軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第46話 巨大な存在と、眠りの幸福

少し前で歩くティアルの背を視界に入れながら、俺は案内されていた。

ティアルの知人が住んでいるという、場所に。

終焉の大陸に住む人……。

『十年』、この大陸の中を彷徨っていた。

その中で感じたのは、人のいた痕跡は大陸にはない、ということだ。

だから感じた疑問は、割と普通な事なのだと思う。

一体、誰が。どこで。どうやって。この大陸で暮らしているのか。

ティアルに聞いたときは、そう思った。この大陸で今この瞬間誰かがすごしているのかと。

その疑問は、すぐに解消された。

ティアルに「案内するから、ある場所へ行かせてくれ」と言われた、その瞬間に。少なくともどこで、どうやってという疑問は察することができた。

なるほど。確かにそうした手段ならば、住むことができるのかもな、と。

潮風が吹いていた。香る匂いは既にここ数日で嗅ぎ慣れたものだ。

視界に入る灰色の髪を見て、少し髪が伸びてきたかもと思いながら、さらに先に広がる青をぼんやりと見つめながら歩いていた。

岩に波があたり、水しぶきが潮風にのって顔にあたる。

足下には小さな、異世界特有の不思議な生物があちこちにいて、見ているだけで飽きる事はない。

「終焉の大陸に一体どうやって、と思ったけど。なるほどなぁ」

「くくく。終焉の大陸であろう? 『一応』はの」

俺とティアルが現在いるのは、ここ大陸沿岸部。

そして俺は足を止め、視線の先にある海。そこに浮かぶ、『ある場所』をみながら呟いた。そしてティアルの返事に確かにとうなずいて返す。

確かにそこは『一応』、終焉の大陸だった。

視線の先。

魔物がちらほらと飛んでいたり、水からはねたりしているそのさらに先に、あるもの。それは『小島』だった。

本当に小さな小島だ。ここから見ても、島の端と端がわかるほどには。距離もそう遠くはない。

「小島か……。大陸と呼ばれる場所なんだし、確かにあってもおかしくないけど……。でも何故か今まで、考えもつかなかったな。あそこに住んでいるのか、ティアルの知人とやらは」

「そうじゃ」

「そうなると、海を渡らなきゃいけないな……」

あまり透明度はなく、じっと見ていると黒い影があちらこちらで動いている海へ視線を向ける。さらに少し遠くで魔物の死体が打ち上げられて横たわっているのを見て、ここは泳ぎたくないなと思った。

「わしが背負って運んでやろうかの?

さすがに大陸を渡るのは無理じゃが、これくらいの距離ならば可能じゃ」

「うーん……」

ティアルに提案されるものの、それも気が進まない。どちらか選ぶならば、まだ泳いだほうがいい。

「どうするかの?」

「とりあえず方法を考えたから少し下がっててくれ」

「む、わかったのじゃ」

ティアルを下がらせる。好奇心の強いティアルは一体どうやってやるのかと目を輝かせている。

【アイテムボックス】から俺よりも十倍近く大きい、もはや巨大といってもいい『大木』を取り出す。大木はゆっくりと海の方へ倒れ、盛大に水しぶきをあげて水の上を浮いていた。

「一体何故そんなものを持っていたんじゃ……」

ティアルの呆れるような声が背後から聞こえる。

緑の力で構築した、森から採っておいた大木を俺は【アイテムボックス】に入れて持っていた。

「まぁ、ちょっとな」

本当は船を作るために持っておいた木なんだけどはぐらかす。

おそるおそる海の上に浮かぶ、大木の上に足を乗せる。二、三度体重を乗せて、大丈夫そうだと確認すると飛び乗った。

「大丈夫そうだな」

大木は横幅もかなり広く、乗っても浮力は十分だった。

それに形が歪なため、重い部分が海面のほうに沈んでいるので、横に回ることもない。

「なるほどのぉ。しかしその大樹一本で小島まではいけないじゃろ」

「さすがにこの一本で行くのはきついな」

大樹といっても精々二十メートルほど。遠くに浮かぶ島にいくにはあまりに足りない。

それをわかっていながらも、少し揺れる大木の上を端まで進む。既に大木の下ではちゃぷちゃぷと波が当たっており、ここは完全に海の上だ。

そこでさらにもう一本。【アイテムボックス】から大樹を取り出し海へ浮かべる。

「ふむ。そのまま大樹をいくつも浮かべ、小島までいくのかの」

「いや使うのはこの二本だけだよ」

俺は今浮かべたばかりの大樹に飛び乗る。同時に、今まで乗っていた大樹にユニークスキルの【物質転移】を使い、ちょうどこの大木が途切れるあたりに転移させた。

盛大に海に落ちる大樹。驚いた魔物が音を立てて逃げたり、大木に攻撃する。今乗っている大木もかなり揺れた。もう少し海面ギリギリに転移させる必要がありそうだ。

でもとりあえず、これで海の上に足場がさらに増えた。

「……。もはやその方法で大陸を出られるじゃろう」

「大陸と大陸をこの方法だけで渡るのは無理があるだろう」

さらに付け加えると、こんな苦行じみた方法で出るほど切羽詰まって大陸を出たいわけじゃあない。

殺気を出し、大木に攻撃している魔物を追い払う。それでも消えない魔物は投石で追い払いながら、再び大木を転移させてと。それを繰り返しながら、海の上を進んだ。

その間ティアルは俺の行動を見守るように側で飛んでいた。

ときおり会話をしながら、翼をパタパタと動かして空中を進んでいる。驚いたのは、ティアルが俺の歩く速度に併せて飛ぶスピードを落としていたことだ。飛んで併走している。

「その、飛んでいるのは、翼の力で飛んでいるのか?

それとも何か魔法やスキルだったりするのか?」

気になって尋ねてみた。

「両方じゃの。翼も使っておるし、魔力も、スキルも使用しておる。

それに悪魔族には、【固有スキル】に【飛翔魔法】というスキルがあるからの。元来、悪魔族は飛ぶことに長けた種族なのじゃ」

「へぇ、【固有スキル】で飛んでいるのか」

大陸を出たことない俺でも、スキル関連の知識はある程度持っている。

【固有スキル】は種族ごとにあるスキルだ。

同じ種族ならば、種族特有の【固有スキル】は誰であろうと等しく持っている。勇者にも【勇者のカリスマ】や【ポテンシャルアップ】などの【固有スキル】があり、俺と日暮は同じ種族ということで【固有スキル】は同じだ。効果が微妙だから俺はあまり勇者の【固有スキル】は使ってないが……。

それから終焉の大陸の海なので、途中、大なり小なりいくつかハプニングがあったが、やがて小島の全容が見える所まで近づいた。

「なんというか……。

大分、生い茂ってるな」

かなり小さな島なのに、異様なほど植物が生い茂っている。

さらに、やたらとでかい一本の巨大な木が、まるでこの島は自分のものだと主張するように高々とはえている。その木は、途中まで枝がない。だがある一定の高さを越えるとストレスを爆発的に解放するかのように、枝をのばし、葉を茂らせていた。

木でできた傘、天然のドームを思わせるそんな木。

「ここにくるのも、ひさしいのう」

しみじみとした声を出しながらティアルは島の上へ軽やかに着地する。後に続き、俺もようやく小島にたどり着いた。渡るのに使った大樹を【アイテムボックス】に入れ、視線を前へ向けるが、長く生えた雑草に視線を遮られ島の奥は窺えない。

本来ならば、こんなところに本当に人がいるのかと疑問を感じるところだ。

だが俺は既に、上陸したあたりから気配を捉えていた。とても大きな気配だ。

なんだろうなこの気配……。

今まで感じたことない感じのものだ。

終焉の大陸で感じる魔物とかの気配ではなく、純粋に、何か存在そのものが大きい。そんな気配がする。

これ、本当に行って大丈夫なやつなんだろうか。

「ティアル。これ、本当に俺が行って大丈夫なやつなのか?」

「ふむ。一度言ったが、大丈夫かどうかは正直いってわからぬ。

奴は相当気むずかしいからの。不用意な行動だけは気をつけたほうがよい」

「……わかった」

とりあえずここまで来たからには、相手の顔だけでも見て帰ろう。

何かあったら、『ドア』を出して逃げられるし。

手を伸ばし、草をかきわけて島の奥へと進んでいく。

かき分けたときに腕にずっしりとかかる草の重さ。かきわけてもかきわけても、新たに見えるのは草ばかり。だがやがて、終りがきた。草をかきわける手にかかる質量を少なく感じ、そしてその草の束を両手で左右にかきわけた瞬間、視界は壁が取り払われたかのように一気に開いていく。

目に入った光景に息を飲んだ。

広場だ。

頭上を覆う枝葉の隙間から、微かな光が降り注ぐ広場。今まで生えていた生き物を拒絶するように生えていた草は、その広場に入った瞬間に消え、芝生のように踏み心地のよさそうな短い草が広がっており、草と草の間では色とりどりの花が顔を出している。

この島を象徴する一本の大樹の根元は、くりぬかれたように大きな空間があった。

そこに俺の感じた『大きな気配』を発する存在はいた。

花々はその存在を飾りたてるように咲き、一本の大樹はその存在を守るように覆い、そして漏れた光はその存在を祝福するように照らす。この広場のすべてが、その存在のためだけに作られたような空間だと思った。

「『知人』と言ったが、正確には──知、『竜』じゃな」

いたずらが成功したかのようにティアルは口に出す。

しかし俺は確かにこうして驚き、言葉を失っているのだからティアルのいたずらは成功といっていいのかもしれない。

『竜』だった。

『巨大な気配』の正体は。木の根本のスペースで、静かに息を立てながら眠っている。正真正銘の竜だ。紛うことなくて、それ以外の何者でもない。男の子なら一度は空想したことあるイメージそのものの竜が眠っていた。

「……すごいな」

感嘆するように、小さく呟いた。

終焉の大陸でいろいろな魔物を見てきたけれど、竜は一度もみたことなかった。だからこの世界にはいないのかと思っていたが。まさかこうして、見ることができるとは。

ゆっくりと竜との距離を詰めていく。竜は眠ったまま起きることはない。深く、深く眠りについていた。

美しい竜だった。澄んだ美しい緑色の鱗は、よくみるとじんわりと光を発していて、朝の庭園のように見ていると心が洗われる。

あまりの美しさに、何かの引力で引かれたかのように、竜の鱗に手をのばした。

ひんやりとした固い感触を感じる。これが、竜の鱗……。

「──き! 何しておるんじゃ!」

「うん?」

ティアルの声に入ったのと同時に、頭上で空気を裂いたような音が聞こえ、飛び退く。

その次の瞬間。俺が元々いた場所を中心に、尋常じゃない打撃の音が広場に響きわたる。花と草が土ごと飛び散り、あたりでは土埃が舞う。

ティアルが側によってくる。

「不用意な行動は避けよといったじゃろう……」

あー……。

「そういえばそうだったな……。悪い、ちょっと珍しすぎて」

ティアルに謝る。

そして舞い上がっていた土煙の方へ目をむけると、既に土煙は消えかかっていた。土煙の消えた後に残っていたのは、地面に半分ほどめり込んだ、巨大な竜の尻尾だった。

「──そこの、悪魔」

声が聞こえた。女性の声だ。しかしここにいるティアルの声とはまた違う。

「ここに人間をつれてくるなんて、一体どういうつもり?

私が人間をどれだけ嫌っているか。まさか、理解していなかったとでもいうの。ねぇ、そこの小娘。

『ティアル・マギザムード』。魔王なんて呼ばれるようになって、調子に乗ってる?」

竜の声だった。

言葉を発するごとに、少しずつ場に威圧感が満ち始める。存在の圧迫感をとてつもなく感じる。

俺とティアルは竜によって重くなった空気の中、毅然と竜と向かい続ける。竜はうんざりとした雰囲気を出しながら、言葉を続ける。

「はぁ……。折角。人を避けてこんな僻地まで来たというのに。まさかこんなところにまで、契約を求めて人がやってくるなんて。呆れるというか、一周まわって尊敬すらしてしまいそう。 他人(ひと) 頼みの根性で、こんな所までやってこれるようなら、見上げたものだわ」

竜はまだ会ったばかりだというのに、かなり怒っている。

口振りからすると人間がかなり嫌いらしい。

ティアルに大丈夫なのか視線を向けると、ちらりとこちらに目を向けて人差し指を立てて口にそえる。そして視線をそらし、竜の方へと顔をむけた。

「『ハラトゥザルティ』。突然連れてきたのは、申し訳なく思っておる。しかしここにいる灰羽秋は、ただの人間ではない。わしがつれてきたのは、お主のためにもなると思ってのことじゃ。秋にはお主が竜だと告げずに連れてきた。だから契約のこともしらぬ」

「……私のため? おかしい。本当、おかしなこと言う。もしかして終焉の大陸から逃げる途中で、力つきて海を漂っていた時に拾ってやった恩とでもいうの? その人間を連れてくるのが?

そもそも、なぜ事前に許可を取らなかったの、ねぇ」

「お主は人間を呼ぶと言ったら、話も聞かずに拒否するであろう」

「当たり前。当たり前じゃない、ティアル。ティアル・マギザムード。

そもそもあなたは、何もかもが見当違いも甚だしい。私がお前を拾ったのはただの気分だし、今の状況はどうみたところで恩を仇で返しているもの。そもそも私のためにって言ってるけど、今の状況に私は『満足』しているのに、『私のため』ってなにそれ。まるで今の状態が悪いかの言いようね。ほんとちゃんちゃら、おかしい」

「……」

「魔族、人間。うんざるするわ、ホント。顔を見れば契約契約。竜の事を力を増やすための装置だとでも、思っているの。あぁ、イライラする。イライラしてきた。

まさかこんなところにまで契約を迫りに来るなんて、ほんと鬱陶しい。虫みたい、本当」

今まで態度には出ていなかった苛立ちも、徐々に口調に影響しはじめてくる。

「……勝手に来て、申し訳ありません。それと、起こしてしまったことも謝ります。

ご不快なようなので、すぐにでも俺はここから去りま──」

俺が原因のようなので、出しゃばりかもしれないが謝罪の言葉を告げ、すぐにでも去ると口にだそうとした瞬間、目の前が一瞬ブレる。前に片手を出すと、その手を巨大な尻尾がしなるように襲いかかってきた。尻尾と手があたり、高い音が響く。片手で受け止めたため、竜の尻尾は差し出した手の先に進むことはない。

「帰らせるわけないじゃない。帰らせるわけ、ある? ねぇ。

困るのよ、ここの場所をぺらぺら喋られると。この場所は私の、最後の楽園。人間に群がられるともうゆっくりと眠ることができないじゃない。好きなのよ、眠るのが。

だからお前は消す事にする。ティアル、あなたにもお仕置きだから」

受け止めている尻尾の力にさらに力がこもる。さらに片手に力を入れ、竜の尻尾を止め続けると、竜は目を見開き瞳に驚きの色を乗せる。そして最後には表情を忌々しげに変えた。竜の顔といっても、口元と瞳は人間以上に表情豊かのように感じた。

「チッ。なに、こいつ。本当に人間?」

「待て、ハラトゥザルティ。落ち着くのじゃ」

ティアルの制止を無視し、竜……『ハラトゥザルティ』は今まで寝そべらせていた体を四肢で持ち上げ、真っ向から俺と対峙する。危機感を感じ、後ろへ跳びのくと、俺の元々いた場所の地面がえぐれた。えぐれた地面から、ハラトゥザルティの方へ視線を移すと、苛立ち名がら攻撃につかった前足を振って土を落としていた。

「人間のくせに……。人間のくせに、なにそれ。なんで黙って、やられないの。生意気。許せない。何様。

至高の種族である『竜族』の中の、さらなる至高である七柱の王。そのうちの一柱である『竜王』を相手に、ほんと、何様のつもりよ」

段々口調に含まれる怒りは増していく。瞳は異様な輝き方をしており、ぎろりとこちらを見つめている。

「私は『緑竜王』。人間なんか容易く、軽く消し飛ばしてくれるわ」

竜王の体、尻尾から指の先まで、全身に隈無く『金色の紋様』が浮かび上がる。その紋様の光は脈動するように上へ上へと紋様を伝っていき、そしてその終着点であるハラトゥザルティのぱっくりと開かれた口には少しずつ金色が集まってきていた。

こちらを見つめるハラトゥザルティの目が、いつの間にか緑から金色に染まっていて、怒りの感情が伝わってきた。

──これは、ちょっと不味いかも……。

先ほどと同じようにまた避けよう。そう思い足を動かした、が足に違和感を感じ下を見ると足に植物がからみついていた。力ずくで引きちぎっても、さらに生えてからみついてくる。

どうやら、どうあっても、俺に攻撃をあてたいらしい。

内心ため息をつく。

できれば、戦いたくはなかった。ティアルの知人だし、竜の彼女には彼女なりの事情が伺えたからだ。他の大陸に知り合いなどいない俺は他の人間に竜の居場所を伝えようがないとわかってもらえれば、この場は収まると思った。

しかし『殺す気』で来るなら別だ。

俺は殺す気で来る相手に、戦いを選ぶことを、躊躇わない……。たとえ相手が誰で、自分に非があろうと、なかろうと。殺しにくる相手に、むざむざとこの身を差し出し死を選ぶことをすることは、決してない。

魔力を体に巡らせる。【アイテムボックス】から剣を取り出して、本気の殺気を出して竜王を見据えると、力を貯めている竜王の体が一瞬ピクリと動く。そしてその瞬間から心なしか貯まっている力が速まった。

「いいかげんにせぬか……」

ティアルがぽつりと呟く声が聞こえるが、俺に害は無いと判断し、無視する。

手を竜王の方へ向けて、スキルを発動する。

「連れてきたわしに攻撃するならばとにかく、巻き込まれただけの秋にこれ以上の狼藉は許さぬ……」

竜王の力が貯まったと思われる瞬間。広場に閃光のような光が強く広がる。

竜王は一度口をとじ、力を収縮させ、そしてもう一度開けた瞬間に力を解放した。

「消し飛び──」

「【 爆破(ファイア) 】」

力が解放される瞬間に合わせ、竜王の口、力が溜まっている場所に【爆破魔法】を発動させる。起きた爆発は小規模だが、溜めていた竜王の力を巻き込み、さらにもう一度爆発した。

「「あ」」

俺とティアルの声が重なる。【爆破魔法】を使用し二度目の爆発が後、既にふらふらとしている竜王にさらにティアルの攻撃が襲いかかった。

かなりの量の煙を顔からあげて、竜王は顔から地面に倒れる。視界は倒れたときに巻き上がった土煙と竜王の顔からあがる煙で遮られる。

「……」

「……」

うーん……。

こちらも本気で倒す気でやったこととはいえ、ちょっとやりすぎてしまったかと思わなくもない。ティアルも駄目押しを決めてしまったからか、バツが悪そうにしている。俺はともかく、ティアルにとっては知人だからな……。気絶してたら、【治癒魔法】をかけてここから去ろうか。

そう決めた瞬間、煙の先で一瞬光が灯る。

そして同時に煙りの先で見えていた大きい竜の影が消えた。

──なんだ……?

『巨大な気配』は未だ消える事はない。しかし煙に映っていた竜の影は確かに消えた。

一体何事かと疑問におもっているうちに煙がはれていく。

そして竜の体があった場所に立っていたのは一人の美女だった。

背の高い女性だった。俺と同じか、それよりも少し高い。

すらりとした長身が映える服装を身にまとっていて、緑色のショートボブは綺麗に揃い艶やかに光を反射していた。顔は文句がないほどまでに、完璧に整っており、気の強そうな緑色の瞳は宝石のように光っていた。

所々焦げて煙りがあがっている髪と、殺しそうなほど憎しみの感情に溢れた瞳と、ダラダラと口や鼻から流れ続ける血を除けばもっと美しかっただろうことは間違いない。

「ねぇ」

先ほどの竜王と、全く同じ声を発する女はゆっくりと俺の方へと近づいてくる。

「ひどいと思わない? これ」

どうやら、何かしらの手段で人の形になったらしい竜王は

口から血を吐き出し、焦げた部分の髪の毛を爪で切り裂きながら告げた。

「ニ対一で攻撃して。私が何かした?」

「攻撃しようとしておったじゃろう」

ティアルが横から口を挟む。

「ブラフよ」

「……」

きっぱりとそういう、竜王の言葉に、俺とティアルは押し黙る。

「少し脅してやろうかなってブラフでやっただけ。

それなのに、二人で躍起になって攻撃してきて。恥ずかしくないの?」

かなり無理のある理論だった。

それにあの最後の攻撃以外にも俺は攻撃を受けている。

「私の『願い』を、一つ聞いてくれたら水に流してあげる」

「納得できない。俺に非がある可能性はあるかもしれないが、それでも一方的に俺が──」

「別に、そんな難しいお願いを言おうってわけじゃない」

目の前の女が言葉を遮って言う。

「『名前』がほしいだけなのよ」

「なっ──」

ティアルの息を飲む声が聞こえる。

「名前……?

名前ならさっき自分のを名乗っていたじゃないか。『ハラトゥザルティ』と」

「なんだか急に名前がほしい気分なの。これくらい聞いてくれてもいいと思わない?

ほら、まだ血がとまらない」

ハラトゥザルティは腕で垂れてくる鼻血を拭う。

正直言って、かなり怪しい。どうしようかと考えていると、ティアルが口を開ける。

「あ──」

「黙れ」

ハラトゥザルティは今まで視線を向けていなかったティアルへと顔を向け、低い声でティアルの動きを制止した。漏れ出る殺気は本物で、ティアルは不満な顔を浮かべながらも口を閉ざした。

「……」

その様子を見守りながら考える。

そういえば、こんなシチュエーション。一度どこかであったのを思い出した。どこだっけな……。

「あと五秒で決めて。名前をくれるの?

それとも本気でここにいる三人で命を賭けて本気で殺し合ってみる? 私はどっちでもいいけど。ちなみにあと三秒ね」

考える暇も与えられることなく決断をせまる。

一度ため息をつく。

「二秒」

カウントは進む。

「一秒」

ここでティアルが身構える。しかしその表情はとても悲しい表情をしていた。

「ゼロ──」

「よもぎ」

ピタリとハラトゥザルティのカウントが止まる。

「よもぎだ。これでいいんだろう。名前だ」

「よもぎ……。よもぎね。そう……。

ちなみにどんな意味なの?」

「よもぎは草の名前だよ。ぱっと思いついたやつだから、意味は別にないが……。

でもよく燃えることからよもぎってついたって説もあるから、そういう連想からきたのかもしれない。一応花言葉は『幸福』だからそっちかもな」

「最初の理由はちょっとよくわからないけど、そう。『幸福』ね……。幸福……」

ゆっくりとハラトゥザルティ……もとい『よもぎ』は俺の方へと歩いてくる。

害意は既に感じないが、何か企んでいる感じはあった。

距離を取ろうか、そう思い一歩後ずさったものの、彼女の放った言葉でピタリと足が止まった。

「私の『幸福』は『眠る』こと。この世界で唯一、『眠っている間だけ』は私は『幸福』でいられるの。輝かしかった、過去に浸ることができる……。もう何もかもを失ってしまったこんな世界ではなくて……。

それを邪魔した責任取ってもらうから。それに私、自分より強い人って嫌いなの。何が何でも引きずりおろしたくなる。この化け物が」

次の瞬間、まだ距離のあったはずのよもぎの顔が一瞬で近くなる。ふわりと花の香りが鼻腔をくすぐったかと思うと俺は、よもぎと唇と唇を合わせていた。至近距離には美しいよもぎの顔があり、口の中には血の味が広がる。俺のじゃなく、よもぎの血だ。

「私、よもぎは主、灰羽秋とともに、『祝福』の道を歩むことを誓う」

唇を離し、見下すように一度笑うよもぎ。そしてよもぎが言葉を放った瞬間、地面に先ほど竜の体を巡っていた黄金色の模様が広がる。胸の内が一瞬熱くなったかと思うと、まるで太い血管が一つふえたかのように、『つながり』が自分の中で増えたのを感じた。

その感触で、完全に思い出す。

冬だ。

精霊の冬と契約を結ぶときに、そういえば似たようなことをしていたんだ。

「さぁ、私の主人。願いを言いなさい。祝福の道は互いに願いをかなえあって初めて歩めるものよ」

──願い?

「願いは……」

そこで、言葉がつまる。

「ないの?」

「……」

答えられない。

その様子をみて、よもぎはクスクスと笑う。

「なぁんだ。あなたも、私と同じじゃない。『からっぽな命』。

うふふ、これじゃあ契約はまだ不完全だけど、まぁいいわ」

「……」

「よろしく、ね。アルジサマ……」

よもぎは耳元でそう囁くと、暗い笑みを浮かべながら少し離れていく。

「ハラトゥザルティ!

何をやっておるんじゃっ! お主は!!」

「私の名前は、よもぎ。間違えないでくれない?」

「今はそんな話をしておるのではない!」

ティアルとよもぎの言い合いが始まる。唇には未だ口づけの余韻が残り、血の味が微かに残った口が気になってしょうがない。

かなりヒートアップしていくティアルとよもぎの言い合いを耳に入れながらため息をつく。とりあえず、一段落ついたのだろうか。いや、ついた事にしてしまおう。これ以上ここにいる理由も、意味もない。

「よもぎ、眠りを邪魔したのは悪かったよ。ごめんな。

それじゃあ俺は帰るから」

告げたいことだけ、告げると【部屋創造】の能力でドアを出現させる。

現れたドアの取っ手をひねり、開けるとラウンジの光景が広がる。

ラウンジの中に入ると、言い合いしていたティアルが急いでかけて入ってくる。

そして、その場で一人残されていたはずのよもぎも何故か部屋の中にむかって、ティアルに続いて入って来た。

「お前も来るのか?」

「お前って言わないで。私には名前がある」

「……悪い。よもぎも部屋に来るのか?」

「何? 私に指図しようってわけ?

私がどこにいようと私の勝手でしょ」

「……まぁ、好きにすればいい」

「言われなくても、そうする。主人面しないで」

部屋の中に入れたようだし、害もないかなとついてくるよもぎを放っておいて進む。

ラウンジの上の階は二階、三階ならまだそのまま降りられるが、それ以上となると降りるのに時間がかかるため角の所にエレベーターが設置してある。そこに入って、ラウンジ一階部分へと移動する。

「お帰りなさいませ、秋様」

エレベーターの扉が開くと、春がお辞儀をして待っていた。

「春、ただいま」

「戻ったのじゃ」

「ティアル。挨拶はきちんとしなさい」

「む、ただいま戻ったのじゃ。って何かこれ違いがあるのかの?」

「さあ。ウザかったからいっただけですので」

「相変わらず、春は辛辣じゃのう!」

ケラケラ楽しそうにティアルが笑う。何が可笑しいのかわからない……。

ただなぜかわからないけれど、ティアルは春と相性がいいらしかった。

「ねぇ」

そこで退屈そうな表情を浮かべていたよもぎはここにきてから初めて声をあげる。

「眠れる所に案内してちょうだい」

春に命令口調で告げるよもぎ。春の顔が無表情になり、ティアルの顔が少し強ばる。

「あなた様は一体どちらさまでしょうか」

「別に。誰だっていいでしょう。いいから、はやく案内して。その姿、使用人なんでしょう? この男の」

「ええ。私は秋様に仕える使用人でございます。

そしてあなたに仕える使用人ではございません」

「何なの? 口答えする気?」

「はぁ、どうしてこう、大陸の外の住人というのは愚かな人ばかりなのでしょうか。日暮といいティアルといい、あなたといい。禄な人がいません。大陸の外は愚かさの巣なのでしょうか。それとも我らが主がそういったものを惹き付けてしまうのでしょうか。そうならばこの春、心配を感じずにはいられません」

ティアルが小さく「さらりとわしも攻撃されたの……」と呟く。

「……愚か? 愚かっていったの?

至高である竜王のこの私を、使用人風情が、愚か呼ばわり? 許さない……」

よもぎが攻撃をしようと手をあげる。

その瞬間、ラウンジには殺気が満ちる。

全員の目が、殺気を放つ人物に向けられた。

俺はその全員の目を『受け止め』、はっきりとよもぎに言葉を告げた。

「春に攻撃したら、冗談じゃ済まさない……」

自分でも驚くほど、冷えた声だった。

しかしそれでも矯正することはせず、冷えた声のまま、告げる。これは警告だ。

「これだけは、はっきりと示しておく。

もう一度言うけど、俺は『春に攻撃したら、冗談じゃ済まさない』。例え竜王でも、魔王でも、勇者でも。それが例えどこの誰で、どんな力をもって、どんな思想をしていようともだ」

はっきりと、そう告げる。

よもぎの人を殺すような光が宿った瞳とにらみ合う。

そして数秒にらみ合うと、よもぎは舌打ちを一回だけして一つのドアをじっと見つめてそこへ向かって歩き、無断で開けて入っていく。ちょうど『リビング』のドアだ。たぶんドア付近の絨毯の皺やドアの取っ手の使い具合を冷静に観察して判断したのだろう。めざといな……。

よもぎに伝えるべきことを伝え終えると、殺気を解く。するとティアルが緊張から解放されたように息を吐いた。春はいつも通り平然としている。

「やれやれ、失敗したわい。すまぬの、秋。

まさかこういう事態になるとは。やつにお主を近づけさせるのは、少し安易だったかもしれぬ。お主も大陸を出る手段を得ることができるし、眠り続ける奴にとってもいい出会いになると、双方にとっていい事だと、そう思ったんじゃが……」

笑顔のなかに、少し疲れの様子を浮かべながらティアルはそういう。

「いや、元はと言えば俺が不用意な行動をとったのが悪いんだ。気にしなくていいさ」

そういってくれると助かる、とティアルは付け足す。

「しかし、なぜあやつの接吻を避けなかったのじゃ。

お主ならば避けることができたじゃろう」

じとっとした目つきで、少し責めるような口調でティアルは言う。

確かに俺は避けられたはずだった。よもぎの行動を阻止することができた。

しかしある言葉が、俺の足を止めたのだ。

『私は眠り続けることが幸福なの』。

眠り続けることが、幸福……。

数年前、精霊の冬と契約を交わしたときのことを思い出す。

「それに、願えばよかったのではないかの?

ハラトゥ……ヨモギに。『終焉の大陸』から出たい、と。

やつならば背中にお主を乗せて大陸を越えることができる。あの強情さからは、普通に頼めばきっと乗せてもらえぬが、契約の『願い』なら話は別じゃ」

「……あぁ確かに、そうだな。なんで言わなかったんだろう」

ティアルの疑問に答えながらも、その内容は今ひとつ、頭に入らない。

その様子を春が心配そうに見ている事も知らずに、俺は今も耳の奥に残っているよもぎに告げられたたった一つの言葉のことを、ぼんやりと考え続けていた。

──『あなたも私と同じ、空っぽの命』。

その後、軽くティアルと会話しリビングに移ると、今にもこぼれ落ちそうな涙を必死に我慢した日暮が、突然自分の部屋を緑の髪をした女に奪われたと落ち込んでおり、俺とティアルは深い溜め息をついたのだった。