軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

73 伝手を頼る

「……最後に一つだけ、聞いてもいいか。エレクトラ」

すべての話を終えたと思ったところで、ハリード様がそう切り出した。

私は首を傾げる。まだ何か言うことがあるのだろうか。

「はい、どうぞ」

「君は、……どうだったんだ?」

「はい? どう、とは?」

「ずっと気になっていたことがあったんだ。いや、ずっとは気にしていなかった……が」

「はぁ。なんでしょう?」

「どうして君は、あの時。結婚したばかり……の一日にも満たない期間しか俺たちは共に居なかったが。ああ、これは未練、いや、その。欲望とかではない。そういう話じゃ、クラウディウス卿」

「……俺ですか?」

リシャール様も首を傾げる。ハリード様は何を言いたいのだろう。

「ああ、ただの純粋な疑問だ。答えたくないのなら、それでいい。ただ、この機会を逃したら……その。もう二度と聞く機会もないだろう。どうしても知りたいとかでもないのだが……」

「まだるっこしいですね。何ですか?」

「いや、その。どうして君はあの時。……『白い結婚』を求めたのだろうか、と」

「……、ああ」

それは疑問に思うことかもしれないわね。だって、あの時点でそれを望むのは理屈に合わない。

そしてリシャール様に了解を取ろうとするのも、まぁ分かる。繊細な問題でもあるし。

「グランドラ閣下に聞いたのだ。騎士の間で、あの時に君が言ったような願掛けは聞いたことがないと。あれは……何だったのだ?」

「……そうですねぇ」

言ってしまうべきか否か。誤魔化せなくはない。

リシャール様には、あの予知夢については打ち明けている。誰にでも信じられる話ではないだろうから、別に言ってもどうとも思われない気がする。

私が気にすることは、ここで嘘を吐いてそれが後に引かないか、ということか。

この先『つい、あの時に嘘を言ってしまったわ』と気に病むことがあるとしたら。それはなんだか、すっきりしないと思う。かといって誰彼構わず徒に話して私の正気を疑われるのは業腹だ。

私が選択するのは。ハリード様に答えるべきことは。

「──『夢』を見たのですよ、あの頃」

「……夢?」

そのまま真実を打ち明けてあげることだ。

私は、ここで彼らと決着を着ける気でやって来たのだから。

「ええ、予知夢ともいうべき夢。私、あの時点で……貴方がリヴィア様と出会うことを知っていました。彼女がどんな容姿をしているか。貴方とどんな関係になるのか。それを知っていたのです。私が白い結婚を求めたのは……貴方に離縁を求められると知っていたから。ですから私は、貴方が帰ってくる頃には、既に家にはおりませんでした」

それが結局、私の動機。あの夢を見たことがすべての始まりだったと言っていい。

ハリード様は、リヴィア様とベルトマスお兄様も。口をぽかんと開いて驚いていた。

「結局、あの夢が予知夢であったのか。それとも私が時間を回帰でもして、今があるのか。正確なところは分かりません。かなり克明な夢ではありましたので時間回帰のようでもあり……。しかしながら私にはそのような実感はなく。私としてはまぁ、もはや『虫の知らせ』とでも言うべきことでしょうか。もしかしたら聖エレンシア様の血によって継がれた特異な力なのかもしれませんね」

「そのような力が……?」

「かもしれないという話です。黄金の治療・強化魔法だって『何故か出来る』ことですからね」

「……君は、本物の聖女、なのか?」

「さぁ。そもそも、この国において聖女に本物も何もないのでは? そういう伝承があるワケでもありませんし」

「それはそうだが……」

どうしてかそういうことが起きた。何故だか知らないが、そういう力がある。

大切なのは、それによって酷い運命を避けられ、リシャール様の腕を治せたということだけ。

それでいい。深く考えるべきことではあるまい。

「……夢」

「ご納得いただけませんか? それとも、あの頃の私の不貞をお疑いで?」

「い、いや! そんなことはない!」

「それは良かった」

まぁ、気持ちの面はさておき。別に慰謝料も何も求めていないのだ。どちらが不貞であったかなどと追及しても詮無いこと。どちらにせよ、互いに新しいパートナーと出会っている。

「そうか。……夢、予知夢を……。だから」

「ええ。でも、確証はありませんでしたよ。所詮は夢でしたから。ただ『そうなる未来があるのなら』という漠然とした不安を抱え、私は貴方と結婚しました。ですから白い結婚を求めた。……戦いに出向く貴方に対して随分と思い悩みました。なんと罪深い妻であろうかと。夫が命懸けで戦っているのに、と。しかし戦場から届いた貴方たちの報せに思わず笑いもしました。ああ、やっぱり、と。あの夢は正しかったのだと」

「それは……すまなかった……」

「先程、話は終わりましたので責めはしませんよ。手打ちは済んだと思っております。……逆にハリード様の方から、そういった事情であれば、ということで何か私に言いたいことは?」

ある意味で裏切り? をしていたのは私も同じである。いや、どうかな。どうだろう。

「……いや。結局、原因や理由は君や、君との関係ではなかった。俺がリヴィアに惹かれたのは。別に……その。君との身体の関係がないからとリヴィアに言い寄ったワケではないのだ。それは、今の彼女との関係が証明になるかと思うのだが……」

「それは口を閉じておいてください。貴方たちの関係性にまで踏み込む気はありません」

「あ、ああ。そうだな。つまり、だから。……エレクトラ、君に非はやっぱりない」

そう。もし、これでハリード様がリヴィア様に手を出された動機が『妻との身体の関係がなくて欲求不満だったから』となれば、大きく話が変わってくる。

貴族同士の結婚であるし、多少なり妻としての義務があり、それを私が放棄したことになるから。

しかし、そうではない。ハリード様とリヴィア様の様子を見るに、彼らの関係は思った以上に……プラトニックなもののようだ。

リヴィア様は私から見れば、見た目以上に精神が幼い女性だと思う。それは生い立ちや環境、実の父親からの干渉によって形成された箱入り娘のような印象。

ハリード様はそんな彼女の幼さを理解し、手を出せなかったのだろう。

彼がそういう人物であるならば、彼女とはそういう関係であったならば、白い結婚だったことは理由にはなり得ない。

しかし、それはつまり……。

「ふふ、ハリード様。私たち、やっぱり相性が良くなかったのでしょうね。貴方は結局、純粋にリヴィア様に惹かれたということ。そして、それは『運命』でもありました。何故ならば、私がそれを観測していたからです。貴方にとって女性として好ましいのは私ではなく、リヴィア様だった。そう思えば……互いに良き出会いをし、そして今日は良き別れ話が出来た。そう思いませんか?」

「……エレクトラ」

ハリード様は呆然と、私の名を呟いた。私は視線をリヴィア様に向ける。

「ハリード・カールソンとリヴィア様、二人の仲を、その婚姻を、私は祝福します。貴方たちも私とリシャール様との関係を祝福してくれますか?」

「……! エレクトラ、様」

リヴィア様の目に涙が浮かぶ。

……この子は、結婚式を台無しにされたんだったわね。ファーマソン公爵家のいざこざのせいで、ちゃんと祝福をされずに結婚式を終えた。

もちろん、その点について私が同情すべきことではないかもしれない。

だが、一人の女性としては哀れみを感じてしまうものだ。

まぁ、これは私が今、きちんと幸せだからこその感情なのだろうが。

「もちろんだ。君たちの、エレクトラ・ヴェントとクラウディウス卿の縁を俺は祝福する」

「はい、私も……! エレクトラ様たちの仲を祝福します……!」

「ふふ、二人共ありがとう。嬉しいわ。ね、リシャール様」

「……ええ。とても嬉しいです。ありがとう、カールソン卿、カールソン夫人」

互いの心情の違いこそあれ、私たちは円満な別れを告げられそうだった。

「ああ、私からも最後に一つだけ。カールソン領にある教会なのですが、もしかしたら劣悪な環境か、或いはファーマソン家と繋がりのある者が率いて乱しているかも……? しれません」

「なんだそれは? エレクトラ」

ずっと黙っていたベルトマスお兄様が教会についての指摘に口を挟む。

私はそれに苦笑いを浮かべながら曖昧に返した。

「実は、そちらも予知夢で視ていまして。あくまで『私がその教会に行った場合』ですが。あまりよろしくない扱いを受ける可能性があったと。そういう場所であったのです、夢の中で。これもまた現実的な証拠の無い話となりますが」

「……そうか。そちらの調査は私も協力するとしよう。良いかな、カールソン子爵」

「あ、ああ。よろしくお願いします、ヴェント子爵」

うんうん。これで本当に憂いはないかな? 少なくとも私が夢で見たことに関しては。

「それでは」

本当にお別れだ。もう彼らと私は、ほとんど関わることがなくなるだろう。

「……ああ」

私たちは一緒に話し合いの場となった建物を出て。

「──それでは、 カールソン子爵(・・・・・・・) 、カールソン夫人」

「……ああ。 ヴェント嬢(・・・・・) 、……クラウディウス卿と、どうかお幸せに」

「お二人も、どうかお幸せに」

そして、私たちは別々の道を帰る。

ベルトマスお兄様はあちら側だ。彼らと一緒に領地へ帰るらしい。

私は、お別れのためにお兄様に手を振る。

ベルトマスお兄様は私と視線を合わせて頷いてから、無言で手を振って返してくれた。

三人とは別方向に進み、私はリシャール様と二人で王都の街を歩いて行く。

「……終わりましたね、エレンさん」

「ええ、リシャール様。一区切りつけられたと思います」

「……でも、まだ終わりではない?」

「ふふ、そうです。ファーマソン公爵家に落とし前をつけさせなくてはいけませんから」

「では、具体的にどう動きましょうか。リュースウェル夫人に頼りますか?」

「それもいいし、後ろ盾にはなって貰いたいけど」

今の私たちは色々な『手』が打てると思うのだ。なにせ、一気に『お偉いさん』たちとの関係が増えたものだから。

「もうちょっと『上』に頼んでみましょうか」

「上と言いますと、様々な方がいらっしゃいますね。リュースウェル公爵エルドミカ様。ロウェナ大司教。それから……ユリアン王太子殿下?」

「そうね。では、まず頼るのは……」

私たちは、せっかく出来た『伝手』を頼ることにした。