軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

65 対決

さて。ただでさえ注目の試合なのだけど。

朝の私たちのやり取りが、さらに噂になっている様子だ。

知っている人は元から知っていたけれど、それ以外の人々にも私が『英雄』ハリードの元妻であることが周知されたらしい。

運営委員の席から観客席に視線を向ける。リヴィア様の姿が目に付いた。

彼女が暗い顔をしているのは私とのやり取り故だろうか。

だとしても、私に罪悪感はない。

『エレクトラは思っていたような人ではなかった』と、そう思ってくれたなら幸いだ。

私の、黄金の光を伴った治療魔法は既に人々に披露している。

対して戦場における功績があるとはいえ、『聖女』たる活躍を市井に知らしめることの出来ない彼女。

そもそも多くの治療士たちも同じ戦場には居たはずであり、彼女が『聖女』たる理由は何だったのか。

ファーマソン公爵が、娘を持ち上げるためにそう噂を流したのだと思っている。

言ってしまえばハリボテの聖女だ。

『聖女』の肩書きは、本当にリヴィア様の幸せに繋がったのだろうか。

それは本当に彼女が望んだものだったのか。実際に会ってみて私は、疑念を覚える。

リシャール様は叩きのめしてあげることこそハリード様のためになると言った。

リヴィア様にとっても、そうではないだろうか。

聖女と評されても結局、今までリヴィア様が聖女であることを鼻にかける姿を見たことがない。

もしリヴィア様が私に対して女としての優越感に浸るような人物ならば、聖女と評されたことも、きっと主張したと思うのだ。

だが、彼女がそうしたことはない。ならば、それは。

私は、改めて観客席を見回す。高位貴族のための場所には、ファーマソン公爵の姿はない。

彼らの興味は、リヴィア様にのみあり、ハリード様のことなどどうでもいいのか。

既に彼女の無事は確認したので、それで済んだのか。或いは夫人に許されなかったか。

なんにせよ、ここが正念場なのだろう。私は、二人の対決の行く末を見守るだけだ。

「リシャール・クラウディウス! ハリード・カールソン! 両者、前へ!」

二人の名が審判によって読み上げられると観客席から大きな歓声が沸き上がった。いよいよだ。

リシャール様が負けるとは思っていない。

それは、この大会に出てからのハリード様の動きを見た上での評価だ。

だが、今まではその実力を隠していた可能性もある。

戦場での功績に見合った実力か、否か。

「……始めッ!」

大歓声の中、とうとう二人の試合が始まる。

立ち上がりは睨み合いからだ。事前に言っていたように、リシャール様は油断しない。

ハリード様を強敵と見做し、全霊を以て戦うつもりだ。

対するハリード様は、朝のやり取りからリシャール様を『気に食わない』と思っているのが伝わってくる。

だからこそ、力尽くで打ち倒したいのだろう。

両者共に気迫は充分にある様子が伝わってきた。観客たちも息を呑み、二人の対峙を見守る。

「行くぞッ!」

先に仕掛けたのはハリード様だ。突進、そして鋭い剣の振り。

リシャール様は突進には動じず、動きを合わせて剣を振るった。

ガギィッ! と金属質な音を立てて、二人の剣がぶつかる。

鍔迫り合いとなり、二人が何事かの言葉を交わし合うように見えた……。

◇◆◇

「何故、謝ろうとしなかった? 己の行為が不貞だと分かっていただろう? お前に怒る資格などまるでない。近付く権利さえもだ。そして何故、己の不貞が原因で離縁となった者の名を軽々しく呼び捨てる? 彼女は、もうお前とは何の関係もない。興味も抱いていないというのに」

「ぐっ……黙れ、若造が!」

「年齢を誇りに思うのか? 『英雄』の名が廃るぞ、 ハリード(・・・・) 。せっかく剣で語り合える場なのだ。それとも、やはり……その剣の腕も『幻』か?」

リシャールが挑発しながら、そのことを指摘する。

「ッ!」

ガギィイ!

音を立て、剣を弾き、互いに距離を取った。

「図星か? ハリード・カールソン」

「黙れ」

何度も剣を打ち合う二人。避けるのではなく、合わせるように。

「俺たちは、王都に来るまでグランドラ家に居た。2年、お前を含めた騎士たちが魔獣から国を護ってきた、あの地だ。もちろん、そこでお前の話も耳に入ったよ。なにせ英雄だ。確かにお前は成果を上げた。華々しい活躍だ。騎士として、敬意を払おう」

リシャールは言葉を続けながらも、ハリードが振るう剣に己の剣を何度も合わせた。

その動きから、どこに剣が振り抜かれるか。

すべて読み切って。その力加減すらも同等に。

観客から見れば、なんとも素晴らしい剣戟だ。

英雄と聖騎士は、実力伯仲かのように見える。だが。

「ぐっ……」

「グランドラ閣下は、違和感を抱いていたよ。というより気付かれていた。あえて指摘しなかったそうだが。お前が今の夫人との仲を深めていった頃に『剣』を贈られたそうだな?」

「……!」

リシャールには、こうして話し続ける余裕があった。

一方のハリードには、その余裕は……ない。

「この世には『魔剣』というものがある。付与の魔法を使える者が、武器に魔法を付与し……。その剣を振るう者は、普段よりずっと力強くなれるという。もちろん希少なものだ。金銭でそれを用意しようとすれば破格の金額を要求される。一介の子爵……いや、男爵に支払えるようなものではない。……お前は、薄々とその剣が『リヴィアに関わる誰か』によってもたらされたと気付いていた。そうじゃないか?」

「ぐっ……黙れっ」

「お前は、魔剣をもたらしてくれた誰かを追求しなかった。幸運に恵まれただけだと。それでいて、魔剣について誰にも語らなかった。まるで己の実力がそうであるかのように振る舞って」

ハリードの剣は、まったくリシャールに届かない。

リシャールは、まだ自身から攻め込んではいない。

ただ、英雄の剣を受け止める。

同じ軌道で剣をぶつけ、正面からハリードの剣をすべて受け止めて。

「……すべて気付いていたんだろ? 何者かが、己を英雄に祭り上げてくれていると。魔獣との戦いで華々しい活躍はして見せた。だが、お前を評価するそれらは、本当に己の活躍に見合うものだろうか、と。常に疑念を抱いていたはずだ。魔獣を一匹葬っただけなのに、翌日には五匹の魔獣を葬ったと言われている。己は既婚者のはずだが、如何にも『聖女』と恋仲のように皆に認められて……」

「黙れ、黙れ……!」

「夢のようだったか? 魔剣さえ手にしていれば、己のすべてが上手くいくと。英雄になれるのだと。交際も始まっていなかったはずの相手は、いつしか聖女と皆に呼ばれていた。だが、彼女は聖女らしき活躍をしただろうか? 黄金の光を纏って、多くの騎士たちを一斉に癒したか? いいや、していない。誰かの欠損した身体を復元して見せたか? いいや、していない。彼女は、一介の治療士以上の活躍をしていただろうか? いいや、していなかった。していなかったのだ。なのに彼女は、いつしか聖女と謳われていた」

「黙れッ!」

ガギィイイッ!!

力の限りの一撃をあっさりと受け止められ、やはりハリードの剣はリシャールに届かない。

「もう『夢』から覚める時だ、ハリード・カールソン。いいや、お前は、既に夢から覚めているんだろう? この大会へ招待されるに当たって、お前はきっと『魔剣』を再び手にした。鍛錬のためにだ。1年か、それ以上、握っていなかった魔剣を手にして。だが、もうその剣には魔法が掛かって いなかった(・・・・・) 」

魔剣は、常に魔力を付与していなければ、その効果を失ってしまう。

驚くほどに、あっさりと。

「その時には、自身に魔剣を与えた者が誰か知っていた。ジャック・ファーマソン公爵だ。もう、かつてのような栄光は、二度と掴む時は来ない。そう悟った。夢のような日々だった。男として、騎士として、これ以上ないほどの栄誉を賜り。聖女と共に凱旋して。すべてが手に入ったはずだった。すべてが上手くいくはずだった。……今も、その幻影を追い掛けている。『こんなはずではなかった』と。どうにか取り返せるはずだ、と。そんなことは叶わないと本当は知っているくせに。かつての栄光を追い求めて」

リシャールは、そこで心底、ハリードを蔑むように見た。

「ハリード・カールソン。お前、本当はリヴィア夫人も、エレクトラのことも『どうでもいい』んだろう? お前が今、本当に欲しがっているものは。喉から手が出るほどに欲しいと足掻いている理由は」

リシャールが剣の先をハリードへと向ける。

「── 聖剣だ(・・・) 」

「……っ!」

魔剣とは、よく言ったもの、と。リシャールは呆れた。

「あの聖剣が欲しくて、この大会、頑張っているんだろう? 魔剣を振るって英雄と呼ばれた自分が忘れられないんだな。一介の子爵で終わるつもりなどない、と。内心でそう思っている。大したプライドだ。『俺には剣の腕があるんだ、だから再起できるはず』と。そう言い聞かせようとして、それがもう叶わないことだと、お前は知った。だが今、目の前には、かつて手に入れた剣以上のものがある。どうにかしてアレを手に入れたい。だから、あの聖剣を携えたエレクトラにどうにか……」

「黙れッ! リシャール・クラウディウスッ!!」

ハリードは激昂して、リシャールの言葉を遮った。

それは、己の浅ましい欲望を明かされたくないがために。

余裕のなかった彼が、さらに激情を伴い、リシャールを睨み付てくる。

リシャールは、そんなハリードに対して……ニコリ、と。微笑んだ。

「いいことを教えてやる、ハリード・カールソン。エレクトラのあの黄金の光は、癒しであると同時に『強化の魔法』でもある」

「…………なに?」

「何故、俺が『聖騎士』なんて二つ名で呼ばれていると思う? それは、俺のそばに彼女が居たからさ。エレクトラが支えてくれているだけで、騎士たちは魔剣を手にしたように力を発揮できる。いつでも付与が消えてしまう恐れのある魔剣や聖剣なんて要らない。……エレクトラがそばに居てくれる。それだけで、お前が欲しかった『栄光』を手に入れられるんだ」

「────」

ハリードが目を見開く。

「お前が、かつて手放したものは。お前が、最も欲しかったもの、 そのもの(・・・・) ということだ」

「……ばかな。エレクトラに、そんな力……」

「あの黄金の光を見ても、そう思うか?」

「ぐっ……!!」

ハリードに手放したものの価値を充分に突きつけたところで。

リシャールは『言葉』のトドメを刺す。

「そんな彼女を、俺はけして手放すことはない。お前と違ってな。だから、エレクトラがお前の元に帰ることは……絶対にない。残念だったな? 手放したものが、最も価値があって。そして……哀れだな。『ハズレ』を引いて」

「黙れェエエエエエエッ!!!」

この試合で、最も力の込められた一撃が振るわれる。

激情とともに、ハリードの今ある力のすべてがこめられた一撃が。

リシャールは、真っ向からその攻撃を受け止める。

彼が押し負けることは……ない。

ギィイイイン!!

「ぐっ!」

渾身の一撃を弾かれ、そこでハリードの攻勢は終わった。

「シッ!!」

そして、リシャールからの攻勢が始まる。

鋭い攻撃が一閃、二閃、その剣を受け止めることがハリードには出来ない。

「うっ、ぐっ……ぐぅぅう!!」

二人の間には確かな実力差があった。同格のように語られる肩書きを持つ二人。

だが、その差は圧倒的なほど。

「終わりだッ!!」

「がッ……!」

叩き折られるハリードの剣。そしてバランスを崩し、後退して……。

その場に無様に尻を突き、リシャールを見上げる形になるハリード。

目に映ったのは、ビッ! と、その剣の切っ先をハリードに向けるリシャールの姿。

完膚なきまでに『勝者』と『敗者』を分かつ、二人の姿を人々は見た。

「──勝者! リシャール・クラウディウス!!」

こうして、二人の決着が付いたのだった。