軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

26 結婚式

ハリードとリヴィアが婚約して一年が過ぎた。

偽エレクトラを屋敷に招いてからは半年。

あれから、あろうことか偽エレクトラは、ずっと屋敷に住んでいる。

リヴィアは、彼女と常には関わろうとしていない。

だが、事ある毎に偽エレクトラの下へ訪れては、その時々にあったことを彼女に報告? している。

そういった状況のため、ハリードは偽エレクトラを屋敷から追い出せずにいた。

「……なぁ、サイード」

「はい、旦那様」

「どうしてリヴィアは、あの女にああも関わりに行くのだろう?」

「それは、その」

「何かリヴィアから聞いているのか?」

「いえ、リヴィア様からは何も聞いておりません」

「では、心当たりがあるのか」

「……推測ですが」

「聞かせてくれ」

「……申し訳ございません。内容的にリヴィア様を貶める推測となりますので、控えさせていただきます」

ハリードは目を見開いた。

侍従長は、申し訳なさそうに頭を下げている。

「リヴィアを貶める推測とはなんだ? 気にせずに言ってみろ」

「……あの方が、あの『エレクトラ様』に関わりに行く理由は、彼女の精神的なものと考えております」

「精神的な……」

「そのことを、旦那様が『可愛らしいこと』だと考えられるか、否か。私には測りかねます」

「……いい。聞かせてくれ」

侍従長は、改まってハリードに告げた。

「リヴィア様は、エレクトラ様……『元奥様』に、今の状況を勝ち誇りたい。或いは『自分より下』だと彼女を貶めたいと思っている。そのような気性なのではないでしょうか」

ハリードは眉間に皺を寄せて、湧き出す怒りを抑えた。

愛した女性のことだ。悪くなど言われたくはない。

ただ、この一年、ハリードは彼女と過ごしてきた。

可愛らしいと思う気持ちとは別に、積み重なっていく別の感情。

リヴィアが何を考えているのか理解できない点が、ちらほらとあって。

「屋敷に居るのが『本物』であれば、はっきり申し上げて、度し難い言動が多過ぎます。良く言って倫理観に欠けているだけ、ですが……。あそこまで続くなら、意図的な悪意があるとしか思えません。使用人一同、彼女の言動には眉を顰めております。ただ、所詮は相手が『偽者』ですから。『本物』に危害が加えられていないので、我々も強くリヴィア様に言うことはありません」

「そんなにか……」

一年も経てば、あれだけ情熱を持っていた感情も少し冷めて、冷静になっていく。

特に戦場から離れて一年だ。

戦場の、あの独特の空気の中で培われた愛は、長続きしない。

それでも共に過ごしていけば深まっていく愛もあるはずで、そういった気持ちはハリードにも確かにあるのだが……。

「彼女との婚姻、もしや、お悩みですか?」

「いや、それは……」

「旦那様は『英雄』という名声を得ました。リヴィア様は『聖女』と呼ばれて。民に祝福される縁となるはずです。旦那様は、生粋の貴族夫人と結婚するのではないですから。その点の違いは覚悟されてからの方が、よろしいかと」

「そうだな……」

実際、リヴィアは子爵家の仕事などは担えていない。

当然だろう。

彼女は孤児であり、学んできたことは治療魔法など、奉仕活動が基本だ。

もちろん、教会では基礎的な学習も孤児にさせていたはず。

しかし、そういった教育は、貴族夫人の仕事を賄えるものとは言い難い。

平民として生きていくのに困らないように。その程度の教育だ。

だが、それは最初から分かっていることだった。

彼女が孤児出身だと分かっていて、ハリードは彼女と結ばれようとしたのだ。

だから、リヴィアが子爵家の仕事をできない分、ハリードが頑張らなければならない。

騎士として育っていたとはいえ、ハリードは生まれた時から貴族なのだ。

「…………」

ハリードは思い出す。

元々、政略で隣領の子爵令嬢、エレクトラと結婚していた。

王命による招集の2年がなければ、大人しく、慎ましく、英雄などとは呼ばれなくとも。

ありきたりで平凡な、下位貴族家の夫婦としてエレクトラと生きていただろう。

エレクトラに不満があるワケではなかったのだ。

彼女は執務的な面では、きちんと教育を受けていたはずだし、実際にハリードの居ない2年間、家を支えてくれていた。

使用人たちからエレクトラの不評を聞いたこともない。

女性としての彼女にだって不満はなかった。

比較するべきことでもないが、見目は他家の令嬢に、けして劣るものでもなかったし。

白い結婚を提案された時、困惑と苛立ち……残念に思ったのは、そういう理由もあった。

エレクトラを女性として好ましいと感じていたのだ。

「あの時……」

「はい、旦那様」

「……いや」

エレクトラから提案された白い結婚を受け入れなければ。

初夜を正当に迎えて、そして彼女に子供でも生まれていれば。

自分の人生は、何かが変わっていただろうか。

いや、子供が生まれていたとしても……。

自分は、リヴィアを戦場から連れ帰ったのだ。

あの偽エレクトラに言われた言葉を、この半年で何度、思い出しただろう。

リヴィアを手放す気もないくせに、エレクトラを手元に置きたがっている自分。

ここに居るのが『本物』ならば、という考えを見透かされて。

「……なぁ、サイード。あの女は一体、何者なのだ」

ハリードは、この半年で何度目になるか分からない質問を繰り返した。

「伝手を辿り、雇った役者でございます。あのような女性とは私も思っておりませんでしたが……」

あの女、偽エレクトラが大きな問題を起こしたワケではない。

むしろ、この半年、リヴィアの言動をのらりくらりと受け流して、使用人たちの負担を減らしているぐらいだ。

それは、やはり『本人』ではないから受け流せることなのだろう。

侍従長が言ったように、エレクトラ本人が聞いたなら度し難い言動をリヴィアがしているのなら。

本人であれば、耐え難かったかもしれない。

だが、偽物である彼女には、リヴィアの言動はまったく意味を為さない。

だいたいハリードのことだって、よく知らないだろうから嫉妬も何もなく。

元から好きでもない、無関係な人間の妻になるからとリヴィアに勝ち誇られても苦笑いを浮かべるしかないだろう。

「……もうすぐ、リヴィアとの結婚式か」

「はい、旦那様」

婚約期間が一年。

英雄と聖女になったハリードたちは、ようやく式を挙げることになる。

グランドラ辺境伯や、かつての騎士仲間たちも二人を祝いに来てくれるという。

華々しい、大規模な式になるはずだ。

子爵家へと陞爵された後、領地の拡大こそ叶わなかったものの、いくつか国からの優遇措置を受けられることになっていた。

永続する待遇ではないものの、そのお陰でカールソン家は今、恵まれた環境にある。

何もかもお膳立てされた、最高の結婚式を迎えられそうだ。

ハリードとリヴィアは、間違いなく幸せになれるだろう。

そのはずなのだが……。

やはり、どこか、なんともいえないモヤモヤとした気持ちが、ハリードの中には残ったままだった。

ハリードの気持ちなど置き去りにして、時間は過ぎていく。

そうして、とうとう結婚式の日が間近に迫っていた。

「ハリード様、ううん。ハリード、私たち、ようやく結婚できるのね」

「ああ、リヴィア。この日をどれだけ待っていたか」

「でも……ハリードは、前の奥さんと結婚式を挙げたのよね。私は初めてなのに」

「ん? 聞いていないのか。彼女とは、エレクトラとは結婚式はしていない」

「そうなの?」

「ああ、結婚式近くになってグランドラ領の戦いに参加するように王命が下ったからな。だから、結婚式は挙げずに、エレクトラとは書類だけの結婚をしたんだ」

「そうなんだ! じゃあ、ハリードも初めての結婚式なのね!」

「ああ、そうだ。しかも今回は、グランドラ辺境伯を始め、多くの貴族が出席してくれる。王都の教会で挙げる結婚式だ」

そう。二人の結婚式は王都で挙げることになった。

多くの支援を受け、また出席者も増えたことで、王都での式となったのだ。

『英雄』と『聖女』の結婚式だと、市井の民にまで噂は広まっているという。

また、あまり茶会などでリヴィアの姿を見せることはなかった。

リヴィアはマナーの覚えも悪いため、そういった誘いは今まで断っていたのだ。

そのため今回の式では、今まで姿を見せなかった聖女の姿が見られる、という点でも注目を集めていた。

「じゃあね、ハリード。楽しみにしているわ!」

「ああ、リヴィア」

リヴィアと別れた後。

ハリードは、ふと気になって、侍従長ではなく侍女長にリヴィアの様子を尋ねる。

そうすると……。

「リヴィア様は『エレクトラ様』に謝っておられましたよ」

「……謝る? リヴィアが?」

一体、何を。

「旦那様と結婚式を挙げられることを。『エレクトラ様』は結婚式を挙げられなかったと聞いた、と言って。以前にも、そのことはリヴィア様にお話ししていたと思いますが」

「それは……」

何故、わざわざそんなことを。

そう思ってからハリードは侍従長の言葉を思い出す。

『もしも、本物のエレクトラだったら』。

……リヴィアのその言葉は、お世辞にも品がいいとは言えない。

むしろ、嫌味もいいところだろう。

彼女は、自分と結婚式など挙げていなかったと、わざわざ蒸し返すなんて。

リヴィアが謝った相手は『本物』ではない。

だから、そんなことを言われても、まるで気にしないことだろう。

偽者だから、かろうじて取れているバランス。

一体、なぜリヴィアは、そんなことをするのか。

「…………」

ハリードの胸の内には、また深くモヤモヤとした気持ちが広がっていった。