軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第119話 態度の悪い彼女と夢の果ての世界

「しかしサイセは、本当に随分と、様変わりしとったわい」

《王背追随》のサブリーダーであるビスケンが、感慨深そうに呟いた。

「……前より、断然雰囲気が良くなってたわね。彼」

「えぇ? そうかなぁー? あんま変わってないと思うけどなー。あ、ちょっとだけ背筋がピンとしてたかも? シヴィ姉は?」

「私もいつものサイセくんって感じねぇ。でも確かに、出会った頃に雰囲気が少し、戻ってたかもしれないわね」

「……シヴィラさんとマルベちゃんは彼のこと昔から知ってるし、中身を見るからそうかもしれない。でもそこまで長い付き合いじゃない私からすると、ちょっと壁があったのよね、彼。ずっと気遣ってる感じが居心地が悪かったし」

「単純にあいつがビビりなだけだろ。そんな悪い奴じゃねえよ。こっちから絡んでいけば勝手に馴染むだろ」

「……あなたみたいに、ズカズカとガサツに他人に踏み込めるわけないじゃない。元々知り合いのゼイトを抜きにしたら後発で加わって親しいのあなただけよ」

「んで文句言われなきゃいけねーんだよ。いいことじゃねーか」

エンリとヒリッヂの軽い言い合いが耳に入る。

確かにサイセに対しての対応はパーティー内でも温度差があった。創設メンバーの七人、元々知り合いのゼイト、それと距離を詰めるのがうまいヒリッヂ。その面子を除けば、サイセは知り合いの知り合いぐらいの距離感だろう。

「……だが、今日はそんな俺たちにまで声をかけてきていた。正直あれは意外だった。やっぱり何か変わったように見える。君は俺たちと一緒に外れていたが、声をかけなくてよかったのか。ウェイドリックと同じくらい付き合いが長いんだろう、シーケット」

「……別に。……生きてたしな。……それに大勢は……戸惑うだろう」

「ふふ、確かにいきなり囲まれて話しかけられて、面食らってたわね彼。あれは可哀想だったわ」

そんな些細な温度差も──今ではすっかりなくなっている。

元々そこまで気にしてはいなかったが、ここまでパーティー内で温度差がなくなり、雰囲気が円滑になっているのは紛れもなくサイセの功績だ。間違いなく何かが変わり、成長して戻ってきたのだ。あいつは認めたがらないだろうがな。

だが実際パーティーでの話題がこうして、さっきまで一緒にいたサイセのことで持ちきりなのが、その証拠だろう。

「だが、俺たちにまで嘘をつくのはいただけねぇなぁ〜。ったくよ〜サイ坊のやろうめ」

ヒリッヂの言葉に、ウェイドリックが反応して答える。

「許してやれ、ヒリッヂ。逆に考えたらいいさ。俺たちにも秘密にするぐらいの訳ありか、厄介ごとに巻き込まれたんだってな」

「分かってるっつーの。ただ一言チクっと言ったって、悪いこたぁないだろ?」

「ふっ、まぁ気持ちは分かるがな。俺も最後は少し強めに詰めたつもりだったが、あれでも答えを濁された。ここまで頑ななのは、初めてじゃあないか? なんにせよ、相当なものを抱え込んだらしいな、サイセのやつは」

「……脅されてるのか?」

声色を少し真面目にしてヒリッヂは言った。

ウェイドリックは「いや」とすぐに首を振る。

「それはないだろう。色々器用にこなすが、人間性は真逆なくらいに不器用で実直な奴だ。そこまで自分を嘘で塗りたくれるような奴じゃない。本心で身も心も捧げる勢いで、何かに傾倒してるのかもしれないな」

「傾倒って……何にだよ?」

「さぁな──。まぁ、それはこれからわかってくるだろう。ここまでくればな」

そう言うと、頷きや、「違いない」といったそれぞれの相槌が飛び交う。

そうして一行は会話の間も動かしていた足を止めて、目の前の屋敷を目に入れた。それは現在サイセがいるだろう古い屋敷だった。

「ここで間違いないんだな、マルベ」

「うん。ほら、あれサイセくんのゴーレムでしょ」

「あぁ、確かに見覚えがあるな。……そういえば昔、あれを自慢するためにわざわざ俺たちのいる別の街までやって来た事があったな」

くすくすと、笑い声が漏れる。

ウェイドリックも笑みを軽く浮かべながら「可愛い所があるやつだろう?」と茶化すように言った。

「さて、それじゃあお邪魔するとするか」

「まさか、こんな早く来られるとはサイセも思っておらんじゃろうて」

「あの様子だと、下手したら逃げられてもおかしくなさそうだからな。早いところ捕まえておかないと。今回は俺たちの冒険者活動にも関わる事と来ている。行動を惜しむ理由はないだろう? ビスケン」

「……サイセが気の毒じゃわい」

そこで一度、敷地を歩いている最中に会話が途切れる。

そうして無言になると、途端に装備や荷物ががちゃがちゃと擦れる音が目立ち始める。人数がいるので、それも結構なやかましさだった。しかしこの状態こそが、冒険者パーティー《王背追随》のメンバー全員が全力で戦うことのできる完全武装した姿だった。

「……サイセを気の毒に思うのであれば、出撃準備にもっと時間をかけてよかったんだがな。俺も戻ったらまさか全員が準備万端で揃ってるとは思わなかったぞ?」

そういうと、全員があらぬ方向をみながら「川が綺麗ね」「あぁ、本当にな」などと無駄話を始めた。こいつらは全く……と、ウェイドリックはため息をつく。結局、全員乗り込む気満々だからこそ、この早さでここに辿り着いている。

そうしてる間に、屋敷の扉の前まできた。見た目の古さや立地の悪さの割に、作りや門構えはかなり正統で大きさも立派な屋敷だ。扉もかなり大きい。

その扉を、ウェイドリックは叩く。少し時間が経ち、もう一度叩こうか悩み始めたところで、キィと音を立てて少しだけ扉が開いた。隙間から見える、どこか呆れたようなサイセの目がこちらに向けられる。

「……来るとしても、別れたその日のうちに来るか? まだ何時間も経ってない……昼時すら終わってないぜ。いくらなんでも早すぎるだろ」

「終焉の大陸に関わることだぞ? これでも待った方だ」

「……いや、どこがだよ。最速だろ。ただ自分たちが準備する時間が必要だっただけじゃねーか」

「いいや、十分待ったな。なんせ俺たちは、そのまま帰るサイセと一緒に行ってもよかったんだからな」

「…………。はぁ〜〜〜〜」

長いため息。

そのあとに扉が、大きく開かれる。

「まぁ、いいさ。入れよ。雇い主の許可も取れたからな」

「いいのか?」

「おいおい、あんたが押しかけたんだぜ。どうせ、是が非でも中に入るつもりだったんだろ? いいさ。俺の今の職場に来て、雇い主に会いたいってなら、会っていけばいい。案内もするしな」

「そうか。感謝する、サイセ」

「あぁ」

サイセの言葉に、全員が声を抑えながらも湧き上がっていた。

ウェイドリックも同じ気持ちだった。最悪力づくで追い返されて拒否されることも考慮していたし、そこまでされたら流石に引きかえす気持ちもあった。逆にいえばそこまでされなければ強引に押し入っていただろうことは棚に上げて、もたらされた最上の結果を喜んだ。

「ただ念の為に言っておくが、これから会わせる人は俺の恩人だ。あんたたちならそこまで心配しちゃあいないが、それでも一応気をつけておいてくれよ?」

「だ、そうだ。お前ら、わかったな?」

まちまちとした返事が上がる。こういう時まとまりがあるのか、ないのか。自分で作ったパーティーながら、よくわからない。若干不安だが今更引き返すなんてことはありえないので「大丈夫だ」とサイセに返事をして話を先に進めた。

「んじゃついてきてくれ」

そうして屋敷の中に入る。

「うわぁ……きたなー」

「掃除したくなるわね」

「掃除は生きる基本じゃろうて」

屋敷に入った途端、遠慮のない仲間の言葉が飛び交う。直前に失礼をするなと遠回しに言われといてこれだ。こういう所は身内ながら本当に頭がいたくなる。客分の身をわきまえて上手いこと誤魔化すか、帰るまでは黙っておいてほしいところだ。

「一応ここで間借りしてる身だから、勘弁してくれ。それにこれでも今掃除してるところなんだよ。まぁ、ここいらのもんはほぼ館の主のもんだから、借りてるだけの俺たちは触れないんだけどな……」

苦笑いを浮かべたサイセが答え、先に進んでいく。

「こっちだ。この階段の人形も踏まないように気をつけてくれよ? 端のほうだけ足の踏み場をなんとか作ってあるから、面倒かもしれないがそこを通って上がってくれよな」

そう言って二階へ上がるサイセに続く。

ウェイドリックはパーティーでも先頭を歩いていたために難なく進めたが、後ろを見ると少し手こずっているようだ。

「サブリー、遅い。後ろつっかえてる」

「むう! もうちょっと幅を広くは取れんかったんかいッ……! 歩き辛くてしゃあないて!」

「ちょっと、押さないでよ」

「ゼイト、踏んだら弁償だってよ。気をつけろよ? おりゃ」

「ぬぅぅぅ!!! 耐えるッ!」

「……遊んでないで早く進んで」

いや、遊んでいるだけか……? 全く……。

「先に行っているからな」

ウェイドリックは後ろに一言そう告げると、二階にあがってすぐの部屋へ入ったサイセの後を追う。中は特に物という物がなく、細長い作りをしていて、どこかへ繋がるドアが点々と置かれていた。一面に敷かれたカーペットと、ほぼ一面の壁といっていいほど大きな窓は見事だが、どちらかというと部屋というより廊下に近い場所だ。

その部屋で、サイセは大きな窓に向かって立っていた。どこか満足げに、外の景色を眺めている。

そんなサイセの横で、同じ景色を目に入れながらウェイドリックは黙って立ち並ぶ。一瞬サイセから視線を向けられるものの、すぐ外されたのが、肌で感じられたが特に気にしたりはしなかった。昔からの付き合いだ。こんな風な二人だけの時間も、慣れたものだった。

「……あんたら、わざわざ全員でここまで来たんだな」

サイセから話をふられる。頷いて答えた。

「終焉の大陸が絡むことだ。誰かを置いていこうものなら恨まれたって仕方がないからな」

「……完全武装でか?」

「それも終焉の大陸が絡むことなら、当然のことだ」

笑ってそう答えると、サイセは呆れたように息を吐き出した。

……それだけ、か。

今の言葉は暗に「サイセの雇い主は終焉の大陸に関わっている」と決めつけているような言葉だったが、否定の言葉はなかった。

正直勘で決めつけてる自覚はあるが、この反応だとまるっきり見当違いということはなさそうだ。それに宿で会った時と違い、誤魔化す様子もない。少なくともすべてが嘘で塗り固められた真実を明かされることはなさそうだと、ウェイドリックは心の中で安堵した。

「ったく、本当に終焉の大陸バカだな。…………頭のネジが取れて、さらにそのネジ穴に鼻くそ突っ込んでるみたいによ」

……おい。ひどいやつだ。そんなことを思っていたのか?

道理で誘ってもパーティーに入らないわけだ。

「それで、終焉の大陸では何があった? サイセ」

「……それは」

言い淀むサイセに、ウェイドリックが言葉を続ける。

「もうすぐ分かるんだろう? 少しだけ先に知ったところで、何がどうなるわけでもない。心構えとして知っておいた方が、お互いのためになるんじゃないか?」

「あー……まぁ、確かにな……。ここまできちまったんだし……でも言ったところでなぁ……」

「なんでもいいから、とりあえず言ってみるだけ言ってみろ。な?」

「はぁ、分かったよ」

折れたサイセがそう言って、一呼吸分の間を空けながら、部屋を軽く見回す。いや、どうやらうちのパーティーのメンバーを一通り目に入れたようだ。すでに後続の全員が、この部屋に揃っていたらしい。

「──あんたらは、『終焉の大陸』に『文明』があったって言ったら信じられるか?」

聞かされた言葉をすぐに飲み込めずに、一瞬、時が止まったように部屋が静寂に包まれる。

「……何だって?」

「……どういうこと?」

「文明……?」

どこか呆然とした様子を引きずりながらも、なんとかぽつぽつと表れる反応。こうした反応を予想していたのか、サイセは動じることもなく、さらに畳み掛けるように言葉を続ける。

「終焉の大陸は想像以上に雄大で、圧倒的で、美しい、地獄みたいな場所だったよ。人の介入なんてこれっぽっちもできる余地がないほどにな。俺なんかに忠告なんてされたくもないだろうが、古い顔馴染みだから一応言っておくけどよ。今回は見るだけに留めておいた方がいいぜ。たまたま準備万端で来てるみたいだがな」

そう言ってサイセは、この部屋にあるドアの一つに手をかけて、中へと入っていった。

パタリ……と、ドアの閉じる音を最後に静まりかえった部屋で取り残される。角度的に中は見えなかった。サイセも案内すると言いながら、ドアを開けたままにして招き入れることをする気はなかったらしい。

そんなこと気づかないようなやつでもないのだがな、とウェイドリックは思う。

要するに、好きにしろといったところか……。ついてくるのもこないのも。

「ねぇ、そのドアさー。ずっと思ってたんだけど、屋敷の構造上おかしくない?」

マルベリークの言葉に、全員が改めてサイセの入っていったドアに注目する。そしてすぐおかしな部分に気づいた。その『ドア』は窓と同じ向きについている。この先に部屋があることを考えるなら屋敷は不自然に出っ張った形をしてなければならないが、入る前にみた屋敷はそんなおかしな形をしていなかったはずだ。

「ふっ……」

ウェイドリックは、抑えきれないかのように笑う。

何だ、サイセ……。

少し合わない間に、ずいぶんとワクワクさせてくれるようになったじゃないか。だが、まだまだ俺たちのことを分かっていないな。仕方がないか? ワクワクさせる側は初めてだろうからな。だから教えてやるから覚えておけよ、サイセ。

そんな忠告なんてされてしまったら、より燃え上がってしまうのが、俺たちであるということをな。

「何やら、想像以上のことに首を突っ込んでしまったみたいだな、俺たちは。だが優しいサイセは、引き返す機会をどうやらくれたようだ。全く……舐められたものだといいたいところだが、せっかくの好意だ。一応聞いておくか。どうだ、お前たち──ワクワクしているか?」

くすくすと笑いながら、それぞれから肯定の言葉が返ってくる。

「なら、行こうか。行かなきゃ始まらないからな。準備はいいな?」

そうして『ドア』をあけて、順次中へと入っていく。

そして入ったメンバーから表情を唖然としたものへと変えた。

それが《王背追随》に起きた一連の出来事だった。

「……何だ、これは?」

入った先は、思ってもいなかったような光景だった。

「ようこそ──っつっても俺もそんな偉そうにいえない新参者なんだけどな。先に注意点を言っておくが、そこらの『ドア』を適当にあけるのはおすすめしないからやめといてくれよ。特に開けたら『真っ黒な部屋』と『真っ白な部屋』は、絶対に入らないほうがいいらしいから気をつけてくれ」

ドアの先で待ち構えていたサイセの言葉があまり耳に入ってこない。

正直なところ、反応する余裕もなかった。

「何かの能力なのか……?」

「神器かものう」

「なんにせよ、とてつもない規模だねぇ」

「ドアの数が凄まじいな。一体どこへつながっている?」

「ベリエットの高級ホテルみたいね」

口々に漏らしている感想が耳に届く。そのどれもが共感を覚えるものだ。

しかしウェイドリックが一番に感じたことはそのどれでもない。

「ねぇ、ユキハラ……ここ……」

「うん。すごい魔力と魔素濃度。それに、なんだか……」

マルベリークとユキハラが萎むような声で交わしている会話にこそ、ウェイドリックは最も共感を覚えた。圧迫感と緊張感。それこそがこの場所に入って真っ先に感じたものだ。確かに不思議な場所と光景だが、それよりもまるで強力で獰猛な魔物の巣にでも迷いこんでしまったような空気を反射的に肌で感じ取り、気づけば体が強張ってしまっていた。

サイセの変貌の一端が早くも分かったような気がした。

確かにここにいれば肝の一つや二つ、簡単についてもおかしくはない。

一度息を深く吐き出すことで、何とか無理やり体の緊張をほぐす。

ようやくサイセの方へ視線を向けると、何やら辺りを忙しなく見回していた。誰かを探しているようだ。

「ちょっと待っててくれ……。えーっと……さっきまでいたんだけどな」

「向こうに誰か座っているねぇ、サイセ」

「あ、そうか? んじゃあそっちに行くか。一緒に来てくれ」

仲間がそう声をかける。たしかに空席が目立つが、壁際に誰かが座っているようだった。とはいえ遠目ではいまいち姿が見えづらい。

そちらへ向かうサイセの後を全員でついていく。しかし広い場所だ。パーティー全員で歩いても空間を占めている感覚がまるでない。室内だとそうそうないことなのだがな。

徐々に、見かけた人影に近づいていく。

「あ?」

「うおっ、っと……(ヤベ、マジか)」

座っている人物が見えた途端、なにやらサイセの進みが目に見えて鈍っていく。

「んだ……? テメエら……」

向けられた睨みつける視線に気圧されるように、気づけばサイセの足がとまった。

事情がわからないため、状況が掴めない。ただあまり良さそうな状況でないことだけは、一目瞭然だった。向けられる視線、言葉、態度。どれだけ文化に違いがあったとしても、これが歓迎されてるなんてことだけはありえないだろう。

ドン──と強い音があがる。

挑発するかのように、机の上に足を乗せてあがった音だった。

目の前にいる態度の悪い『彼女』に対し、どう反応していいかわからず、狼狽えるように仲間同士で顔を見合わせる。

「何見てんだよ……あ?」

その彼女はいわゆる『メイド』に似ていた。ベリエットや人間の貴族に見られる、女性の使用人における文化だ。ただそれそのものかと聞かれれば少し首を傾げたくなるのが、酒場の踊り子のように派手な格好をしていることだ。かといって『可愛い』という印象を持つかと言われればそうでもなく、どちらかといえば『格好いい』という印象の方が強い。やんちゃ盛りの若者を惹きつけそうな、鋭利な雰囲気や魅力があると言っていい見た目をしている。

華があり目を引く少女だ。ただその魅力は、おおよそ本来の使用人がもつべき存在意義とは、かけ離れた必要のないものに思えた。

体格は小柄で、一見子供と見間違いそうになるが、机の上から体まで伸びている足は思っているよりも長い。

年齢は当然、かなり若く。少女か、それよりも少しだけ上だろうか。そうなるとこの振る舞いはその若さからくるものだろう。ここの主人は、そんな彼女を御せていないらしい。

「人のことをじろじろと……やんのかよ……コラ」

睨んで凄む仕草は、目つきの悪さも相まって、堂に入っていて迫力があった。ただそれより視線を吸い寄せられるのが、彼女の小さな頭をすっぽりと覆う大きな帽子だ。服に並ぶほど目立つ特徴的なそれは、特殊な形をしている。どういうものか分からず、女性陣に尋ねるとどうやら『キャスケット』という帽子らしい。

深く被れば鼻まで埋まってしまいそうな帽子を浅くかぶり、うねるような癖の強い髪の束が、その帽子から漏れるように伸びている。色も濃い紺を基準にしながらも所々に青や緑、水色といった目を惹く強い色が入り混じっていて派手さに磨きがかかっていた。

「わりぃ……。あの人はここでもちょっと特殊、つーか……まぁその、アレなんだ。だから堪えてくれよ」

申し訳なさそうなサイセが、声を抑えてこちらにそう告げる。

──大変そうだな……サイセのやつも……。

どこか同情的な視線をサイセに向けながら、ウェイドリックたちは頷いた。

「あ……」

目の前の彼女から声が漏れる。その視線は、今初めて存在に気づいたかのようにサイセを捉えていた。そして事情をぼんやりと捉えたのか、徐々に表情を笑みに変える。といってもニヤニヤとした嫌らしい、あまり良くはない方の笑みだ。

「はっ、なんだ。雑魚が、雑魚大陸から、雑魚仲間を群れで連れてきたってわけか」

「……んだと? 今雑魚っつったのか? 俺たちのことを」

嘲笑混じりの見下すような発言に、ヒリッヂが反応して一歩前に出る。

片腕を進路上に出しヒリッヂを止めようとするが、それよりも先にサイセが間に割って入った。

「まぁ、まぁまぁまぁまぁまぁ、な。落ち着けって。なぁ、春の姉御はどこにいるんだ? 教えてくれ。連れてきてくれって頼まれてるんだよ。あんたも姉御に叱られたくはないだろ?」

「……チッ」

舌打ちをしながらも、顎で場所を指し示す。そんな彼女にサイセは「おっ、助かるぜ」と礼を言って、すぐ戻るからとこちらに告げて探しに行ってしまった。

「…………」

「…………」

残されたのは互いに睨み合う二人と、緊張している空気だった。

そのうちの片方に、ウェイドリックは声をかける。

「やめておけ、ヒリッヂ。今は俺たちが無理を言ってきてる方だ。多少のことは堪えてみせろ、いいな。……お嬢さん、先程はジロジロと不躾な視線を向けて申し訳ない。私から代表して謝罪をさせてほしい」

「……チッ」

「…………」

舌打ちと同時にそっぽをむかれてしまった。

所在無さに、誰に誤魔化すわけでもないのに苦笑して一歩身を引いた。

……早く帰ってきてくれ、サイセ。

「ねぇ、ヒリッヂ。あの子たぶんだけど、めちゃくちゃやばいよ? あんま突っかからない方がいいと思うなー。下手したら私たちのこと、一人で半壊させちゃうかもしれないよ」

「……くそ」

マルベリークの言葉にこちらも不承不承といった様子で引き下がる。

「…… 虹(にじ) ? 蛙(かえる) ?」

「 蛸(たこ) じゃないのか」

「見たことも使ったこともない文字じゃあて。そういえばサイセのやつのボタンにも書いてあったのう。ここはベリエットにゆかりでもあるんか?」

どうやら彼女の服についたボタンには、『漢字』が一文字書かれているようで、その読み方を小声で話し合う仲間の会話が耳に届く。しかしベリエットにゆかりがある三人が分からなければ、分かる道理はないためすぐに思考から打ち払った。

そんなこそこそとした動きが気に入らなかったのか、じろりと睨みつける視線が再びこちらに向けられる。黙らされるように仲間たちは口をつぐみ、会話が止まった。

その瞬間のことだった。

「──足」

「!?」

そんなこちらを睨みつけていた彼女の背後に、気配もなく長い灰色の髪の女性がいつの間にか現れ、耳元で一言囁くように言った。言われた方はかなり驚いたのか目を剥いて振り向いていたが、現状を認識すると、今度は視線を泳がせて狼狽していた。我々にずっと向けていた態度とは、全く異なったもので驚く。つい先ほどまで言い合っていたヒリッヂもどこか微妙そうな顔をしながら視線を向けていた。

「あ……うっ……」

やがて無言の圧力に負けたのか、机に乗せていた足をゆっくりと下ろし、縮こまるように丁寧に座り直した。

「行儀はしっかり」

「…………」

「返事を言える口は、今日はついていませんか?」

「うぅ、はい……。ごめんなさい……」

「よくできました。いい子です」

そう言って灰色の髪の女性は、帽子の上から頭を軽く撫でて会話を終える。

しかしその下では、目尻に涙を浮かべた殺すような目つきがこちらに向けられている。さすがにそれは当てつけがすぎると、一転して今度はこちらが狼狽する番だった。

とはいえ直前に感じた『御せていない』という結論は、全くの間違いであることがみてわかった。今の一連のやりとりだけでも、この灰色の女性の実力と影響力の大きさが窺い知れた。服装は変わらず『メイド』のようだが、それも特に崩していない正統だと思われるものだった。

「では、サイセ。あとはよろしくお願いします」

「あぁ、わかった。そいじゃあ、お嬢たちはこっちへ行こうか」

サイセがそう言って、二人の女の子の手を引いていく。

「(……あいつは今何の仕事をしているんだ? 見てる限りじゃよく分からないな……。ん……?)」

その姿を横目で見ていると、ふと引っ掛かりを感じる。それは手を引いている二人の子供のうちの片方を目にいれてのことだった。こちらを振り返るように見ている獣人族の子供と目があい、薄らと記憶が働くのを感じた。

「(いや、ありえないか……。冒険者が魔族の子供と関わることはない)」

冒険者と魔族はただでさえ敵対しがちな、神経質にならざるをえない関係だ。誰しもが魔族への苦い思いの一つや二つはもって生きている。実際今もパーティーの仲間だからわかる程度の、微妙な緊張感を肌で感じていた。とはいえ当然、いきなり襲いかかったりなんてことはしないが。

結局思い出せないまま、サイセと子供たちはどこかへ行ってしまった。思考もかけられた声によって打ち消される。

「初めまして。灰羽春と申します。この場所の本来の主は現在不在なため、次点である私が対応させてもらいます。サイセの上司も兼ねているので、問題ないとは思いますが。ご容赦いただければと思います」

そうして言葉の最後に、綺麗なお辞儀をした。

想像よりも格式ばった挨拶に驚き、慌てて姿勢を正し返答をする。

「これは、丁寧な対応痛み入る。むしろ無理を言って、押しかけるような形の訪問をしているのはこちらだ。対応してもらえるだけでもありがたい。感謝と謝罪をさせてもらえばと思う。私はウェイドリック・パーソン。サイセとは古い友人だ。こちらは私の率いているパーティーのメンバーだ。大人数で押しかけ、重ねて申し訳ない」

自分と、仲間達の紹介を軽く済ませる。

苗字ではなく名前で呼んでほしいということなので、春殿と呼ぶことにした。名前の様式は北大陸と同じようだ。漢字を使っているのである程度予想はしていた。

「さっそくで悪いのだが、春殿。ここは果たしてどのような場所なのだろうか? 恥ずかしい話、私たちは先程から圧倒されて仕方がないのだ。よければ少し、説明をしていただけないだろうか?」

「そうですね。ですが、聞くよりも見る方が早いと思います」

「見る……?」

一体何をだろうか。不思議に思っていると、春殿は手の平をどこか指し示すように動かして向けた。

「……?」

示された方へ視線を動かす。その途中で目に入ったのは、ついさきほどまで揉めていた彼女の後ろ姿だった。先ほどまではこちらに向けられていた体の向きが、今は興味がないとでもいうかのように反対側へ向けられている。そして机に肘をつきながら反対側にある何かを一心に眺めているようだった。

その視線を図らずとも追う形で、彼女よりも奥へ視線を動かす。

そこには、開かれた状態の『ドア』が置かれていた。

……『ドア』。

自分達がこの場所へやってきた時と同じように、そこもまた別のどこかへとつながっているのだろう。見るというのはつまり、あれのことを言ってるようだ。すぐにメンバーたちもそれに気づき、全員でそこへ視線を集中させる。

しかし『ドア』の先に広がっているのは、何の変哲もない『森』の景色だ。確かにこの『ドア』が屋内だけでなく、野外にも繋がっているという事実は、考えようによっては驚嘆に値しなくもない。とはいえ、それを我々がわざわざ見て理解したところで、どんな意味があるのかは謎なままだ。有り体に言えば、これで何を伝えたいのかがわからない。

そんな風にごちゃごちゃと巡らせていた思考が次の瞬間、目に入る景色の変化によってかききえた。

その景色の変化は──森の土に、白色が混じるとこから始まった。その白は栄養が豊富そうな色の濃い土をみるみると侵食し、景色を占める割合を増やしていく。そうした変化によって、森の雑草は沈むように地面の中へ飲み込まれ、巨木が支えを失ったように傾いて倒れた。風によって地面の白が舞い上がり、空気が熱によって揺らぐのを見て、地面に現れた白が『砂』であり、今『ドア』の外に広がっている大部分の光景が森ではなく『砂漠』であることに気がついた。

そこまで理解してようやく、そこで何がおきていて、自分達が何を見せられているのかを理解しはじめていく。

目の前で起きた、あまりにも迅速な──『環境の変化』を見て。ようやく。

「『災獣』、なのか?」

誰もが脳裏に思い描いていた言葉を誰かがつぶやく。

「……マジかよ」

「これは、驚きじゃあて……」

その光景が偽物か、という疑問は不思議と抱かなかった。砂を泳ぎ回る大量の魔物。それと圧倒的な力と存在感で浮いて見える、砂漠に立つ一体の災獣。そうした魔物達から感じる圧迫感と緊張感は、疑う余地を抱かせないほどあまりにも生々しい現実味だった。馬鹿馬鹿しい言い方だが目の前のこの光景は、確かに目の前で起きてる光景そのものだった。

気付けば『ドア』の先の光景を、我々は食い入るように見つめていた。

──ジュッ。

ふと、変な音が耳に届く。それは何かが高温によって急激に熱される音に思えた。

何かが焼ける音……それは砂漠や森から聞こえてくる音とはかけ離れているはず。だが次第に目に入ってくる光景に納得させられる。というのも『ドア』の前にどろりとした溶岩が、姿を現したからだ。森側から次第に広がる溶岩は、草を飲み込み、木に火をつけ、辺りの何もかもを焦がしながら侵食していく。まるで満杯の杯に注ぎ続けて、溢れかえる水のように。

気づけば『ドア』の外では、『森』の景色なんてどこにもなくなっていた。もう目に映るのは体の芯まで乾きそうな砂漠と、焼き尽くされるような溶岩の光景だけだ。

一体だけの災獣になら、珍しいながらも対面することはあり得る。しかし複数体が同時にというのは、経験したこともなければ、人から伝え聞いたこともない。ここまで凄まじいものなのか。幾重に存在する災獣の力というのは。尋常じゃない光景を、固唾を飲んで見ていると、溶岩側で次第に魔物が現れ始める。まるで水から上がってくるかのように、溶岩の中から這い上がってくる魔物は、どれもが環境に適応した強力な魔物だ。もし自分達が対処するとなれば、一体一体に手をやき全力でかからなければならないだろう。

そんな魔物がそこらへんにいる魔物の一体とでもいうかのように、うようよしている。それはそれで衝撃的ながら、そんな状況でもやはり、その魔物だけはくっきりと浮いてみえた。

──ガシャ、ガシャ。

溶岩の上を歩いて現れる魔物──『溶岩の災獣』。

一歩踏み出すたびに鎧が擦れるような音が聞こえるが、見た目も溶岩を汲んで、固めて作った鎧のような姿をしている。

凄まじいほど力を感じる魔物だ。圧迫感は砂漠にいる災獣よりも強い。これまでの冒険者人生でも、見たことも感じたこともないほど桁違いの魔物だ。溶けた金属特有の赤い熱の光を放っている鎧は、剣を打ち込んだところで触れた側から溶かしていくだろう。対処法も思い浮かばない。それどころか、職業柄得意なはずの魔物の強さのおおよその検討すら、その魔物はできそうになかった。こんな魔物が現実に存在することに戦慄せずにはいられない。

「春、殿……。この光景は……」

「ご覧の通り──『終焉の大陸』の光景でございます」

「…………」

合図もなく、『外』で始まる戦い。それはまるで、環境そのものの生存をかけたかのように激しいものだった。

わかりきっていた。こんな世界がひっくり返ったかのような光景は、世界中どこを探したところで見られるものではない。唯一、前人未到の最大最悪である終焉の大陸を除いて。それが分かっていても尋ねずにはいられなかった。明確に言葉として聞いて、確かめずにはいられない。それほど自分たちが直面している事実が衝撃的なものだったからだ。

「こんな光景、金払っても見られるもんじゃねぇぞ、おい……」

「くらくらするほど高い魔素濃度ね……。この『ドア』の内側よりもさらに濃いわ……。こんな場所、『Sランク危険地帯』でもありえない。これが終焉の大陸なのね……これなら魔素溜まりの尋常じゃない発生の仕方も納得できる。むしろこの『ドア』の中は、こんなところに接していてよく魔素溜まりが発生しないわね」

「精霊も全くいないよ……。こんな場所、初めてみた」

『ドア』に触れられるところまで近づいている三人がそれぞれの切り口で感想を口にしている。背後で見ている者を気遣い、横から少しだけ顔を出して覗くように外を見ているが、それでも時折興味が抑えきれないのか身を乗り出しそうになっている。

『外』の戦いは砂漠の災獣が倒されたことで、ひとまずの落ち着きを取り戻していた。既に倒し終わっているまだ形の残った砂漠の魔物を、溶岩側の魔物が運んだり引き摺ったりして、なぜか置いてある開いた【門】の中へと運んでいる。そのことにどんな意味や役割があるのかは分からないが、全くの別の種類である魔物同士が、協力してそれを行っている様子がかなり不思議な光景に見えた。

しかもそんな状況ですら、視界の端では超獣らしき魔物同士の戦闘が起きている。まるで小競り合いのように行われているが、別の大陸であればあれだけでも一つの災害とも言えそうだ。そんなのがちらほらとあちこちで行われている様子に、自然と終焉の大陸の凄まじさを理解させられる

「うっ……」

「わっ」

「あれが……」

まるで風が吹き荒れてるのかと錯覚するほど、唐突に感じる強大な魔力。

何事かと外を見るとこれまで目にいれたことのないような巨大な魔素溜まりが、煌々と虹色に輝きを放ちながら空中に浮かんでいた。

同時にごぼごぼとふきこぼれるような水の音が耳に届く。あちこちで地面から水が湧き、それが溶岩に熱されてあがっている音だ。多くの蒸気が視界の中でたちこめている。

「災獣の魔素溜まりか。初めて見るな……。この感じだと、湖でも作る災獣なのか? まだ魔素溜まりだというのに、こんなにも周囲に影響を及ぼすものなのか……」

──ガンガン。

溶岩の災獣。鎧の魔物が剣と盾をぶつけて音を鳴らしている。どうやら何かの合図のようだ。その音を聞いて、周りにいる魔物が【門】の中へと引き上げていく。

ウォォォ──ン。

溶岩にいた魔物が辺りにいなくなると、獣の遠吠えが辺りに響き渡る。

その声の主だろう。新しく別の【門】から現れた氷雪の災獣が、溶岩を飲み込みかけていた水を瞬く間に凍り付かせた。そしてぽつぽつと降り始める雪の中、多くのワーウルフを引き連れて、先ほどのように環境の生存をかけた水と氷雪の戦闘が行われ始める。

その光景を見ていて、ピンときづいたことがあった。

「もしや構築される環境に対して、後からそれに有利な環境を押し付けることで、戦いをマシにしているのか……? まるで後出しのブーチーアのように。それであっているだろうか? 春殿」

そう言ってウェイドリックは、春に尋ねる。

しかし視線を動かすと、尋ねられた当人は不思議そうに首を傾げているところだった。

「……ブーチーア?」

そして小さく、疑問を口にしたのだった。

「……じゃんけんだろう」

「じゃんけんじゃあて」

ビスケンとホムラが訂正するように口にする。ユキハラも小さく頷いていた。

「は? ブーチーアだろ」

「ブーチーアよ」

「そっちの方が馴染み深いね」

メンバー同士の言い合いが発生する。

そういえばこの話題になると毎回こうなることを今更ながら思い出す。例えが悪かったなと、後悔がよぎった。今はそこが本題ではないのだが……。

「……『後出しじゃんけん』のように、ってことですね。えぇ、その考え方で合っていると思います。この方法を構築されたのは、この場所の主人であるため、私はあまり詳しいことは分かりませんが」

「……そうか」

思いがけない文化の壁に微妙な空気になりつつも、気を取り直し、メンバーと視線を交わす。その視線は、先ほどのふざけた雰囲気は消えて真剣そのものだった。当然だ。今告げられた言葉には、それほどの、とんでもない意味が含まれているのだ。

水と氷雪による災獣の戦いは、会話の最中に終わっており、『ドア』の外は再び始めの『森』のへと戻っている。

つまりこの場所には──飼い慣らした『災獣』が複数いる、ということだ。さらりと言われたが、言葉の意味を汲めばそういうことになるだろう。今日見ただけでも『森』、『溶岩』、『氷雪』と少なくとも三体は確定していることになる。

……とんでもないことを考える者がいるものだ。

ウェイドリックは感嘆する。

だが考えてみれば理にかなっていることだ。本来なら黙って受け入れ適応するか、逃げるか、相手の有利な環境の中で抗い戦うしか選択肢のないはずの災獣の環境の変化。それがこの仕組みによって、さらに他の選択肢が取れるようになっている。

見事だ。同時に随分と突飛な発想の持ち主だとも思う。災獣を飼い慣らすなぞ、思いついても実行に移し最後まで遂げることができるだろうか。考えたものは、一体何者なのだろう。世界で誰よりも終焉の大陸のことを考えている自負があったが、どうやらそんなこともなかったようだ。

この事実が世間に周知されれば、おそらく震撼することになるだろう。魔族から人まで余すことなく、過言ではなく世界中がそうなる。それほど尋常ではないことだ。災獣を飼い慣らしているという事実は。非常に取り扱いを気をつけなければならない、重要な情報だ。サイセがあれだけ渋っていた理由も、今なら理解できる。

全く……末恐ろしいな……。

心の底からそう思う。

だが、同時に──とても高揚している自分がいることをウェイドリックは自覚していた。

今、確実に、世界でも類稀な未知の領域へと自分は踏み込んでいる。その実感をとてつもなく感じていた。

怒涛のように押し寄せてくる謎と答え、そしてさらなる未知。

「(──楽しいな)」

これこそが求めていたのものだ。たった今人生で最も、冒険者としての歓喜を味わっている。

これが冒険者だ。そうだろう、マードリック・パーソン。あなたもこの感覚に突き動かされて、誰も帰ってきたことのない、この地獄のような大陸に乗り込みにいったはずだ。

しかしサイセ……。お前はずるい男だ。我々を差し置いて一人で終焉の大陸に先駆けていくだけでなく、こんなとてつもなく面白そうなものと関わっていたなんてな。

その上今回は『見ているだけにしていろ』だなんて、無茶をいう。俺たちがなぜ冒険者になって、今日まで続けてきたと思っている? この日のためにきまっているだろう?

今目の前にある景色は、俺たちの悲願だ。まさにここが夢の果てだ。

夢の果ての終焉──その景色が、一歩踏み出した先にあるというのに、どうして止められる?

止められるはずがない。そうだろう、サイセ。

見てみろ、仲間達の期待する目を。全員の視線がこちらに向けられている。

わかっている。みなまでいわなくても。十分、自分も同じ気持ちなのだから。

「春殿」

「はい、なんでしょうか」

「よければこの『外』に私たちを出させてほしい。我々を終焉の大陸に挑戦させてはもらえないだろうか?」