軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第76話 テレストの提案

誰かを前にしたときに、ふと。

漠然と、何かを超越しているだろうと感じることがある。

『シープエットの勇者』や『護聖騎士』を遠目に見た時。

魔族の屈強な戦士が隣を横切ったとき、樹海の中で高ランクの冒険者から身を隠している時。

魔王を数人みたことがあるが接したことのあるティアル様と薬師の師匠に初めて会ったときもそうだった。

きっと、防衛のための感覚なのだ。

この世界には、自分と同じような形をしながら一夜で街を築いたり、国を樹海にのみ込ませたりする人が平気で隣を歩いていたりするから。

好きでは、ない。

超越をした彼らの暴力的な強さも、この感覚も。

それは見えない竜巻を目の前にしているかのような……目には見えないのに視覚以外のすべてが、それが竜巻だと訴えてくる得体の知れない落ち着かなさに満ちたような感覚だ。

それを感じてできることは、静かにやり過ごすこと、焦燥を悟らせないように振る舞うこと、相手の気を損ねないように丁寧な態度で接すること。それだけだった。

いつのまにか常に丁寧に接していたほうが楽になっていた。

私だけではなく父も、祖父も、花長もそうしていた。

きっとこの超越の感覚は私個人の力ではなく種族としての力なのだ。

遺伝子に組み込まれてしまうほど、代々そうやって生きてきたのだと思う。

超越するのではなく超越したものを怯える側として何世代も。

私たちの種族、花人族は──『魔族最弱』と言われる種族だから。

それを私たちが互いに確かめることをしないのは

きっと、あまりにも惨めだからなのだろう……。

でも世界には、実力を履き違えて死ぬ人がごまんといるし、実際見てきた。

そう思えばこの感覚もないよりは、あったほうがいい。

なんにせよ、生きるために培われて、今ある力なのだから。どれだけ種族として誇れずとも、薬師として、それだけは絶対肯定するべきだ。

その日も、私はその感覚を感じた。

ティアル様と一緒に唐突にやってきた。

着ている服も、髪も、すべてが『灰色』の──その男からも。

いつものように私はティアル様の住居に通っていた。

与えられた仕事は本来なら数日おきでも済む。でもここ最近は毎日のように通っている。

長く入り組んだ、暗い洞窟の道を進み続けて、見えてきたドアを開いた先にその場所はある。

ティアル様の住居がある場所は、とても美しい。静かな空間に涼しげな青い光が満ちていて、微かに流れる音が聞こえる、水の澄んだ小さな湖が今日も綺麗だ。

ずっと昔、子供の頃に住んでいた村を思い出す。花人族はこういう静かで、綺麗で、落ち着く自然な空間が好きだ。ここが陽の光が届かない洞窟じゃなければ良かったと、どれだけ思ったことだろう。

この美しさを保ちたいというティアル様の気持ちはよくわかる。

その管理を任されていることは私にとって小さな誇りだ。

宙に浮いた、光を発する植物のテプアに水をかけていく。乾いたテプアは徐々に高度が下がってきてわかりやすい。地面についたら枯れてしまうからその前に水をあげなければならない。

──ティアル様には本当に、感謝をしている。

私達がこの樹海に来て間もないころ。私たちを守ってくれる御神獣との契約に手間取っていた私を、偶然空を飛んでいたティアル様が気づいて手伝ってくれたのが最初の出会いだった。

私たちに興味をもってもらえたのか、単純に情けなくて見ていられなかったのか、胸の内はわからないがその時の縁で、いくつかの物品の取引と屋敷の管理をする代わりとして報酬をいただくようになった。

報酬は物資でいただいているが正直にいえば、この報酬のおかげで私も仲間達も樹海で暮らせて行けているといっていい。それくらい割が私たちに傾いた、過度な報酬をいただいていた。

故郷とかつての暮らしを求め、妻や仲間を含む花人族の一団で樹海にやってきたものの、樹海の厳しさは私たちの想像を越えていてとてもじゃないが暮らしていくことは不可能だったから……。

それに魔道具や庭の使用も自由にしていいと言われている。

魔道具は調薬に使えるし、庭にはいくつかの薬草を植えさせていただいている。陽の光がないから種類は限られるが。それでもここはとてもいい水が流れていて、洞窟とは思えないほど光があるからそこそこ育つ。

そのおかげで今私たちの種族は最悪の状況でも命を繋いで生きている。

もっともそれがいつまで続くかはわからないが……。

ティアル様に頼めば助けてくれるかもしれないと

何度も花長や仲間から頼まれているが私は断っていた。

これ以上、恩を重ねるわけにはいかない。

確かに私たちはティアル様に助けられている。

ただそんなに、甘い方じゃない。

魔王というのはそういうものだ。勇者と違って一定の時間がたてば勝手に湧いてくるものではなく、たどり着く一つの境地。だから種を超えて魔族全体で称えられ、尊敬を向けられる。

私はそんな超越者たちを好きにはなれない。

彼らは常軌を逸している。でも私は常軌を逸してはいない。

いつでも割りを食う側だ。私は彼らがいかに常軌を逸しているのか。その指標に使われるにすぎない。薬師の師匠はとても尊敬できる方で、理想のように人を救って見せた。だから側にいるのが苦痛で仕方がなかった。少しでも近ずくために頑張ろうとするほど、私が常軌を逸していないことを思い知らされる。

屋敷の掃除や花壇の手入れを終え、私が育てている薬草畑へ向かう。

その際、屋敷の二階部分へ視線を向けた。明かりは今日もついていなかった。

ティアル様は屋敷を離れて帰ってくる様子がない。もう一ヶ月になる。

そのことを私は気にしてはいなかった。

もともとここに来るようになってから、何度かそうしたことはあった。ちょっと気になることがあるからと、飛び回るようにいなくなって、気まぐれにふらりと帰ってくる方だった。

いるときはいるときで、屋敷の中に籠もりきっている。

私が屋敷の二階より上に上がるのは禁じられているから、この場所に来ても会える日より、会えない日の方が多いほどだ。

だからとても親しいかと言われればそうではない。今だにどう接していいのか迷うこともある。

そんな距離感でも、全く心配をしていないわけじゃない。

実際もしかしたら、何かがあるかもしれない。一ヶ月もいないとそう思うことが一度や二度ある。

でもそのたびに、導かれる結論は同じだ。

私ごときが心配する必要はない、と。

そんなことは『おこがましい』ことだ。

私ごときが──この『ケルラ・マ・グランデ』で。

『人間の国』を『樹海』に変える、災厄の出来事、その元凶として魔王となったお方の安否を、私が気にすることなんてことは。

そんなこと、おこがましいことでしかないのだ。

薬草園から摘んだ薬草を、屋敷の側にある倉庫のような建物に持っていく。自由に使っていいと、ティアル様から与えられた場所だ。

それから屋敷の中へと入って、置かれている魔道具のいくつかを手にとって再び外に出る。その時に話し声が聞こえた。

ティアル様が帰ってきたのだろう。そう思って、でもすぐに疑問がわいた。

──なぜ、話し声がするのだろう。

いつもお一人で帰ってくるはずなのに。

私は魔道具をもったまま、屋敷の裏に回って、身を隠しながら様子を伺った。

そこにいたのは、確かにティアル様だった。

ただしなぜか人間の男もいる。

人間……。それは一番出会いたくない存在だった。

魔族としても、もちろん戦うべき敵で。そして花人族としても捕まれば体良く金に変えられる。心の底から、身体を包む嫌悪感が湧く。

このとき私は一瞬「このまま身を隠していようか」と悩んだ。

だがティアル様が、あえて人間と仲良くしている意味はなんなのだろう。それだけでただの人間とは思えない。それに人間から常に狙われる花人族の私がここにいるとわかっていながら、あえて人間を連れてくるようなことをするお方だろうか。

そこまで考えて私は何か理由があるのかもしれないと考えにたどり着く。

私に関係があることなのかまではわからないが。

まさか私を差し出すために、連れてきたわけじゃないはずだ。

少し……怖い……。でもそれなら、仕方がないことだ。

それよりも最も最悪なことがある。ティアル様が人間に私を売るよりも最悪なことだ。それは私が必要で、私の何かを頼って、ここにきたときの場合だ。最弱の魔族である私の力が必要だとは思えない。だがもし仮に必要で、私がその時に身を隠してしまったら。それが……一番最悪の事態だ。

いただいた恩に背くこと。

それが一番最悪の中の最悪。

だから私は屋敷の影から姿を現して──声をかけた。

ティアル様と人間の男が──こちらを向く。

妙な男だと一目見ただけで理解することができた。

その男は地味だった。着ているものも、髪の色も、灰色。

洞窟だと景色に同化してしまいそうな色合い。

存在感も、あまりない。

でもだからこそ、私はその男が強烈に感じられた。

地味で、存在感が希薄だからこそ──。

あまりにも濃厚に感じられるその『超越』が不気味でしかなかった。