほど命より大切で愛しく感じていたのが嘘のようにゴミにしか見えなかった。

そして、波が広がるように愛しいヴァルへの気持ちが溢れ、次々と彼との思い出が蘇っていった。

急ぐ気持ちのまま私は離宮に戻ると、ヴァルに抱きついた。

ヴァルはすぐに私が元のメルローゼに戻ったことに気づき、人間の姿に戻ると私をきつく抱きしめてくれた。

もう絶対に離れないと思った。

欠けた魂のピースがやっとあるべき場所に収まった心地がして、私が私にやっと戻れたと実感した。

ビクターもコーラルもそんな私達を泣いて喜んでくれて、長居は無用とばかりにさっさと荷物をまとめ、転移の魔道具で速やかにマハロ帝国に帰ったのだった。

その後の研究で、ツノは『運命の番』を見つける器官であり、急所でもなんでもないことがわかった。

鬼族にとって、ツノは神聖なもので急所でもあると誰もが信じて疑いもしなかったが、それは実にツノに思い込まされていただけのことだったようだ。

どうやらツノにも人格らしきものがあり、その好みの相手が『運命の番』だった。

ツノが好みの相手を見つけると、ツノの人格が強くなり乗っ取られる状態になってしまうらしい。

そこについてはまだまだ未知の部分が大きいが、とりあえず、罪人で実験したところ両方のツノを切っても死なないし、魔法も使えるようだった。

私のツノは、エリクスが好みの顔だったようだが、そのあまりの性格の悪さに、ツノでさえもう無理だと、自ら折れたのではないかと思われた。

まだまだツノは未知の領域なので、今後も研究が進められる予定である。

そして、エリクス達ネガダール国に対しては、もちろん報復する方向に満場一致で決定した。

そもそもマハロ帝国は、エリクスに『運命の番』として私と結婚してもらうということで、最大限の配慮をしてきたのだ。

魔法石を無料で提供し、その運搬までこちら持ちにし、魔道具の設置もサービスしてきた。

それなのに、エリクスのあの態度、ネガダール国の私のあの扱いである。

私が『運命の番』と離れられないがために、お父様達は我慢に我慢をしてきてくれたが、もうその必要もない。

これまで溜まりに溜まった怒りの炎は最高潮であったのに、ネガダール国はそれを随分甘く見ていたようだ。

この話し合いでさらに炎に油を注いできた。

「この度は、ほんの些細な行き違いがあったようで、本当に申し訳なく」

「ああ、謝罪は必要ない」

お父様が遮ったが、何が些細な行き違いなのだか。

一方的にエリクスが悪いだけだ。

私が片ツノになっているというのに、誠意の一つも感じられない。

私がどうにかしてくれるだろうと、チラチラとこちらに視線をやるネガダール国の面々に心底呆れてしまう。

まあ、それならそれで容赦なくやれるというものだ。

こちらとしては、私の婚約はもちろん破棄一択。

危害を加えられたのだから、慰謝料はこれまでマハロ帝国がネガダール国に使った金額以上をむしり取るつもりだ。

魔法石は金輪際渡さないし、他国を通して手に入れることもできないように、詳細を告げて各国に通告済みだ。

すでに楽を覚えてしまった国民は、これから魔法石なしの生活に戻ることをどう思い、どう感じるだろうか。

想像するだけで愉快だ。

エリクスがもし私を大事にしてくれていたら、きっと今も私はツノに人格を乗っ取られたままだったかもしれない。

その点は、エリクスには感謝している。

だから、ネガダール国を滅ぼすという話だけは却下してあげた。

代わりに、エリクスを実験材料として引き取らせてもらおう。人の役に立つ尊いお仕事をエリクスに与えてあげるのだ。

しかし、エリクスは未だに立場がわかってないようで、私に詰め寄ってきた。

「おい! メルローゼ、なんとかしろ! 俺は『運命の番』なんだろ? 別れることになってもいいのか!?」

本当に愚かとしか言いようがない。

まだ私に愛されていると信じている姿が滑稽で、心底不快だった。

ブンブンうるさい虫のようだ。

「『運命の番』はいりませんわ」

私は、存在すら許し難いその虫を払うように扇子を振った。

「え? だって、俺はお前が愛する『運命の番』……」

まだ理解できない阿呆に一周回って笑ってしまう。

「もう『運命の番』じゃありませんわ。お陰様で、破棄されましたの。あなたが、自らの手で」

こんな阿呆と結婚せずに済んで、本当に良かった。

まだよくわからない様子だが、エリクスに詳しくツノについて話してやる義理もない。

私は話は終いだと、扇子でその鬱陶しい視線を遮った。

そこからは、お父様達がビクターとコーラルの記録を元に、マハロ帝国の姫である私に、誰が何をして何を言ったか懇切丁寧に一つ一つ怒りを込めて問い詰めていき、最後にエリクスが私に剣を向けたことで止めを刺した。

もちろん、速やかに全ての書類にサインがされた。

そのサインが震えてミミズがのたくったような物だったのはご愛嬌だろう。

――それから十年。

ネガダール国は、魔法石が無くなって元の不便な生活に戻ったことにより、これまでの王族や貴族への鬱憤が限界突破してあちこちでクーデターが頻発した。

平民も貴族も王族も自分のことだけ考えて足を引っ張り合い、国は荒れに荒れているが、どの国も助けの手を差し伸べることはなかった。

これまでの、獣人に対する差別的な扱いに誰も関わりたくないと思った結果だった。

そして私だが、獣人国の王妃となり、息子を三人産んだ。

結局、ヴァルは獣人国の王太子の座に戻り、そのまま国王となったのだった。

強い者が上に立つのが当たり前の獣人国では、ヴァルが戻れるならそれが一番収まりが良かったようだ。

三人の息子達はみんなヴァルにそっくりで、可愛いが止まらない毎日を送っている。

ちなみに、エリクスのその後は研究員のみ知っている……。