軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第85話 何か、全く別の何か②

『オジキ殿ぉ〜。もし、ニンゲンと会ったら

何かしたほうがいいのでござるかぁ〜?』

樹海の中で秋から、注意事項を聞いていたときだった。

人間の街がある場所を地図で見せられた青鬼は、秋にそう尋ねた。

『ソレはヤはり部屋ニ……連れテ帰ッた方ガ、イイんじゃナイ、のか?

群レの数を……増やさナケレバ……ナラナイだろう……。

我ラの……村と、同じヨウニ……』

終焉の大陸のゴブリンの群れは、魔素によって生まれ落ちた同族を、無理やりさらってくることで、群れの数を増やしたり維持している。

あるいはたまたま生き残って彷徨ってるものを加えるなんていうこともあるが、そういうゴブリンはさらう必要すらもなく、勝手に、群れの中にいつのまにか加わっている。

魔素から生まれたゴブリンも、拉致されたからといって、反発して出ていくというようなことはない。

ゴブリンたちは本能的に、わかっているのだろう。

終焉の大陸で脆弱な自分たちが生き残るために、徒党を組むのは最低条件だ。さらにそのうえで『数』を増やすことが、文字通り生きるか死ぬかをわける、『死活問題』であることを。

だから見つけた人間を連れて帰るというのは、まさにゴブリンならではの意見だ。

そしてこれまで外からやってきて部屋に居付くようになった使用人たちや、日暮、ティアルといった大陸の外の連中たちを、ゴブリンらは群れを増やす自分たちの行動と重ねて捉えていただろうことに今更ながら気付いて、秋は少し苦笑をうかべた。そしてそのままの表情でゴブリンたちに答えた。

『別に、連れて帰らなくていい……。むしろ見かけたら、むやみにあんま近づかないほうがいいんじゃないかな。俺もまだ、あんまりこっちのことはよく分かってはないけど。とはいえ、さすがにゴブリンがいい目でみられているという感じは、あんまりなさそうだ。まぁ最終的にどうするのかは、自分たちで好きに決めればいいさ』

『いいんでござるか……』

『ムウ……オジキが、ソウ言うなら』

『…………』

口を閉じていた黒鬼が、一歩前に出て秋に尋ねた。

『……もし人間に襲われたら、どう対処すればいい』

秋とは距離がありつつ黒鬼が尋ねたのは、この中で命を預かるのは自分だという責任感からだった。

尋ねた黒鬼に、秋は目を向ける。

『どう、か……。襲われたならばどうするも、こうするも、ないんじゃないか? ”いつも通り”でいい。いつも活動している”外”で、いつも相手している”魔物”と同じように』

『オジキ殿〜。ではでは、強そうな奴を見つけてしまったときはどうすればいいのでござるか!?』

『バレないように、そっと逃げればいい』

『オジキ……じゃあ、モシ、ソイツに見つかッテ……

逃げられソウニ、なければ、ドウスル……』

『なんとか戦いの中で、倒すか、逃げるか。 工夫して光明を見出すしかない。でもそんなのはいつも通り。今更だ』

はしゃぐように黒鬼を真似して質問をする赤鬼と青鬼。

その横でまたもう一度、黒鬼は落ち着いた声で秋に尋ねた。

『……じゃあもし襲ってきたのが自分より弱ければ?』

ゆっくりと秋は黒鬼の方へ顔を向ける。

その顔をみて、直前まではしゃいだ青鬼と赤鬼も黙り込んで、纏っていた空気を変えた。

まるで、終焉の大陸の大地にたっているときと同じように。

『──黒鬼たちはいつも、どうしているんだ?』

秋は、初めて質問を質問で尋ね返した。

向けられた視線を、黒鬼は真っ直ぐに受け止めていた。

答えを口にはしなかった。必要がないからだ。

合わさった互いの瞳が、何よりも明確に答えを物語っていたから。

無機質な、その瞳が──。

◇◆◇

愕然とした。

想像だにしなかった、その光景に。

唐突に上がった凄まじい衝撃音は、距離があるというのに皮膚をひりつかせる。

そしてその音を発生させた衝撃を間近でくらった人間たちは、冗談のように何人も吹き飛んでいた。

鎧を大きくへこませながら勢いよく宙を飛び、持っていた盾は形を歪ませながらあらぬ方向へ消えていく。遠目からみてその光景は、湖に岩を投げ入れてあがる水しぶきのようだった。

そんな異常な光景に、意識を釘付けにされていた。

戦いの最中にもかかわらず。自殺願望にも思われかねない愚かなことだ。

実際今この瞬間に、戦っている相手が自身の最大の威力である【決死】を使っていればまともに攻撃を食らってしまう可能性もあった。

だがその心配を、する必要はなかった。

相手もまた同じだったからだ。『決死騎士』も気持ちが同じ方へ向けられている。

おかげで互いに上の空での攻防が続く。なんとも茶番じみた戦いをしてしまっていた。だが仕方がない。今は互いに、起きている出来事の情報を欲して仕方がないのだ。

そう──

目の前で起きている『ただ一匹のゴブリンが暴れ狂っている』という異常な光景の情報を。

「──最悪だな……。ただのゴブリンだと思ったが。

魔族が、援軍を隠していたか……」

むしろ、気が気でないのは向こうの方だろう。

なんせやられているのは決死騎士の仲間たちなのだから。

「(……しかし、分かりません。

一体どこからこんなゴブリンが湧いて出てきた?)」

それにここまで強いというのは、完全に誤算だ。

『足止めにでもなれば』という程度にしか、ゴブリンが介入してくることを考えていなかった。だがここまで人間たちを圧倒してしまうとなると、かえってゴブリンそのものに自分自身も警戒が必要になってくる。はっきりいって逆効果だ。

──キンッ。

意表をつくように襲ってきた、攻撃を防ぐ。

戦っていた『決死騎士』もまた、同時に別の攻撃を防いでいた。

つまりその攻撃は決死騎士との戦いに割って入ってきた『全く別の攻撃』。

「「…………」」

目の前と決死騎士の側に、攻撃をしてきたゴブリンが、合わせて二体いた。

目の前にいるのが片腕に『青色』の模様が入った個体だ。

何か特徴や意味でもあるのだろうか。決死騎士に攻撃を防がれたゴブリンには『黒色』の模様が入っている。

「くっ……」

決死騎士がどうやら攻撃を防ぎきれていなかったのか、膝をついた。

黒いゴブリンが強かったのか、決死騎士が弱かったのか。傷を入れてくれたのはありがたいが、黒いゴブリンに対しての警戒度をあげる必要があるため、やはり損得があまりない。むしろ得体が知れない分、損の方が大きい。

だがしかし、目的は依然変わらない。

計画に邪魔な人間をとにかく始末すればいいだけだ。

なので当然、膝をついた決死騎士に攻撃をいれない理由もなく、距離をつめる。だがその途中で ゴブリンから武器の攻撃を受けそうになって、とっさに足を止めて防いだ。

そしてさらに別の方向から追撃が飛んでくる気配を察知して、その場から身を引いた。

一連の様子を見ていた決死騎士が「仲間ではないのか……?」と戸惑っている様子だった。

そこから戦線に復帰した決死騎士が混ざり、互いに攻撃をしては、攻撃されてをひたすら繰り返す。あっちを攻撃されればこっちに攻撃され、あっちを防いではこっちも防がれ。

そうしているうちに状況は完全に全員が入り乱れた三すくみへと発展していた。

なぜ人間共を殺すためだけにこんな面倒な戦いになっているのか、わからない。

ゴブリンがとても邪魔臭く感じる……が。

しかしながら──感情を抜きにすれば、ゴブリン共の戦闘力は驚くべきものだ。

想像よりも遥かに強く強かだ。

青色と黒色、どちらも個体で【決死】を使わない決死騎士ならば同等に戦える力がある。そのことを決死騎士も悟ったのか、最初に驚きの表情を浮かべ、そして段々と苦々しいような表情へと変わっていっていた。

──だがそれでも。

「(やはり『やつ』が、一番飛び抜けてこの場で危険だ)」

今この瞬間も変わらずに暴れ続けている、『残ったもう一体』のゴブリン。

あの、『赤いゴブリン』が──。

そのゴブリンは建物で見かけたときと比べて、現在の見た目は随分と変わっている。何かのスキルだろうか。燻んだ葉っぱのようだった肌は、真っ赤に染まっていて、頭から二本のツノを生やし、ただでさえ凶悪な顔つきであるゴブリンの顔が、さらに獰猛さと凶悪さを色濃くしており、恐ろしくなっている。

そんな化け物じみたゴブリンが片手に巨大な金棒を、もう片方の手に巨大な包丁のような武器を持って力任せに暴れ狂っている。

そしてそれは、ゴブリン共がこの場に現れた瞬間からそうだった。今この瞬間まで、この場で凄まじい暴力で圧倒しているのは、その赤いゴブリンだ。青色も、黒色も、決死騎士も。手強いのには変わりない。だがそれでもあのゴブリンだけは頭ひとつ抜けている。

人間たちは今も踏み倒される雑草のように壊滅へ追い込まれ続けている。鎧の中に回復系の魔術を仕込んでいるのか、しぶとく立ち上がってはいるが、だからといって、群れた子供と魔物の戦いのような構図が変わるわけでもない。壊滅するのは時間の問題に見えた。

──そうか、それでこのゴブリンたちは。

こちらへ流れてきた二体のゴブリン。こいつらは妙に邪魔立てをする立ち回りをしてくる。ゴブリン二体の矛先が、決死騎士に向かえば、自らも攻撃に加わって三体一で確実に仕留められる。あるいは全く逆の構図で、決死騎士も同じ魂胆を持っているだろう。

しかしそんな場面は一向にやってこない。それはゴブリンが『決着をつけない』ように立ち回っているからだ。だからどこかに戦力が『集中』することがない。ひたすら時間を使って、こちらを消耗させることを戦略として狙っているのだ。それはなぜか。時間をかけることで、この戦場はどうなるのか。

「──GIIIIIIIIAAAAAA!!!!!!!!」

……あの暴れ狂っている赤色のゴブリンが、人間を仕留めてこちらへとやってくる。

思っているよりも『時間がない』ことに、ここにきて気付く。同時にゴブリンの強かさも改めて実感する。戦い方も、技術も、連携も、熟達しすぎだ。この森で自然に発生したゴブリンでは、どう考えてもない。この森を生き抜く程度でここまでの《ステータス》や戦い方は、必要がないからだ。

間違いなく、何かの『勢力』と関わっている。大方、どこかの国や種族によって人為的に実験として『そう育てあげられた』のだろう。だからこそ人間の関与を疑って、最初に攻撃した。その見立ては半分当たっていたが、半分間違っていた。

他に可能性として、ここまでの強さが必要なほどの『格上と常に戦闘を行う過酷な危険地帯』からこのゴブリンがやってきたことも考えられるが……。だが危険地帯と人間が恐るこの場所ですらゴブリンたちは『100LV』ほどのレベルで収まって、それでも群れの数を増やして生きている。

最弱の魔物であるゴブリンが、これほどまでに強くならざるをえない危険地帯なんてこの世に存在するはずがない。

謎は深まるばかりだ。だが早いところ勝負をつけなければならない。

疑問を振り払い、自身の戦いに意識を集中させる。

ゴブリン二体と、決死騎士との乱戦。

計画のためには最低限、決死騎士だけは必ず殺さなければならない。

翼を広げて、羽ばたく。飛ぶためではなく、推進力を得るために。

そして加速しながら青いゴブリンに、両足を向けて突っ込んでいく。ゴブリンはその攻撃を容易く武器で防いだ。見事なほど勢いを綺麗に殺されて、まるで壁に着地したかのような安定感だった。

防がれる。それでよかった。いや、むしろそれこそがよかった。

壁みたいな安定感も都合がいい。

防がれた体勢のまま、地面を蹴ってその場でジャンプをするように、青いゴブリンを土台に跳ねる。 地面にたいして並行するように、体が後方へ飛んでいく。景色は前へと流れ、戦っていたゴブリン共や決死騎士の姿が離れていく。正確には離れているのは自分自身だが。

普通に距離を取るだけだとすぐに距離を詰められるが、蹴った勢いを武器越しにもろでくらったゴブリンはその場で一瞬硬直して動けていない。

飛んでいる間に魔力を練り、地面に足を着地させた瞬間に魔法を発動させる。

発動したのは『土魔法』だ。

微かな地面の揺れとともに、足下で土がある形に隆起する。

その形は先が鋭く尖った、太いトゲの形だ。目で捉えられないほどの速さで生えたトゲは、もし胴体を貫かれれば、顔をはめて奥の景色を覗けるほどの大きな穴があくだろう。それほどの大きさだ。

トゲの発生は足下で起きた一回だけでは止まらない。むしろ勢い付いていくように、範囲を広げて発生を続ける。

ちょうど二匹のゴブリンと決死騎士へ向かって、襲いかかるように。

──魔法の欠点は、離れたところに発生さえることができないことだ。

この魔法も、敵の足下で発生させて串刺しにすれば手っ取り早い。だがそこまで都合がよくないのが魔法だ。所詮は自分の魔力を使った現象でしかない以上、自分から発生して放出される。離れたところに魔法を作るのは、伸ばした手の長さよりも遠いところに手を届かせようとするのと同じだ。自分の出した魔力の範囲から離れた場所で魔法を発生させることはどうあがいてもできない。だからわざわざ手前で『火球』を作って、飛ばすという手間をかける必要がある。

ただこうした手間を挟めば、当然余計な時間を挟むことになる。

上空から人間にむかって一方的に攻撃するには十分だが、手練れ同志の戦いになると、その時間は相手に致命的な余裕を持たせる。

それは今回もそうだった。二体のゴブリンは地面から襲いかかってくるトゲを認識して、自分が襲われる頃には飛び上がってトゲを回避をしていた。

そして飛び上がったゴブリンの体を、トゲが貫いた。

血飛沫を撒き散らしながら、トゲに貫かれたゴブリンが落下する。追い討ちをかけるように地面から生えたトゲにも串刺しにされ、体の前後からトゲに挟まれた形で体をぐったりとさせていた。どうやらゴブリンは仕留められたようだ。しかし──

「一匹だけですか……」

少し不満げに呟く。

飛んで避けることは想定の範囲内だった。むしろその直後こそが攻撃の本命だ。飛び上がって、身動きが咄嗟に取れない状態は大きな隙であり、そこに根元から抜き取った足下にあるトゲを思い切りぶん投げれば、致命傷は免れられないだろう。そして実際に『青いゴブリン』はそうして命を散らした。

ただ誤算だったのは二体仕留めるため、二発投げたのにも関わらず、一体しか仕留められなかったことだ。咄嗟に気付いた青いゴブリンが、同じように飛び上がっていた黒いゴブリンを身を捩って空中で蹴り飛ばしたのだ。おかげで黒いゴブリンにはトゲを当て損ねた。しかも蹴られた勢いで地上から生えているトゲに刺さることもなさそうだ。なんとも仲間思いなことだと思う。

少しがっかりしながら、決死騎士にも同様の攻撃を加えるため、構えて目を向ける。だが直前までゴブリンと戦っていたはずの決死騎士の姿はそこにはなかった。ゴブリンに意識を向けていたのはほんの数秒のはずなのに。

それどころか発動した魔法も、決死騎士がいたあたりの場所では不自然に発動が止まっており、その部分だけがトゲの空白地帯と化していた。

やはりか、と思う。

「『魔法抵抗』か──」

「【決死】」

スキルを発動させる声が、真上から聞こえる。

その直後に、鋭く空気を裂く音が。

「ッ!? 影の中へ、消えただとッ!?」

『少し遠く』から聞こえる、決死騎士の驚く声を耳に入れながら木の影から体を出していく。

驚いて周りを見回している決死騎士を視界に捉えながら、手に持つ『槍斧』に魔力を込めると、朧げに輝きを放ちはじめた。

──これでもう『魔法抵抗』など、関係がない。

あとはこの槍斧で決死騎士を貫くだけ。

それでこの場における目的は達成したも同然だ。

槍斧を構え、そして投げる。

投げた勢いで、周囲にある木の葉がざわざわと揺れた。

槍斧は尋常じゃない勢いで風を引き裂きながら、切っ先を真っ直ぐに決死騎士へ向けて飛んでいく。 途中でようやく決死騎士は槍斧の存在に気がついた。だがそれももう、どうにもなりはしない距離だ。

「くっ!?」

無駄なのにも関わらず決死騎士は最後の足掻きで、咄嗟に剣で攻撃を防ごうとしていた。

──その時だった。

『────!?』

その場にいる誰もが、その光景を目を見開いて驚いた。

誰もがそうだった。それは自分自身すらも。

──サラァ……。

飛んでいた槍斧が、まるで心綺楼のように『消えた』。

とても静かに。空気に溶けていくように。幻や錯覚などではなく文字通り、形が無くなったという意味で、消えてなくなったのだ。

何が起きたのか、理解できない。その光景を確かに目で見ていたというのに、認識するのに数秒の時間が必要だった。それほどのおかしな事態だった。だからこそ、決死騎士や、ゴブリンの仕業などではないことだけは分かっていた。もっと別の、『異常』の存在を本能が察していた。

ふと、辺りに『細かい塵』のようなものが漂っていることに気づく。

いや、塵ではない。『砂』だ。砂が辺りを漂っている。

そうだ。槍斧は、ただ消えたのではない。

一瞬前の光景を思い出す。

──槍斧は『砂になって消えた』のだ。

気がつけば周囲にあった『トゲ』の姿もまた、消えていた。

目を向けてみると、何もないはずのところでたださらさらと、『砂』がこぼれ落ちている。

地面が突如、大きく揺れる。

そのとき地面に目を向けて、その地面すらもまた『砂』になっていることに気付いた。

振動は徐々に大きくなり、一瞬止んだかと思うと、突如爆発するように地面の砂が吹き上る。

高くあがる砂の中には、紛れ込むように巨大な黒光りした物体の姿があった。

それは海中の魔物が海上に大きく跳ねたときにあがる水しぶきのようなものだったのだ。そんな降り注ぐ、砂の中で、思わざるを得なかった。

ぞくりと、背筋に走る悪寒を押し込めて、思わざるを得なかった。

──『何かが違う』、と。

「ギチギチギチギチ」

周囲に向けて警戒する音を、現れた魔物はあげていた。

その魔物の名前を、幸か不幸か、知っていた。

『デ・ザウ』。

それが魔物の名前だ。

全体的に黒光りした体表の、虫型の魔物で、両手らしき箇所と長く伸びた尻尾の先には巨大で鋭利なハサミがついている。身体は巨大で平べったく、体の上で寝そべったとしても有り余るほど体は大きい。そしてその体を、たくさんある足が支えている。

戦闘音が聞こえればどの戦闘にも顔を出してくるほど好戦的で。

【砂化】という強力な『固有スキル』によって物体を砂にかえてしまう大きな特徴をもっている。

主に『砂漠』で生息する、強力で注意が必要な魔物として有名だ。

そう。

『砂漠』にいるはずの魔物なのだ。

間違っても、こんなところにいる魔物ではない。

何かが、おかしい。

疑問を抱かずにはいられない。

これも、『厄災の種』による環境の変化?

全く別の環境にいる、そこにいるはずのない魔物が、いることが。

自分自身の手による、厄災。

樹海に起きた、環境の変化。

……本当に、そうなのだろうか?

「──総員に告ぐ!! 今すぐ撤退しろッ! 今しかないッ!!

動けないものは肩を貸してやれ! バラバラでいい、とにかくここから離れることを優先しろッ!」

「ッ!?」

決死騎士のなりふりかまわない怒鳴り声が、一帯に響く。

人間たちは赤いゴブリンに壊滅させられてたはずだ。逃げられるはずがない。

そう思っていた。だが赤いゴブリンが今戦っているのは人間ではなく魔物だった。二足歩行をした獣の魔物で、全身が発火している。燃やされているわけではなく、『燃えた魔物』だ。火の精霊の住処などの近くでは、それはよくみる特徴だった。

その魔物も、やはりこの樹海で見かけるような特徴ではない。

だが今はそのことを考えている余裕はない。

その魔物が赤いゴブリンと戦っているせいで、人間たちが森の中へ蜘蛛の子を散らすように逃げ出していた。

ダメだ。

この場所にいる誰を逃したとしても、人間だけは逃せない。

始末する必要がある。長い時間をかけてきた自分の計画を人間如きに破綻させるなんてありえないことだ。

「逃すかッ!」

人間の方へ駆け出そうとしたところで、がくりと、足が膝から折れる。

すぐに立ち上がろうとするが、立てなかった。目を向けてみると、自分の足が無くなっていた。すぐ側の地面に、折れた木の枝みたいにして無造作に自分の足が転がっている。

「──な」

後ろを見ると、足を切り取ったであろう敵が立っていた。

青色の模様を入れたゴブリンだった。

さっき仕留めたはずなのに。

だがつけたはずの傷は、すでに綺麗に塞がっている。強力な再生スキルを持っているのだ。ゴブリン如きが。

青いゴブリンが躊躇なく、武器をふりかかる。

「ま、待て」

──最悪だ。

なぜこんなにもすべての物事が悪化している?

ここにきて、今日に限って。なぜこんなにもすべてが噛み合わない。まるで運命に阻まれているかのようだ。

こんなにも魔王になる道というのは厳しいものなのか。

ゴブリンが武器を振り下ろす──その直前だった。

青いゴブリンの胴体が、再び貫かれていた。血が辺りに巻き散らかされる。自分自身もゴブリンも何が起きたかわからず、一緒になって胴体を貫いているものに目をやった。

それは黒光りした、ハサミのようなものだった。

「ギチギチギチギチ──」

ゴブリンの背後からデ・ザウが、現れる。デ・ザウはゴミを捨てるようにゴブリンを振り捨てて、こちらを見た。血が滴るハサミ。次にそれで貫かれるのが誰なのかは考えるまでもない。だがその順番はやってくることはなかった。

今度はデ・ザウが体ごと吹き飛んで行ったからだ。

その理由は無造作に飛んできた物体が、デ・ザウに当たったからで、自分自身がまだ正気を保っていて目の状態がおかしくないのなら、その飛んできた物体は赤いゴブリンと戦っていた『魔物』のように見えた。

「なん……なんだ……くそ、くそッ!」

なんなんだ、一体。

ついていけない状況に呑まれ、苛立つ。

だが今しかない。今が『逃げるチャンス』なのは明白だった。

──逃げなければならない。

……逃げる?

疑問に思いながらも、翼を広げて宙に飛び立つ。

足の切断面から血が流れ続けているせいで、気怠く、頭も回らない。

だがなんとか安全を確保できるだろう高度まで、飛び上がることができた。下からデ・ゾウと発火した魔物が起こしていると思われる、激しく争う音が聞こえる。だが、ここまでくればそうそう攻撃されることはないはずだ。されても落ち着けば対処ができる。

もう逃げ切れる。そう思うと、気持ちが落ち着いて頭が回り始めた。

そして最初に抱いたのは悔いだった。

結局人間たちがどうなったのか、自分に精一杯で分からずじまいだ。今すぐにでも戻って、人間だけでも殺すべきだと昨日の自分が囁いているが、それをする気が毛頭ないことを今の自分が薄々気付いていることも分かっている。

ただ、一体なぜこんなことになっているのかだけが。未だにわからない。

計画の達成は目前だった。 朝日は今日も美しく、人間という不慮の出来事もたやすく始末できる。なんてことのない一日のはずだった。

それがほんの少しの時間で、命からがらに逃げ出している事態になっている。

どうしてこんなことになっているのかわからない。直接的な原因はゴブリン、魔物といった予想外の介入が立て続けに続いたからだ。だが、なぜだかそれでは事態の説明がつかないような気がした。それらのいくつかの『表面的な異常』に隠れて、その奥に『一つの大きな異常』の存在を感じてならない。

そうでなければこうまで立て続けに異常が続く事態の説明がつかない。

だがこの樹海に存在する『異常』は自分の起こしたもののはずだ。

そう、そこの部分のとても大きな疑問が残る。何かとてつもないボタンのかけ違いを感じる。

だから目的を果たせず、負け犬のように飛び去っていっているというのに、怒りよりも戸惑いの感情のほうが大きいのだろう。頭が、起きた事態の情報を欲しがっている。

「はぁ、はぁ……」

息も絶え絶えに、空を飛ぶ。

現在の昼前の時間帯の空は深い青が広がっていた。

いつもなら見とれてしまうような空も、眼下の緑に覆い尽くされた力強い大地も、それらが水平線まで広がる光景も。情報の多さに、目眩を起こしそうになる。見ていて、気持ちが悪かった。

そして、そんな自分に、無理やり『認識』させようとするかのように。

『その光景』は──『眼下』に広がっていた。

「──あれは……」

思わず声を漏らす。

目を見開き、何度もその光景が事実なのかを確認する。

そしてその光景を受け入れた時。

ぞくり、と背筋に悪寒が走った。

そして──。

「……フフフ……」

笑いが溢れる。

「……そうか。そうだったのか」

自分に何が起きたのか。

この場所で何が起きているのか。

それがようやく分かった。すべてを理解した。

──『見誤ったときに多くの代償を支払うことになる』。

ふと、鳥人族の言葉が思い浮かんだ。

計画の破綻。それが『代償』なのだろうか。

「グゥァッ……!!」

『光景』に釘付けになっていたとき、唐突に衝撃が走った。

背中で起きた衝撃だった。しかも時間がたってものしかかったように消えない。

慌てて後ろを振り返った。

「──ギィ……」

片腕に黒い模様を入れたゴブリンが、身体にしがみついたまま鳴いた。

「……一体、なんなんだ……。なんなんだよッ!

くそっお前らはッ! しつこいんだよ、ゴブリン共ッ!

私たちの領域である『空』にまでッ! どうやってきたッ! お前たちの勝ちでいい。なぜ私に執着するッ!!」

苛立ちにまかせながら、空中でゴブリンと揉み合う。

めちゃくちゃに飛んで振り落とそうとするも、ゴブリンの身体にしがみつく力が凄まじく、なかなか振り落とす事ができない。

その途中で、あるものが目に入る。

地上にいる、肌を真っ赤に染めた『赤いゴブリン』だ。

そのゴブリンの『体勢』を見て、どうやって黒いゴブリンがここまできたのかを察した。

「(──『投げた』のか、ゴブリンがゴブリンを)」

──ザシュッ。

「ギャアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!」

尋常じゃない痛みが背中から全身に走り、悲鳴をあげる。

あまりの痛みに飛んでいることも出来ず、真っ逆さまに地上へと落ちていく。途中で翼で受け身をとろうとしたが何故かできない。結局、木の枝や葉っぱにもまれて、ズタボロになりながら地面に衝突した。

落ちた時の衝撃や背中の痛み、切断された足の痛みと

もはやどこが痛いのかもわからないほど、全身が傷ついていて身動きが取れない。

そして数秒遅れて、目の前にぼとりと、何かが降ってきた。

唖然とした。

なぜならそれは切断された『自分の翼』だったからだ。

震えた声で、呟く。

「……これほどまでに、なのか?」

見誤ったときに払わなければならない『代償』というのは。

──『思い込みは戒める必要がある』。

鳥人族の話を聞いて、戒めなけれならなかったのだろうか?

想像しなければならなかったのか?

今この瞬間に、『樹海で起きている事態』を。

「…………」

握り締めた拳を地面に強く叩きつける。

衝撃に痛みが全身を巡るが、どうでもよかった。

ただ心の底からこみ上げてくる『たった一つの思考』にすべてが支配されていた。

もはや衝動のままに、その思考を言葉にする。

「──出来るかッ!!」

ゴブリン共が、何かの勢力に属していると考えていた自分を殴りたい。

その考えは完全に甘いものだった。

『勢力』なんて、次元の低い話ではないのだ。

──異質な強さを持つ三体のゴブリンも。

──全くの別の環境に生息するはずの魔物共も。

そして──。

先ほど空で見た『光景』を思い出す。

元々『風残花』と呼ばれる、厄災の花が、大量にあった場所での光景だった。

──大量に咲き誇る見たこともない色とりどりの花々も。

風残花はすでに一輪たりとも、残ってはいなかった。

「……『私の』じゃ、ない」

ぽつりと呟く。

「今起きている『現象』は……私が起こした『厄災』ではない……!」

果たして、だれが戒められる。

だれが想像できる。

できると言うのでいうのであれば、やってみればいい。

起きた『厄災』が『全く別の厄災』に取って代わられるなんて、事態の想像を。

「『乗っ取られた』……」

何か、全く別の何かに。

樹海をゆっくりと蝕んでいた『厄災』は跡形もなく消えた。そして代わりに現れた『厄災』は、これまでの比じゃないほどの勢いで、急激に樹海の環境を変化させている。

それが今、樹海に起きている出来事だ。

ただそれが分かったところで、一体何がそうしたのか。何故そうしたのか。

結局、一番重要な部分は何も分からない。

ふわり、と、羽が舞うように視界の脇を白が通り過ぎていく。

横を見ると『白い蝶』が、顔の横を追い抜くように進んでいく。

「(そういえば……この見慣れない蝶も『異変』の一つだったのだろうか──)」

そう疑問に思う。

その答えはきっと、分からないだろうが。

蝶がやってきた背後へ目を向けると 『三体のゴブリン』が立っていた。

これから自分がどうなるのか。相手がどうするのか。

わかりきったことだった。

一体のゴブリンが近づき、武器を振りかぶる。

ゴブリンのなんの感情も悟れない、『無機質な瞳』に目を奪われながら

視界は闇に包まれた。