軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

77 ノーラリア・ファーマソンについて

王宮に訪れた私たち。リシャール様は、ユリアン殿下たちに何故か連れて行かれた。

時刻は昼過ぎ。ポカポカとした陽気が王宮の中庭に居る私たちを照らしている。

少し離れた場所に居る王宮使用人や護衛騎士たちは除いて、私の他に居るのは三人。

一人は、カタリナ様。もう一人はセルモニカ公女。そして、もう一人が……。

「改めて、はじめまして。ランス王国の王妃、サラティエラ・フォン・ランスよ」

この国の王妃様だ。

見た目の年齢は三十代中盤から後半といったところ。顔つきは凛々しく、如何にも女傑を思わせる雰囲気。体つきが整っているので普段から鍛えているのだろうな。

髪の色はブラウンで瞳の色は緑色。ユリアン殿下の髪色と瞳の色は父親譲りなのだろう。

「お初にお目に掛かります、王妃様。エレクトラ・ヴェントでございます。ヴェント子爵ベルトマスの妹、この度教会から聖人と認定していただきました」

「ええ、色々と聞いているわ。聖エレクトラ。……長いわね。愛称で呼んでもいい?」

「えっ、あ、はい。ではその、エレン、と。教会ではそう名乗っておりましたので……」

「そう、では聖エレン。お話をしましょうか」

『聖』は付けるんですね。むしろ付けられない方が気は楽だけど。

「まず、私はノーラリアのことを貴方たちよりよく知っているわ。だから、貴方から質問をして、私がそれに答える形を取りましょうか」

「……はい、ありがとう存じます、王妃様」

鷹揚に頷かれる王妃様。

本来、私などがこんな距離感でお会い出来るお方ではない。それを言ったらカタリナ様もそうなのだけど。グランドラ辺境伯閣下もね。今、そこは気にしないようにする。

「では、あの。……ノーラリア夫人の『親友』というのは?」

まずはそこから。そう名乗られたし、王妃様もそこからの方が話しやすいだろう。

「そのままの意味よ。ノーラリア・ファーマソンは私の古くからの友人。どこで繋がったかというと、まずは年齢ね。私と彼女、同年齢なのよ」

「な、なるほど……?」

私が今、二十三歳、誕生日が来れば二十四歳だ。カタリナ様は二十五歳。私の二つ年上だという。

彼女の夫エルドミカ様も同じ年齢。セルモニカ公女は十九歳だったかな。そして、ユリアン殿下は二十一歳。おそらくサラティエラ王妃が十九歳か、二十歳ぐらいの時の子供となる。

なので今、王妃様は四十歳ごろか。それよりは若く見えるけど。これは王妃様の努力の賜物か。

「では、王都にある学舎などで、ノーラリア様と共に学ばれたのですか。そこで親しく?」

「そうね。元から互いに高位貴族の生まれだったから、交流はあったけれど。本格的に親しくなり始めたのはそこからかしら」

「そうなのですね……。では、その。王妃様たちは、ノーラリア夫人は、どのような人物だったのでしょう? それをお聞かせ願えますか」

「ええ、いいわよ」

私は居住まいを正し、王妃様の話に耳を傾けた。

「まず、ノーラリアがファーマソン公爵家の生まれなの。今の夫、ジャックは入り婿ね。つまり、ノーラリアはここに居るセルモニカのように公爵令嬢だった。ランス王国でも最上位の女性。公爵令嬢だからというだけじゃない。彼女の母親は当時の臣籍降下した王女だった。ファーマソン公爵と王女の間に生まれた子、それがノーラリア・ファーマソン公爵令嬢。最も気高い貴族令嬢だったと言っても過言ではないわね」

私は無言で頷いて相槌を打つ。カタリナ様たちも興味深く王妃様の話を聞いている。

「でも、その高貴な血筋故に私の夫、当時は王太子だったトラクスの婚約者になることはなかった。血が近過ぎたからよ。一応、婚約者候補に入ったみたいだけど、どうしても積極的にノーラリアを次代の王妃に据えようとはならなかった。私がこうして王妃になったのはノーラリアが王女の血を引いていたからでしょう」

なるほど。公爵家は定期的に王家の血を受け入れて、王家の血を繋ぐ『予備』の役目も担っている。でも、そのように王族の子供となると、そういった問題も生じるのか。

「気位の高いノーラリアの相手として、王太子以外に相応しい相手ということで選ばれたのが侯爵家出身のジャック。今のファーマソン公爵ジャックね」

ジャック氏は侯爵家出身。リヴィア様も一応、血の繋がりは高貴な人ということになる。

まぁ、その侯爵家が家門の者としてリヴィア様を受け入れるかは別だけれど。

「私たちがどういう人間だったのか? という話だけど。今語った出自以外は何も特別なことなんてないわ。ただの貴族令嬢。ただの高位貴族。それだけね。他の人たちとそう変わらない人生を歩んでいたと思うわよ? 王妃になっておいてこういうのも何だけど」

「そうですか……。ええっと、その。ノーラリア夫人が、実は王妃になりたかった、とか。国王陛下に惚れられていた、なんてことはありますか? 或いはその、権力を欲していたなど」

「いいえ、そんなことはなかったと思うわ。ノーラリアは元々が公爵令嬢だったし、ファーマソン家を実質的に継ぐのも彼女だった。だから別にあれ以上の権力は欲していなかったでしょう。王子様に憧れるような夢見がちな性質では……なかった、と言っていいのかしら?」

ん? 微妙に引っ掛かるような言い回しだ。

「少なくとも私とノーラリアとの間に確執はない。彼女から何かを仕掛けられたことも、貶められたこともないわ。王家とファーマソン公爵家は良好な関係を今も築いている」

「……はい」

それを、もし私が崩してしまうとしたら。それはランス王国に害となるだろう。

そうなれば私は国家の敵も同義だ。カタリナ様の忠告はそういうことも含まれている。

「先程、王子様に憧れるような性質ではなかったという点について、言い淀まれましたが……何かその点で気になることがありますか?」

「……それね。うーん。ノーラリアの本当のところを私が分かっているとは言い難いのだけれど。人の心なんて結局その人にしか分からないからね。でも私から見て。ノーラリアは彼女なりに結婚生活や夫となる人に、年相応の、女の子らしい理想を思い描いていたと思うの」

「理想……」

「ええ。政略結婚であろうと互いを良く思い、仲睦まじく過ごし、親愛を築き合い、良き夫婦となること。そういった理想をね。彼女なりに思い描いていたと思う。……だけど」

それは。

「……ノーラリアは、ジャックに裏切られたわ。しかもジャックが不貞をしていたことが発覚したのは彼女が妊娠中の出来事だった。あの当時、ノーラリアは酷く悩んだと思う。なんといったって立場が強いのはノーラリアの方なのよ。だから彼女には当時、ジャックを家から追い出す選択肢だってあったの」

「それは……そうですね? でも」

ノーラリア夫人はジャック氏をファーマソン家からは追い出さなかった。

「ええ、彼女はジャックを許した。その理由は……それこそノーラリア本人にしか分からないことだけど。大きな理由は、生まれてくる自分の子供のためだったと思う。それから公爵家の体面ね。ノーラリアの気高さが、子供が生まれたばかりでの離縁を容易には認められなかった。公爵家の醜聞を世間に広めたくなかったのよ。それはとても大事なことでしょう? 貴族なのだから」

「……はい、そうですね」

私に、もしハリード様との間に子供が居たら。

もし、あの時、彼に『白い結婚』を求めていなかったら。

私も、もしかしたらハリード様との離縁など考えられなかったかもしれない。私は身軽だったから、あっさりと家を出られたのだ。

だけど、ノーラリア夫人はそうではなかった。夫の不貞が発覚した時は妊娠していて、取り返しなどつかなかったのだ。そして大いに悩み、決断した。

ノーラリア夫人は、あの予知夢を見なかった場合の私なのかもしれない。

「許されたはずのジャック氏は、その後は……?」

「……ジャックが愛人と縁を切ったのは本当。彼は保身的で、ファーマソン公爵という立場を失いたくなかったのでしょう。だったら浮気をするなと言いたくなるけれど。現に愛人が妊娠し、出産を迎えて、産後の肥立ちが悪く亡くなるまでジャックは彼女に支援などもしていなかったはずよ」

それで、リヴィア様が生まれた。

「だけど、どういった筋の情報か。ジャックの耳に愛人の死が入った。或いはノーラリアが……いえ、それはないわね、きっと。少なくとも愛人の死まで促すような女性ではない」

「リヴィア様の母君が亡くなられたのは、ただの不幸であると」

「私はそう思うわ。あと言ってしまえば……」

「はい」

「自ら動いて自らの意志でノーラリアが愛人を死に至らしめたというのなら、その娘にだって温情を与えないと思うわ。でも今、彼女は生きている。なら愛人が死んだのもノーラリアが動いたからではない。そう結論付けていいと思う」

「なるほど。納得出来ます」

リヴィア様の母親が亡くなられたのは、やはりただの不運なのだろう。

「そうして愛人には手を出さなくなったけれど、生まれた自分の娘への情は捨てられなかったジャックは、ノーラリアに隠れて彼女を援助した。まぁ、その援助の仕方もどうかと思うけれど。だからこそ余計にね。ジャックはノーラリアにはバレていないと思っていた。で、結果が『アレ』」

「アレ、ですね」

そしてハリード様との結婚式に至る、と。

「そう言えば今のジャック氏はどうなのでしょう? かなり立場が悪くなっているのですか?」

「そうねぇ。ジャックは特に今の身分を捨てたくないでしょうから。結婚式でも結局、自分の娘を切り捨てて今の身分を取ったでしょう? その話は聞いている?」

「はい、グランドラ辺境伯から」

「そう。そんなジャックだからノーラリアに媚びを売る毎日を過ごしているそうよ。成長した息子からも軽蔑されて、家では居場所もないんじゃないかしら」

「そうなんですね」

それでも夫を切り捨てないのだろうか、ノーラリア夫人は。私の疑問を読み取ったのか、王妃様が続ける。

「子供があの年頃に育つほど一緒に暮らしていたのよ。情が無いとは言えないわ。それでも許せないことがある。いつまでも自分に隠れて好き勝手が出来ると思われているのも癪に障る。だから……アレね」

「はい、アレ」

そうか。ノーラリア夫人のことが少しだけ見えてきた気がする。

「ねぇ、聖エレン」

「は、はい、王妃様」

聖を付けられると変な気分になるわね。

「貴方はそこまで感情的ではないように見える。それにカタリナと一緒に、この私と会うまでしたのだから。ある程度の覚悟も決めてきているでしょう。その上で……貴方は、どのような決着を望むの? ノーラリアの境遇、生い立ちについて知りたいことがあるのなら、私が答えてあげるわ。彼女のことを知った上で……貴方はどうするつもり?」

「そうですね。……既にカタリナ様に語ったことでもありますが。私の気持ちの部分は、もう覚悟を決めています。相手がたとえ公爵夫人であろうと。どうしたいのかですが、私としては文句を言ってやらなければ気が済まない、という程度の話ではあります。ただし、彼らに直接。……奇妙な縁で関わりを持ち、彼らについても多くのことを知りました。その振る舞いについて語れるだけの情報を持って、そういう立場も手に入れて。だからこそ」

そう。だからこそ。

「ありがとうございます、サラティエラ王妃様」

「……うん?」

「元々、彼らに言ってやりたいことというのはあったのです。それは私の不満だったのですが。……今の話で、さらにもう一つ。ノーラリア夫人に言って差し上げたいことが増えました。そしてそれは、きっとジャック氏にとって『災難』となる言葉でしょう。私はノーラリア夫人の心底まで理解はしていないかもしれない。或いは、彼女の逆鱗に触れるかもしれませんが……」

「……何をノーラリアに言うつもり?」

「そうですね。具体的な言葉、台詞はまた考えたいと思います。ですが、私の『経験』から、一言言わせていただくことになるかと」

「貴方の経験から?」

王妃様が首を傾げる。私はそこで、微笑みを浮かべる。

「こう見えて私、 離婚歴(・・・) があるんですよ、王妃様」

「……! ああ、なるほど。そうね。そういう経験があるのね、貴方には」

「はい、王妃様。ですから……私なりにぶつかってみようと思います。ノーラリア夫人に」

「そうね。人生の先輩として?」

「ふふ、そうです、人生の先輩として」

親子ほども離れた年齢の女性に対して。

「サラティエラ・フォン・ランス王妃。どうか私にファーマソン公爵夫妻と面と向かって話す機会を作っていただけませんか?」

「……いいわ。気に入った。私も、ずっと思っていたことだったけど。私の立場で、ノーラリアに言ったって説得力がないことだから。でも、聖エレン。貴方の言葉ならノーラリアの耳にも届くかもしれない。なら、私は快くその許可を与え、彼女らと話す機会を作りましょう」

「ありがとう存じます、王妃様」

こうして私は、最も強力な後ろ盾を得たのだった。